表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/20

8 作戦②新しい候補者からの招待状……のはずが遭遇したのは?

 王太子妃候補にもう一人加わったという話は瞬く間に社交界を席巻した。その人物がミルフィ・フレイズ男爵令嬢だということで様々な憶測が飛び交っている。


「まさか愛人の子どもを自分の子どもと結婚させるのか?」

「男爵への贖罪では?」

「愛人の我が儘をお聞きになった結果じゃないのかしら」


 真相はわからないものの、こうしたことが真実のように語られ噂が噂を呼でいる。そんな中、オペラにフレイズ男爵家からお茶会への招待状が届いた。書かれていた場所を目にした兄フリューが、眉をつり上げ怒りを顕わにする。


「たかが男爵家ごときが“天使の花園”を使うだと!?」


 天使の花園とは先の王太后が愛した王城内にある小さな庭の愛称で、以前は王族のみが楽しめる密やかな場所だった。王太子カラムの二人の姉殿下がよくお茶会を開いた場所としても有名で、どちらも国外に嫁いだものの里帰りするたびに天使の花園でお茶会を開いている。最近では二人の妹殿下も天使の花園がお気に入りらしく、先日は学友たちとダンスを楽しまれたらしいと社交界で話題になっていた。

 そんな密やかな庭園は、王太后の遺言もあり数年前から貴族たちに広く開放されることになった。とはいえ場所は王城内、使用するには事前に申し出る必要があり、それなりの爵位や地位がなくてはお茶会などに使うことはできない。

 そんな場所を爵位の低い男爵家が使うのは確かに珍しいことだ。フリューは渋面を作りながら「なんということだ!」と口にし、オペラは「あらまぁ」と静かに招待状を見た。


「行く必要はないぞ」

「断る理由もございませんわ」

「男爵家の招きを公爵家が受ける必要はない」

「ミルフィ様は王太子妃候補、断っては世間体がよろしくなくてよ?」

「しかしだな、」

「わたくしではミルフィ様と渡り合えない、お兄様はそうお思いになっていらっしゃるのかしら」

「馬鹿を言うな。おまえ以上の令嬢はこの国に、いやどの国にもいない。我が王太子殿下にもっともふわさしいのはおまえだけだ」

「お褒めの言葉、ありがとうございます」


「我が王太子殿下」という熱い言葉にため息をつきつつ、オペラはさっそく伺う旨の返事を出した。

 招待状には「六日後に」と書かれている。大急ぎで侍女たちを集め、王太子妃候補としてふさわしいドレスと装飾品を念入りに見繕った。同時に何かが起きるのではと警戒もした。強制力はまるで日常の一部のように何かを起こし、それが結果としてオペラの意に沿わない方向に向かわせる。前回の事故のことを考えると油断するわけにはいかない。

 ところが一日、二日と経っても問題になるようなことは起きなかった。そのまま三日、四日と過ぎ、いよいよ明日はお茶会の当日だ。


(今日までにそれらしいことは起きなかった。ということは、これから起きということかしら)


 もしくはすでに起きているが気づいていないということだろうか。


(すでに起きている可能性……考えられるのは、あれから殿下に一度も拝謁が叶わないことかしら)


 あの日以来、オペラは一度も王太子と面会できずにいた。兄フリューが直接話をしても「時間が取れない」の一点張りなのだという。


(これまでこんなことはなかったわ。ということは、これも強制力の一つと考えたほうがよさそうね)


 この件でもっとも衝撃を受けているのは兄フリューのほうだ。直接願い出ても断られたことが信じられないのだろう。そうしたことが三度も続いたからか、最近のフリューは少し元気がない。「お可哀想だこと」と思いつつ、オペラはますます前向きになっていた。

 正直、オペラはここまでやる気になるとは自分でも思っていなかった。それなのに“ぷろぐらむ”に邪魔をされているとわかると「立ち向かわなくては」という気持ちがわき上がってくる。はじめから整えられていない道を歩くのはなんと心躍るのだろうかと思うことさえあった。なによりも「これこそがわたくしの歩むべき道だ」という気持ちが沸々とわき上がってくる。オペラの顔に凛々しくも美しい笑みが広がった。


(念のため、今回はさらに早めに向かうことにしましょう)


 前回同様、突然事故に巻き込まれるかもしれない。そう考え、予定より随分早くに屋敷を出た。しかし何事も起きないまま馬車は王城へと走り続けている。それでも警戒を解かないオペラを乗せた馬車は、そのままゆっくりと正面門を通り過ぎた。

