十年越しの返事
第一章 届く幸せ、募る沈黙
雪の降りしきる一月一日の朝、ポストを開けると、今年もあの葉書が届いていた。
白い年賀葉書。丸みを帯びた柔らかな文字で書かれた差出人の名前──「川村 美咲」。旧姓は田中。高校時代からの親友だった彼女からの年賀状だ。
私、木下春香は三十六歳。独身。昨年の春に勤めていた会社を退職し、今は派遣社員として細々と働いている。一人暮らしの1Kアパート。窓から見えるのは隣のマンションの壁だけ。
冷え切った部屋に戻り、コートも脱がずに年賀状を見つめた。
今年は家族四人でディズニーランドらしい。城を背景に、美咲と旦那さん、小学生くらいの男の子と幼稚園児くらいの女の子が満面の笑みで写っている。子どもたちはミッキーとミニーの耳をつけて、本当に楽しそうだ。
裏面には几帳面な文字で近況が綴られていた。
「春香ちゃん、お元気ですか? 我が家は相変わらず賑やかです。長男の健太が今年小学三年生、長女の彩花が年中さんになりました。二人とも元気いっぱいで、毎日が戦争のようです(笑)。春香ちゃんはどう過ごしていますか? また会いたいなぁ。今年こそはゆっくりお茶でもしましょう!」
温かい言葉。変わらない優しさ。でも、私の手は震えていた。
返事を書かなければ。そう思うのに、指先は動かない。もう何年になるだろう。美咲からの年賀状に、私が返事を出せなくなってから。
数えてみた。最後に返事を出したのは、彼女が結婚した翌年。つまり、もう十年も返事を出していない。
──十年。
その重さに、胸が締め付けられた。
第二章 積み重なる幸せの記録
リビングの棚の引き出しには、美咲からの年賀状が十枚、時系列に並べて保管してあった。
私は時々、まるで自分を傷つけるかのように、それらを取り出して眺めることがあった。
一枚目。二十六歳の彼女。純白のウェディングドレスに身を包み、タキシード姿の男性と腕を組んでいる。「ご報告が遅れましたが、昨年結婚しました!春香ちゃんにも会わせたいな」
あの時、私は素直におめでとうと書いた返事を出した。でも心のどこかで、小さな棘が刺さるような痛みを感じていた。
二枚目。赤ちゃんを抱く美咲。疲れているはずなのに、目は輝いていた。「念願の母親になりました。健太です。春香ちゃん、いつか会いに来てね」
この年賀状に、私は返事を書けなかった。書こうとした。何度もペンを持った。でも、「おめでとう」の後に何を書けばいいのか分からなかった。「私は相変わらず独身です」とでも書くのか?それとも「仕事は順調です」と嘘を書くのか?
結局、その年賀状は引き出しの中に仕舞われたままになった。
三枚目。健太が二歳くらいになり、美咲のお腹が再び大きくなっている写真。四枚目、二人目の娘、彩花が生まれた報告。五枚目、家族四人で公園でピクニック。六枚目、新築の一軒家の前での記念写真。
そして今年で七枚目。
毎年届く幸せの報告。積み重なっていく彼女の人生。それに対して、私の人生は何も変わっていない。いや、むしろ後退している。
三十歳の時には正社員だった。給料は高くなかったけれど、安定していた。三十三歳で昇進のチャンスがあったが、上司との人間関係がこじれて辞退した。三十四歳で部署異動。慣れない仕事に苦しんだ。三十五歳、会社の業績悪化でリストラの対象に。退職勧奨を受け入れた。
今は派遣社員。時給千五百円。交通費は自己負担。ボーナスなし。有給もほとんど使えない。
恋愛?最後にデートらしいデートをしたのは五年前。マッチングアプリで知り合った男性と三回ほど会ったが、連絡が途絶えた。
友人関係も希薄になった。高校の同窓会の案内は来るが、一度も参加していない。大学時代の友人とも、もう三年以上会っていない。
──私には何もない。
報告できる「近況」が、何一つない。
第三章 スマートフォンの中の幸せ
夜、ベッドに横になりながら、私はスマートフォンを手に取った。眠れない夜の習慣。SNSを見る。
Instagram。Facebook。X。
画面をスクロールするたびに、誰かの幸せが流れてくる。
高校の同級生の結婚式の写真。「ついに人生のパートナーと出会えました♡」
大学のサークルの後輩の出産報告。「3,200gの元気な男の子です!」
元同僚のマイホーム購入の投稿。「念願のマイホーム!ローン頑張ります!」
友人の子どもの運動会の写真。「一等賞取りました!ママ感動(涙)」
見知らぬ誰かの家族旅行の写真。ハワイ、沖縄、北海道。笑顔、笑顔、笑顔。
私は「いいね」を押す。コメントはしない。何を書けばいいのか分からないから。
画面を見つめながら、胸の奥が苦しくなっていく。
羨ましい。妬ましい。そして、惨めだ。
どうして私には訪れないのだろう。結婚して、子どもを産んで、家を買って、家族で旅行に行く。そんな「当たり前」の、「普通」の幸せが。
私だって真面目に生きてきた。学校をサボったことはない。親に反抗したこともない。会社でも一生懸命働いた。法律を犯したことはない。誰かを意図的に傷つけたこともない。
なのに、どうして。
友人たちは次々と「ライフステージ」を上がっていく。学生から社会人へ。社会人から妻へ。妻から母へ。そして、マイホームを持つ家族の一員へ。
──私は?
