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エデンハイド物語   作者: Franz Liszt
フィーネの章
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第2節 『幸せな日常』


 王都は村から南東の方角にある。

 俺とマリアは3日ほどの旅を経て、その王都へ到着した。幸いなことに、村から南へ行くほど気候は温暖になり、食物や飲み水に困ることはなくとても陽気な旅だった。

 しかし旅をするのは初めてのことだったので、俺もマリアも着いたら王都観光をするわけでもなく、早々に宿屋へ転がり込み、そのまま熟睡してしまった。着くまでずっと野宿だったので、それはもうぐっすりだったと思う。てか、どうやって宿屋まで歩いて行ったのかすらほとんど記憶にない。

 だから、就寝場所はマリアと同じ部屋だったが、やましいことは何もなかったぞ。

 ……と、その話は置いておいて。

 それから次の日に、さっそくアリスは聖女養成所(グランエスト)へ行き、この俺は騎士養成学校(ディシディア)へ入学する手続きを終えていた。


 入学して少しして、俺たちに寮の一室が与えられた。

 癒しの聖女は喩え候補といっても、彼女らの存在価値は非常に高い。そのため聖女候補一人につき、騎士見習い一人が護衛として割り当てられているほどだ。

 護衛としての割り当てというのは、寮生活に置ける生活を共有するということと、騎士見習いが聖女候補をあらゆるモノから守るということを意味している。

 この騎士見習いの選抜方法は至極簡単且つ理不尽なもので、聖女候補の独断によって特別な役職のない騎士見習いが選ばれるというものだった。

 しかしそれは俺たちには都合のいい制度で、マリアは当然この俺を選んだ。

 すなわち――。


「リディー! 私の下着どこやったの!?」


 …………。

 今、俺は朝の鍛錬をしていたので、シャワーで汗を流し、タオルで身体を拭いている最中だった。当然服はまだ着ていない。だからマリアに話しかけられても、応えるわけにはいかなかった。


「リディ――! 私の靴下がないんだけど!」


 …………。

 はい、さっきのは嘘です。

 いちいちマリアに構うのが面倒で、はっきりとシカトしていただけです。服も下は着ているので問題ないだろう。


「ねぇリディってば! 私の――」

「だぁーうるせぇ! お前の下着はあの箪笥(たんす)で、靴下はあの(かご)っ! で、まだなんかないのか?」

「うん。歯ブラシ知らないかなって」

「そんなん知るかっ! ていうか、ちゃんと(うがい)はしたか?」


 癒しの聖女候補の実習は、主に癒しの詩(ピアンジェレ)の練習だ。声が掠れるまで行われる、非常に厳しい訓練だと聞かされている。

 だからマリアたち聖女候補には、政府から特別な(うがい)薬が与えられている。しかしこの薬は滅茶苦茶苦い――試しに飲んだところ、俺ですら吐きそうになった――ため、苦いのが大嫌いなアリスはよくさぼっていた。そう考えると、飲まなくても何日か平然としていたアリスの力は、実は凄い聖女候補なのかもしれないし、ただの痩せ我慢の方が確率高しではある。

 でもまぁ、さすがに1週間は続けられないようで。段々とマリアの声がガラガラになるのを見かねた俺が注意してからは、注意をすれば意外と素直に聞いてくれるので、それほど問題ではない。


「うぅ~、アレ苦いから嫌いなのにぃ~」


 しかしいくら素直といっても、駄々は当然とばかりに、コネまくる。

うん、意外と素直ではないかもしれない。


「駄々をこねるな。無理やり飲ますぞっ!」

「あ、もしかして口移し……とか?」


 何かを期待したように、キラキラと輝く紫の瞳。彼女の瞳は花や宝石のように美しく、もの凄く魅惑的な魔力を持っている。

 ……が。


「なわけないだろうが! 無理やり口の中に放り込んで水を流し込む!」


 しかしそれを俺は一蹴。

一緒に暮らして何度も見てれば、けっこう慣れるものなのだ。


「うっわ、鬼畜! 鬼畜がいるよっ! 将来の癒しの聖女を守る剣聖(パラディン)になろうってヤツが鬼畜生だよ! 大問題だよ!」


 俺の――俺たちの朝は、毎日こんな感じで始まる。


 一見、この寮での生活において、問題はない。実際、空間自体に問題はなかった。2人で暮らすには、十分すぎるほどの大きさがある。

 しかし如何せん、炊事や洗濯などの家事をやってくれる人がいなかったのだ。

 つまり全て自分たちでやらねばならないということで。

とどのつまりは、洗濯と掃除は俺が。料理と買出しはマリアが。そういう家事分担となった。ちなみに俺は料理が全然できない。アイツの方が超絶的に上手いから、する必要性も全くなかったからな。飯の炊き方と肉を焼くくらいしかできん。

