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エデンハイド物語   作者: Franz Liszt
王国の章『騎士団入団編』
6/51

第1節『世界の成り立ち、旅立ちの日』

 

 それはゼクシードが16歳になってから、数日後のことだった。


「起きなさい。起きなさいな、私の可愛いゼクス」


 春の季節と同じく朗らかな声が聞こえてくる。それのお陰で、ゼクシード――ゼクスは少しだけ眠りから覚めた。そして目を完全に開くと、案の定、姉であるセシリアが立っていた。

 セシリアは本当にこの子は、とでも言いたげな視線をゼクスへ向けている。亜麻色の髪をひとつに纏め後ろへ垂らしている彼女は、目覚めても未だ布団から出ようとしないゼクスに痺れを切らし、エルボードロップ。


「……いってぇー! なにすんだよ、姉ちゃん!」


 瞬時に転がりまくって、エルボーを回避したものの、少しだけヒットし痛がるゼクス。しかし未だ粘って布団から出ようとしない。春眠暁を覚えずだから、きっとこれは仕方がない。仕方がないって言ったら、仕方がない。

 姉のセシリアはそんな弟の態度にすっかり呆れ果て、両の手を腰に当て、キッと表情を険しくさせた。最近、日増しに母に似てきたと近所でも評判だが、特にこういった時の表情は驚くほど似ていた。


「うるさいわね。ゼクスがいけないんでしょ! 今日が何の日かちゃんと分かってるの?」

「な、なんだよ、急に。怖い顔して」


 突然の姉の態度に驚いたゼクスは、思わず二歩、三歩と後ずさる。ゼクスの顔からいっぺんに眠気が吹っ飛んだ。


「コラ、ゼクスっ! アンタときたら、すっかり忘れたの!?」

「ん……、ああ、そうか。今日は――」


 そういえばと、ゼクスは思い至った。明日ゼクスは、シュレイグ城がある王都シュレイグで行われる騎士入門試験に参加する予定でいた。そしてそのために、朝一番で王都へ旅立たねばならなかったのだ。

 この世界エデンハイドでは性別や家柄に関係なく、ゼクスと同じ16にもなれば働きに出る者が多い。そして騎士の職へ就くために、シュレイグ王国が規定している、『シュレイグ王国・国家騎士免許』を取得できるのも16からである。

 この騎士免許を取得できる騎士入団試験のことを騎士テストともいう。


「分かった?」

「わ、分かってたって! それよりメシ……」


 それでもゼクスは、腹に手を当てると空腹を訴える。彼の中で空腹は何をおいても許しがたい事態だったのだ。


「食事なんかより、早く顔洗って着替えてらっしゃい!」


 だが結局、姉のものすごい剣幕に気圧されてしまう。慌てて部屋のクローゼットを開け放ち、テキパキと着替えを済ませる。そして姉が下へ降りていったので、彼女に続くようにして下のリビングへ向かった。

 着替えた服はこの日のために、セシリアが作ったベストだ。明るい柄でありながら、どこかシックな印象のそれはとてもよくゼクスに似合っていた。


「荷物は?」

「えー! 荷物って……。それよりメシは?」

「荷物が先っ!」


 リビングにてセシリアにぴしゃりと言われ、ゼクスは再び部屋へ走り戻った。

 非常にせわしない少年である。


「ふぅー、やれやれ。やっとメシが食えるぜ」


 やがて荷物を纏め終えたゼクスが、もう一度リビングへ下りてきた。

 どかりとイスに腰掛け、朝食を待つまでの間をくつろごうとするゼクスに、セシリアは急かすようにとどめの言葉を口にする。


「ほら、なにしてるの。用意ができたのならぐずぐずしないで、もう出掛けなさい。シュレイグ城までは遠いんだから」

「えぇー! だからって朝飯はぁ……なしなの?」


 ニッコリ笑うセシリアと、ショックで死にそうなゼクス。


「嘘よ。はい、これ。スープはポットに入れておいたから、お昼にでも食べなさい」


 そう言ってセシリアはパンを包んだ紙袋と木製のポットを持ってきた。

 木製のポットの中には、セシリア特性の野菜たっぷり元気モリモリスープが、これまたたっぷりと入っていた。もちろん、しっかり愛情も溢れんばかりに入っている。


「お昼って……」


 しかし不満そうな声を上げるゼクスに、セシリアはポットとパンの入った包みを問答無用で渡した。どうやらゼクスは予定時間を大幅に上回っているにもかかわらず、朝食をゆっくり食べられると本気で思っていたらしい。

