第30話 鍛冶屋の店主
油と鉄の匂いを振り撒きながら、店主が室内に入ってくる。
その表情は、いつもの陽気なそれではない。笑わない瞳で三人を――ヒーロをまっすぐに捉え、店主は切り出す。
「さっき、騎士がやってきて、あんたの居場所を訊かれた」
戦慄がラットの背中を駆け抜ける。追手。もう街中に。
「けど、ただごとじゃねぇのがわかったから、事情を聞いてから判断しようと思った。匿うべきか、突き出すべきか」
店主の瞳が、ヒーロをじっと裁く。
見守るラットの額に冷や汗が滲む。今、騎士たちに知らされたら。今度は、逃げられない。王城の時とは状況が違う。あの時は、人数差からくる圧倒的優位、そんな立ち位置だったからこそ、騎士たちの心には隙があった。包囲を突破され、厳戒態勢となった騎士たちが街中に巣食っている状況では、大立ち回りは難しいだろう。
知らされたら最後、街中で大きな戦闘になる。
大勢の怪我人が出てしまう。
もしかしたら住民にも__。
まずい。
ヒーロの喉仏が、ゆっくり動く。
握られるミルの拳。
冷や汗が、ラットの頬を伝った。
張り詰める空気の中で、店主がとうとう、判決を告げる。
「……俺の親友が、あんたの世話になってな」
聞こえたのは、予想外の言葉。
「大戦の時にあいつの命を助けてくれた奴が、多くの犠牲をよしとする行動を起こすなんて、俺にはどうしても思えねぇ」
すなわち、店主の答えは。
「今の話を聞いて、確信したぜ。――やっぱり、無実なんだな、勇者様」
にっと浮かんだいつもの笑みで。彼が、前者を選んだことを、知った。
緊張が解ける。
「寿命が縮みました」
「……味方」
「ありがとうございます」
ヒーロが代表して頭を下げる。
「礼をしてくれるって言うならよ。リオンの奴も、連れて行ってくれないか?」
その名に、緩んでいた表情が再度締まった。
「それは……」
無理だ。
楽しい旅ではない。過酷な旅だ。連れて行けば、必ず危険にさらす。
助けてくれた恩人のリオンを、これ以上巻き込むことは――
「……でき、」
「最近、大量の武器の発注が入ってる」
ラットを遮るように、店主は声を低くして言った。
「他の鍛冶屋も同じだ。嫌な噂が回ってる」
鍛冶屋に舞い込む大量の武器の発注。それが意味するところは、考えたくなくてもわかってしまう。
「戦争、ですか」
ヒーロが重々しく口にした。
「近々、大きなのが来るんじゃねぇかってな」
否定できなかった。
現時点で、陰謀が蠢いているのだ。敵の目的が戦争……つまり、戦争が起きないとは、言い切れない。
「街に被害が出るかもしれねぇし、それ以前に招集もあるだろう」
店主の手が握られる。爪が手のひらに食い込むほど。
「リオンは、魔導関係はからっきしだ。でもそれなりに腕は立つ。年齢的にも戦場に立てる」
ラットは視線を落とした。
「駆り出される、ということですね」
自分で言っておいて、後味の悪さに唇を噛む。出会ったばかりの自分とて、こうなのだ。リオンの師である店主の胸中は、いかほどだろう。
「もうわかってるだろ? リオンは、戦死した親友の子供なんだ。死なれたら……あいつに顔向けできねぇ」
歯を食い縛った店主は、頭を下げた。
「この通りだ! 連れて行ってくれ! そうすりゃ、」
「戦争から、逃れられる」
ミルが呟いた。
「ああ。けど、それだけじゃねぇ」
頭を上げた店主は、ミルを見つめた。
「嬢ちゃんには、夢があるか?」
「……ゆめ?」
「叶えたい願いさ」
自らの胸をそっと押さえた彼女は、言った。
「……ある」
店主が微笑む。
「リオンにも、あんだ」
答えた彼は、次いでラットへ眼差しを移す。
「聞いただろ? 兄ちゃん」
頷く。
そう。ラットは聞いている。
初めて出会った時、笑って話してくれた。
「一人前の鍛治師になって、あんたら勇者パーティのような極上の使い手を守り抜く最高の武器を造ることだ」
それこそが――リオンの、夢。
彼の、叶えたい願い。
「いつか絶対、ドワーフの国で修行する。それが、リオンの口癖さ。兄ちゃんと嬢ちゃん、地の国に――ドワーフの国に行くんだろ? いい機会だと思ったんだ」
店主は再び、頭を下げた。
「頼む。リオンを想うなら、連れて行ってくれ」
「……安全な旅ではありませんよ」
「わかってる」
彼は言う。
それでも__
「それでも、町に残すよりマシだ」
ヒーロを見る。
それに促され、ラットは一歩、近付いた。
「頭を上げてください、店主さん」
「協力する……」
ミルもなにか感じるものがあったのだろう。ラットに続いて呟いた。
店主の顔が、みるみる和らぐ。
「恩に着るぜ」
笑った彼は即座に振り返り、扉へと急ぐ。
「外がうるせぇ。すぐ出た方がいい。急いで準備させる」
ラットは大きく息を吸った。
「待ってます。新たな旅の仲間を」
店主が立ち止まる。
大きな背中を向けたまま、目元を乱雑に擦った。
「本当に……ありがとな」
足音が走り去っていく。
新たな旅の仲間を連れてくるために__。
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