 馬車を降りたオペラは、なおも気を緩めることなく案内係の侍女の後ろを歩いた。足取りは優雅なものの表情はきりりと引き締まり、それがかえって美貌を際立たせている。すれ違う侍従や侍女たちはオペラの姿にたちまちぽぅっと見惚れ、たまたま出くわした貴族の視線まで釘付けにした。

 そうした状況に慣れているオペラは周囲を気にすることなく「お茶会の場で何が起きるのかしら」と、なおも強制力のことを考えながら歩いていた。正面を見ていながらも黒い瞳は前を見ておらず、このあと強制力が動きそうなことは何だろうかと考えを巡らせる。

 いつになく考え事に耽りながら歩いていたからか、生まれて初めてドレスの裾に足を取られてしまった。「あっ」と思ったときには体がぐらりと揺れ、慌てて踏み出した一歩がほんの少し裾を踏んだせいでつんのめる。「なんてこと」と思いながら身をよじったときだった。


「お……っと」


 廊下に倒れると思っていたオペラだが、力強い腕に支えられ倒れることはなかった。


「危なかった。大丈夫かい?」

「あ……りがとうございます」


 初めての失態に動揺していたオペラだが、すぐに気を引き締め感謝の言葉を口にする。そうして体を起こそうとするオペラを支える手は大きく、「気をつけて」と呼びかける声は低く艶やかな男性のものだった。


「お怪我は?」

「大丈夫ですわ。お手を貸してくださってありがとうございます。おかげで怪我をせずに済みました」

「それはよかった」


 さり気なく腰を支えていた手を離した男性が、代わりにオペラの胸より低い位置に手を差し出した。オペラは促されるままその手に右手を乗せ、左手でドレスを少し摘み上げて脱げかけた靴を履き直す。男性は何も言わないが、オペラの靴が脱げかけていることに気づいていたのだろう。女性に恥をかかせないさり気ない仕草に「こういう殿方もいらっしゃるのね」と思いながら顔を上げた。

 男性はふわりとした茶色の髪に若葉のような緑色の目をしていた。年は兄フリューよりも上に見える。見上げるオペラににこりと微笑む顔に既視感を覚えた。


「これはまた目が覚めるような美女だ」


 あまり品がいい反応ではない。しかしそれが嫌味にならないのは男性の表情が柔らかく、そこはかとなく気品が漂っているからだろう。


「助けていただきまして感謝いたします。わたくし、オペラ・ガトーオロムと申します」

「あぁ、きみが!」


 男性のわざとらしく感じるほど驚く様子に、オペラは目をぱちくりとさせた。


(見たことがあるような気がしたけれど、やはりどこかでお目にかかったことがあったのかしら)


 しかし自分を見下ろす顔に見覚えはない。それでも男性は自分を知っているような顔で見つめてくる。「失礼にならないようにお名前を聞かなくては」と考えるオペラに、「これは失礼した」と男性がにこりと微笑んだ。


「グラニーテ・サントノレアと申します、ガトーオロム公爵令嬢」


 一瞬息を止めたオペラは、すぐに「お初にお目にかかります、ボンボール公」と挨拶をした。本来なら両手でドレスの裾を少し持ち上げ腰を折るのが正式な挨拶だが、グラニーテ公に右手を取られたままのため片手で裾を持ち上げゆっくりと腰を折る。それを見たグラニーテ公が「挨拶まで美しい」と目を細めた。


「ボンボール公にお目にかかれるなんて望外の喜びですわ」

「いやいや、僕こそ王国一の美女にお目にかかれるとは望外の喜びだ。カラム殿下に引き留められてよかったと、いま初めて思ったよ」


 そう言ってにこっと微笑むと、「おっと、いまのは失言だったかな」と口にしながら今度はニヤリと笑う。そうした表情を見せる貴族は初めてで、オペラは思わず目を見開いた。


「殿下に兄とも慕われるのはたしかにうれしいし、そんな甥っ子は可愛いと思う。ただ、毎回となるとさすがにね。だが、今回のこの出会いは殿下に引き留められたからこその幸運だ。殿下には心から感謝申し上げなくてはいけないな」

「ボンボール公は冗談がお上手ですわ」

「いいや、いまのは本心だ」

「まぁ」


 左手でさり気なく口元を隠しながら「どういうおつもりなのだろう」と考えた。王弟は独身で昔から多くの浮き名を流してきたことで有名な人物だ。いまはボンボール領に住んでいるため「ボンボール公」と呼ばれており、王都の社交界には顔を出さない。そのため一度も会ったことがないオペラだったが噂はいろいろ耳にしていた。


(たしか三十……九歳だったかしら)


