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エデンハイド物語   作者: Franz Liszt
王国の章『運命の選択編』
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第36節『父親殺し』

『号外だ、号外! 号外だよ! さぁさぁ、待ちに待った裁判の結果がでたよ~!』

『判決は有罪! なんと史上初の聖女(マリア・ステラ)犯罪者がでたよ!』

『刑は国外追放!』

『父親殺しは有罪だ!』


 通りをひっきりなしに飛び交う大声に、茫然とゼクスは立ちすくんでしまう。

 ゼクスがとぼとぼと歩いているのは、昼のシュレイグ王国城下町の商業区だった。

 通りは人でごった返していた。多くの人間がせわしなく動き回り、ジャーナリストと呼ばれる職の人々が新聞という情報誌を無料でばら撒いている。

 通りの両側にいつのまにか露天がずらりと並んでいて、いつもなら人々はそこに置かれた商品を熱心に見ているのだが、今日は違った。


 人々が熱心に見ているのは新聞だった。新聞の見出しには『シュレイグ王国史上初の聖女(マリア・ステラ)犯罪者!』というものが載っていた。まるで何者かが意図してそうさせたかのような記事内容のそれは、有罪人である聖女(マリア・ステラ)を極悪人として書き、また彼女が行ってきた悪行の数々を鮮明に記している。


 全てが捏造だ。

 真実などそこには一欠けらも入っていないことをゼクスは知っていた。しかし言っても分かってもらえないのは、すでにここ何日かでよく分かった。

 しかしゼクスの目的は、この界隈かいわいに響き渡っている罵詈雑言(ばりぞうごん)を聞くわけでも、まして反論するわけでもない。彼の目的は買出しだ。


 ――長い旅路のための買出しである。

 日用品の類や食糧、それに武具の新調をやるのだ。本来、騎士が使う武具の新調は国がしてくれるのだが、もう国に頼ることはできない。


 すでに、ゼクスは騎士を辞めていたから。

 取り敢えず、武器は大剣が自在に取り出せるのでいらない。だから買うのは杖と防具だ。杖はゼクスが使うものではなく、彼女が使うものだ。そのことを彼女は知りもしないだろうが、これがあったほうが何かと良いだろうと団長に言われていた。

 団長は騎士団をやめる事はなく、クレスやソフィアもそのまま残るらしい。共にゆけなくて「すまない」と謝られたが、むしろ当然のことだった。クローシェは付いてゆくと言っていたが、部下である団員……主にアランの説得に負けた。付いてくるリスクが大きすぎるからだ。


 騎士団を抜けるだけでは、今回は済まないのだから。

 このシュレイグ王国の大地を踏みしめることは、もう二度とできない……。

 故に抜けるのは、二人だけ……。


 白光祈騎士団(ルミナス・クロイツ)を抜けるのは、騎士見習いから異例の昇格をして、近々別の団の団長になる予定であるゼクシード・ヴァン・エルトロンと、聖女(マリア・ステラ)――アリスティア・メルカトーレ・ローゼンバーグその人だった。

 彼女は今、シュレイグ王国の地下牢にいる。

 法を犯した聖女(マリア・ステラ)とは、アリスのことだったのだ。


 ――父親殺し。

 これが彼女の罪状だ。


                      ☆


 時はあの日――ゼクスとアリスとアントニオが食事をした日に遡る。

 アントニオはアリスの部屋で二人だけでいた。すでにゼクスは自分の部屋へ帰ったので、そろそろアントニオも帰ろうかと思っていたところ。アリスに、少し話があると引き止められたのだ。


「それで話とはなんだい、私の可愛い娘?」

「はぁ……お父様。その呼び方は恥ずかしすぎます。やめてください」

「なにを言う、マイエンジェル! お前は私の正式な天使なのだぞ!」

「ハァ……もういいです。ではお引止めして申し訳ありません。ご家老様……」


 とてもとても丁寧な言い方に改めるアリス。これの効果のほどは抜群だ。


「わ、分かった、やめる! だからそんな他人行儀な話し方やめてくれ! お父さん死んじゃう!」


 すぐにアントニオが悲鳴をあげ、土下座までしてきた。この父が立派に家老を務めているのだか、甚だ疑問であるが今は置いておこう。話す事は別にある。


「ではお父様。単調直入に申しますが、私の婚約を正式に取り消してください」

「……ふむ。それはリリディアを説得して、御義父と御義母を説得しろということかね?」


 リリディアとはアリスの母の名だ。そして残りの二人はアリスにとっては祖父母にあたる人のことである。


「そうです。お願いします……」


 深々と頭を下げてお願いをする。今までで父に向かってこのようなことをしたのは、たったの二度だけである。

 どうしても欲しいぬいぐるみを買ってもらうためにと、聖女(マリア・ステラ)に成りたいと言った時だけだった。


「ふむ……本気か?」

「はい」

「クレメンテ家を敵に回し、ローゼンバーグの面汚しだと罵られるやもしれんぞ?」

「分かっております」

「……よし、いいだろう。娘の為にお父さんは一肌脱ごうか」


 即答だった。元々、可愛い娘をクレメンテ家の小僧にやるつもりなど微塵もなかった。後は、アリスティアが一言覚悟を申してくれば、即座に全てを終わらせるつもりだったのだ。

