7 作戦②候補者の数を増やす……前に新たな候補者、現る
王城に行った二日後、オペラとホワイトは温室で再び作戦会議という名の小さなお茶会を開いていた。
「では、お姉様ご自身で新しい候補者の方をお探しになるとおっしゃるの?」
「えぇ。表立って動けばお兄様に邪魔をされるでしょうから、こっそりとだけれど」
紙に書いた「王太子妃」という文字の横に「複数」とオペラが書き加える。それをいつものようにぴたりと身を寄せていたホワイトが覗き込んだ。
オペラの脳裏には「対象者が多いと、ほら、万が一ってことがあるかもしれないし」と語る自称神の顔が浮かんでいた。二人以外の候補者が現れても“ぷろぐらむ”は動き続けると話していたが、正常に動くか神もわからないような口振りだった。
(もしかして悪役令嬢は一人しか生み出せないのではないかしら)
候補者が十人あまりいた一年前ではなく、オペラとホワイトの二人になった段階で“ぷろぐらむ”を“いんすとーる”したのはそのせいではないだろうか。だから王太子妃候補が複数に増えても「最終的に二人が残り」と神は口にしたのだ。
(候補者を二人にしなくては「王太子妃候補」と「悪役令嬢」に分けられないのだとしたら……)
王太子妃候補が再び複数になり、さらに「王太子妃」と「それ以外」の状態になれば、複数の「それ以外」から悪役令嬢を選ばなくてはいけなくなる。しかし、“ぷろぐらむ”にはおそらくそれができない。
「それに、徹夜で完成させたともおっしゃっていた」
「そのお言葉、あたしも覚えていますわ。お聞きしたとき神様も夜通しお仕事をされるなんてと驚きましたもの」
ホワイトと違い、オペラは「神様にも睡眠が必要なのかしら」と疑問を抱いた。自分たちのように一定時間の睡眠が必要なら、徹夜して作ったという“ぷろぐらむ”が正常に動き続けることができるとは思えない。何度か徹夜明けの兄を見たことがあるオペラは、普段の理知的な言動が著しく劣化する兄を思い出し「あれでは完璧なものを生み出すのは難しいように思うのだけれど」と想像する。
「だからこそ、そこを突いてみたいわ」
「お姉様?」
「それに候補者が増えるかもしれないことは神様もあり得るとおっしゃったもの。増えること自体が強制力とやらに邪魔をされることはないと思うの」
静かに、しかし力強くそう告げるオペラに、頬を赤く染めたホワイトが「お姉様、すてきですわ」とうっとりした眼差しを向けた。しかしすぐに眉尻を下げ悲しそうな表情を浮かべる。
「どうしたの?」
「お姉様のお考えはとてもすばらしいと思いますわ。あたしには到底思いつかない難しいことを次々とお考えになるなんて、さすがあたしのお姉様だと誇らしく思ってもいますの。……でも、お姉様が新しい王太子妃候補をお探しになるのは、ちょっといやですわ」
「まぁ、どうして?」
「だって、選ばれた方はお姉様が王太子妃にふさわしいとお認めになった方ということでしょう? あたしのお姉様がほかの方を……そんなの、あたしはいや」
大きな碧眼が涙で潤み始める。「あらあら」とレースのハンカチを取り出したオペラは、「それは違うわ」と目尻をトントンと優しく拭いながら話を続けた。
「王太子妃にふさわしい方ではなくて、王太子妃を選ぶのが面倒……コホン、大変そうな方々を取り揃えるというのが正解ね」
「選ぶのが大変そう……?」
「えぇ。言ってみれば、髪を結うには長すぎて、胸元を飾るには少し短いリボン、そういう方を探すのよ」
「リボンのような方……?」
コテンと首を傾げるホワイトにオペラが優しく微笑みかける。
本来、王太子妃は未来の王妃、ゆくゆくは国母となる女性を選ぶ重要なことだ。王妃はただ国王を支えるだけでなく、ともに国を導き豊かにし、時に他国と交渉することもある。未来の国王を生み育てる重責も担う。そうした重要な事柄だというのに、いまの王太子妃選びは社交界での力関係や財力、貴族同士の足の引っ張り合いが中心になりつつあった。