学生から社会人になっただけ。それも今は派遣社員。
子どもの頃と何も変わっていない。学校が会社に置き換わっただけ。制服が事務服に変わっただけ。
いや、その仕事さえも失った。
私には本当に何もない。
スマートフォンの電源を切り、暗闇の中で目を閉じた。でも眠れない。頭の中で、美咲の笑顔と、SNSで見た無数の幸せな顔が渦巻いている。
そして、自分の顔が浮かんだ。鏡で見た自分の顔。疲れた顔。笑顔を忘れた顔。
私は、幸せの枠組みから外れてしまった。
そう思うと、涙が溢れてきた。
第四章 書けない言葉
週末、久しぶりに実家に帰った。
母は相変わらず元気で、私の好物の肉じゃがを作って待っていてくれた。父はリビングでテレビを見ながら、たまに私に話しかけてくる。
弟は結婚して別の県に住んでいるが、たまに連絡をくれる。
「春香、元気にしてるか?」
父の何気ない言葉に、私は「うん、元気だよ」と答えた。嘘ではない。健康だから。でも、本当に元気かと言われれば、違う気がする。
夕食後、母が言った。
「そういえば、美咲ちゃんから年賀状来てたでしょ?あの子、幸せそうね」
母は美咲のことをよく覚えている。高校時代、何度も我が家に遊びに来たから。
「うん、来てたよ」
「返事、書いた?」
「……まだ」
母は少し困ったような顔をした。
「春香、あんた最近、美咲ちゃんに返事出してないでしょ。何年も」
図星だった。
「……書こうと思ってるんだけど」
「何が引っかかってるの?」
母の優しい声に、私は答えられなかった。何が引っかかっているのか、自分でもよく分からなかったから。
部屋に戻り、年賀状を書こうと机に向かった。ペンを持つ。白い年賀状を前に置く。
「美咲ちゃんへ」
そこまで書いて、手が止まった。
何を書けばいい?
「おめでとう」?何に対して?毎年同じことを書くのか?
「私は元気です」?それだけ?それで終わり?
「仕事は順調です」?嘘だ。派遣社員として、毎日同じ作業を繰り返しているだけだ。
「最近、いいことがありました」?ない。何もない。
「素敵な人と出会いました」?出会っていない。もう何年も。
ペンを置いた。深いため息が出た。
書くべき「近況」が、何もない。
いや、本当はそうじゃない。書こうと思えば書けることはある。最近読んだ本のこと。散歩で見つけた美しい景色のこと。実家で食べた母の料理のこと。
でも、それらは「近況」として書くほどのことじゃない気がした。美咲の人生の大きな出来事──結婚、出産、マイホーム──と比べたら、あまりにも些細すぎる。
──釣り合わない。
彼女の幸せと、私の平凡な日常は、釣り合わない。
そう思った瞬間、気づいた。
私は美咲に返事を書く「資格」がないと思っていたのだ。
幸せな人に、幸せじゃない人間が返事を書く資格はない。成功している人に、成功していない人間が言葉をかける権利はない。
そんな歪んだ思い込みが、私の中に根付いていた。
第五章 過去との対話
ある雨の日曜日、私は部屋の片付けをしていた。
クローゼットの奥から、古いダンボール箱を引っ張り出した。高校時代の思い出の品々が詰まった箱だ。
卒業アルバム。文化祭の写真。修学旅行のしおり。そして、手紙の束。
その中に、美咲から受け取った手紙があった。高校二年生の夏、私が体調を崩して二週間ほど学校を休んだ時、美咲が書いてくれた手紙だ。
便箋を広げると、十八歳の美咲の丸い文字が並んでいた。
「春香へ
体調はどう?学校、寂しいよ。春香がいないと、お弁当の時間もつまらない。早く元気になって、また一緒に笑いたいな。
この前話してた、将来の夢のこと、覚えてる?春香は『人を幸せにする仕事がしたい』って言ってたよね。私はその言葉、すごく素敵だと思った。春香は優しいから、きっとそういう仕事ができると思う。
私は正直、まだ夢とか分からない。でも、春香みたいに、誰かのために何かできる人になりたいなって思う。
早く会いたいです。待ってるね。
美咲」
手紙を読みながら、涙が溢れてきた。
あの頃の私たちは、未来に希望を持っていた。夢を語り合い、励まし合い、一緒に笑っていた。
いつから変わってしまったのだろう。
