第34節『いつの日か、わかり合うために』
「団長、少しいいですか?」
族長の部屋から出てきたロイドにそう声を掛けたのは、なんとアリスだった。
彼女はロイドのことを嫌っているため、滅多なことでは自分から話しかけたりしないのだ。しかしそれは彼自身が嫌いというわけではない。
サーバント家。ローゼンバーグやクレメンテと同じ四大公爵家の一角であるサーバント家全体を、アリスは深く憎んでいるのだから。
しかしロイドの自分たち団員を思い気持ちが、あの死闘で見えてしまった。だからほんの少し気持ちに踏ん切りをつけて、ロイド自身にだけは今までの無礼を詫びようと思っていた。
「え、ええ。どうかしたのですか?」
若干緊張した面持ちのロイド。彼としてみればアリスから話しかけてくるのは、それが必要な時のみという認識しかない。だから彼女から話しかけられるのは、何かがあったと言っているようなものという誤認をロイドはしていたのだ。
アリスはロイドの畏まる表情を見つめ、今までの自分に嫌気が差した。聖女であり人々に優しさを捧げるはずなのに、彼はむしろ恐れているし、畏れている。これは聖女の在るべき姿ではない。
そして同時にそれほど辛い接し方をしてきたのかと感じた。やっているときには考えもしなかったことを考えてしまった。
自分は彼のことをこれでもかってほど嫌い、また憎んでいたのに、彼は団員である自分たちを守るために雷龍へ挑み戦ってくれた。
だから最初に笑うことにした。ニッコリと笑んだ。
驚いた顔つきになるロイドに少しだけ自己満足した。
「私、今まで団長にきつくあたってしまい、本当にすいませんでした」
言って頭を下げる。
「え? いえいえとんでもない。そもそもわたくしは恨まれても仕方がありません」
慌てて手を振るロイドだったが、嬉しそうにニヤけている事は隠しようが無いようだ。
「でも団長のせいでもないのに……、私は貴方に八つ当たりをしていただけなのです。だから……」
謝るアリスにロイドは一度目を閉じて、そして真剣な顔になった。団長は時々だがこういった頼もしい顔をする。いつもこうだったら慣れてしまうのかもしれないが、時々だからこそ感じ入るものも大きかった。
「わたしくも思ったことがあります。父があのようなことを本当にしたのか? 父は家を潰すつもりなのか? と。その答えは未だ見つかっていませんし、幼い頃は恨んだこともありました。当時の風当たりは今よりずっと強かったですしね」
思い出すようにロイドは語る。幼き頃、父が未だ騎士であった頃の話だ。
かつてロイド自身も父の犯したことが理解できず、恨みに恨んだ。家名は地に堕ち、母は気を病んでしまい、周りは冷たくなった。それが予想できないわけでもないだろうに、何故あのようなことをしたのか……と父を大いに恨んだのだった。
だから自分にアリスを叱ることも、憤ることも許されないと思い、今まで甘んじて彼女からの行いを全て受けてきた。
しかしそのアリスが謝ってきている。これはロイドにとって意外ではあったが、今の彼女ならと思うところもあった。自分が変わってきたように、彼女もまた変わったのだろう。騎士見習いの少年のお陰で。
ならば自分がここでべき事はただ一つしかない。
――可愛いらしい団員に、頼もしい仲間に、そして家族のような友にするべき事といったら、これしかない。
ロイドは無言でアリスを抱きしめた。体型や見た目から、どこか親子の抱擁にも見えてしまうような光景。
しかしアリスはビクッと身体を縮ませて、あたふたとしていた。
「アリスティアさんはわたくしの団の仲間です。本来はパートナーでしかるべきなのですが、それはもっとふさわしい方いるので仕方がありません。しかし貴方はわたくしの可愛い団員なのに変わりはないのです。だから……」
「団長……」
ロイドの言葉で、腕の中のアリスの動きが止まった。
しばし抱擁してから誰からということもなく、互いに離れた。
「これからは団長、私のことはアリスとお呼びください。もし良かったらですけれど」
「分かりました。これからはアリスさんとお呼びしますね」
そしてニッコリと笑い合う。
この時ばかりはロイドにかつての事件も、そして先ほどのウィンリアーヌとの事も忘れさせてくれたのだった。
☆
白光祈騎士団はすでに水の都を発ち、シュレイグ王国へと帰還している最中だった。
そんな彼らの話題はゼクスのことだ。
「ねぇ、ゼクス。あの時の力はいったいなんなんだい?」
「わたくしも気になりますわ……」
「え、いやアレは……なんつーか声が聞こえたんすよ」
「「声?」」
クレスとソフィアの声が見事にはもった。
「うん、声。でさその声に従って動いたら、なんか勝てちゃったんだよなぁ~」
頭をぽりぽりと掻きながら、しみじみと言うゼクス。彼自身、アレがいったい何だったのか全く理解していなかった。気にならないといえば嘘になるが、それほど気にもならないのも事実だった。なぜならあの声の主とは、いずれまた会うような気がしていたから。
「だよなぁ~ってゼクス。ホントに君は……」
「でもクレス。その方がゼクスさんらしいですわ」
「ははっ、それもそうだね」
笑い合うクレスとソフィア。
「それにしてもアリスさんの詩もすごかったです」
「え? そうですか?」
