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エデンハイド物語   作者: Franz Liszt
王国の章『騎士団入団編』
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第3節『未来の種』

 シュレイグ城の5階は執務室等が主に置かれている場所だ。文官だろうが武官だろうが、政に関与する人々専用の部屋があり、シュレイグ王国の頭脳の部分である。

 シュレイグ王国騎士団総司令官にして、宰相を務めるラファエルの執務室もこの階の一室に設けられていた。

 そんな彼の部屋には、騎士テストの主審を務めた男たちが結果を携えてやってきたばかりだった。

 ラファエルは書籍に走らせていた羽ペンを脇へ置くと、顔を上げ彼らを出迎える。

 角張ったメガネをかけたこの男は、もうすでに40半ばを過ぎようという歳にもかかわらず、バリバリの現役でありそれがもとでか、実際の歳よりもだいぶ若々しく見えた。ラファエルは常に冷静でいて物腰も柔らかい。

 だが、それでいてメガネの奥の瞳は、まるで全てを見通すかのように鋭く、いかにも切れ者といった感じがする男だった。この国にはもう一人の頭脳がいるが、その人物とはタイプが正反対である。


「いかがでしたか?」

「さすがに今年は新しく騎士団が創設されることもあって、その期待度も高く、割と粒揃いといってもよろしいのではないでしょうか。その中でもやはり、クレメンテ家嫡子の活躍は目を見張るものがあったかと」

「そうですか。私も一回戦だけは拝見しましたが、彼の実力ならむしろ当然といったところでしょう」

「こちらがこのたび、国家騎士免許を取得した者たちでございます」


 ラファエルは男の一人から、騎士免許取得者のリストと、トーナメントの対戦成績表などを受け取った。

 そしてそれら全てに目を通してゆく。ラファエルはざっと、合格者の資料に目を通した後、対戦表に書かれた一つの名前をじっと見つめた。


「ラファエル様。いかがされましたか?」


 ラファエルがあまりに熱心に対戦表を見ているものだから、男は何事かと思い声をかけた。

 実はこれはラファエルの演技だった。彼は対戦表を全て暗記していたし、注目すべき選手がいたので実際に見ていたほどだ。

 故にこれは布石でしかない。


「一つ気になるところがあるのですが」

「と、申されますと?」

「ええ。ゼクシード・ヴァン・エルトロンという者の個人情報リストを見せていただけないでしょうか?」


 ラファエルはようやく顔を上げると、催促するように告げた。自分の演技は果たして巧くいっているのだろうか、脳裏に浮かぶ演技が得意な親友を振り払い、ラファエルは平静を取り繕う。


「ゼクシード・ヴァン・エルトロンですか?」


 しかしやはり無理があったか、男は訝しむように眉を寄せ、不合格者のリストの中からゼクスのものを取り出した。

 だがまあ、これぐらい怪しまれるのは想定内だ。


「ありがとうございます」

「いえ。ですがその者は試合中にも関わらず、何やら変な装置か何かで巨大な剣を取り出した挙句、取り押さえようとした数人の兵士を戦闘不能にさせたため、不合格となって――」

「やはり……」


 男が最後まで言い終える前に、ラファエルはそれを遮るように呟いた。彼の手にあるリストにはゼクスの家族構成や出身地、騎士になることへの志望理由などが汚い文字で書かれていた。


 これも全て知っている通りだ。


『受験者:ゼクシード・ヴァン・エルトロン』

『家族構成:セシリア(姉)とこの俺』

『出身地:リーファ村』

『志望理由と目標:大切な人を守るため。以上! って書いたら姉ちゃんに殺されそうなので、もう少し理由を付けると俺の父さんも騎士だったし、俺も騎士になりたいから。ちなみに父さんは死んじゃったけど、団長だったらしい。すっげぇよ。だから俺もいつか父さんを越える騎士になって、聖女(マリア・ステラ)と一緒に騎士団を率いてみんなを守るんだ!』

 

 しかしラファエルはもう一度だけ、真剣に資料に視線を走らせる。どこか自分の情報を差異がないかどうかを確かめているのだ。


「やはりヴァンの名を継ぐ者、か……」


 呟くように言って、小さく首肯した。


「この者にも騎士免許を与えてください」

「は? しかし……」


 男が困惑していると、ラファエルは資料を彼に手渡した。


「なんですか、これは?」

「まぁ、記入事項の書き方はともかく、かつてエルトロンという名の、騎士団長をしていた男。そのことで何か思い出しませんか?」


 ラファエルはすっと目を細める。


「ジダン殿! まさか、あのジダン・ヴィ・エルトロンだとおっしゃるのですか?」


 男は、驚きの表情で言った。その名が出た途端、他の男たちからもざわめきが起こった。

 静かに頷くラファエル。


「しかし、ここに書かれていることを信じるのですか?」

「信じられません。普通なら……」


 ラファエルは一呼吸置くと。予め用意してあった嘘を並べ、いかにも真実を語っているように見せかける。


「あの事件の後、誰もがずっと目を逸らしてきただけに、私もすっかり失念していました。ですが思い出しましたよ。かつてクリスティアンとレイトスに聴かされたことを」

「クリスティアン様とレイトス殿から?」


 男は興奮したような声で尋ね返した。彼らにとって今しがた出た三つの名は、色々と特別な意味を持っていたからだ。ジダンはとある騎士団の団長で、レイトスはその副団長、そしてクリスティアンはその団の聖女(マリア・ステラ)だった。


