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第5話 そして、スパイは王と会う

 ギルドを出た私は、ひとまず次の課題に頭を切り替えた。


(潜伏先の確保……まずは宿ね)


 通りの先、小さな木製の看板が目に入る。


《地熱温泉ゆやど》


(……まあ、悪くなさそう)


 私はその宿に決め、手早くチェックインを済ませた。


*********


 部屋は質素だが清潔で、窓からは湯気越しに町並みが見える。

 荷物を軽く置き、まずは浴場へ。 


 湯煙の立つ木の湯船に、私は静かに体を沈めた。


「っあぁ~~~……」


 思わず声が漏れる。

 地熱温泉は想像以上に心地よく、筋肉のこわばりと任務の緊張がじんわりとほどけていく。


(……これ、任務忘れそう)


 そして、私は湯の中で静かに目を閉じた。


 体を休めた後、私は湯上がりの格好に着替えて町に出た。


「……とりあえず、何か食べられるところを探そう」


 湯気の立ちこめる石畳を歩くと、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。

 屋台からは焼き物の匂い、食堂からは煮込み料理の湯気。


 と、そのとき。


「おぉっ!嬢ちゃん、あんたシャークオーガをやっつけた子だろ!?」


 通りすがりの肉屋の親父が声をかけてきた。


「ほら、これ持っていきな!」


 手渡されたのは、ホカホカの肉串。 


「いや、別に……」

「いいからいいから!助かったぜ!」 


 さらに進むと、肉まん屋のおばちゃんに呼び止められた。


「あんた!あんがとね!これでも食べな!」


 手渡されたのは、ずっしりふっくら肉まんだった。


(……まあ、断るのも不自然か)


 私は無言で受け取り、そっと頭を下げた。


「飯屋に入らなくても腹が満たされた、わね…」


 そうしてたどり着いたのが、町外れの小さな甘味処だった。


(……甘味処?)


 湯気に霞む町並みを歩いていると、木造の小さな店が目に留まった。

 軒先には、色褪せた暖簾。そこに描かれているのは、手描きの丸っこい団子の絵だった。


(……別に、興味ないけど。調査も必要、よね?)


 私は周囲に気配を探りながらさりげなく足を向けた。

 中はこじんまりしていたが、素朴な木の香りとほのかに甘い匂いが漂っている。


「いらっしゃい!」


 元気なおばちゃんの声。カウンターの奥には、串団子や餅菓子がきれいに並べられていた。


(地元の流通調査。そう、情報収集) 


 私は無表情を保ったまま、そっと棚を眺めた。 


「お嬢さん、どれにする?」


「……じゃあ、これを」


 私は最も無難そうな、白玉団子を指さした。 


「おまけだよ!」


 おばちゃんはさらに小さな桜餅を添えてくれた。

 心の中で静かに歓喜の悲鳴をあげながら、私は無表情を装って受け取った。


*********


 人気のない路地裏で、私はそっと串団子にかじりついた。


(……っっ、あまうま)


 柔らかくほんのり甘い。焼き目の香ばしさと、もちもちの食感が、じんわりと心をほどいていく。それにこの桜餅ってやつの絶妙な風味ったら…!


(……うん、調査継続。あくまでも調査よ)


 またしても誰に言い訳するでもなく、私は二口目にかじりついた。


 餅菓子を堪能した私は人気のない路地裏に残り、ついでにっと端末を起動した。


《次元転送報告プラットフォーム:DimCode 本社ライン接続中》


 端末の画面が淡く光り、すぐにログインが完了する。

 私はいつものように無表情のまま、現地調査の要点を打ち込んだ。


【派遣先状況:初見報告】

・BADLAND(灼熱危険地帯・特級危険指定)

・現地観察:敵性活動、戦闘痕は現時点未確認

・住民:潜在的武装集団、反政府勢力の存在については引き続き調査中

・魔物発生:想定以上の個体戦闘力を確認

【備考】・調査継続中。引き続き潜伏及び情報収集を行う。


 送信ボタンに指を止めると、画面の上部に「報告完了」の文字が表示された。


(ふぅ。まずは、これでよし)


*********


 その数刻後。私は宿の一室で、お茶を飲んでいた。

 そこへ、宿の主人が血相を変えて飛び込んできた。


「お、お嬢さん!大変だ!王宮から謁見の申し出が来とる!!」


「……は?」


 頭の中で一瞬だけ、警報音が鳴る。


(王族と接触……!?これはイレギュラー)


「国王陛下が、魔物討伐の件で直接感謝したいとのことらしいですぞ!」


 だが、避ける理由はまったくない、いやむしろ歓迎。


(いきなり王宮の情報が得られるのは、正直デカい)


*********


 翌日、私は城の謁見室にいた。

 白石の柱と金の装飾、だが過剰さのない品の良い空間だった。


「おぉ、そなたがシャークオーガを討伐したというミライ殿か!」


 豪快に笑う王。一見その態度に傲慢さはなく、心からの敬意と歓迎がにじんでいた。


(いや、こういうのに限って腹黒い。この国の急所、暴かせてもらうわ)


「心から礼を言いたい。Bathlandバスランドの民を救ってくれた」


(……Bathバス、ランド?)


 思わず耳を疑った。


「うむ!我が国は“Bathlandバスランド”癒やしと平穏の世界じゃ」


「……ちょっと待って、それって」


Bathlandバスランド?→BatlandバトランドBadlandバドランド!?まさかの誤字?)


 私は頭を抱えかけた。……だが、国王の言葉は続く。


「この国は戦争もなく飢えもなく争いを嫌う民の集まる地。ゆえに魔物など危険生物の対処がからきし苦手でなぁ」


(灼熱地帯もただの温泉!?っは、まさか武装等級:Sって”SMALL”のSだったの!?)


 私はその場では無言を貫いたが心の中では、はっきり思った。


(……完全に、優良物件…。国盗りの軍事国家にとってお宝では……)


 目の前の王は私の素性を知らぬまま、まるで古くからの友に接するような顔で、私の手をしっかりと握った。


「そなたが良ければ末永く、この国で暮らしてくれ」


 周囲の臣下たちが穏やかな拍手を送ってくる。


 (呑気な人達…)


 私の報告一つで、別次元の軍事国家に狙われて、侵攻されれば一晩で乗っ取られるというのに。


 しかし、私は今この国の住人の普通の女の子…にしては、ちょっと強いけど。


(そこは気にしてないみたいだし、好都合だわ)


「光栄です、王様!」


 本心を隠した私は見事な町民スマイルを浮かべ、丁寧に一礼した。

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