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エデンハイド物語   作者: Franz Liszt
王国の章『騎士団入団編』
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第2節『騎士への道』

 ゼクスの育ったリーファ村からシュレイグ城までは、大人の足でも1日近くかかる距離がある。それでもゼクスは日が沈む頃には、どうにか城下町に入ることができていた。

 ずっと走ってきたのだが、それほど疲れは感じていない。これでもかなり体力があるほうなのだ。

 ゼクスはシュレイグ城から一番近い『追憶の(とき)』と書かれた吊り看板が出ている宿に宿泊することにした。本来この時期は宿泊客が多いのだが、いくつか空き部屋が残っていたので幸いだった。

 さらに幸運なことに、宿屋の女主人はとても親切な人で、彼女にはゼクスと同じ年頃の一人息子がいるらしい。そのことも手伝ってか、女主人は何かと世話を焼いてくれた。

 ゼクスは明日、騎士テストが行われる会場に一番乗りするつもりだったので、その晩は夕食を終えるとそのまま床に着いた。

 しかし――。


「やっべぇ~、寝坊しちまった! 急がないと遅刻だぁーっ!」

「だから何度も起こしたのに、あっ、ゼクスさん、朝ご飯は?」

「そんなヒマないっす! 行ってきまぁーすっ!」


 宿のベッドはとても寝心地がよかったせいか、すっかり熟睡してしまった。お陰で一番乗りどころか、シュレイグ城まで全力で走らなくてはならない。


「くっそぉ~、また朝飯食い損ねちまったぜぇ」


 城から一番近い宿だったとはいえ、城までの距離は眼と鼻の先というわけではない。しかも途中からずっと、緩やかながら坂道が続いていた。

 だからシュレイグ城の正門に辿り着く頃には、これから試験だというのに少し息が上がってしまう。それでもどうにか呼吸を整えて、ゼクスは門番に受験票を見せた。


「あのさー、俺、騎士テスト受けに来たんだけど。それってどこに行けばいいの?」

「ん? それにしては随分と遅いな。もうほとんどの受験者が会場入りしているぞ」

「俺もそうしたかったのは山々なんだけど、犬が道端に倒れてて拾って、家に帰ったら病気の母ちゃんが走って逃げちゃって、それを捕まえるのに一苦労で、さらに姉ちゃんが柿を食べて腹痛になっちゃって、病院まで運んでいったんで大変だのなんのって……」


 ゼクスは思いつくままに、適当な言葉を陳列していった。

 もちろん、最高の笑顔も忘れない。笑顔の人には相手も優しくなれるものだと姉が言っていたのを思い出したのだ。


「なんじゃそりゃ? まぁ、いい。早く入れ」


 訝しむ門番の近くには一人の男が控えていた。

 ゼクスはその男に連れられて、試験会場まで案内される。受験者たちの控え室となる部屋の前で受付を済ませると、今度はすぐに試験会場となる闘技場(コロシアム)へ行くように言われた。

 受付を担当していた兵士によると、ゼクスが最後に到着した受験者らしかった。

 ゼクスが控え室から薄暗い廊下を足早に抜けると、突然視界がパッと開ける。そして目の前に広がる光景に、思わずゴクリと音を鳴らして唾を飲み込んだ。


「うっひゃ~、すっげーなぁ! なんだよコレ!」


 闘技場はゼクスが想像していたよりも、ずっと巨大なものだった。闘技場などとご大層な名前で呼んでいるが、所詮は城の中にある建物なのだからたかが知れていると思い込んでいた自分が恥ずかしい。

 もちろん客席も存在する。彼らは闘技場のフィールドを中心に円を描くように並べられ、さらに階段状に広がっている。そして最上階は見上げるほど高い場所に位置し、もしそこに人が座ったら顔をはっきり判別できるかどうか分からないほどだ。

 これほどの規模のものが城内にあること自体、奇想天外としか言いようがなかった。

 しかし驚くのは会場の大きさだけではない。受験者の数の多さにも度肝を抜かれた。

 騎士テストに集まった人数は、ざっと数えただけでも百人を超えようかというものだったからだ。ちなみに騎士という職業はシュレイグ王国において花形である。

 だがその為に騎士の門は非常に狭く、毎年の合格者はほんの一握りしかいない。それでも今年は新たに2つの騎士団が設立されることもあって、例年よりも採用人数が多いと巷でまことしやかに噂されていた。