 しかしそれより若く見える。目の色が同じだからか、顔の上半分だけ見れば王太子カラムによく似ていた。だから会ったことがあると錯覚したのだろう。

 それとなく観察しながら右手をちらりと見る。グラニーテ公はなぜか右手を離そうとしない。自分の名前を知っているということは王太子妃候補の一人だということも知っているはずなのに、これはどういうことだろう。


(だからといって強引に手を引くのはよくないわ)


 相手が一貴族なら方法はいくらでもあるが、グラニーテ公は王弟だ。しかも国王の信頼が厚く王太子からも慕われている。公爵家令嬢として礼を失するわけにはいかない。あれこれ思案するオペラに「そうだ」とグラニーテ公が微笑みかけた。


「こうして出会ったのも何かの縁、これからお茶でもいかがかな?」


 一瞬真顔になったオペラは、すぐさまにこりと微笑んだ。


「到着されたばかりのボンボール公はお疲れでしょう。またの……」


「またの機会にぜひ」と続けようとした言葉は「驚いた!」というグラニーテ公の言葉に遮られてしまった。


「僕が今日到着したばかりだと、どうしてわかったんだい?」

「お召し物からそのように思っただけですわ。それに先日、使者がいらっしゃっていたことは存じています。ですから、もしやそうではないかと」


 オペラの言葉に「うんうん」と感心したように終始頷いている。


「なるほど、あなたは噂どおり聡明でいらっしゃる。これまで浮いた話など一切なかった殿下が選ばれたご令嬢とはどういう女性かと興味津々だったんだが、なるほど納得した。ぜひ、もう少しお話ししたい」

「申し訳ございません。これからお誘いを受けたお茶会に行くところですの」

「どちらのお茶会かな」

「フレイズ男爵家令嬢ミルフィ様のお茶会ですわ」

「フレイズ男爵家……あぁ、新しい王太子妃候補のご令嬢か」


 一瞬、険しい表情を浮かべたのは兄である国王のよくない噂を思い出したからだろう。しかしすぐに柔らかい表情を浮かべ、「そちらは僕からお断りしよう」と告げた。さすがのオペラもこれには言葉を失った。ここまで強引な貴族に出会ったことはなく、だからといって「やめてください」とも言えない。


(困ったわね)


 直前になって断ってはミルフィ嬢も気分を害するだろう。困惑するオペラをよそに、グラニーテ公は案内係の侍女に「お茶会はキャンセルだ」と勝手に告げた。


「ボンボール公、それは困ります」

「大丈夫だよ。あぁ、キャンセルついでに、今度僕が開くお茶会に招待すると伝えてくれ。それで男爵は納得してくれるだろう」


 命じられた侍女は、王城務めの侍女らしく冷静に「承知いたしました」と答えるとそのまま立ち去った。遠ざかる侍女を見送ったオペラは、その目でちらりとグラニーテ公を見る。

 グラニーテ公は普段領地に引きこもっているものの、王族としては国王に次ぐ権力を持っていた。国王はいまでも大きな外交問題が起きればグラニーテ公に相談し、国王代理として諸外国に派遣することもある。王太子は小さい頃からグラニーテ公が大好きで、王太子が国王になってもグラニーテ公の地位が揺るぐことはないだろう。ボンボール領は豊かな土地のため財力もある。


(だからこその浮き名なのでしょうけれど)


 そんな人物が、どうして十歳以上も年下の小娘に興味を示すのだろうか。オペラはそれが気になった。


「では、まいりましょうか。といっても僕が使っている控え室なんだけどね」

「急なお話で、わたくし正直困惑しておりますの。できれば日を改めて……」

「大丈夫。さすがの僕でも出会ってすぐの女性に無体なことはしない。部屋には侍女も控えさせるし、本当にただ話をしたいだけだよ」


 優しくも強引なグラニーテ公に曖昧に頷きながら「そういう問題ではないのですけれど」とわずかに眉を寄せた。


(いまボンボール公と親しくするのは影響が大きすぎるわ)


 この一件は社交界で大いに話題にされるだろう。良い方向に転がれば、王弟にも気に入られた公爵令嬢こそ王太子妃にふさわしいという噂が流れる。悪い方向なら、王弟に色目を使う令嬢が王太子妃候補などもってのほかだと大勢が声高に訴えるに違いない。そこまで考えたオペラはハッとした。


(もしかして、今回の強制力はこれ(・・)なのかしら)


 ミルフィ嬢に会うか会わないかではなく、王弟グラニーテ公に遭遇することが強制力だったのだ。オペラは内心「見誤ったわ」と天を仰ぎたい気分だった。どちらに転んでも神が話した結末に近づいてしまう。グラニーテ公に右手を引かれながら、オペラは表情を変えることなくひたすら今後のことに考えを巡らせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