といってもこの役割分担には意外な罠というか落とし穴があって、買出しはほとんどというか、限りなく一緒! に行っていたりする。

 まぁ、この際、ここまではいいとしよう。


 だがこの惨状を見てもらいたい。

 部屋一面に衣服や、食べ物のゴミやらが散らばっている惨状を。

 このほとんど全ては俺ではなく、マリアンヌお嬢様によるものだ。俺はお菓子なんて甘い物を滅多に食べたりしないし、服だってちゃんと(たた)んで仕舞っているし、ゴミはちゃんとゴミ箱に入れている。

 つまりこれらの惨状は、正真正銘全部まるごと、マリアンヌ聖女候補によるもの。それなのに、俺がこれを毎日片付けているのだ。

 正直、気が滅入るレベルの話ではない。

 さらに下着まで平然と俺に洗わせるのって、結婚前の乙女としてどうなのかってとこも重要だ。世の兄と言うのも、妹に対してこういった気持ちを抱えているのだろうか。


 とまぁ、愚痴(ぐち)はこれぐらいにしておいて。

 俺も自分の支度をしなければ。

 少しでも訓練に遅れると、死ぬような拷問が手ぐすね引いて待っているのだ。教官の空恐ろしい顔が目に浮かぶ。ヤツらは俺たち見習いが遅刻するのをウキウキしながら待っている。何やら新しい訓練メニューの実験台にはちょうどいいらしい。

 実験台となるモルモットなどは大抵、死ぬ。つまり俺たちも、だいぶ死ねる。だから絶対に遅れるわけにはいかない。

 だが――。


「ねぇ、リディ。今日は早く終わる?」

「ん、いや、今日もちょっと遅いかもしれないな」

「えぇー、今日もなのぉー」

「そう不満そうな声を上げるな。しょうがないだろ。俺はお前と違って、競争率が半端ないんだから。人よりも少しでも努力しないと剣聖(パラディン)にはなれないんだ」


 聖女候補の最終目標が癒しの聖女であるように、騎士見習いの最終目標も剣の騎士(ソードナイト)である。

だが、俺の場合その限りではない。

 マリアが真に癒しの聖女になった場合、絶対に自分は剣聖(パラディン)の地位に就いてないとならないのだ。

そうでなくては、別の聖女に派遣される恐れがある。


 俺が彼女を守るって決めたから。


 そのためには、激しい競争を勝ち抜かねばならない。あらゆる癒しの聖女を守れる剣の騎士(ソードナイト)――剣聖(パラディン)になれるのは、騎士の中でもたったの1人だけなのだ。

 また騎士見習いに比べ、聖女候補の数は少ない。そして剣聖(パラディン)と癒しの聖女(ほとんどは到達者) の任期中における死亡率は異様に高く、数年に2、3人のペースで死んでしまっているのが現状で。交代率が高く、早いのだ。

 死亡率を高めているのは、(ひとえ)に癒しの聖女や、彼女を守る剣の騎士や剣聖がその役割上、率先して危険な区域で仕事をする機会が多いからだ。このため仕事中の事故に遭遇し易い。

 それがシュレイグ政府の見解だ。


 しかし俺が思うに、癒しの力を持っている聖女しかも到達者が付いているため、剣聖(パラディン)がそう簡単に死ぬはずないし、そうなれば聖女自身だって死ぬはずがないのだが……まぁ、そんなことはどうでも良いか。