 実際その通りであり、そのこともあってか、今年は幾分か受験者の数が多かったのだ。


 騎士団といのは、1つの部隊のことだ。騎士団1つにつき騎士が数人、そして聖女(マリア・ステラ)が1人だけ配属される。

 何故騎士は数人なのに対して聖女は1人だけかというと、生まれ持った素質の面が強い聖女の門は騎士のそれよりもさらに狭く、彼女らの存在自体が希少であるためで、騎士団1つにつき聖女1人が配属の限界だったのだ。だから基本的に聖女(マリア・ステラ)は、所属する騎士団の団長のパートナーとも言われている。

 このように聖女はとても希少な存在だが、毎年に何人かは新人が教会から引き渡され、この新たにできる騎士団にも新人聖女が配属されるだろうと予想されていた。


 騎士テストの受験者たちはすでに整列し、開会式が行われるのを静かに待っている。その最後尾にゼクスも並んだ。


(ふぅー、何とか間に合った。ぎりぎりセーフ! 遅刻して受験が終わってたなんてなったら、姉ちゃんにぜってぇーぶっ飛ばされるもんな)


 やがて宰相を名乗るラファエルという男によって、開会式が執り行われたが、ゼクスはその言葉を何1つ聴いてはいなかった。



 開会式のあと、受験者たちは第1試合に臨む者だけを残し、いったん控え室へ移動した。

 仲間同士で軽く剣の手合わせをしているものもいれば、何やら髭の調子をしきりに気にする男。また、ひたすら瞑想(めいそう)に耽っている少女の姿など、皆思い思いに自分たちの出番を待っていた。

 そんな中で、ゼクスは壁に貼られたトーナメント表を見た。たくさんある名前の中から、自分の名前を探してゆく。


「えーっと、俺の相手はっと…………あった! ロクシス・ベルゼ・クレメンテか。何か変な名前だな」


 ゼクスは大変失礼なことを言いながら、ははっと苦笑した。


「ま、相手が誰であろうと、楽勝、楽勝! ガンドコ行こう(ガンガンどこまでも行こう! の略)ってんだ! 早く試合になんねぇーかなぁ~」


 軽くストレッチをしながら充分に体を解していると、衛兵が次の受験者を呼びに来た。


「続いて、Aブロック第2試合。ゼクシード・ヴァン・エルトロン。ロクシス・ベルゼ・クレメンテの両名は闘技場へ」


 ゼクスと対戦相手の名が告げられた。


「よっしゃ! ついに俺の出番か。さーてと、ロクシスさんよ、覚悟しとけよぉ~」


 ゼクスは片腕をグルングルン回し、気合十分で闘技場へ向かおうとすると、ふいに彼の前を、赤い髪を無造作に伸ばした青年が歩いてゆく。無造作と言っても、よく梳かれており、男なのに艶やかな印象がある。

 おそらく貴族の子息なのだろう。


()えるな。平民風情が」


 擦れ違いざまに、貴族と思しき青年が静かに言った。

 彼の言葉を聴いて、唖然(あぜん)とするゼクス。文句を言おうとした時にはすでに、青年の姿は闘技場の中へ消えていた。


「あのさ、ちょっと訊いていい?」

「なんだ?」

「まさか俺の相手って、あの赤毛のこと?」


 ゼクスは今しがた青年が消えていった場所を指差しながら、衛兵に尋ねる。


「そうだ。それがどうかしたか?」

「いや、何でもないよ」


 一気にやる気が最高潮に達した。


(ぜってぇ~、あの野郎ぶっ飛ばしてやるっ!)


 ぐっと握り拳を作るゼクス。

 今まさに、騎士への道の初めの一歩を彼は踏み出そうとしていた。



 闘技場二階の一室。

 国賓などが座る特別な部屋に、一人の男が簡素な椅子に腰掛けていた。薄いメガネをした男は、理性的な瞳を闘技場へ向けている。

 開会の挨拶をしていたラファエルという男だった。


「ほぉ……彼がジダンの息子ですか」


 ほとんどは一試合目しか見ないと決めていた男だったが、この試合だけはどうしても自分の目で見なければならなかった。

 確かめたいことがあったのだ。

 宰相という地位でありながら、彼が直々に眺めているのはAブロックの第2試合だった。メガネのブリッジをソッと押し上げ、よく見えるようにする。もうじき試合が始まるのだから。