 弟ながら、少しだけ頭が心配だ。


「寄り道せずに、まっすぐシュレイグ城へ行くのよ、いい?」

「わーってるって。ほんっと信用ねーな!」


 ゼクスは顔をしかめて言った。

 対してセシリアはさも当然だと言わんばかりに小さく頷き、言葉を続けようとする。弟のだらしなさを姉は一番良く知っているのだった。


「それと……」

「大丈夫だって。歯磨きは朝晩二回。人に会ったら、まずは挨拶。知らない人には付いていくな。そんでもって、欲かいて食べ過ぎず腹八分目で、便秘になったらゴー・トゥ・ドクターだろ?」


 いつもの決まり文句をテンポ良く列挙してゆくゼクス。

 しかし今日だけは、そのことを言おうとしていたのではない。


「そうじゃなくって……貴方の首筋についた痣。お医者様などの仕方がない時意外は絶対に見せないこと。それと……」


 セシリアは一旦自室へ行くと、ひとつの玉を手にして戻ってきた。「これ、持って行きなさい」と、真剣な眼差しでその玉を差し出した。

 蒼く鈍い光を湛えた宝玉だ。


「姉ちゃん、これって……」

「そう。剣珠(リディル・レイド)


 この宝玉はゼクスの家系に代々伝わるもので、今は亡き父親が自らの剣に埋め込み肌身離さず手にしていた、いわば形見だった。父が亡くなってからは、セシリアの部屋に隠すように仕舞われ、ゼクスに触れることすら許さなかったものだ。

 それだけにゼクスは、姉と宝玉を交互に見やった。

 無意識のうちに、身体が震えている。


(震えてる……? まだ荷が重かったかしら……)


 セシリアがそう思っていると、ゼクスは呻き声を上げた。


「クゥゥー! コレだよ、コレ! 父さんが一度だけ見せてくれたのをおぼろげだけど覚えてて、ずっと憧れてたんだよ! すっげぇぜ!」


 ガクッと音が鳴った。ゼクスが見やると、姉がこけている。

 しかしそれは無視しておいて、呟くように問いかけた。


「いいのかよ?」


 無言で頷くセシリア。ふいに姉の表情が、優しさと切なさが混ざり合ったような、なんともいえない複雑な顔つきになった。


「まだきっと、アンタがこれを持つには早いと思う。でもいつかゼクスがこれを手にして、父さんのような立派な騎士になって、専属の聖女(マリア・ステラ)と共に騎士団を率いてゆくって私は信じてる」

「姉ちゃん……」

「だから今日からゼクスがこの宝玉の主よ」


 ゼクスはやや躊躇(ためら)いながらも、しっかりと宝玉を握り締める。

 そしてそれを姉から剣珠(リディル・レイド)と同時に渡されたシルクの布で丁寧に包んで、自身の腰にあるポシェットの中へ入れた。


「とにかく、まずは騎士テストに合格すること。いいわね?」

「任せとけって! 合格どころか、すぐに父さんに追いついて、あっという間に追い抜かしてやるからさ!」

「アンタって子は」


 セシリアは優しく睨むと、ゼクスの頬を軽くつねった。それに対し、ゼクスはニッと笑って見せる。いつもゼクスだった。


 ――まぁ、緊張が一番似合わないのよね、ゼクスには。


「それじゃ姉ちゃん、俺行ってくるよ」

「うん。頑張るのよ」

「オーケー!」


 返事をしてゼクスは衣類や生活品を詰め込んだ布袋を背負うと、元気よく飛び出して行った。

 騎士となる、輝かしい未来を夢描きながら。


「……すぐに追いついて、追い抜く、か。まったくあの子ったら。全然、父さんの偉大さが分かっていないんだから……でもまぁ、そういうところがゼクスの強みでもあるんだけどね」


