間奏『新しい時代へ』
白光祈騎士団の面々は出来るだけポジティブな思考を持ちながら、シュレイグ王国へ帰還した。ロイドは途中でネガティブな気分になりかけたが、それを基本的に明るい団員に励まされ……いや洗脳に近いことをされて、今ではすっかりポジティブな思考が彼にも備わっている。
到着早々、彼らはドゥガーレ城の上層にある、ラファエルの執務室を目指した。
「そうですか、そのようなことが……」
ラファエルは今、執務室にてロイドに任務の報告を聞いている。元々友好が成立する確立は低いと思っていたが、それ以外のことで驚かされた。
『龍を呼ぶ笛』というものが存在すること。
古に作られし神の玩具。それを使ったのが人間であり、しかも騎士であること。これによってせっかく成せそうだった友好が水に流されたということだ。
「その者の遺体はすでにウィンリアーヌ殿によって……消されたのですね?」
「はい、消し炭にされておられました」
「そうですか……」
これを訊かれたのは二度目だった。思案顔になって俯くラファエル。
本当に騎士であったかどうかを確認したいと思うのは、それを心のどこかで信じられずにいるからか……。
それとも別の思惑があるのだろうか……。
ラファエルは心中を察しようと努めてみたものの、ロイドには彼の真意を理解する事はできなかった。
やがて顔を上げたラファエルがジッとゼクスのことを見つめる。
「え? どうかしましたか?」
ラファエルには敬語を使いなさいと、アリスから叩き込まれた成果がようやく実を結んだようだ。ゼクスは無意識の内に、しっかりと淀みのない丁寧語を口から放っていた。
「……いえ、ゼクシード。貴方を疑っているわけではないのですが、あの雷龍を討伐したとは本当なのですか?」
「はい、それはわたくしたち皆が知るところです」
「……なるほど。分かりました。ゼクシードは強くなったのですね。追加合格を出した甲斐がありましたよ」
微かに笑う仕草をし、ラファエルは手を顔の前で組んだ。
そしてスッと目を細め、団員の一人ひとりを見渡してゆく。皆は若干の緊張した面持ちで佇む。ゴクリとゼクスなどは唾を呑み込んだ。
「しかし正式な任務ではない故、龍殺しの称号は与えられないかもしれません。私も申請してみるつもりですが、了承しておいてください」
「はい、分かりました」
ゼクスは二つ返事で済ませてしまう。大して気にしていなかったからだ。
アリスには、そんな彼の態度が妙に清清しいと感じられた。それはゼクスの敬語を普段あまりというかほとんど聞いたことがなく、聞きなれていないためかもしれないが、ゼクスならもう少し駄々をこねるかと思っていたのだ。
もちろんゼクスは、名誉だとかに固執しない人間だと知っている。それでも、カッコいいからという理由だけで、称号を子供のように欲しがるのではないかと予想していたである。
ゼクスは称号を欲しいとは思っていなかった。
だってアレは、自分ひとりで為したことではない。騎士団の全員が協力し合い、そしてあの声のお陰だと思っている。
それなのに自分だけが称号を得るのは何か間違っているように思えた。
「では報告はこれぐらいにして、皆さんは休息をとってください。本当にお疲れ様でした」
「「「「「失礼します」」」」」
綺麗に声を揃えてロイドたちは返事をした。
当初はチームワークが心配の種だったが、もうすでにいいチーム――白光祈騎士団は素晴らしい騎士団になっているようだ。
ラファエルは机の上の資料を何枚か捲りながら、次のお客の到着を待った。
もうじきこの部屋にアントニオがやってくる予定なのだ。ロイドたちの任務の結果を話し、これからについて検討せねばならない。
アントニオの精霊との友好に掛ける情熱は、ラファエルにも思うところがあったので、失敗したと伝えるのは嫌な気分だったが、それでも早急に問題の解決へ向け新たな一歩を踏み出さねばならないのだ。
人間は精霊と違って、有限な生命なのだから……。
そんなことを考えていると、ドアが数回ノックされる音が聞こえてきた。おそらくはアントニオだろうと思いながら、席を立たずに「開いていますよ。どうぞ」と言った。
入ってきたのは案の定、アントニオその人であった。彼はほっそりとした身体にゆったりとした白いローブを着込んでいる。今は夏ではなく秋とはいえ、あんなに着込んでいたら熱くはないのだろうかと思う。
しかしそんなことは億尾にも出さずに、ラファエルは微笑を向けながら席を立ち軽く会釈した。対するアントニオも同じように会釈を返す。
「そこの席にお掛けください」
丸テーブルが置かれた場所の椅子を勧め、自身もそこへ歩いてゆく。互いに腰を掛けると、まずは使用人を呼び紅茶を出させた。
出てきた紅茶を少しだけ口に含み、口内に湿り気を持たせる。長く話す仕事をしていると、この行為がいかに大切なものか身に沁みて分かることだろう。
やがてカチャリと音を立てて、カップがソーサーの上に置かれた。互いの視線を交換し、本題に入ろうかと頷きあう。
