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第17話 ミル・テクノ

 日が暮れた頃、ギルドのベッドの上で剣士が目を覚ました。


「そうか……最後の最後で、とんだ目に遭ったな」

「撤退したと思って、油断しました。店主さんがいなかったら、どうなっていたか」


 ベッド近くの椅子に座り、事の顛末を話し終える。


 ギルドに駆け込んだ時には、魔機屋の崩壊は既に筒抜けだった。魔物の襲撃を受けたこと。パーティで追い払ったが、剣士たちは深手を負ってしまったこと。説明すれば、ギルドは一も二もなくベッドを貸してくれた。


 意識を取り戻すのは時間がかかるだろう。ギルドのかかりつけ医の見立てを聞き、肩を落としていたのに。いち早く意識を取り戻したのだから、さすがリーダーだ。


「そう暗くなるなよ。オレはお前に感謝してんだぜ?」


 沈むラットの頭に、ぽん、と温度が生まれた。


「お前とパーティを組んでたから、どんな物も使いようってことが学べた。コボルトホイホイが即席の口枷になったように、剣も斬るだけがすべてじゃねぇ。鞭にも、槍にも、何にでもなれる」


 剣士の手のひらが、頭に乗っている。


「面白い戦いができるようになった、って言えばいいか? 冒険者として一皮剥けたおかげで、死なずに済んだし、あの魔物野郎のいけ好かない顔面に傷もつけられた。つくづく、お前はオレの、オレたちの恩人だよ。ありがとな、ラット」


 無骨な手に励まされ。固い唇が、緩んだ。


「僕だけじゃありません」


 告げる。


「僕たちが勝てたのは、彼の傷の違和感を命がけで伝えてくれたおかげです」


 剣士もまた、恩人だ。


「こちらこそ、ありがとうございました」


 剣士の手が、くしゃっと、ラットの髪をかき混ぜた。


「にしても、何企んでんだろうな、奴ら」


 彼が口にしたのは、ラットも気になっていること。


「目的はわかりませんが……強者がいると都合の悪い何かをしようとしていることは、間違いありませんね」


 その何かは、あそこに行けば、きっとわかる。

 けれど。

 足が、重い。


「行けよ」


 ラットの心中を見透かしたように、剣士が口を開いた。


「行きたいんだろ? 勇者の元に」

「ですが……」


 行けない。

 怪我をした四人を置いていくなど、そんなことできない。


「オレらが治るまで待ってたら、何日も足止め喰らうことになる。その間、奴らが大人しくしてると思うか?」


 答えは――否だ。


「あの魔物野郎に好き勝手されるのは我慢ならねぇんだよ」


 悪態を吐く。わざとらしく。


「オレらのことなら心配すんな。お前がいなくても、伝説は続いていくからよ」


 行けよ。

 ラットのためを想った、強い笑み。

 背中を押され、立ち上がる。


「明日、旅立ちます」


 満足そうに、剣士が目を細めた。

 そうと決まれば、準備がある。後はギルドに任せ、一刻も早く宿屋に戻ろうと歩き出し、


「飯と睡眠っ!!」


 剣士の思わぬ早口言葉に、転びかけた。


「疎かにすんなよ。お前はアイテムのことになると見境なくなっちまうんだからさ」


「あは……善処します」


 部屋を出る寸前、もう一度、振り返った。

 笑って伝える。

 仲間に。


「短い間でしたけど、皆さんのこと、忘れません。またお会いしましょう――ブレイブさん」



 扉を閉めると、足音がした。

 廊下に広がる漆黒に、店主が溶け込んでいる。ラットをギルドまで送り届けた後、魔機屋の様子を見てくると言って出ていったが、無事に戻ってきたようだ。


「家……なくなっちゃった」


 闇に覆われた店主の表情は暗い。直視できず、俯く。


「すみません。僕たちの、せいで」


 無関係だったのに、自分たちのせいで、巻き込んだ。胸が、押し潰されるように痛い。


 空気の動きで、首を横に振られたのがわかった。

 あなたたちのせいじゃない。

 そう、声なく言われ。少しだけ、心が楽になる。


「あなたはまだ、この街にいる?」


 今度は、こちらが首を横に振る番だ。


「やらなくてはならないことがあるんです」


「いつ出発するの?」

「朝起きたらすぐ」

「わたしも連れていって」


 顔を上げた。

 呟く彼女は、変わらず暗がりに沈んだまま。


「わたし、感情がわからないの」

 