いつから私は、美咲の幸せを素直に喜べなくなったのだろう。
いつから私は、自分の人生を「何もない」と決めつけるようになったのだろう。
もう一度、美咲からの年賀状を全部取り出して、並べてみた。
十年分の彼女の人生が、そこにあった。
でも、改めて見てみると、気づくことがあった。
結婚報告の年賀状。幸せそうな笑顔の裏に、少し緊張した表情も見える。新しい環境への不安があったのかもしれない。
出産報告の年賀状。「念願の母親に」という言葉。もしかしたら、妊娠するまでに苦労があったのかもしれない。
二人目の子どもの写真。美咲は少し疲れた顔をしている。二人の子育ての大変さが、そこに滲んでいる。
新築の家の写真。確かに素敵な家だ。でも、おそらく何十年ものローンを抱えることになったはずだ。
私は美咲の人生を、表面的な「成功」の記号だけで見ていた。
結婚=幸せ。出産=幸せ。マイホーム=幸せ。
そんな単純な方程式で、彼女の人生を測っていた。
でも、人生はそんなに単純じゃない。
結婚したからといって、毎日が幸せなわけじゃない。夫婦喧嘩もあるだろう。価値観の違いに苦しむこともあるだろう。
子どもがいるからといって、すべてが順調なわけじゃない。夜泣きに悩まされ、イヤイヤ期に疲れ果て、教育費に頭を抱えることもあるだろう。
マイホームを持ったからといって、安心なわけじゃない。ローンの重圧、近所付き合いの煩わしさ、家のメンテナンスの大変さがあるだろう。
美咲にだって、きっとたくさんの悩みや苦しみがある。
それでも、その中で幸せを見つけようとしている。精一杯、自分の人生を生きている。
──そして私は?
私は美咲と自分を、たった一つの物差しで測っていた。「世間の物差し」で。
結婚しているかどうか。子どもがいるかどうか。家を持っているかどうか。
その物差しで測ったとき、私は「何も持たない者」になった。
でも、本当にそうだろうか?
第六章 見えなかった宝物
翌朝、私はいつものように散歩に出かけた。
近所の公園を抜けて、川沿いの遊歩道を歩く。これは私の日課だった。誰に強制されたわけでもない。ただ好きだから、毎朝歩く。
桜の木々はまだ冬の装いだったが、枝先には小さな蕾が膨らみ始めていた。もうすぐ春が来る。
ベンチに座り、川の流れを眺めた。
ふと思った。この時間、この景色を楽しめることは、幸せじゃないのだろうか。
毎朝、好きな時間に起きて、好きな場所を散歩できる。誰にも邪魔されない静かな時間を持てる。これは、小さな子どもを抱える美咲には、もしかしたら贅沢な時間かもしれない。
帰り道、コンビニに寄った。店員さんが「おはようございます」と笑顔で挨拶してくれた。私も「おはようございます」と返した。
些細な交流。でも、悪くない。
アパートに戻ると、隣の部屋のおばあさんが玄関先で新聞を取っていた。
「おはよう、木下さん」
「おはようございます、山田さん」
「今日も元気に散歩してきたの?偉いわね」
「はい、気持ちよかったです」
たったそれだけの会話。でも、この繋がりも悪くない。
部屋に入り、お茶を淹れた。窓際に置いた観葉植物に水をやった。この植物は三年前に買ったもので、少しずつ成長している。
ふと、部屋を見渡した。
1Kの小さな部屋。でも、私の居場所だ。温かいご飯を食べられる場所だ。雨風をしのげる場所だ。
本棚には、私が好きな本が並んでいる。小説、エッセイ、詩集。どれも私を慰め、励まし、豊かにしてくれた。
テーブルの上には、スケッチブックと色鉛筆。最近また、絵を描き始めた。下手だけど、楽しい。誰に見せるわけでもない。ただ、自分が楽しいから描く。
スマートフォンを手に取り、連絡先を見た。
両親の名前。弟の名前。高校時代の友人たちの名前。大学時代の友人たちの名前。
疎遠になった人も多いけれど、連絡しようと思えば連絡できる関係がある。
先週、高校の同級生から久しぶりにメッセージが来た。「元気?今度、時間があったら会わない?」
私は返事を保留にしていた。でも、彼女は私のことを覚えていてくれた。忙しい中、わざわざ連絡をくれた。
これは「何もない」のだろうか?