 玄関先で徐々に小さくなってゆく弟の後姿を見送っていたセシリアは、そっと微笑んだ。

 やがてゼクスの姿は完全に見えなくなってしまう……ことはなく、ゼクスはこちらを振り返ってきた。

 そして――。


「姉ちゃん! 俺、ぜってぇー騎士になるぞ!」


 大声で叫ばれても、ちっとも恥ずかしいなどとは思わなかった。


「んでもって、俺の大切な人を守り抜くんだ! 父さんみたいにさ!」


 知らず知らずのうちに、熱いものがセシリアの頬を伝っていた。


 ゼクスは村の皆からも応援を受けながら進んでゆく。その足取りに一切の迷いは無く、ただ来るべき未来へ真っ直ぐに向かっていた。

 近い未来、『運命という名の宿命』と出会うことを知らないままに……。



 今のこの世界――エデンハイドには、二種の“ヒト”が存在する。

 人間と精霊のことだ。

 そして厳密に言うと、人間はさらに2つの区分に分けられている。1つ目は魔力を有しない普通の人間。そして2つ目は魔力を有する、聖女(マリア・ステラ)と魔術師だ。

 聖女(マリア・ステラ)は生来的に女性しか存在し得ず、彼女らは特殊な詩を紡ぐことで様々な効能を発揮した。傷を癒したり、病を治したり、対象の防御力を上昇させたり、祝福の力を授けたりできるのである。

 その奇跡のような力の源は、信者などからしばし、語源である女神マリア・ステラだと言われたりもする。聖女自体がマリア・ステラと呼ばれるのも、そういった経緯が元だ。

 対して、魔術師とは単純に魔力を体内に宿している人間である。聖女(マリア・ステラ)も魔力を持っているのだが、魔術師は彼女らとは違い、使用できる魔術には傷の治癒などのものを存在せず、単純に攻撃に用いるための魔法しか使えない。

 それは魔力の質が全く違うからだと考えられている。また魔術師は、聖女(マリア・ステラ)のように天恵である者もいれば、そうでない者も存在する。

 つまり生まれ持った素養ではなく、学術知識から魔術師としての魔力は補うことができるのだ。


 兎に角、こういった特殊な存在のため、聖女(マリア・ステラ)の地位はシュレイグ王国で非常に高かった。

 聖女(マリア・ステラ)は国がそれだと認めると、教会が管理する聖堂にて特殊な教育を施され、ある一定以上の実力と年齢に達した者のみが騎士団に配属される。もちろん強制ではないが、一生を遊んで暮らせるだけの財を国が保証するので、素質があるのなら騎士団に入りたいと思う者が大多数だ。

 そして騎士団に配属された聖女(マリア・ステラ)はそれだけで団長と同じ地位であり、このことからも聖女(マリア・ステラ)の地位や価値が高いことが分かるであろう。


 話は変わり、人間の国について話そう。

 まず人間が住まう国家は2つある。

 一つ目はゼクスたちが住む国、シュレイグ王国。

 二つ目は自由都市国家、フリーダイン。


 シュレイグ王国は国王を頂点とし、絶対なる法の下に、宰相や家老、そして騎士団や教会などが主な統治者である大国家だ。エデンハイドで最も巨大なヒトの集落でもある。

 それに対して、シュレイグ王国と海を(また)いだその先にある孤島で繁栄しているフリーダイン。この国はいくつかのギルドが集まって構成している集合国家で、それが人間であるのならば、どのような者でも受け入れる場所でもあった。

 有体に言えば、ギルド同士の協定さえ犯さなければ、この国では自由にできるということだ。

 故にシュレイグ王国の法を犯した者たちの多くがこのフリーダインに移り住んでおり、王国の人間は彼らを毛嫌いする傾向があった。無法者で野蛮な種族だと罵っているのだ。

 とまあ、これら2つの国によって、人間の世界は成り立っているわけである。


 次に、精霊について話そう。

 精霊も人間と同様にいくつかの種に分かれており、四精霊とも言われる上位種、普通の動物などの下位種、そして上位種を越える特別な存在で構成されている。

 四精霊とはそれぞれが持つ属性で分けられる。

 比較的人間と交流のあるノームは『土』。

 完全に閉鎖的なウンディーネは『水』。

 ウンディーネと同様に敵対関係にあるサラマンダーは『火』。

 イタズラ好きでどっちにも付かずなシルフは『風』。

 といった具合である。


 そして四精霊の下位には、ゴブリンやウルフなどのどちらかといえば動物に近い精霊が位置している。精霊で最も数が多い彼らは四精霊の加護を受けながら、日々を生きている。

 つまり、四精霊とは多くの精霊を従える存在でもあるのだ。


 だがその四精霊のさらに上には、力の象徴である(ドラゴン)が君臨している。彼らは独自の場所――自らの信奉する神、彼らに付随する自然があるところを居場所とする傾向がある。

