第21話 異世界から来た勇者
薄暗い勇者の店の中に一歩入ると、酒の匂いが漂ってくる。
勇者曰く、バーと言うらしいこの店のそれは、酒場と比べて品がある。冒険者たちの体臭や、稀に吐瀉物すら混じる安酒の臭いではない。素人でもすぐに違いがわかるであろう色香のような高級酒の香り。ここが大人の世界か、と自然と背筋が伸びる。
落ち着いた灯り。静かな時間の流れ。客層も別世界だ。所謂荒くれの姿はなく、身なりの整った者たちが多い。
その一角、テーブル席で飲み交わす二人組の男性客が、ミルに目を向ける。
「やあ、可愛いお嬢さん、一人かい?」
「バーは初めて? 俺たちと一杯どう?」
首を横に振り、ミルが華麗にスルーしても、しつこくしない。フラれちゃったな、と爽やかに笑い合っている。女性の扱いにおいても、酒場の男たちと違って余裕がある。
ミルと並んでカウンターに座ったラットは、声を低めて注文した。
「マスター、いつもの」
ブフォッと酒を噴き出す音が背後でした。先程の二人組である。
(おいおい、いつからいた!?)
(危うく叫んで出禁になるとこだったぜ……)
蝶ネクタイを結んだ黒髪のバーテンダーだけが、何事もなかったかのように驚かず、
__コクリ
と頷く。厳かな瞳は、次いで隣のミルに向けられる。
「そちらのお嬢さんは?」
「……ミルク」
「ここはバーなので、お酒を……」
「ミルク」
__沈黙。
後に差し出されたのは、乳白色のグラス。
甘い匂いのするそれは、紛れもなく彼女の注文品である。
険しさから一転、肩を震わせて笑いを堪えるマスターに、ラットも相好を崩した。
「相変わらずだね、ヒーロ」
「このやり取りは欠かせないかな。ごめんね、バーときたらこうなんだ、ラットの彼女さん」
「かっ……!?」
「違う」
ミルがきっぱりはっきり否定する。その通りなのだが、なぜか喉がからからになる。
__コトリ。
ラットの前にグラスが置かれる。いつものお酒。慰めるように差し出されたそれで口を潤すと、ようやく話す気になれた。
「ミル、彼はヒーロ。噂の勇者だよ」
ミルに笑いかけ、
「ヒーロ、彼女はミル。ヴィントミューレで出会って、訳あって一緒に旅をすることになったんだ」
そのままヒーロにも笑いかける。
「ヒーロ・ドラグニルだ。初めまして、ミル」
「……ミル・テクノ」
「ミルは、ラットの旅仲間なんだね」
ミルは頷く。
「だったら勇界での名前も名乗っておこうかな。久龍 勇希だ。ヒーロ・ドラグニルは精霊界での名前だね。勇界の名前だと、聞いただけで勇界の人間ってわかるみたいで。名乗るたびに大騒ぎになるから、こっちの名前を名乗っているんだ」
「どうして私に教えたの?」
「ラットとは旅仲間ってだけじゃなくて、それなりに信頼関係はあるんだろ? ラットの反応を見ればわかるよ」
二人は同時にラットを見る。
咄嗟のことで、つい目を反らしてしまった__。
「ラットが信頼している相手なら、名乗るようにしているんだ。でも、呼ぶときはヒーロででお願いね」
__コクリ。
ミルは再び頷いた。
会話をしながら、ミルはミルクを口に運ぶ。
ミルクがおいしいのか、応えるミルの雰囲気は無表情ながらも柔らかい。
「君はミルクが好きなのかい?」
「ミルクは嗜好……」
言葉のトーンのせいだろうか、どこかドヤ顔に見えなくもない。
「ラットがチーズ好きなのは知ってるかい?」
「旅の途中で聞いた……」
「ミルクにチーズ。おいしいコンビじゃないか」
「うまくないからね!?」
「冗談はこれくらいにして、と」
ヒーロが引き下がる。
「ラットは元々商人の息子で味の良し悪しがわかるから、町を周ることがあったら訊いてみるといいよ。おいしいミルク料理を出す店に連れていってくれるはずさ」
含み笑いを残しながらミルに話す。
「ラット……」
ミルの眼差しを感じる。
何かを語り掛けてくる、どことなく煌めいた、眼差しを__。
このままでは話が進まない。
そう感じたラットは、話題をすり替えた。
「勇者はニホンから来たって話したでしょ? ヒーロは元の世界に戻るために、昼は加護の能力の一つである転移門で各地を周って、帰還方法を探しているんだよ」
「夜はこうしてバーのマスターをしながら情報収集、という訳さ」
ヒーロが片目を瞑って補足する。だから、勇者は夜にしか会えないのだ。
「それで。わざわざ会いに来たのは、シールの件かい?」
__見抜かれる。
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