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エデンハイド物語   作者: Franz Liszt
王国の章『運命の選択編』
43/51

第35節『晩餐』

「いやぁ~、嬉しいね、嬉しいよね!? それに美味しいね、美味しいよね!?」


 滅茶苦茶テンションが高い男が、その部屋にはいた。部屋の内装はファンシーなぬいぐるみや、豪奢なベッド、少し大き目の鏡に、けっこうな数の本が仕舞われた本棚がある。

 かなり乙女らしい部屋だ。

 その部屋の主であるアリスティア・メルカトーレ・ローゼンバーグは、恥ずかしげに顔を赤らめながらも、目の前の男に文句を言った。


「お父様! うるさいです! 食事中ぐらい静かにしてください!」

「何故かね? 娘の愛情が一杯詰まった手料理を食べて、号泣せずにいられる父親がこの世にいるであろうか……。いや、いない!」


 アリスの父親――アントニオは最後の一言のところでクワッとアリスを刮目し、目の前に置かれた料理の数々に手を伸ばす。


「愛情を一杯詰めた覚えはないのですが……。それにお父様、この場にはゼクスもおりますので……」


 アントニオの隣ではゼクスが座っており、黙々と料理を頬張っていた。ガツガツと食べまくっている彼の姿は、作った者としては嬉しい限りなのだが、如何せんマナーが悪いのがキズだった。


 本日の『騎士教育』で理解が足りていなかったゼクスだけに、補習を行っていたのである。これを行うと必然的に騎士のための食事処である大食堂が終わりの時間になってしまうので、結局アリスの部屋でそのまま一緒に夕食を食べることが多いのだ。

 こういった経緯により、アリスは父に客もいるのだからもう少しマナー良く食べ、さらには恥ずかしいことも言うなという意味で言ったつもりなのだが、父は気にしていないばかりか、このようなことを言ってきた。


「よいではないか、アリスティア。ゼクス君だって、全然気にしていないじゃないか」

「えぇ……まぁ、そうですけど……」


 次から次へと料理を平らげているゼクス。確かに、気にしている風ではない。


「それに、だ。未来の旦那ならばこうやって、私の本性を見せておかないと、色々と後から面倒になるだろ?」


 片方の目を(つむ)ってチャーミングを演出するアントニオ。


「……はぁ!?」

「ブゥッ……!!」


 しかしそんなことに構っている者など誰一人としておらず、アリスが悲鳴に近い素っ頓狂な声を上げ、ゼクスは食べていたものを噴出していた。


「うわ、きったない。噴出さないでよ。こっちにまで唾と食べ物が飛んできたじゃない!」


 アリスは顔面を丁寧にナプキンで拭きながら、いつものように喧嘩腰で怒鳴る。このままではこれまたいつものように、すぐさま喧嘩になるのも時間の問題かと思われた。

 しかし今日はそれどころではないらしい。


「アントニオ様ってば、なに言ってんすか! 俺が旦那ってことは、アリスと結婚するってことじゃないっすか!」


 今のゼクスはアリスの相手をせず、アントニオに食って掛かっていた。


「そうだよ、なにを当然のこと言っているのだね、ゼクス君」


 満足そうな顔で頷いて見せるアントニオ。

 彼の表情をより正確に述べると楽しんでおり、そしてほとんど分からぬであろう隠しスパイスとして、何よりも真剣であるかのようだった。


「ちょ、お父様! なにを言ってるのですか! 冗談も大概にしてください!」


 アリスも今はゼクスよりもこちらの方が大事だと割り切ったのか、すでに目標を父親にチェンジしていた。


「おや、アリスティア。この私が冗談を言うことがあったかね?」

「いつもではないですかっ!」

「ふむ……。だがこれは、それなりに本気なのだぞ。なにせ気の強いお前と張り合えるのは、ゼクス君ぐらいだと私は思っているのだからな」


 アントニオは自分の前に両手を寄せ、ハートの形を作った。それを見せ付けるかのように、ゼクスとアリスの方へ順に移ろわせてゆく。


「…………」


 痛いところを突かれて押し黙るしかないアリス。今の婚約者であるロクシスもそうだが、アリスティアは何度かパーティなどで男に誘われたことがあるのだが、いつもそれらを断り、了承したことなど一度たりともなかったのだ。

 自分が強気な女であることは分かっているし、張り合えて且つ許せるような相手は、確かにゼクスぐらいでしか務まらないだろう。

 そのように思ってしまう自分に、ちょっと恥ずかしさを感じた。


「いやでも俺たちって喧嘩ばっかりしてるから、マズ過ぎでしょ、それ!」


 しかしゼクスが尚も声を荒げて叫ぶ。

 彼のそんな態度が、何となくアリスは気に食わなかった。


 ――何でそんなに嫌そうななのよ……。私のこと嫌いなのかな……ゼクス。


「むぅ……」


 思わず呻くような音を洩らしてしまうアリスを、アントニオはやはり楽しげに眺めながらゼクスに答えた。


「大丈夫だよ、ゼクス君。こう見えてアリスティアはね、一度心を許した相手にはとことん尽くすタイプだから。きっとそのうち喧嘩は喧嘩でも、犬も食わないものになると思うよ」

「は? 犬も食わない? 喧嘩なんか食べられないに決まってるじゃないですか……」


 ――意味が分かってない!