 どうでも良くないのは、もしマリアを自分ではない他の誰かに委ね、結果として彼女が死んでしまったら、だ。


 もしそんなことになれば、父さんや母さんに顔向け出来ないし。

 それ以上に、俺は俺自身を許せない。

 マリアを絶対に守る。守り抜く。

 これは他の誰でもない、この俺――リディル・ヴァン・エルトロンがやるべきことなのだ。誰にも、それこそ今代の剣聖にだって譲るつもりはない。

 ずっと思い描いて来た、そう――あの約束に誓って。

 必ず、俺がこいつを守り抜くんだ。


「そっか。そうだよね。リディも頑張ってるんだもん。私、今日は一人で買い物行ってくるね」


 納得しながらも、マリアの表情は寂しげだった。そんなに彼女は俺と一緒に買い物へ行きたいのだろうか。

 というか下着を着ながら話しかけるなよ……。いい加減、年頃の娘なんだから羞恥心というものを持って欲しいものだ。

 まぁ何だかんだ言って、俺も彼女と一緒に買い物というか、出掛けるのは嫌いではないからな。マリアは買い物中いっつも笑顔なので、それを眺めていられることも嫌じゃない理由の一つである。

 彼女が見せる表情は多々あれど、俺的に一番素敵なのはなんといっても笑顔だ。特に優しそうに細められる目元なんかが好きだ。でも絶対にこのことはマリアには秘密。バレたらなんてからかわれるかわかったものではない。


「いや、どうせだったら見てないか?」


 まあこのようにマリアの笑顔が気に入っている俺は、彼女のそんな寂しそうな顔を見るのがなんとなく嫌で、そう提案した。


「見るって。自主トレを?」

「ああ。あ、いや、嫌ならいいだけど」


 マリアが聞き返してきたので、何となく自分の言っていることが恥ずかしく思え、慌てて譲歩する。我知らず、見て欲しいというニュアンスが含まれていた気がする。

 しかし――。


「ううん! 見てる! 見てたいよ!」


 顔をパァッと輝かせたマリアが、ぐっと近づいてきた。

 俺はスィーと視線を彼女から外した。確かに笑顔にはなったが、下着姿で近づいてこないで欲しい。頼むから。遠くからチラチラ見えてるだけで、けっこうきてるってのに。

 まったく、マリアに女としての自覚はないのだろうか……。


「わ、わかったから。早く着替えろって!」


 顔が赤くなってないといいのだが、それは無理なことだろう。

 きっと真っ赤なはずだ。


「あ、そうだね。……でも、どうして?」

「ん?」

「だって前に見たいって言った時は、駄目だって言われたから」

「ああ、そうだ。マリアには言ってなかったか」


 そういえばすっかり彼女に言うのを忘れていた。

 まあ最近は急がしかったし、しょうがないよな。

 ええと確か、ポケットに入れっぱなしだった気が……。


「あった。ほら、これ」


 ポケットから見つけ出したバッチを、不思議そうな顔つきのアリスへ放ってやる。

 キラキラと窓から差し込む陽光に反射するソレは、騎士学校の昇級証だ。


「え? これって……」


 案の定、バッチを見たマリアは絶句している。

 目をバッチリ見開いて……にしても、コイツは本当に睫毛(まつげ)長いよな。髪だって長いし、どうしたらあんなに長くなるんだ?

 洗うのとか面倒だし、俺だったら切ってサッパリしたいな。まぁ、マリアといえば長い髪って印象があるくらい似合っているから、このままでいて欲しいわけだが。

 そんなどうでもいいことを考えていると、マリアがいきなり俺の手をグイッと引っ張ってきた。いきなり引っ張られたので、前につんのめりそうになる。

 いくら剣痕を持つ者(ソードクレイター)といえど、剣を持っていない時は常人のそれとなんら変わりないのだから、少しは気を使ってもらいたい。特にこの暴力聖女候補様には。