その状況を利用しようとオペラは考えた。前回の選出は王城側が行ったため、ややこしくなりそうな家柄ははじめから排除されている。しかし、そういった家柄こそ「我が家こそは」と考えている場合が多い。そうした家柄の令嬢を新しい王太子妃候補に推薦すれば再び二人に絞るには時間がかかる。
(すでに二人になって三カ月が過ぎている。それなら新しい候補者はいかがと推薦しても否とは言えないはず)
問題は誰に推薦してもらうかだが、そこはいくつか当てがあった。そうやって候補者を増やしていけば“ぷろぐらむ”とやらが不具合を起こすかもしれない。
「わかりましたわ。お姉様のお考えが成功すること、あたしもお祈りいたしますわ」
「ありがとう」
「でも、どんな方をお選びになってもお姉様に勝る方は絶対にいらっしゃいませんわ。あたし、断言できます」
「まぁ、うれしいこと」
そう言ってオペラがにこりと微笑みかけると、ホワイトがうれしそうに頬を緩めた。
(ホワイトはそう言ってくれるけれど、実際わたくしほど王太子妃に向いていない人間はいないわ)
オペラは完璧すぎた。王太子カラムと並ぶと誰もがオペラに注目する。容姿端麗、頭脳明晰、作法もダンスも完璧でほかの追随を許さない見事な淑女に誰もが釘付けになった。それは隣に立つ王太子の存在をかき消すほどで、そのことにはオペラ自身も気づいていた。
(そういうところを殿下は嫌っておいでなのね)
だからダンスに誘っても断られ、正式な王太子妃候補だというのにお茶会に招待されることもないのだろう。「お兄様には申し訳ないけれど」と口うるさい兄を思い出し、このことを知ればどのくらいの時間説教を聞くことになるのかしらと心の中でため息をつく。
「今度こそうまくいくといいのだけれど」
「お姉様がお考えになったのですもの、きっとうまくいきますわ」
ニコニコと笑うホワイトに微笑み返したオペラだったが、数日後、驚く事態が起きた。
「フレイズ男爵令嬢が?」
「そうだ、あのフレイズ男爵令嬢だ」
兄フリューが顔をしかめながらトントンと書類を指で叩いている。そこには「新しい王太子妃候補にミルフィ・フレイズ男爵令嬢を選出する」と書かれていた。書類は王城から届いたもので国王の署名もある。
(まさかフレイズ男爵令嬢が名乗りを上げるなんて……いいえ、声をかければ候補者になる可能性は高いと思っていたけれど)
オペラが考えていた新しい候補者の中にもミルフィ嬢の名前はあった。ただ、必要以上に社交界をざわつかせることになるため、声をかけるにしても最後にしようと考えていた人物だ。
「男爵夫人に頼まれれば、陛下も否とはおっしゃるまい」
渋い表情でそう告げるフリューに、オペラも「そうですわね」と頷く。
フレイズ男爵家は、爵位としてはもっとも低い。財力もそれほどではなく社交界での力も強くはなかった。そうした状況に変化が起きたのは五年前だ。
――陛下と男爵夫人は懇ろでいらっしゃるらしい。
噂は瞬く間に社交界に広がった。国王に関わる内容のためおおっぴらに話をする貴族はいないものの、誰もが男爵夫人を見るたびにニヤニヤと笑い、隣を歩く男爵は居たたまれなかったに違いない。当時十五歳だった夫人の娘の社交界デビューが一年延期になったのも国王との噂のせいだと誰もが思っていた。
そのときの娘がミルフィで、今回新たに王太子妃候補に名を連ねることになった。もともと上昇志向が強く、一年前の王太子妃候補になぜ自分の名前がないのか不満を抱いていたという話は有名だ。オペラとホワイトの二人に絞られたというのに三カ月もの間動きがないのをいい機会だと思い、母親を通じて候補者に名乗りを上げたのだろう。
「面倒なことになったな」
苦々しさが漂うフリューの声に頷きつつも、オペラは「これが“ぷろぐらむ”にどんな影響を与えるのかしら」ということが気になっていた。