 博士は願ってた。

 わたしが、笑えるようになることを。

 怒れるように、泣けるように、感情を手に入れられるように、願ってた。


 だから、その方法を探してた。

 ずっとずっと、ずっと探して、

 ……見つける前に、亡くなってしまった。


 でも、亡くなる前に、博士はこう言ったの。


 ――経験することで、感情は得られるかもしれない。


「はじめてなの……」


 闇を晴らした月明かりに、店主の顔が浮かび上がる。


「あなたといると――胸が、少しだけ、あたたかくなった。はじめてなの」


 温もりを湛えた瞳から、目を離せない。魅せられるのは、これで二度目だ。


「わたしは、博士の願いを叶えたい」


 釘付けになるラットを貪欲に呑み込み、彼女は続ける。


「あなたと一緒なら、感情がわかるかもしれない」



 ――だから。


「わたしも連れていって」


 考えた。

 戦力としては申し分ない。

 だが、無関係な彼女を道連れにしてしまっていいのか。


 考えて、考えて。

 逸れぬ瞳に、負けた。


「わかりました。一緒に行きましょう、店主さん」


 笑いかける。


「……ミル・テクノ」

 ぽつりと聞こえたそれが、彼女の名前。


「僕はラット・クリアノート。よろしくお願いします、ミルさん」


 店主は首を横に振る。


「……ミル」


 言葉は足りないのかもしれない。だが、彼女はラットと剣士たちのやりとりを、じっと見ていた。感情を得るために旅の仲間として信頼関係を築いていきたい、ということなのだろう。


 ラットは頷いた。


「よろしくね、ミル。僕のこともラットと呼んで」

「よろしく…………ラット」


 ミルとの新しい旅が、始まる。





 翌朝。旅支度を終えたミルと合流したラットは、今一度、魔機屋に寄った。


 店は、見れば見るほど、酷い。

 完全に破壊されて瓦礫と化し、今や廃墟だ。外に溢れていたアーティファクトも例外ではない。輝きは消え失せ、残骸となっていた。


 魔物の襲来に端を発した一連の騒動は、街の住人にももれなく知れ渡っている。食事処で人々の反応を聞いた限りでは、魔機屋の壊滅は平然と受け止められていた。だが、ラットは信じない。だって、この店は本当に素晴らしい。なくなるのは、この街にとっても痛手のはずだ。


 顔を背けてしまいたくなるほどの惨状だが、堪えて向き合う。


 何もしなければ、これらのアーティファクトはギルドによって瓦礫と併せて撤去される。その前に、探そう。無傷の物。修理すれば直りそうな物。一つでも多く、救いたい。


 作業を始めてしばらく経った頃。同じ空間にいたミルがいなくなっていることに気付いた。


 裏手の方に回ってみると、いた。

 瓦礫の奥、魔法の影響からギリギリ外れた場所で、佇んでいる。


 彼女は微動だにしない。気になり、近付く。

 ミルの身体越しに見えたそれ。

 大きな、石。

 察する。

 墓、だ。



 〝ナレッジ・テクノ〟



 墓標には、そう刻まれている。

 博士の――……


 ミルの隣で屈み、目を閉じて手を合わせる。


「何をしているの?」


 降ってきた声に、答えた。


「祈ってるんだよ。見守っていてください、って」


 ナレッジ・テクノ博士。

 数々のアーティファクトと、ギアノイドを生み出した、稀代の大天才。



 あなたの遺した望みを叶えるため、娘さんは、僕と旅に出ます。


 平穏な旅にはならないでしょう。

 怪我をさせてしまう場面もあるかもしれません。

 大切な娘さんを巻き込むことを許してください。

 もしもの時は――僕が命をかけて守ります。

 だからどうか、見守っていてください。



 祈りを終えて立ち上がると、入れ替わるようにミルが屈んだ。

 同じように手を合わせ、目を瞑る。


「行ってくるね……お父さん」




 旅立つ。

 遠い王都を見据えて――。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


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