第6話 そして、スパイは鷹になる
そのときだった。
場の空気を切り裂くように、謁見の間の扉が勢いよく開かれた。
「失礼いたしますッ!!陛下、緊急事態です!!」
駆け込んできた兵士が、息も絶え絶えに叫ぶ。
「空間座標観測点に異常反応!次元盗賊団がわが国に侵入した模様です!」
ざわめきが走る。臣下たちは騒然とし、王の周囲に人が集まる。
「な、なんと……次元盗賊団が、我が国に……?」
次元盗賊団か。物資略奪を目的に、次元の狭間から侵入する独立勢力。その名を聞いた瞬間、私は無言で視線を落とした。
(Bathlandの地価と資源、それに武装等級の低さ。目を付けられても、まったく不思議じゃないわね)
「これは大変じゃ!将軍!今すぐ討伐隊を編成!冒険者も募るのじゃ!」
「はっ!!!」
「ありゃ?ミライ殿~、はて?……ミライ殿はどこじゃ?」
私は静かに王のもとから、姿を消していた。
*********
私は、王のもとから姿を消したあと、街の裏手にある見晴らしのいい崖沿いへと回り込んだ。
(歪み痕──まだ残ってる)
地面にうっすらと走る亀裂と、におい。この国の空気とは微妙に異なる、別次元の気配。
(盗賊団……着地が雑。侵入口の痕跡、処理してない)
私は軽く息を整えると足音ひとつ立てずに茂みを抜けた。移動中、指先を小さく立てる。
「フォーカスブレイク」
視界が少しだけ冷たく色づく。熱と動きの強いものが、ゆっくりと輪郭を浮かび上がらせていく。
山道の下の樹々の間に数人のシルエット。迷彩のような軽装をまとい、動きは機敏。
会話も拾えた。
「まじ楽勝だなこの国。結界も警備もスッカスカじゃね?」
「まじで。狙われなかったのが奇跡ってレベル」
「とりあえず腹減ったわ。で、どのあたりに食料倉庫あんだっけ?」
「あと、女!女全員さらおうぜ!」
(……ふざけた連中)
私は静かに一段飛び降り、無表情のまま盗賊たちを見下ろした。
(こいつらは一度盗れると踏めば、骨の髄まで搾り取る)
資源、物資、文化、人材、ありとあらゆる価値を、手当たり次第に食い尽くす。奴らが荒らした国や世界は、資産価値ごと地に堕ちる。
(Bathlandをただの焦土にはさせない)
こういう奴らは下手に奇襲をかけると逃げられる。あえて姿を見せて油断させる。女の特権だ。
そして木々の影から、ザンッという音とともに私は彼らの真ん中に立っていた。
「……っ!?」
「誰だテメェ!」
彼らが一斉に腰に手を伸ばすのと、私がサングラスをかけたボスらしき盗賊にアームバレットを向けるのは、ほぼ同時だった。
「無理に動かないこと。撃たれたくないならね」
「……あんた、ここの住民じゃないな」
サングラス男が、私の足元を見ながら言った。
「売国企業かなんかの潜入者ってところか?」
しかし私は無言のまま応じなかった。敵の言葉に正解を与える必要はない。
「ま、利害関係がないならこっちも荒事は避けたいんだがなぁ」
男は肩をすくめて笑う。
「こっちはただ、少しこの国の中身を覗きに来ただけさ。……開けっ放しの金庫があれば、誰だって気になるだろ?」
私はアームバレットをサングラス男に向けたまま、淡々と告げた。
「撤退を勧告するわ。交渉の余地は、ない」
数秒の沈黙。
やがてサングラス男は、ニヤリと口元を歪めた。
「……わかったよ、姐さん。こりゃ迂闊に火種を撒くわけにはいかねえもんな」
両手を広げ、背後の部下たちに合図を送る。
「おい、引き上げるぞ」
盗賊団の数人が、互いに目配せしながら動き始める。
(……動きが硬い。撤退の型じゃない。体重が前に乗りすぎてる。……狙ってる)
私は表情を変えずに、アームバレットの起動装置にそえる指先に力を込めた。
(こっちも最初から、帰す気なんてないけどね)
次の瞬間。空気を切り裂くように一人の盗賊が疾走してきた。
「おらぁぁぁ!!」
掛け声と同時に、背後からもう二人。完全な三方向同時奇襲。だが、私の指は、すでにアームバレットの起動ボタンを押していた。
(先手必勝)
無音で放たれたダーツ型ボルトが、最前列の盗賊の肩口を撃ち抜いた。
「ぐあっ──!」
バランスを崩した男が、無様に地面を転がる。
右から迫る男には即座に照準を切り替え、左から突っ込んできた男には、体ごと反転して蹴りを叩き込んだ。
「ぶへっ!?」
「うわっ、あ、あが──ッ!!」
一人、また一人と崩れ落ちていく。
正面から襲ってきた盗賊団の半数が、接触すらできないまま倒された。
私はひとつ息を吐き、残った敵の中でも一人、明らかに“動きが違う”男を睨んだ。
サングラスのボス──
「ったく……やべえ女だな。うちに欲しいくらいだ」
次の瞬間、彼は地を滑るように前方へ飛び出した。
(速い……)
視界から飛び出したかと思えば、木の陰へ、またそこから死角へ。直線の攻撃では捉えきれない。
「よそ見すんなよ!!」
背後からの襲撃に振り返るより先に反応した。
しかし、撃ったボルトはむなしく空を切る。
「遅ぇ!」
ボスは回避と共にナイフを仕掛ける。狡猾なやつらの攻撃、おそらく毒でも仕込んであるのだろう。
(擦りでもしたら終わりだわ…!)
飛んだらそこをやられる。私は低い姿勢でナイフを避けフォースブレイクを発動する。
(捉えた…!)
(でも何発か見られて完全に読まれている…さすがに団を率いるボスってところかしら)
(……なら)
私は一瞬、アームバレットを構えたまま動きを止めた。
(やつの速さ、素直な射撃じゃ通らない)
「諦めたかぁ!?そのまま大人しくしてな!」
やつは私の動きに敏感に反応し、攻撃に転じる。私のアームバレットは完全に読んだという過信、私はそこへつけ込む。
目を細め、アームバレットのスイッチをサッと切り替える。
「ファントムシュート!!」
私の指が起動スイッチを長押し入力しながらわずかに軸をずらす。すると、ボルトの残像が鞭のようにしなりながら空中でカーブした。
「は?」
そして、サングラス男が回避するであろう場所で起動スイッチを離すと、その位置で本命の一撃が向かっていく。
そして、すでに回避行動を取っていたはずのサングラス男の脇腹に、実体のボルトがねじ込まれた。
「──がっ……は、ぁ……?」
彼は数歩よろめいてから膝をつき、地面に崩れ落ちる。
「どういう…ことだ……、避けたはず…」
「目がいい奴ほど、引っかかる…残念だったわね?」
私は一切表情を変えずに、静かにアームバレットを下ろした。
「まぁ、鼠が何匹いようと、鷹にはかなわない……当然でしょ」
風が一つ、木々を揺らした。