第29話 風の女神アトモスフィア
「ありがとう、ヒーロ。必ず役立てるよ!」
と、ミルが、耳に飾ったマナベルに早速触れた。
聞こえたのは、しかし、変わらぬノイズ。
「使えない……」
ミルの一言に、浮かれていた気分が消えた。
「最新のマナベルで、しかもこの短い相互間でも通じないなんて」
「いよいよ確実だね。通信は妨害されている……というか始めに試せばよかったね」
ヒーロが険しい表情で断言する。
「どのくらいの規模で妨害されているかはわからない。でも、いずれ繋がる可能性はある。定期的に試していこう」
異論はない。その時に備え、ラットもまた、耳飾りを付けた。
「僕は先にシュトルムへ向かう」
「トトのことは頼んだよ」
「安否確認ができたら、トトや獣人たちの力を借りて、何が起こっているのかを探ろうと思う」
「偵察と備えだね」
「二人が戻るまでに、調えておくよ」
__方針は決まった。
「合流は風の国だ。必ず戻ってきてくれよ」
ヒーロの真剣な瞳に、ラットは大きく頷いた。
瞬間、室内に、光が溢れた。
「ヒーロくん、大変大変たいへーーんっ!!」
部屋中に響き渡る叫び。この鼓膜を突き刺すような声は、忘れようとしても忘れられるものではない。眩さに咄嗟に閉じた目を徐々に開ける。光が象った女性は、やはりラットがよく知る存在だった。
「女神様!?」
「ラットくんも久しぶり!」
艶やかな長い緑髪を靡かせた女性――風の国の女神、アトモスフィアは、片手を気安く上げポーズを決める。
一瞥だけで、女神は視線をすぐに逸らした。身体を微かに仰け反らせるヒーロ。の懐へずかずか踏み込み、自らの顔を近づける。
(近い……)
魔力で形作られたそれは、女神本体ではない。本体ではないとわかっているが……こうも圧力があると、つい距離を取ろうと、体をさらに仰け反らせる。
「聞いてよヒーロくんっ!」
「近いです、女神様」
「大変なのよっ! 加護に変な干渉が入ってるみたいでっ!」
ヒーロの引きつった笑みが、消えた。
「――干渉!?」
「加護、使わなかった? その干渉のせいで加護の使用に制限がかかっているみたいなの。フィアからもなかなか連絡できなくてぇ!」
「マナベルが妨害されている状況を考えると、加護に対しても何らかの対策をしてるのだろうとは思ってましたが、その干渉というのがそうなんですね」
当然だ。加護を使用すれば、仲間の元へ即座に移動できる。ラットは情報だけでなく、加護があるからヒーロとの合流を優先させた。マナベル以上にこれをどうにかしなければ、マナベルを妨害したところで意味がない。
これで、 転移門が発動しない謎も解けた。マナベルと加護、揃って何者かに妨害されているという訳だ。
つまり__。
「敵はそれだけの力を持っている……と言うことですね」
ヒーロが後を継いだ。
「うう、前の戦争で活躍してた騎士さんや冒険者さんたちがどんどん襲われて戦えなくなっているの! シールくんも怪我しちゃって! それで今度はヒーロくん!? こんな大ピンチの時に加護まで使えないなんて、フィア、もう居ても立っても居られなくてぇ〜!」
「女神様、ちょっと落ち着い……」
「ああもちろん、探してるわよ原因! でもでも、原因を特定できても、すぐ繋がるとは限らないの! だからお願い、気を付けて! 死なないで! ヒーロくんに死なれたら、フィア、フィア〜〜!」
「俺は死にません!」
「ほんと!?」
女神の顔色がパッと華やぐ。
「そうならないように、これから動いていきますので。だから……」
真摯に宣言したヒーロは、
「離れてください!!」
「あ、近寄りすぎちゃったね! めんごめんご!」
「女神様の美貌は、俺には刺激が強すぎます__」
無事に適切な距離を取ることに成功する。
さすが、人との関りが得意なヒーロだ。女神の扱いも心得ている。
__うまいなあ
とラットは感心した。
「ところで、今どこにいるの?」
女神がヒーロへと小首を傾げる。こちらの位置や状況は大方把握できる。だが、具体的なことまで把握し切れないのは変わらずのようだ。
「知り合いの鍛冶屋です。今後方針を相談していました」
「やっぱみんな集まる感じ?」
「そのつもりです」
「あの魔王を倒した仲間たちが集まれば、フィアも安心! 大変だと思うけど、がんばってね!」
女神の声が遠ざかっていく。
「何かわかったら、できるだけ早く伝えるわ。よろよろ~!」
眩さが消え、室内に自然な明るさと、静けさが戻った。
ラットは苦笑した。
「……何度会っても、すごい女神様だよね」
「風の女神様なのに、空気を読まないんだよね」
「…………嵐」
今まで沈黙していたミルの呟きに、ヒーロが吹き出した。
「確かに、そんな感じだ」
ラットもつられて笑う。
__しかし、和んだ空気はすぐに消えた。
出入り口の扉が開いたからだ。
「すまん。話を聞かせてもらった。俺の話も聞いてくれねぇか?」
立っていたのは、店主だった。
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