 自然と気持ちが高ぶる。いつ以来だろうか、この高揚感を感じたのは……。

 神殺しが出た時と同等。

 いやそれ以上かも知れぬ……。


「ヴァンの名。その真髄を私に見せてくださいね。ゼクシード」


 呟きは誰もいない部屋に響き渡り、やがては消えていった。



 闘技場ではその広さを利用し、一度に4つの試合が行われていた。

 試合に使う剣はもちろん刃の付いたものではなく、木製の剣だ。しかしこれにしたところで、当たり所が悪ければ大怪我は免れない。とは言え、騎士テストに参加する以上、それくらいは覚悟の上だ。

 やる気満々でゼクスは所定の位置についた。

 それに対して目の前の青年は余裕なのか、それとも敢えて表情を悟られないようにしているのか、未だに木剣を構えることもなく、ただゼクスをじっと見つめていた。


「これも騎士になるための試練だから、絶対にお前をぶっ飛ばしてやっからな! 悪く思うなよっ!」


 闘志は充分にある。たとえ相手が誰であっても負けるわけにはいかないのに加え、さきほどの遣り取りでゼクスは絶対に勝ってやると心に深く刻んでいた。

 もし1回戦敗退なんかになったら、これだけの競争倍率だ。絶対に合格などできはしない。


 ――俺の力を見せてやるぜ!


「ではこれよりAブロック第2試合を始める。両者用意はいいか?」


 ゼクスとロクシスは主審の言葉に小さく頷いた。


「それでは……はじめっ!」


 試合開始の合図と共に、ゼクスはロクシスとの間合いを一気に詰めると、上段から力任せに剣を振り下ろした。

 思いっきり打ち込めば、たとえ防御されたとしてもロクシスのようなか細い青年では防ぎきれないと考えたのだ。


 木剣と木剣がぶつかり合い、乾いた音が響く。


 しかしゼクスの期待を裏切り、渾身の一撃はあっさりと受け止められてしまった。しかも青年は、少しも表情を変えることなく、びくともしていない。


「なっ!?」


 剣を通し、ゼクスの一瞬の躊躇(ちゅうちょ)がロクシスに伝わったのだろう。

 彼は素早くゼクスの剣を払いのけると、フェイントを混ぜた突きを二回、三回と繰り出してきた。


「わっ! おおっ、くっ!」


 同年代の青年の剣にしてはロクシスの突きは恐ろしく速く、鋭さも異常だった。だがゼクスも父親の剣法を姉からみっちりこってり教え込まれてきた身だ。

 ゼクスはどうにかそれらを捌いてゆく。

 ゼクスとロクシスは互いに攻防を繰り返した。ゼクスは持てる限りの技術を駆使し、斬り込んでゆくが、どれもロクシスには全然通じない。しかも時間が経つごとに、ロクシスの剣戟が鋭さを増していた。

 それに伴って、ゼクスの息があがってゆく。だがロクシスの表情は、相変わらず余裕のものだった。疲れを知らないバケモノか……。


「くそっ!」


(コイツ、マジで強ぇ!)


 焦りとスタミナの消耗で、ゼクスの集中が削がれ始める。

 それを見逃すロクシスではなかった。彼は素早く下段斬りを繰り出すとみせかけて、ゼクスが剣を下げたところで彼のがら空きとなった胴に強烈な蹴りを見舞った。

 クリティカルヒット。完璧に蹴りが決まっていた。ゼクスはまんまとロクシスの誘いに引っかかってしまったのだ。


「ぐぁ!」


 腹部を圧迫する痛みと嘔吐(おうと)感を何とか耐え忍び、ゼクスは一度跳躍してロクシスとの距離を取ろうとする。

 しかし、ロクシスはすでに目の前にいた。咄嗟(とっさ)のことに対応できていないゼクスめがけて、ロクシスの剣が打ち込まれた。正確には、水平に走る剣を素早く持ち替え、柄頭(つかがしら)をゼクスの鳩尾(みぞおち)に突き入れたのだ。


