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世界はそれほど天秤を揺らすものか

作者: さつ。

スランプリハビリの短文。

再開がテーマです。

 もう二度と、相まみえることはないのだろう。

「止めて……だめ、だめなの。貴方が犠牲になるなんて、そんなの!」

 そう理解してしまうこと自体、苦しくて。私は必死でリュカに手を伸ばした。

 リュカは私の護衛として、二十年以上一緒だった。そしてその間、いつだって私が伸ばした手を取ってくれたんだ。

「すみません、アリア様」

 だから。このときだって、きっとそうしてくれるって私はどこかで信じていた。

 でもリュカは私の手を一瞥するとそのまま私に背を向ける。そして。

「やだ、リュカ、リュカ!」

 渦巻く悪意の吐き溜まり、カルマアキュームに飛び込んだ。

「好きなの、好きだから! 誤魔化してごめんなさい! 黙っていてごめんなさい! 素直になるから、もう二度と隠したりしないから!」

 リュカの姿が影に飲まれて消えていく。幼い頃から幾度となく探した背中が見えなくなる。

「だからお願い、戻ってきてよおおおお!」

 慟哭がその背中を追って消えていく。後を追って飛び込もうとする私を、リュカの部下が必死で引き留めた。

 震える彼らの頬もまた涙に濡れていて、私の絶望を濃くしていく。

 人間はどこまでもちっぽけだ。国一と、世界一ともてはやされても外なる悪意には叶わない。

 私が一番信じたリュカは、世界が一番頼ったリュカは。もう二度と私の前には戻ってこないのだ。


 そう、思った。

「初めまして、アリア・ウィル・エリセウス様」

 なら、今目の前にいる男は誰なのだろう。

 八年前に私の身長を追い抜いてから更に背を伸ばし、気がつけば私のへそ近くまで伸びた長い脚。一時期は女と間違われるほどに長かった滑らかな銀の髪を、今は胸ほどの長さで左に流している。

 記憶にあるリュカと同じ見た目をした男。

「はじめ、まして」

 けれどおそらく違うのだ。彼はリュカではない。ノクス・オルレイン。

 ノクスはリュカとは違う、鋭い瞳で私をにらみながら告げた。

「私は貴女の新しい宵人です」

 ぬくもりのない、冷めた声音。リュカとよく似た音を、リュカと似つかぬ温度で発するノクス。

「業務外の作業は好みません。ですので、必要外の関わりはお控えいただけますと」

「分かりました」

 それが私にとって、きっと救いだった。

 リュカとノクスが違う人間なのだと、そう思えたから。

 願い人である私にとって、他者と個人的な関係を持つことは最大の禁忌。ましてや、護衛騎士筆頭の宵人だったリュカと私の関係は決して許されるものではない。

 だからこそ私は、あの日までリュカへの想いを隠していた。あの日の告白だって決して許されるものではなかったのだ。

「貴方が良き宵人となりますように」

 私の笑顔に、正面にいた騎士の一人が息を呑む。きっと酷い顔をしていたのだろう。彼はあの日、私と共に涙を流した一人だ。

 願い人を信仰し、それ以上に宵人だったリュカを慕って、私と彼の仲を願ってくれていた人。あの告白が今も公然の秘密とされ続けているのは彼らの想いがあってこそだった。

「……貴女は守ります。この身に変えても」

 定型の近いと共に、きれいな礼を落とすノクス。その細かな所作すらリュカに似ていて、私は無理矢理彼から目をそらした。

「どうかお願いします」

 そのまま、私は彼に退席を促す。逆らうことも、無駄に私語を挟むこともなく部屋を立ち去った彼に私は大きく息をつく。

「貴方は私を人に戻さないでください」

 小さな囁きは、誰の耳にも届くことはなかった。


「アリア様、貴女のことは今度こそ必ず」

 アリアの自室からしばらく離れた宮殿の隅、その影に紛れてノクトは右目を強く抑える。

 その虹彩には複雑な紋章が浮かんでいる。

「愛しています、今でもずっと。それでも俺は、二度とあの人に受け入れられてはならないから」

 懐から零れたペンダントはその衝撃でトップが開く。どうやらあの日、カルマアキュームに落ちた衝撃で留め具がおかしくなってしまっているようだった。

 そこに収められた写真の中では、何も知らなかった二人が今も笑顔を浮かべている。

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