「ええ。二人はジダンの息子の名付け親になるのを争って、結局その子にゼクシードという名を付けたことをです。それにジダンの長女の名は、確かにセシリアでした。少女だった頃の記憶しかありませんが、よくジダンが城へ連れてきては剣を教えていました。あの事件の後、一家は王都からジダンの故郷であるリーファ村に越したはずです。これほどの偶然がありますか?」

「では、このゼクシードという少年は……」

 

 生唾を飲む音が聞こえてくる。


「はい、間違いありません。かつてシュレイグ王国最強と謳われた、ジダン・ヴィ・エルトロンの息子です」


 ラファエルはメガネのブリッジを押し上げると、確信をもって断言した。多くの人々が頷くのを確認する。

 全てが彼の想定どおりの展開だった。


「それに私が見聞きした情報では、ゼクシードは取り押さえにやってきた兵士たちを一瞬の内に全て薙ぎ倒したそうではないですか。それも峰打ちだけで。しっかりと鍛えれば、もっと正しく力が使えるかもしれません。才能は確かなものがあると思うのですが。私は」

「はっ。よしなに」


 男の決断に満足げに一つ頷き、ラファエルは下顎に手を当て、数瞬考えるような仕草をすると、


「そうですね。彼はロイドの団に身を預けるとしましょう。それがいい」


 言って、自分の考えにも満足したようにもう一度深く頷いた。


「お待ちくださいラファエル様。ジダン殿の息子をロイド殿の団に配属するというのは……」

「二人の英雄の子供が互いに、新しく旗揚げされた団で相見(あいまみ)える。さらには、その団に配属予定の聖女(マリア・ステラ)――彼女の名を思い出してみてください」

「……あっ! 確かローゼンバーグ家の……何故に……教会はいったいなにを考えているのか……」

「そうですね、案外私と同じやもしれません」

「ラファエル様と同じ、ですか?」

「はい、同じ時期に新人として騎士団に配属され、さらに新設騎士団の団長にロイド。私には彼らを手繰り寄せるなにか……運命のようなものがある気がしてなりません」


 男たちは戸惑いながらも、ゆっくりと頷いた。


「では、これは宰相ラファエルによる決定事項です」


 ラファエルは合格者リストの中に、ゼクシードの名を加えた。


「では参りましょうか。この国の未来を育てる種子たちに会いに……」


(それにしても、ついに現れましたか。試合の時に見せた圧倒的な力の片鱗。首筋に痣があるとの情報も保険医から入っていますし、ほぼ99パーセント間違いないでしょう。ヴァンの名を受け継ぐ者……。そう――私とジダンなどのごく少数の人間しか知りえない、人智を超えし最強の存在――剣痕を持つ者(ソードクレイター)。リディル・ヴァン・エルトロン。彼の正統後継者が……ついに)


 ラファエルは薄い微笑を口元に刻みこんで、部屋から出て行った。



 目を覚ました瞬間、腹にずきりと痛みを感じた。

 辺りを見回したゼクスは、自分がベッドの上にいることを理解した。周りにいくつも同じようなベッドが並び、どうやらここは医務室らしい。


「気が付いたか? 怪我人初号機」


 ゼクスが目を覚ましたことに気が付き、白衣を着たオヤジが声をかけてきた。


「怪我人初号機?」

「おめぇが、ここに運ばれてきた最初の人体だからな」


 ゼクスはその言葉で、ようやく自分が試合に負けたことを思い出した。状況からして、気を失ってしまい、医務室へ運ばれてきたというところだろう。


「俺は、負けたのか……」


 口にして初めて、じわりと実感が湧いてきた。悲しいよりも、悔しい思いが強かった。

 同世代の男に一対一で負けたことが、ゼクスには何よりも悔しかったのだ。


「まぁ、気を落とすなボウズ。一回でテストに合格するヤツの方が珍しいんだしな。剣の腕を磨いて、また挑戦すればいい」


 医者はそう言って笑った。どこか胡散臭いオヤジだが、きっとこれは慰めているのだろう。しかしゼクスにとっては全く慰めにならなかった。

 確かに騎士テストは一度で合格するのは、非常に困難である。何年もかけてやっと合格する者もいるほどに。

 だがゼクスの頭では合格の二文字しかなかっただけに、落胆もより激しかった。そして先ほども言ったとおり、何よりも自分と同じぐらいの、しかもムカつく青年に完敗を喫したことがショックでならなかったのだ。