──違う。
私には、たくさんのものがあった。
ただ、それらを「持っているもの」として認識していなかっただけだ。
「世間の物差し」で測れるものだけを「価値あるもの」と思い込んでいたから、見えなかっただけだ。
健康な身体。住む場所。食べるもの。家族。友人。趣味。静かな朝の時間。川沿いの散歩道。本を読む楽しみ。絵を描く喜び。
これらは全部、私の「持っているもの」だ。
そして、これらを当たり前だと思わず、感謝できることが、本当の幸せなのかもしれない。
第七章 それぞれの戦い
その日の午後、私は図書館に行った。
窓際の席で本を読んでいると、隣に若い女性が座った。赤ちゃんを抱いている。
赤ちゃんが少しぐずり始めると、女性は慌てて席を立とうとした。
「すみません、うるさくして」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
私は微笑んだ。女性も安堵したように微笑み返してくれた。
でも、その笑顔の裏に、深い疲労が見えた。目の下にはクマができていた。髪も少し乱れていた。
赤ちゃんを抱きながら、彼女は一冊の育児書を開こうとしていた。でも、赤ちゃんが動くたびに本を読むことができない。
私は以前の自分だったら、この光景を見て「幸せそう」とだけ思っただろう。
でも今は違う。
この女性にも、たくさんの大変なことがあるのだと分かる。
夜中の授乳で睡眠不足かもしれない。家事と育児の両立に苦しんでいるかもしれない。夫との関係に悩んでいるかもしれない。自分の時間が全く取れず、図書館に来ることさえ精一杯なのかもしれない。
人はみんな、それぞれの戦いをしている。
既婚者には既婚者の、親には親の、独身者には独身者の。
どれが楽で、どれが大変で、どれが幸せで、どれが不幸か。
そんな単純な分類はできない。
美咲だってそうだ。
年賀状の写真では笑っているけれど、きっと毎日が戦いの連続だろう。
二人の子どもの世話。家事。もしかしたらパートで働いているかもしれない。義理の両親との関係。夫婦の時間の確保。自分の時間の確保。
そして何より、「いい母親」「いい妻」でいなければというプレッシャー。
私が勝手に「幸せの象徴」として見ていた美咲も、実は毎日、必死に生きているのだ。
そう思うと、彼女への見方が変わった。
羨ましさや妬ましさではなく、尊敬の念が湧いてきた。
彼女は彼女の人生を、精一杯生きている。
そして私は私の人生を、精一杯生きればいい。
比べる必要なんて、ない。
第八章 解放
その夜、私は久しぶりにSNSを開いた。
でも、今回は違った。
友人たちの投稿を見ても、胸が苦しくならなかった。
結婚式の写真を見て、「おめでとう」と素直に思えた。
出産報告を見て、「よかったね」と心から思えた。
子どもの成長記録を見て、「大きくなったね」と微笑めた。
そして、「いいね」を押すだけでなく、コメントも書いた。
「おめでとう!素敵な式だね」
「赤ちゃん、可愛い!元気に育ってね」
「お子さん、大きくなったね。ママ頑張ってるね」
短いコメントだけれど、心からのコメントだ。
返信が来た。
「ありがとう!春香ちゃんも元気?」
「ありがとう!また会いたいね」
「ありがとう!春香ちゃんは最近どう?」
みんな、私のことを気にかけてくれている。
私が勝手に距離を置いていただけだった。
私が勝手に「比べられたくない」と思って、自分から遠ざかっていただけだった。
でも、本当は誰も私を責めていない。誰も私を哀れんでいない。
みんなそれぞれの人生を生きていて、その合間に、私のことを思い出してくれる。
それだけで十分じゃないか。
スマートフォンを置き、深呼吸をした。
何かが解けた気がした。
長い間、私を縛っていた何かが、ふわりと解けた。
第九章 十年越しの返事
次の日曜日、私は机に向かった。
美咲への年賀状を書くために。
今度は、手が止まらなかった。
「美咲ちゃんへ
いつも年賀状をありがとう。なかなか返事を出せなくて、本当にごめんね。