ラファエルとアントニオはかれこれ数十年来の付き合いだ。そのためこういったちょっとした仕草で、相手の言わんとしていることが理解できるのだった。
「任務は失敗し、国書による友好は成りませんでした」
「……先ほど白光祈騎士団の団員と会ったので、おそらくは……と覚悟はしていましたが、やはりくるものがありますね」
アントニオが身を粉にして取り組んできた精霊との友好だった。
そんなノームやシルフといった四精霊とも呼ばれる精霊との友好も、彼なくしてこれほど良いものにはならなかっただろうとラファエルは思う。
下手に出て譲歩することは誰にでもできるが、それではダメなのだ。そんな関係はすぐに終わりを迎えることとなる。如何にその譲歩の具合を見極め、そして互いに互いが必要だと認めさせることができるかが鍵なのだが、それらの政策のほとんどをアントニオひとりが行ってきた。
彼の多大なる功績は、後世にまで語り継がれることだろう。
ラファエルはそんなアントニオを誇らしく思った。
自分は全騎士団を纏める総司令であり、それなりに優秀な参謀だと自負しているのだが、政策の面でもこういった優秀な人材がいるということは国自体が優秀である、何よりの証明なのだ。
「ですが我々が手をこまねいているわけにもいきません」
「うむ。その通りですな。我々のような者が若い光を育てねばならないのだから……」
力はないが、確かな笑みをアントニオは浮かべた。
そして続きを話す。
「次の時代はもうすぐそこまで来ているのでしょうかね?」
「どうですかね……。私は神ではないので予見し切れませんが、それでも次の時代はもうじきだと思っていますよ」
剣痕を持つ者であるゼクシードを見た時、ラファエルはそう感じていた。新しい時代の幕開けが始まるのだと……。
「ラファエル殿もそう思いますか。実は、私は一人の少年にその時代を切り開く期待を寄せておりまして……」
「もしかしてその少年というのは、ゼクシードのことですか?」
「ええ、そうです。ゼクス君ですよ。彼には娘と仲良くしてもらっているのですが。私も直接会ってみて、不思議な魅力を感じました。娘が気に掛けるわけです」
先ほどまでの暗い表情と打って変わり、パッと明るい表情になるアントニオ。彼は本当にゼクスのことが気に入ってしまったようだ。
事実、アリスの婿になるのは彼しかいないとすら考えてしまっている。ロクシスという婚約者がいるのだが、それは後々になんとかせねばなと画策もしていた。温厚そうな見た目に反し、中々の策士である。
「実は私もなんですよ。彼には目に見えぬ、魅力があった。だから騎士テストに合格させました。追加合格者などという前代未聞のことまでやって。といっても、父親があのジダンであり、剣痕を持つ者である可能性が高かったことも理由の一つではありますがね……」
――剣痕を持つ者。
これを知っている数少ない人間の一人がアントニオだった。彼となら腹を割って話せるから、ラファエルもかなり気が楽である。
「おぉ! ラファエル殿もでしたか! いやはや私の勘もまだまだ冴えているようですな」
予め用意していたかのように、素早い回答が返ってきた。
仕草が芝居がかっているように思えるのは、間違いなく芝居がかっているからだ。アントニオがこうやって芝居くさくやる時ほど、実は真剣なことを頭の中で考えている時が多いのを、ラファエルは熟知していた。
おそらくこの与太話の間にも、彼なりに次の一手を模索しているのだろう。かくいう自分もそうなのだから、きっとそういうことなのだ。
しかし、ゼクシードに期待をしているのは間違いない。
剣痕を持つ者であることもそうだが、それ以上に彼自身にラファエルは多大な期待を寄せていた。彼ならば何かを成し遂げてくれそうな予感がするのだ。
ラファエルは直感、俗に言うシックスセンスというものを信じている。今までこの感覚を頼りに、宰相の地位まで登り詰めたのだ。決して盲信的に信じることはしないが、それでも必ず心の片隅に留めておいている。
「では、我らがシュレイグ王国を担う、新しき種子の話はこれぐらいにして、未来を語らいましょうか……」
「そうしますか。では我が可愛いアリスティアと、その婿ゼクス君の輝ける未来のために……!」
「相変わらずの親バカですね、まったく……」
わざとらしく大げさにため息をつく。
対してアントニオが紅茶の入ったカップを軽く持ち上げ、こちらを見ているので、仕方がないとばかりにカップを打ち合わせた。でもこういった、ちょっとしたことも正直にいって悪い気分ではない。
「いいではありませんか。それよりラファエル殿もいい加減、結婚なされては? 良い相手はいないのですか? 紹介しますよ?」
「ははっ、丁重にお断り申し上げておきます」
多忙な人間である自分の妻になる者が不幸になると分かっているのだから、それを許容することなど出来はしない。
それにもう、かつての自分の初恋が終わった時に、すべてに決着が着いているのだろう。二度と、誰かを真剣に愛せそうになかった。
だからこのほんの少しだけのユーモアという息抜きを入れてから、二人は本題へ入っていった。
すなわち、『新しい時代』のことである。