「リディ! これっていったいどうゆうことよ! ちゃんと説明しなさい!」


 暴力女(マリア)の口調は命令形で怒っている風を装っているが、嘘を吐くのが苦手で顔に出易い彼女の表情は大輪花よりも綺麗な笑顔だ。


「は? いや、説明って、見ての通りだけど」

「でもでもこれって昇級したってことじゃない! まだ入学して、2ヶ月も経ってないのに!」

「だから言ってただろ。俺は本気出せばすごいってさ」


 二ィっと笑ってやる。凄いだろと暗に言うかのように。

 騎士見習いの階級は全部で3段階ある。そして第3段階目の試験をパスすれば、晴れて剣の騎士(ソードナイト)の名を賜れるのだ。

 まぁ俺が目標とする剣聖(パラディン)は、その騎士のさらに上の階級なのだが。

 と、話が逸れたな。


「うん! ホントにすごいよ、リディ!」

「教官も歴代最速なんじゃないかってさ」

「へぇー、やっぱりリディはやれば出来る子だったんだ」

「おぅともよ」

「ふふっ……やったね」

「ああ、やったよ」

「うん、おめでとう……」


 大抵の場合、騎士見習いの1段階目の昇格には1年、2段階目の昇格には2年、3段階目の昇格には3年掛かるらしい。

 つまり剣の騎士(ソードナイト)になるために計6年は修行を積まねばならないらしいが、俺の剣痕を持つ者(ソードクレイター)としての能力は突出していたらしく、とんとん拍子に昇格試験に受かってしまったのだ。

 剣痕(けんこん)から出てきた俺の武器は大剣で、銘を『リディル』というらしい。刀身にその銘が刻み込まれていた。この剣痕を持つ者(ソードクレイター)固有の武器は本人しか扱えず、銘は本人しか読めない。

 というか俺の名前と一緒ってどういうことよ!?

 だけどそんなリディルを持った時の全能感は半端なく、全てを守り抜けそうな気さえ俺に与えてくれた。


 ……ん? 何だかマリアの奴がさっきから目を(つぶ)っているんだが、いったいぜんたいなにをやってるんだ?

 それに唇をはすのように尖がらせて、本当に何をしているのだろうかこいつは。目にゴミでも入ったのか?


「おい、マリア。どうした? 目にゴミでも入ったのか?」


 思ったことをそのままに問いかけると、すぐさまカッと目を開いたマリアがドスっとパンチを見舞ってきた。

 恐ろしく重い一撃が腹へ叩き込まれ、俺は思わず二、三歩後ろへよろよろと下がってしまった。

相変わらずの暴力聖女候補めッ!


「……な、に、しやがるぅ」

「ふ、ふんっ! アンタが悪いのよ、アンタが! そう、もう! 何でアタシがあんな恥ずかしい思いをしてまでぇ……。なんでいっつもわかんないのッッ!! わざとでしょ! ゴニョゴニョ」


 マリアの声は後半へ行くにつれどんどん萎んでいき、最後の方はほとんど聞き取れなかった。というか涙声になっているような気がする。

 だけど断じてわざとなどではない。


「マリア。言いたいことがあるなら、はっきり言えよ」


 ここは俺が促してやるほうが、マリアも話し易かろう。腹の痛みに耐えつつ、鷹揚(おうよう)に言ってやる。

 だけど俺の判断は過ちであったようで。


「うっさい! アンタが悪いって言ってるの! そうよ、アンタこそがはっきりすべきなのに……どうして私がこんなこと、普通はこういうのって男の人からなんじゃない。なのに女の子にここまでさせてわかんないなんて、ホントもう最悪。死んじゃえばいいのに……ぶつぶつ」


 マリアはより怒りを(あらわ)にし、またも最後の方が聴き取りにくい。

 かといって俺がまた何か言うと、きっとさっきみたいにマリアのヤツがガッツイてきそうなので、やめることにした。

 大切な事は、はっきりというヤツだと信じているから。


 だが――結局、俺とマリアは揃って遅刻をした。そして俺だけ何故か理不尽極まりない体罰を受けて死に瀕し、マリアは注意だけであった。

 これが騎士見習いと聖女候補の扱いの差かッ! と思わず、内心で叫んでしまった。

 ……とまぁ、これが俺たちの日常と成りつつあったんだ。



 夕焼け空が王都を覆い、夜の(とばり)が降りてこようとしている。

 俺は少しの間、虚空を見つめ、乱れた呼吸を整えていた。学校から課される鍛錬メニューの後で、自主トレをするのが俺の日課で。

 その自主トレを今しがた終えたところだった。体の内側から汗が噴出し、それをどうにかして流したい気分だ。

だって服がべったりと体に張り付いて気持ち悪い。

 そんなことを考えながらぼぉっとしていると、背後から何かが俺目掛けて飛んでくる気配を感じた。咄嗟(とっさ)に振り向いて、手を顔の前に(かざ)し、その何かを掴み取る。感触から、飛んできたのはタオルだと分かった。