 アリスはゼクスのアホさに呆れながらも、ちょっとだけ安心した。これで安心してアントニオに怒ることができる。


「お父様! いい加減なことを言わないでください! いくら温厚な私とて、そろそろ怒りますよ?」


 ニッコリと微笑んでやる。しかし目は完全に据わっている。

 これはアリスの本気モードだ。


 しかしそれは慣れたものである、アントニオは楽しげな表情を崩さない。

 もうすぐ彼が声を上げると分かっていたから……。


「お前のどこが温厚なんだよ? すぐ怒るじゃん!」

「はぁ? なんですってぇ~、この優しい聖女(マリア・ステラ)を捕まえてなに言ってんの! そんなこと言うのは、この口かっ! この口なのか!」


 グイグイとゼクスの口を引っ張りまくるアリス。すでにアントニオのことなど眼中にはないって感じである。

 それをアントニオは寂しく思うと同時に、娘にもようやく春が来たのだなぁ……としみじみと思うのだった。


 こうして親子とゼクスを交えた夕食は終わりを迎え、アリスが後片付けをやっている頃。本当なら侍女にやらせればいいのだが、彼女は自分で作った場合は自分で最後まで片付けていた。それをやって初めて料理というのは終わりなのだと思っているからだ。

 だからゼクスは今、アントニオと二人で椅子に腰掛けていた。いつもはこの時間になると帰るのだが、アントニオに少しだけ話があると呼び止められたのである。


「それで話ってなんですか?」


 食事の時は出来事が出来事故に、敬語が崩れていたが今はそうじゃない。完璧な敬語を流暢(りゅうちょう)に紡いでいる。


「ふむ、そうだね。まず娘とよくしてくれてありがとうを言わせて欲しい」


 言って深々と腰を折るアントニオに、ゼクスは大いに慌てた。


「そんな! 別に俺の方がアイツには世話になっていて、それによくしているなんて思ったこともないですよ。当然って感じです」


 ――それでいいんだ、ゼクス君。そんな君だからこそ、アリスティアも本当の自分をさらけ出せるのだよ……。


「……でもね、最近のあの子は本当に楽しそうに生活をしている。だからこれからも今までみたいに接してやって欲しい」

「……はぁ、まあそれしかできないんですけどね」


 決まりが悪そうに頭を掻くゼクスに、アントニオは微笑を抑えられなかった。


「ふふっ。それで頼むよ。ところでアリスティアの料理はどうだね? 美味しかったかね? あの子は料理が好きだから、それなりではあったと思うのだが……」

「それなりってか、滅茶苦茶美味しいっすよ、アリスの手料理は」

「おぉ! そうかい、そうかい」


 途端に喜色満面の笑みになるアントニオ。しきりに頷いている。


「それじゃあ、もし私が、あの子を貰ってやって欲しいと言ったら、君はどうする? 貰ってくれるかね?」


 この台詞の途中から急に目を細め、真剣な面持ちになるアントニオはゼクスを見つめた。彼がどう答えるのか、それを試しているのだ。

 ゼクスは返すべき答えを考えた。

 しかし出てきた答えは、まるで考える前から、最初から己の心の中にあったような気がするものだった。


「分かりませんよ」

「ほぉ……何故かね? 家柄も、名誉も、地位だってそれなりのはず。結婚をしておいても損はないよ?」


 すっと目を細めるアントニオ。

 不思議がっている印象ではない。ある種の期待と疑問が奇妙に入り混じった表情だ。


「損とか、損じゃないとか。そんなこと関係ないです。結婚なんて今まで考えたこともなかったから、よくわかんないんですけど、これだけは分かります。これは俺だけの問題じゃない。アリスの問題でもあるって。だから俺だけじゃ決められないし、勝手に決めていいことでもあにと思うんですよ」

「ふむふむ。では君はアリスティアが嫌いかね? あの子はよく人から疎まれてしまう方だから」

「嫌いなわけないじゃないっすか! 嫌いだったら一緒にいませんって。俺はアリスみたいに聖女(マリア・ステラ)じゃないんだから、万人に優しくできるわけもないですし」

「……そうか。でもね、もしもアリスティアと一緒になったのなら、君が目指す騎士団長の座も近付くんだよ?」


 彼がかの伝説的な騎士団――紅蓮帝騎士団ヴァイラス・シャルティエの団長、ジダン・ヴィ・エルトロンの息子だということは分かっている。

 ならば、目指さないはずはない。

 父親と同じ団長の座を……欲しいはずだ。望まないはずはないのだ。


 さぁ――どうでる、ゼクシード・ヴァン・エルトロン? 