でも、毎年、美咲ちゃんからの年賀状を楽しみにしていました。家族みんなが元気そうで、本当によかった。健太くんも彩花ちゃんも、すごく大きくなったね。
美咲ちゃん、毎日大変だと思うけど、頑張ってるんだね。尊敬します。
私は相変わらず独身だけど、元気にしています。最近は散歩と読書と絵を描くことが楽しみです。地味だけど、私らしい毎日かなと思っています。
今年こそ、本当に会いたいです。美咲ちゃんの都合のいい時に、お茶でもしましょう。子どもたちの話、たくさん聞かせてね。
これからもよろしくね。
春香」
書き終えて、読み返した。
完璧な文章じゃない。でも、嘘のない文章だ。私の言葉で、私の気持ちを書いた。
もう誰かと比べない。もう自分を卑下しない。私は私の人生を生きている。それでいい。
年賀状をポストに投函した。
晴れた冬の空の下、私は深く息を吸った。
軽くなった。心が、とても軽くなった。
第十章 新しい朝
三週間後、美咲から返事が来た。
今度は手紙だった。便箋三枚にびっしりと書かれた、長い手紙。
「春香ちゃん
返事、本当に嬉しかった!実はずっと心配してたの。私の年賀状が春香ちゃんを傷つけてないかなって。
正直に言うと、私も毎年、年賀状を送るのを躊躇してた。春香ちゃんから返事が来ないから、もしかして迷惑なのかな、自慢してるように見えるのかなって。
でも、やっぱり春香ちゃんとの繋がりを切りたくなくて、毎年送り続けてた。
春香ちゃん、私も毎日大変だよ。子どもたちは可愛いけど、本当に手がかかる。夫とは喧嘩ばっかり。義母との関係も微妙。ローンのプレッシャーもある。
正直、自分の時間なんて全然ない。たまに一人でトイレに入るのが、唯一のリラックスタイムなの(笑)。
年賀状の写真は、一年で一番うまく撮れた奇跡の一枚。普段はもっとぐちゃぐちゃだよ。
でもね、それでも私は幸せだと思う。大変だけど、これが私の人生で、私の選択だから。
春香ちゃんの散歩と読書と絵を描く毎日、素敵だと思う。私、そういう静かな時間が本当に羨ましい。
子どもが成長したら、また春香ちゃんみたいな時間を持ちたいな。
それぞれの幸せの形があるよね。
来月、子どもを夫に預けて、一人で東京に行く予定があるの。その時、会えないかな? ゆっくりお茶したい。
待ってるね。
美咲」
手紙を読んで、涙が出た。
でも、今度は苦しい涙じゃなかった。
温かい涙だった。
美咲も、私と同じように悩んでいた。
美咲も、私のことを心配してくれていた。
私たちは違う道を歩いているけれど、どちらが上でどちらが下でもない。
ただ、それぞれの道を、それぞれのペースで歩いているだけだ。
そして、お互いのことを思い合っている。
それだけで十分じゃないか。
エピローグ
春が来た。
桜が咲き始めた川沿いの遊歩道を、私は今日も歩いている。
来週、美咲と会う約束をした。小さなカフェで、二人だけで。
何を話そうか。どんな顔をして会おうか。
でも、もう怖くない。
私は私の人生を、胸を張って話せる。
大きな成功はないかもしれない。誰かに自慢できるような「成果」はないかもしれない。
でも、私には私の大切なものがある。
毎朝の散歩。好きな本。描きかけの絵。帰る場所。温かい食事。心配してくれる家族。思い出してくれる友人。
そして、何より、自分の人生を自分の物差しで測る勇気。
桜の花びらが、風に舞って落ちてくる。
私は手を伸ばして、一枚を受け取った。
薄紅色の小さな花びら。儚いけれど、美しい。
人生も同じかもしれない。
完璧じゃない。永遠でもない。でも、だからこそ美しい。
私は花びらを見つめながら、微笑んだ。
「私は、これでいい」
その言葉を、やっと心から言えるようになった。
十年越しの返事は、美咲への返事であると同時に、自分自身への返事でもあった。
「私の人生は、これでいい」
風が吹いて、桜の花びらがさらに舞い散る。
私はその中を、ゆっくりと歩き続けた。
自分の道を。自分のペースで。
もう誰とも比べない。
ただ、今この瞬間を、大切に生きていく。
それが、私の幸せだから。
(完)




