第15話 想定外の誤差
速力の水を一気飲みしたおかげで間に合った。
駆け付けたラットは、マジックバックからポーションを素早く取り出す。
少年へ注意を向けたまま、指の間に挟んだ四本の瓶を投げる。バラバラに倒れる剣士たちを、一斉に応急処置した。
濃厚な鉄錆の臭いが纏わりつく。傷口を塞いだとしても、地面に流れる彼らの血は戻らない。
「……あなたが、やったんですか?」
握った拳に爪がめり込む。
「ちっ、また邪魔か」
少年は舌打ちすると、こちらに向き直った。
視線がラットの全身を行き来する。間もなく、少年は堪え切れないように笑った。
「一番の雑魚だな。荷物持ちか何かか?」
「答えてください。あなたが、やったんですか?」
「だったらどうする?」
「何故、こんなことを?」
「将来有望な新人が現れたら、戦いたくなるだろう?」
「なるほど。潰しに来た、という訳ですね」
「浅はかなお前たちが悪い。絶対に勝てない相手に勝ったなんて嘘を吐くから、目をつけられるんだ」
自信を芽生えさせ、希望に満ちていた剣士たち。それを、この少年は、無残に踏み躙った。握り締める拳の痛みが増し、血が出そうになる。
「戦うつもりか?」
気付いた少年が見下してくる。
「今なら逃がしてやってもいいぞ。荷物持ちが逃げたところで、どうってことないからな」
その時、微かに息遣いの音がした。
「……っら、っと」
剣士の声。ポーションが効いたのだろう。目覚めた彼へ、背中越しにすかさず言う。
「喋らないでください」
だが、彼は喋った。
「…………ぇ」
耳に届く一言。
それだけ残し、剣士は力尽きた。
何をすべきか。
どう動くべきか。
彼の命がけの声により、浮かび上がってくる。
計画を実行に移す、そのためには、
「店主さん、動けますか?」
横目で見た彼女は、頷いた。所々損傷しているが、起動に支障はないようだ。
戦える!!
「答えは出たか?」
満を持して、少年に言った。
「倒させてもらいます!」
マジックバックに手を突っ込む。
「……身の程知らずが!」
形相を変えて襲いかかってきた少年へ、投げた。
コボルトホイホイは、あっさり躱される。
続けざまの店主の連打まで、少年は顔を得意げに逸らして空振らせる。無駄なくサーベルを引き寄せ、反撃の刺突。
刹那、再度腕を振る。
飛ばしたのは、スパイダーネット。
少年は店主に釘付けだ。気付いていない。逃げられない。広がる網が、彼を捕らえる。
――シュパパッ!
網が空中分解し、少年の周囲に落ちた。
目を疑う。完全に、死角だったはずだ。なのに、反応した。切断し、無力化した。
直後、鳩尾を狙った店主の拳も見破られる。
「お前らの攻撃などお見通しだ!」
閃いたサーベルが彼女を愉しげに斬り刻む。
その瞬間、ようやく、見えた。
状況の打開策が。
絶望を覆す、希望が。
――最後の欠片が、揃った。
損傷を重ね、ラットの隣まで退却してきた店主に言う。
「すみません、怪我をさせてしまって……だけど、もう一度だけ、協力してもらえませんか?」
漆黒の瞳がこちらを向く。
「出会ったばかりで、こんなことを言うのもどうかと思いますが……信じてください。僕を」
呑み込むように、見つめられる。
「来ないなら、こっちから行くぞ!」
迫る殺気。
終わりゆく時間のなかで、彼女は。
小さく、けれど確かに、頷いた。
「全力で戦ってください。僕が店主さんを支えます」
取ってきたばかりのそれをマジックバックから出しながら、煙玉を地面へ叩き付けた。
*
おかしい。
煙幕に視界を遮られつつ、少年は考えていた。
煙幕自体は取るに足らない。所詮は荷物持ちの浅知恵。こんな煙ごときで少年の能力は潰れない。
そう。だから当然、あの人もどき、ギアノイドの動きは丸見えだ。煙幕越しに懲りずに飛んでくる拳など、余裕で見切れる。はずなのに。
「ッ!」
ガントレットの端が少年の髪を掠める。
(まただ……)
簡単に避けられるはずの拳が避け切れない。
サーベルも当てられず、空気ばかり斬る始末。
ならばと、ズレに合わせて動く。
「っく!」
今度は、頬を裂かれた。
(何故ズレる? ……速度が、変化しているのか?)
本来、少女の拳など直撃したところで、致命打にはならない。だが、人外の怪力に、ガントレットの威力を足した拳を喰らえば、無傷では済まない。
何が起きている?
力を隠していたのか?
いや、そんな芸当ができるのであれば、既にしていたはず。
強化水か?
無理だ。
この速度域……。
移動しながらのサポートは不可能だ。
では、一体何故、急に速く?
考える間に拳が来る。
やむを得ず防御に回る。
横に構えた刀身でガントレットを防ぎ……
――ガキン!
「なっ!?」
弾き飛ばされた。
馬鹿な。いくらギアノイドが怪力と言えど、得物を易々と持っていかれる少年ではない。
答えは、すぐにわかった。
両手が濡れている。
(水?)
否。
(滑る……!?)
――バシャ!
また、喰らった。
(くさい……!)
ぬめりに加え、この臭い。
「っくそ……!!」
飛び退く。
前のも、今のも……
(水じゃない!!)
撤退しかけた瞬間、ギアノイドの無表情が煙幕を割る。
疾風のごとき拳が、鳩尾にめり込んだ。
「ぐっ……!」
後方へ突き飛ばされる。
__ズドッ。
衝突音。崩れたジャンクの山の中で、かちりと、何かを聞いた。
視界を染める紅蓮。
噴出する――灼熱。
燃え盛った炎が身体を丸呑みにし、爛れた叫びが喉を駆け上がる。
髪を乱し、腕を振り、払う。払う。払う。
……が、消えない。
熱い牙は食い込んで離れず、全身を貪られる。まるで、餌でも塗りたくられているかのように。
えさ……。
悪臭が鼻を突く。
(みず……。この……くさい、水のせ……)
頬を殴り付けた怪力が、思考を断ち切る。
衝撃で炎がようやく振り払われ、紅蓮が去る。
鮮やかな青に戻った空の下で、見た。
大きな砲口を構える――荷物持ちの、顔を。
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