第26話 勇者への恩
城門を無事に出れば、次はこの先どうするかだ。
「追われている身だし、このまま王都を出たいところだけど……」
「ヒーロは旅支度をしたいよね」
「転移門が使えないなら、戻ってこれそうにないからね。ラットはミルさんとの合流か」
「そうだね。残してきたミルを放っておけない。今日は確か……」
「今ならまだ、家やバーは抑えられていないだろうし、さっと戻れば……。いや、さすがに戻ったとしても、荷物をまとめている間に包囲されるか?」
「旅に必要なものなら僕の鞄に一通り入っているよ。使い慣れたものじゃないと思うけど」
「助かるよ。旅の必需品はラットに借りるとして、問題は……」
「今後、どう行動するかだよね……」
王都を出るだけならおそらくそれほど難しくないだろう。
ただ、王都を出ればいいというわけではない__。
王都を出てもしばらく追手はくるだろう。
これから先、ただ逃げ続けるだけなのか?
そういうわけにもいかない。
ミルとの合流も考えなければならないし、今後の動向を一度どこかで話し合いたいところだ。
突破口を揃って探していた時、
「ラットくん、勇者様」
密かな声が、二人を呼んだ。
聞き覚えがあるかと思えば、振り向いた先にいたのは鍛冶屋のリオン・スマイトだった。
「リオンさん? どうしてここに……」
警戒するヒーロに、敵ではないことを視線で伝える。手招きするリオンのもとへ、共に歩み寄る。
「ちょうど納品で来てたんだ」
見ると、彼の傍には布で覆われた大きな荷車。剣を運んでいた騎士たちの姿を思い出す。あの剣は、リオンの店のものだったのか。
「――おい、今あっちに人影が見えたぞ!」
瞬間、飛び込んできた叫びに、ぎくりとした。
追手だ。もう追い付かれるなんて。
さすが、A級冒険者レベルの実力者のみで構成された騎士たちだ。速い。
冷や汗が流れる。どうする。戦うか。いや、ロックもいるかもしれない状況で、下手な真似はできない。戦闘になれば被害が大きくなる。
だが、このままだと追い詰められ――
「こっち!」
ラットとヒーロの手を、リオンが強く引っ張った。
*
鉄靴が雑草を踏み荒らす音が聞こえてくる。
「おい、お前! 勇者を見なかったか!?」
「知りません!」
心なしかリオンの声がこわばっている。緊張しているのだろうか。
「本当か? そっちの荷台は?」
「武器の納品で来ていたので。もう何もありませんっ!!」
「怪しいな。荷台を見せろ!」
荷台、の言葉に、心臓が強く騒ぐ。まずい。
「何もありませんよっ!」
「動くな!」
「まさか匿ってるのか!?」
「布を外せ!」
「ちょっ、勝手に。やめてください!」
「動くなと言ってる!」
「抑えろ!」
「本当に何もありませんってば!!」
リオンの悲鳴を押し除け、足音と殺気が迫ってくる。
はみ出しそうな吐息を抑え、身を潜める。
ぽたりと手に垂れたのは、隣で硬直するヒーロの汗。
ぬるつく手のひらを握り締め、息を殺す。瞬きすら止めて。
「鬼ごっこもここまでだ。――姿を現せ!!」
せり上がってきた生唾を、ごくりと飲んだ。
「…………何だ、本当にいないのか」
身体から、力が抜けた。
「ったく、紛らわしい!」
「勇者は国を裏切った。見かけたらすぐに知らせるように。いいな!」
鉄靴が慌ただしく去っていく。
殺気が完全に消えたところで、ラットとヒーロは出た。
――荷台の上に置いた、マジックバッグから。
「ありがとうございます」
「いや〜、荷台をめくられた時はマジ焦ったよお」
苦笑するリオンに、ヒーロが訊いた。
「……リオンくんは、どうして、俺たちを?」
ラットと熱く語り合った仲とは言え。騎士に追われているところを見れば、何か悪事を働いたと思うのが普通だろう。突き出すのが正しいのに、どうして匿ってくれたのか?
「俺の親父が、勇者様に世話になったからです」
リオンは、そうまっすぐに説明した。
「親父は、騎士団の元団長で。大戦の時、勇者様に助けられたことがあるんです。部隊の全滅を防げたおかげで、親父は面子を守れたし、生き長らえることもできた」
___その後、戦死しちゃいましたけどね
リオンの笑顔が、僅かに暗くなる。
「恩人なんですよ、勇者様は。恩人がピンチになってたら、助けたいって思うのは当然じゃないですか。それに、ラットくんが悪い奴なんて、俺にはどーしても思えなかったし!」
「リオンさん……」
胸が温かくなる。同志に悪い奴はいない、という信頼だ。すごくよくわかる。
感動するラットとは裏腹に、ヒーロは険しい表情で何やら考え込んでいる。
「リオンくん、君の親父さんのお名前は?」
「ライオス・グレイファングです」
「ライオスさん、あのあと亡くなっていたのか……。すまない、僕たちが別行動をとらなければ」
「はは、いーんですよ。そのおかげで魔王を倒して国を救ったんじゃないですか。勇者様にとってはそれが役割。親父は親父の役割を精一杯果たしましたし、あのときに助けていただけなければ、それも叶いませんでした」
「リオンくん……」
「それに父の部隊にはお子さんが生まれたばかりの騎士もいて、ちゃんと妻子の元に帰してやることができたと話していたんです。勇者さんには感謝してもしきれないって話してましたよ!」
「……ありがとう」
そこで、ヒーロも、ようやく笑い返した。
「てかラットくん、そのバッグ、すごいね! 中に入れるなんて! アイテムの一つ? それさえあれば、安全に鍛冶屋まで行けるね!」
「いえ、そこまでしていただく訳には」
「俺たちをこのまま匿えば、君まで危険な目に、」
「ミルちゃんと合流しますよね? 鍛冶屋に来てましたよ。助けたいって言ってるんですから、助けさせてください。他にも何かあれば、できる限り手伝いますよ。さあ、バッグに入った入った!」
押しやられるように、ラットとヒーロはマジックバッグへと再度隠れた。
リオンを巻き込みたくはないが、ミルと合流したいのも本当だ。ここはリオンに甘え、鍛冶屋に行くとしよう――
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