んじゃまあ、歴史のすり合わせと行こうか
歴史のすり合わせ?
「お互いの世界の過去を共有するんだ、時系列というか、そこがまるっと違うはずだろ?」
「なるほど」
「あ、まってその前に一個試したいことがある」
そう言って立ち上がったホームズは、引き出しを背に、向かい合っていた状況から体勢を変える。
「帰るのに最も適した方法は、来た道を引き返すこと、だろう」
そう言って僕の方へ二歩進み、少し伸びをした後、屈伸もして、伸脚も、なにか激しい運動でもするかのように準備運動をした後
「うおりゃぁぁあ!」
引き出しに、机に向かってジャンピングキックを決めた。
「痛っぁぁぁあ……!」
バリィという最悪な音とともに、僕の引き出しは見るも無惨な姿に変えられ、上にはホームズを名乗る女が、引き出しを無惨にもねじ切った犯人が鎮座している。
僕の視線に気づいたのか、犯人は慌てて僕の目と、引き出しを交互にチラチラ見る。
「あー……どんまい」
「せめて謝れ」
いい年こいた大人が本当になにをしてるんだ。
彼女はコートをはらい、チェック柄の帽子を整えて、二つの目で僕を見据えた。
「んじゃまあ、歴史のすり合わせといこうか」
「いまさら格好つけても無駄ですよ」
とりあえず、歴史の教科書を出す。幸い彼女がねじ切ったのは引き出しだけで、机にひろげていた教材は無事だった。
妖怪引き出し壊しには、紙に彼女が知っている世界の「現代」を書いてもらっている。こっちの教科書の19世紀との差異を確かめようということだ。
「書けたぞ」
歴史の年表と、ざっくり見比べてみたが、なんか、いろいろ違った。江戸幕府は滅びているけど明治が存在してなかったり、鎖国してないし、そもそも世界地図上での日本の場所が違う。
その後も彼女の口から説明を受けるたびに、知っている言葉なのに違和感を覚えたり、全然知らない出来事が起こっていたりと、少なくとも授業で習った歴史と大きく乖離していると感じた。
「やっぱり、ただ過去から来たってわけじゃなさそうだな」
彼女は日本出身、純正日本人と聞いたが、しかしそれは、日本という名前で、日本語が発達している全く別の国、別の世界だと考えられる。
彼女は指で変な形を作って額に当てている。集中しているのだろうか。だとしたら少し悪いが、話しかけさせてもらう
「一つ質問いいかな」
「はいどうぞ」
「今は歴史的な、大きなところを見たけれど、ホームズさんの身の回りの話が聞きたい」
「たしかに、その方が差異がでやすそうだな」
腕を組んでしばらくうなったあと、シャーロック・ホームズはこちらを見て、ゆっくり話し始めた。
「私の生きている時代では、今と違って子供を一人で留守番なんてさせられなかった、危険だから」
「戦争かなにかあったのか?」
「いや、そうじゃない。そんなでかい問題ではないんだ、ただ、毎日のように殺人事件が起きていてな」
「大問題では……?」
「子供を一人になんてしてたらすぐに殺されてしまう。そんな世の中だった」
「それは、怖い」
「ああ、たくさんの殺人事件が起こって、その度に警察から電話がかかってきて、私は現場に赴いた」
彼女の職業は、もう確証があった。
「わかっていると思うが、私の仕事は探偵だ。それも名探偵、世界各国に赴いて、そこらじゅうで起きる事件をバンバン解決する名探偵だ」
「世界中でバンバン事件が起きてたのか」
「まあ……その通り」
彼女は苦虫を噛み締めたような顔で言った。
「仕事がたくさん入って、稼げるんだがな、仕事が入れば入るほど、人が死んでいる。何か犯罪が起きている。だけどそれを喜ばなくちゃならない。仕事が入ると嬉しいからな。ただ同時に、私はそれが、嫌だった」
苦しそうに言い切った名探偵は、歪めてた表情を和ませ、笑みを浮かべながら僕に目を合わせる。
「だから、君みたいな子供が一人で留守番できるほど平和な世界があって、私は嬉しいよ」
眩しかった。その笑顔が目から離れない。
「ただいま」
そんな話をしている最中、下から、一階から声がする。
「お母さんだ!」
「母親?」
「早くかくれて!」
彼女は本来この世界に存在しないはずの人間だ。別世界の住人、もちろん戸籍もない。ただ、そんなこと関係なく、僕以外の人間がうちにいると、親にバレちゃまずい。
「とりあえずロッカーに隠れて!」
「えぇ、狭いよ」
「そこしかないんだ!」
確かに狭い、ひどく窮屈なロッカーに探偵さんを押し込み「痛い痛い」とうめく彼女を押し込むのに流石に罪悪感を覚えるが押し込み、破られた引き出しを足の下に隠して椅子に座る。机に向かい歴史の教科書を広げる。
その間ずっと、こちらに向かってくる足音が聞こえていた。
「入るわよ」
返事を待たずして開くドアに、異様なまでの緊張感をおぼえる。
「おかえり母さん、ちゃんと勉強やってるよ」
「そう、ならいいのよ」
「着替えるから出てって」
「はいはい」
毎日の勉強チェックにうんざりしながら、親が出ていったのを確認してロッカーを開けた。
「痛いぞ、無理やり押し込みやがって」
「あー……どんまい」
「謝れ」
「おあいこです」
「着替えるんだっけ?でてこか?」
「いやいい」
「そうか」
数言交わした後、僕らの耳を引き裂くような大音声が響いた。
「キャーーーーーー!!」
母の悲鳴。それを感じ取って、動き出そうと数秒ためらって、そして、風が横切る。
ビュンと鳴った風切音は、僕の横を駆け抜けるシャーロック・ホームズからでていた。
スライドドアをこじ開けほぼ落ちるように階段を駆け下り……ここからは僕も階段を降りなきゃ見られない。
出遅れたが僕も階段を駆け降りる。母の悲鳴を聞いて少し動けなかった自分を恥じた。
次に目に映ったのは、衝撃的な光景だった。
「なにやってるの?」
そう問わずにはいられなかった。
名探偵は、僕の母親に殴りかかっていたのだ。