 これは精霊としては異例のことだ。常例ならば、ノームなら『大地』に住まい、ウンディーネなら『水地』に居を構え、サラマンダーなら『火山』をねぐらとし、シルフなら『風谷』を住処とする……といった様に、種族によって居場所はほぼ決まっているからだ。

 しかしまあ、(ドラゴン)は例外的にいかなる場所にも棲息しているが、大まかな区分としてはサラマンダーに分類されるので、大抵は火山火口付近に棲息していた。


 最後に、精霊に属しながらも、精霊を超えた存在――神がいる。

 神は絶対的な力を誇る、精霊の守護者である。


 彼らは、今は亡き主神『オディウス』を中心にして。

 火の神『アポローン』はサラマンダーを。

 水の神『アフロディーテ』はウンディーネを。

 地の神『ヘパイストス』はノームを。

 風の神『オルフェウス』はシルフを。

 そして下位種は全ての神々が平等に(そのため四精霊との関わりの方が大きい)。

 サラマンダーではあるが特殊な存在の(ドラゴン)は主神『オディウス』が。

 と、各々が決まった精霊の種を守護している。


 だが守護しているといっても、それは古の話であり、今では信仰だけが先行きしてしまっている状態である。精霊たちですら、自身の信奉する神がいる場所すら分かっていないのが、良い例であろう。



 家を出てからしばらく走っていたゼクスは、その足を徐々に緩めていった。そして来た道を振り返る。

 もうすでに彼の育ったリーファ村は見えなくなっていたが、まるで思い出をかみ締めるかのように、しばらく村がある方角を見つめていた。

 すると懐かしい思い出が去来した。

 それはゼクスがまだ幼い時の記憶の残滓(ざんし)


『天地創造を成し得し詩。かの名を《フィーネ》と称す。世界平衡(へいこう)を司るは絶対なる審判。絶対の神なるモノが調停し、絶対の神なるモノが判決す。故に高く(そび)えし塔。その(いただき)が天を穿(うが)つ時、即ち審判の時なり。無比なる審判を以て、絶対の神なるモノが、その塔を壊す。破壊し創造するは、《フィーネ》なり……』

『姉ちゃん! それわけわかんないよぉ~、どういういみなのぉ~?』

『ゼクス。これはね、我が家に受け継がれてきた古い言い伝えなの。意味はね――』

『う~ん、やっぱりよくわかんないや』

『ふふっ、まだゼクスには分からなくてもいいわ。貴方にも分かる時がきっと来るから』

『え、そうなの?』

『うん、そうよ。だからね、ゼクス。これだけは覚えておきなさい』

『なーに?』

『人はね、みな万能じゃない、つまりなんでもできるわけじゃないのよ。だから人は絆を求める。そして自分にとって親しい人、大切な人を守りたい――この想いがあるからこそ、強くなれるの』

『そうなんだ! じゃあ、じゃあ、オレもつよくなれるよ!』

『あらどうして?』

『だってオレ、姉ちゃんとってもたいせつだもん! まもりたいもん!』

『……ゼクス。ありがとう。貴方は絶対に強くなれる。だから父さんのように、誰かを守るために強くなりなさい』

『うん!』


 姉の言葉によって紡がれた優しい思い出を、そっと胸の奥に仕舞い込む。

 やがて故郷に背を向けた。もう振り返ることはない。


「よっしゃ! やってやるぞぉーっ!」


 ゼクスは両の拳を握り締めると、青空に向かって大声で叫んだ。

 今は真っ直ぐ前へ進む時だ。立ち止まってなんかいられない。

 どこまでも続く道のりを少年は今、悠然と歩き始めた。


                  


主人公登場です。

名前:ゼクシード・ヴァン・エルトロン。

ちょっとバカな少年ですが、どうか生暖かい目で見てやってください。

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