「おお、そうだ。その首筋の(あざ)。どうしたんだ? どうにも古いものらしいが」

「痣? そんなもんあるのか?」


 ゼクスは言われて首筋を触ってみた。何も手ごたえは無い。


「ん、火傷みたいなもんだからな。まぁ、大丈夫だろ。それよりもう起き上がれるようなら、閉会式に顔を出すんだな。今ならまだ間に合うぞ」


 医者はデスクに置かれた時計を見ながら言った。


「閉会式?」


 いまさら閉会式なんて出てどうだというのだ。第1回戦で敗退した自分に出る意味などないだろう。

 それにまだ、腹の痛みもあるし。できることならこのまま帰りたかったが、その反面、嫌なことから目を背け逃げているようにも思え悔しくもあって。


 結局、ゼクスはのろのろと覇気のない足取りで、闘技場(コロシアム)へ向かうことにした。

 闘技場ではちょうど、騎士テストの合格者に対する授与式の真っ最中だった。合格者たちは、開会式でもあれこれ言っていたラファエルとかいう男から祝福の言葉を受けている。

 当然、皆の表情には喜びが満ちていた。


「あっ! あのヤロウ」


 そんな中、ちょうどゼクスを打ち負かした赤毛の青年が前へ出てきた。


「くっそぉー! 来年はぜってぇー合格して、アイツなんかすぐに追い抜いてやるからな!」


 ロクシスを見た途端に、すっかり沈んでいた闘争心に一気に火がついた。しかも気に入らないのは、彼が他の合格者と違い、嬉しそうな顔一つせずにただ淡々としていることだった。

 一通りの合格者が発表されたところで、ラファエルの側に控えていた男から思いかけない言葉が発せられた。


「最後に、特別追加合格者を発表する」


 失格者にとっては、青天の霹靂(へきれき)と言うべきことだった。すぐさま会場にどよめきが起こる。


「特別追加合格者ねぇ……」


 ゼクスは興味なさそうに呟いた。どうせ一回戦負けをした自分には縁のないものだ。


「ゼクシード・ヴァン・エルトロン」


 ところが、それはゼクスのことだった。ゼクスは最初から自分には関係のないものだと思い込んでいたせいで、名前を呼ばれたにもかかわらず、一言も返事をしなかった。


「ゼクシード・ヴァン・エルトロンさーん、お呼びですよぉ~」


 それどころか、まるで他人事のように言う。


「ゼクシード・ヴァン・エルトロン。呼ばれたらすぐに前に出なさい」


 今度は先ほどよりもさらに大きく、しかもせかすような声が会場に投げられた。

 ラファエルはすでにゼクスの存在に気付いているのか、面白そうな珍獣を見ているかのように目を楽しげに光らせている。


「ほらほらゼクシードさーん、早く行かないと怒られちゃいますよぉ~~~って、俺じゃんっ!」


 ようやく自分のことだと気が付いたゼクスは、パッと顔を上げた。

 ロクシスは彼の行動を、どこか不審そうな目つきで見つめていた。あの時のゼクシードのイレギュラーな力が、試験中にもかかわらず、ずっと頭から離れなかったのだ。

 しかし今のゼクスからは、自分を震え上がらせたほどの力も、気迫も感じられない。


 ――俺の勘違いだったのか……?


「ゼクシード・ヴァン・エルトロン。いないのであれば、取り消しにしますがそれでよろしいですか?」

「ヤッバ! はいはいはーいっ! いまーす! ゼクシード・ヴァン・エルトロンここにいまーすっ!」


 ゼクスは両手を振り上げながら、さらにぴょんぴょんと飛び跳ねて存在をアピールする。

 そして慌てて駆け足でラファエルの前に出た。


「ゼクシード・ヴァン・エルトロン。ここに参上! いやぁ、お待たせしましたぁ~。ヒーローは遅れて登場ってね! ははっ」


 ゼクスは会場を埋め尽くす微妙な空気を打破しようと、ラファエルに作り笑顔を向けた。

 すると彼も薄くだが、確かに笑ってくれた気がした。


「――――品位と慎みを持った行動をし――――」


(なんで選ばれたかしんないけど、とにかくラッキー! これで姉ちゃんにぶっ飛ばされないで済むぜ)


 やがて騎士テストは終幕を迎えた。

 ゼクスは開会式同様に、ラファエルの言葉などほとんど全く聴いてはいなかった。それどころか足で地面に絵など描いている。

 自分の決断は本当に正しかったのだろうかと、密かにゼクスを観察していたラファエルは急に自信がなくなってしまうのだった。


                    


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