 これは偉大なるヴァンの後継者に対する問いではない。純粋に、娘を心配する父親としての問いだった。


「ははっ、それはいいっすね。俺は父さんと同じように団長になりたいっすから」

「ならしておくかい、結婚?」

「…………いや、でもこれって全然関係ないですって。俺は俺の力で団長になってみせます。そうじゃなきゃ意味がない。大体、別に絶対に団長になりたいってわけじゃないっすよ。俺は大切なヤツを守れるだけ強くあれるのなら、それでいいっす。その証みたいなのが団長っていう感じだっただけっすから。まぁ……今、その大切なヤツってのは、アリスのことなんすけどね」


 最後の方は恥ずかしいのか、少しおどけた調子で言うゼクス。


「ふふふっ、ゼクス君のことは良く分かったよ」


 にこやかに笑みを洩らしながら、アントニオは席を立った。

 そして表情を変えぬまま、ゼクスのところへ歩いてゆき、思わず席を立ったゼクスの手を取った。


「では君にこれを授ける」

「え? なんですか、コレ?」

「コレはだね。いつか本当に困った時、開けてみなさい。きっと必要なものが入っているはずだから……」


 それは封書だった。

 中には紙が入っているのか、重さや形が感じられない。


 互いに見詰め合う、アントニオとゼクス。やがてアントニオが静かに語り始めた。まるで自慢話をするかのように誇らしげに。


「…………アリスティアはね。よく君の自慢をするんだ」

「へ? 俺の自慢?」


 テッキリ馬鹿にされてばっかりだと思っていただけに、アントニオの言葉は意外だった。


「そうだよ。君が守ってくれただとか、かなり強くなっただとか、優しいだとか……それはもう、ベタ褒めなんだよ」

「まーたまたぁ~冗談ばかりですね、アントニオ様は」

「ははっ、まぁそれでもいいかな。でも……、これだけは覚えておいてくれ」

「なんですか?」

「アリスティアは君のことを、本当に信じている。君を自分の騎士だと思い、決して君を見捨てることはないだろう。だから……これは親の勝手なお願いだが、ゼクス君。君もあの子をどんなことがあっても、守ってはくれないか?」


 もう遊びではない。

 ひたすら真剣な眼差しで、目の前にいる少年へ問う。

 そしてただお願いする。これくらいしか、親の自分にはできないのだから。


「…………」


 ゼクスは思わず彼の迫力に呑まれていた。あれほど真剣な表情をしたアントニオを見たことがない。しかしそれは恐ろしいわけでも、まして強制しているわけでもないと感じた。

 だからゼクスは自分の意志で、自分の想いを口にする。


「そんなこと、アントニオ様に言われなくても……。守りますよ。絶対にアリスは俺が守ります。アイツの騎士である俺は、命を懸けてアリスの隣にいます」

「それは、誓いか?」


 騎士の誓いは絶対のものだ。


 永遠の束縛といっても差し支えない。


 万人に捧げる、聖女(マリア・ステラ)の愛ではない。


 ただ一人に捧げるための、騎士の誓い。


 民草を助けるべき騎士の性分を逸脱した、最上の契りだ。


 このことを分かった上で、アントニオは口にしていた。彼の覚悟をもう一度、問うために……。いや、問うなどとはおこがましい。

 ただ、そう望み、お願いする。


 ――私はいつ殺されてもおかしくはないのだから。


 しかしゼクスの答えは意外なものだった。誓ってくれると思っていた。


「いえ、違います」

「なに?」


 アントニオは内心でほどく焦り、またそれが表情に出ていても不思議はないと思う。

 実際に、彼の表情はいつもの飄々としたものではなく、切羽詰まった鬼気迫るものだった。

 だが――。


「誓いはすでに捧げてますから、でもまだアリスに言ったわけではないんですがね……」

「……っ。…………そうか、そうだったか……」


 すでに誓いは行われていたのだ。自身の想像を超えたところで、彼はいたのである。

 もう彼らの間に入り込む事は、何人にもできないのだろう。

 誓いは、ただ一人に捧げるもの。


「すいません。誓いは一人だけに捧げるものだって、習いましたから……」


 得意げな笑みを零すゼクスに、アントニオは全幅の信頼と安らぎを覚えた。これならばいつだって、自分は死んでも良い。

 可愛い娘には、この世界で誰よりも強く思ってくれている騎士がいるのだから――。


「ありがとう……。本当に、ありがとう」


 この言葉は不要であると分かっていた。

 しかし心の底からこの言葉を捧げるより他に、アントニオにはすべき事が見当たらなかったのだ。


 

 そして次の日。

 季節は晩夏。


 シュレイグ王国は激動の時代を迎えることとなる。

 運命の歯車がくるくると回り始めるのだ。


 捻くれた世界と神の、歪んだ願いを叶えるために――。



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