 投げられた方を見やると、やはりそこにはマリアのヤツが突っ立っている。彼女は顔の筋肉を緩ませ、何やらニヤニヤしてやがる。


 そういえば今日は彼女が見学しているんだった。訓練に夢中ですっかり忘れてたな。それこそ来て最初の頃は覚えていたが、途中から彼女の存在が頭の中からスッポリと抜け落ちていたようだ。

 ん? 何だか甘い香りが漂ってくる。

 それが、近付いてきたマリアの長い黒髪から漂ってくるのだと知ると、無性に気恥ずかしくなった。良い匂いってのは、何だか彼女に魅せられたような感じがしたからだ。


「サンキュ、マリア」


 俺は雑念を振りほどくようにそれだけ言うと、タオルで汗を拭く振りをして顔を隠した。マリアのヤツにこんな顔を見られるのは、どうにもしゃくだったから。

 絶対に真っ赤な顔だ。


「うん、いいよ。それにしてもリディって、あんなに凄かったんだ」

「当たり前だ。言ってたろ」


 得意げな顔をしているのが気に食わないのか、マリアはふいっと顔を俺から反らし、地面をつば先で蹴り始めた。


「まぁ言ってたには、言ってたけど……」

「信じてなかった、と?」

「うーん、それもなんか違うんだけど……ま、そういうことでいっか」


 いっか……、そう来たか。(てい)の丸投げである。

 どうでも良いと言われたみたいで、ほんの少しだけ面白くなかった。


「でも、褒めてるんだよ。コレはホント」


 しかしそんな感情は、次の瞬間にはすっかり吹き飛んだ。

 照れくさそうに言葉を紡ぎながらも、ニッコリと微笑んでくるマリアを見て。

 そして不覚にも、のこのことタオルから顔を出していた間抜けへ、ズシリと重たい衝撃を与えてくれた。


 大体から言って、俺は黒髪のロングが好きなのだ。

 あ、いや、これはマリア限定でなく!

 まあ、何が言いたいかというと、マリアの髪はドンピシャで俺の好みだということだ。

 そう、だからだ! だからこんな劣情を覚えるんだ!

 ……って何か、自分の中で言い訳とかカッコ悪いな……。


「ま、まぁ、ありがとさん」


 結局、それだけ言うのがやっとだった。

 すごく情けないぞ、俺……。


「何でリディがお礼を言うのよ」


 非難のように聴こえるかもしれないが、マリアはクスクスと笑っているので、これは単におかしかっただけだろう。

 彼女がひとしきり笑っている間に、俺は気分を調節する。

 ふぅ――よし、落ち着いた。


「マリア。さっさと行くぞ。買い物も行くんだろ?」


 疑問の答えを聞く前に、さっさと歩き出す。


「あ、うん。ちょっと待ってよ」


 慌てた様子でマリアが後を追ってきた。

 そして俺の隣に並んだかと思うと、いきなり腕を組んでくる。


「な、なにしてんだよ」


 ビックリして、声が若干裏返ってしまった。


「別にいいじゃない、これぐらい。…………それともなに、リディってば恥ずかしいの?」


 ニマニマしながらマリアが問うてくるので、俺も唇の端を意識的に持ち上げて、


「全然、いや全く」


 と不遜に言ってやった。

 するとマリアは俺の答えがお気に召さなかったようで、ガツンと足を思いっきり踏んできた。


「ふん! 童貞のくせに!」


 何だか途方も無く理不尽だと思うし、お前だって処女だろう! とは思ったがまぁ、これ以上(つつ)いても蛇しか出てこなさそうなので、おとなしく止めることにする。

 ホントに情けないな、俺……。

 きっと一生彼女には一勝もできないのだろう……って、最後にギャグ言うなよ、俺……サムッ。王都もやはり冬だけあって、充分に寒かった。

 でも繋がれた手だけは温かくて、なんだか幸せな気分だった。




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