 大きく頷いた父をアリスは頼もしく思った。時々、このようにカッコいい姿をする父に、母は惹かれたのだろうか……。


「ありがとう、お父さん!」


 満面の笑みでアントニオに抱きつく。そして父を『お父様』ではなく、『お父さん』と呼ぶ。それが一番喜んでくれる。


「うん、うん。やっぱりいいぞい。お父さん♡ よし、今度はパ・パと言ってみようかアリスティア!」

「調子にのるなっ!」


 父もそれだけのことをするのだ。せめて喜ぶことをしてあげたかった。がしかし、もうアリスも16歳。パパなどと呼ぶのは恥ずかしすぎた。

 二人は誰からということも無く、笑い合っていた。


 その時――。

 世界が止まった。

 腕のアリスが突然気を失って、力なく手の中から滑り落ちてゆく。


「なっ……アリスティア! アリスティア! どうしたのだ!」


 返事がない。意識もない。これはマズイと思い、アントニオは医者を呼ぶために部屋を飛び出そうとした。

 しかし出来なかった。

 何故なら、扉の前には一人の女が立ち塞がっていたから。妙齢な女性は艶のある黒髪、覗く瞳は薄紫。その容姿は、どこかアリスティアに似ていた。


「貴様は何者だ! そこを退きなさい!」


 声を張り上げる。すでにこの女がただ者ではないことは分かっていた。醸し出すオーラを長年の職業ゆえに見抜くことができるアントニオならではの確認だった。


「衛兵! 不審者だ! 捕らえよ!」


 女が反応しないので、アントニオは急いで人を呼んだ。しかし誰も来ない。そればかりか、先ほどまでは確かに存在した人々の動きによってなされる音が、今はまったく存在していない。

 おかしい。この空間だけが世界から閉じられたかのようだ。


「無駄ですよ。この部屋だけ、異空間に存在します。後、ものの4、5分で元に戻ってしまいますがね……」

「ふざけるな! 今すぐに元に戻しなさい! 私を誰だと心得る!」


 足が笑っているのを、意志の力でねじ伏せる。


「知っております。アントニオ・ハンス・ローゼンバーグ」

「知っているのなら、早く言われた通りにしなさい!」

「存じてはおりますが、その命令を聞くわけにもいきません。なぜなら――」


 女は一度そこで区切った。


「なぜなら、貴方には世界からご退場願うからです……」

「なに? ――ぐぅっ!!」


 アントニオが呻き声を上げたときには、すでに女の手が深くアントニオの身体を貫いていた。そのまま心臓を鷲づかみにされ、ずるずると引き摺られてゆくような感覚。


「ごふっ……」


 口内からは血が溢れ、全身には力が全く入らない。視界が霞み、女の姿がおぼろげに見える。


「……貴様は何者だ?」

「まだしゃべれるのですか……なるほど。あの方が暗殺を命じるわけです……」

「あの……方……?」

「いいでしょう。その心意気に免じ、死に逝く者にせめての救済を与えます。私の名はイドゥン。いずれ世界をあの方に捧げる者です。ああ、せっかく教えて差し上げたのに、もう息がないようですね」


 イドゥンは手を引き抜き、床へ静かにアントニオを下ろした。そして彼の死体に手を(かざ)す。すると黒い光が発せられ、アントニオの身体を包み込む。そして死傷の形状を変えてゆく。

 最終的に傷はナイフのような鋭いもので一突きされたものへと変わった。

 そして床で固まるアリスを抱き起こし、その手にナイフ――先ほどの傷にピッタリで、アントニオの血がこびり付いたものを持たせる。

 さらにアントニオの思考を読み取り、筆跡をコピー。床に散らばる紙に、『アリスティアが』と書いておいた。どこからどう見ても、完全にアントニオの筆跡。ところどころ字面を汚し、いかにも死の間際という演出をする。それをカーペットの裏へ隠す。


 そして最後に、扉をすり抜けるようにして外へ出る。もちろんアリスの部屋には鍵が掛かっている。これで密室の完成だった。

 イドゥンは己の所業に満足し、その場を去っていった。



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