「がはっ!」


 ゼクスの口から空気が漏れるような、掠れた声にならない声が漏れた。

 一瞬、呼吸機能が麻痺する。

 力の入らなくなった指から、剣が滑り落ちる。

 段々と視界がぼやけてゆく……。


「くそぉ……。こんなところで、俺は……ぜってぇ……負け……るわけ、にはいかな…………」


 そこまで言うのがやっとだった。

 薄れゆく意識の中でゼクスが最後に見たのは、一度も顔色を変えることのなかったロクシスの横顔だった。

 ゼクスはそのまま気を失ってしまった――。


「そこまでっ! 勝者ロクシス・ベルゼ・クレメン――ん?」 


 審判が勝者のコールをしようとしたところで、その異変は起きた。

 地に倒れ付していたはずのゼクスが、ゆらゆらと立ち上がったのだ。彼の首筋からは微かな光が漏れ出している。


 そしてゼクスは――剣を手にした。


 支給された木剣ではない。

 刃がちゃんとついており、刀身には不思議な紋様が刻まれ、鍔の部位付近に丸い窪みがあって、どこか神秘的な大剣だった。

 いったいどこからその剣を取り出したのか、それすら分からず、見ていた者たちがただ目の前の光景を訝しむ。常に冷静であったロクシスも、この時ばかりはその表情に若干の怪しさを浮かべていた。


「ゼクシード・ヴァン・エルトロン。真剣を置きなさい。ルール違反だぞ」


 主審が厳重に注意する。

 しかし審判の声が聞こえないのか、ゼクスが剣を置く事はない。置かないばかりか、そのまま大剣を引きずりながら、ゼクスはふらふらと彷徨うかのようにロクシスとの距離を詰めていった。


「おい、止まりなさい! ゼクシード! 真剣を置きなさい!」

「…………それはできない。剣は我が魂にして、未来永劫に俺とともにあるもの」


 終には、審判が兵士を呼び集めゼクスを取り押さえようとする。

 しかし――。


 ――タン。


 そんな音が聞こえてきたのは、全てが終わった後だった。すでにゼクスを取り押さえようとしていた兵士たちのほとんどは、地に倒れている。流血がないところを見るに、全てが峰打ちのようだった。

 ゼクスは剣を掲げ何が起こったのか理解できていない最後の兵士に急接近すると、彼の片肘に手を添え、剣を上空へ放り投げ、空いた手で素早く兵士の腕ごと捻りあげた。

 間もなくして、兵士の腕は折れるギリギリの音を出すことになる。ゴリリと音が弾け、最後の兵士がその場に蹲った。


「ふぅ……これでも手加減したのだが……。どうやら少々、騎士の質が落ちたようだな……」


 冷静に分析するように、ゼクスが言った。しかしいくら声音は同じでも、ゼクスはこんな話し方をしない。完全に別人のような印象だ。

 そして突然、ゼクスは手で天を掴むモーションに入る。

 するとタイミングを見計らったかのように先ほど投げた剣が天から舞い降りてきて、まるでゼクスの手へ吸い寄せられるかのように納まった。

 そして口を開く。まるで愛しい子供に語りかけるような口ぶり。


「それにしてもこんなところで負けてもらってはこまるぞ、ゼクシードよ。お前には為さねばならぬことがあるのだから…………ちぃ、時が……来たか……」


 しかし台詞の途中で、急激な頭痛に見舞われ、ゼクスは額を押さえた。

 痛みは治まる事はなく徐々に全身を駆け巡って、意識さえも永遠の中へ閉じ込めようとしている。

 それでも一歩ずつ前へ前へと、進む。

 力強く、他を圧倒する足取り。


 威圧ではない。

 静かなる畏怖。

 ただそれだけを放ちながら。


「くっ、貴様はいったい何者だ!」


 ロクシスが恐怖と焦りによって構成されたかのような声をあげた。それは悲鳴に程近い。

 もはや今の彼の表情には冷静というものも、余裕というものも存在しない。圧倒的な力を前に、無意識にガクガクと足が震えてしまってさえいる。


「聞け……世界の……子等よ。俺は……剣、痕を……持つ…………」


 そんなロクシスの様子など気にも留めず、明朗にゼクスは言葉を紡ぐ。

 しかし言葉を言い終えることはなかった。なぜなら、ぷつりと糸が切れたかのように、ゼクスが今度こそ完全に気を失ってしまったからだ。彼が気を失うとほぼ同時に、気を失う直前さえも手放すことなく握りこんでいた大剣も、跡形もなく消失する。普通ならば大騒ぎになりそうだが、幸いなことに、大勢が倒れ伏したゼクスに気が向いてしまい、剣のことはそれほど気にされなかった。

 ゼクスは死んでいるかと思われるほどピクリとも動かず、他の兵士たちによって急いで医務室へ運ばれていった。



誤字脱字等々ありましたら、どしどし教えてください。


拙い文ですが、どうぞよろしくお願いいたします。


ではでは~

テスト返却で微妙な顔つきのFranzより

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