「うん、僕も思った。アレだけ力が湧いてくる詩を聞いたのは初めてだったよ。団長たちが前の任務で龍を撃退したっていうのも、あれだけの加護があれば素直に頷ける」
「あ……ありがとうございます」
褒められて嬉しいものの、照れてしまい俯くアリスは、ふと思った。
最近、自分は団の皆といるのが楽しい。個人レッスンである『騎士教育』の時もそうだが、こうして任務に就いている時もとても楽しかった。
俯いていた顔を上げると、そこにはゼクスの顔があった。
ボン! と音がなったかと思うと、アリスの顔が真っ赤に染まっている。
それに対し何を思ったのか知らないが、ゼクスはニシシと笑って。
「やーいアリスのヤツ、照れてやんの!」
指差しながら大笑い。
たぶん勘違いしているそのバカを、アリスは無言で蹴り飛ばした。もちろん遠慮なんてなしに、思いっきりだ。
「いってぇー! なにすんだ、この暴力聖女!」
「うっさいわね! 貴方が悪いんでしょ、私をからかうから! この馬鹿騎士見習い!」
「なんだとぉー! もういっぺん言ってみやがれ!」
「ええ、いいわよ。何度だって言ってあげる! このバカでアホで頭が蕩けちゃってる騎士見習いのゼクシード様が全部全部悪いのよ! 私がどんな気持ちで……ってこれは関係なくて! やっぱりアンタが世界に生れ落ちた瞬間から悪いって決まってんの! てか私が決めた! だから生まれてきて御免なさいって土下座なさい」
「て、てめぇ……」
さすがの温厚を自負しているゼクスであっても、ここまで言われたことはなかったので、怒りから唸るような低い声を洩らした。そして罵詈雑言を言わせたら、きっとアリスの右にでる者はいないだろうと、クレスたちは密かに思うのだった。口が裂けてもそんなことは言えないが。
しかしこのままでは本格的な喧嘩になりそうなので、遠巻きに見守っていたロイドは仲裁に入った。
「まぁまぁ落ち着いてください、お二人とも。まだ任務中なのですよ」
「……分かりました。すいません」
「え?」
ゼクスはアリスが珍しく団長に謝っていたので驚きの声を上げる。
するとギロリといった擬音と共に、ものすごい形相のアリスが睨んできた。余計な詮索はするなということだったが、そんな高等なことをゼクスが解するわけはなく。
「なんで――」
言葉を言い終える前に、なにやら不穏な気配を感じ取ったクレスによって口を塞がれた。
クレスとしては隣の誰かさんのせいで、こういった怪しい気配を読むことには長けていた。チラッと横目でその誰かさんを窺うと、こちらもギロリと睨んで、
「何かしら、クレス? わたくしの顔に、なにか付いているのかしらぁ?」
と言った。
「い、いやっ! なんでもないよ……。そ、それよりも団長。国書の件。どうでした?」
クレスは今にも掴みかかってきそうなソフィアから逃げようと、急いでロイドに話を振る。途端に、ロイドの顔が固まった。
「あ、いや、その……」
「なんだよクレス、そんなことあの様子からわかんじゃん! ぜってぇーオーケーだったっしょ! ねぇ、団長?」
水の都ではお見送りまでしてくれたウンディーネが大勢いた。
彼女らの多くがまた来てもいいと言ってくれもしたのだ。これでダメなわけがない。すでに友好は出来たものだと、ゼクスは思っていた。
「…………」
しかしロイドは黙っている。
この沈黙が異様に長く感じ、また息苦しいものだった。
「そ、そんな! なんでっ!」
ゼクスが悲鳴に近い声を上げる。彼の周りの者たちも皆意外であり、とても残念そうな表情をしていた。
中でも特に苦しそうなのはロイドだった。
「すいません。水の都を出発したら話そうと思っていたのですが、中々話すことができず……」
「だってあんなに仲良くなれたのに! あ、さてはあのシャーベットみたいな名前のヤツに意地悪されたんだな!」
「それを言うなら、シャーベルンよ」
すかさずアリスのツッコミが入るが、その声にもいつもの元気さが感じられない。
「実は……」
事の顛末を語り終えると、誰もが無言になった。
ウィンリアーヌたちも死体は処理し、民には見せないと言ってくれたが、友好はしないし、またもう来るなと言われたことを教えた。それにシャーベルンは公表すべきだと言っており、敵意が剥き出しだったことも伝えた。
本当ならこれらの事は伝えたくなかったが、変に隠したとしても聡明なアリスなどにすぐ見抜かれてしまうのが目に見えていた。それならいっそ正直に言ったほうが良いと感じたのである。
「人間全てが悪いわけではないのに……」
アリスがポツリと呟いた。本当に辛そうな顔で、今にも泣き出しそうだった。
それに気付いたゼクスはポンポンと彼女の小さな頭を叩いてやる。元気出せと言いたかったのだが、それを言うよりもこっちの方がいいと思ったのだ。
これは彼女を慰めると同時に、自分に対する慰めだったのかもしれない。
「でもそれは僕らの理屈なのかもしれないね……」
クレスは認めるところはちゃんと認めていた。
自分たちの言い様は、人間だからこそ、そう言えるのだ。そしてこちらが被害者ではないから。もしもあの事件で団の仲間が殺され、それが同族の人間の仕業だとしたら、自分もその人間を許せるとは思えない。
というか、絶対に然るべき罰を受けてもらうだろう。
同じ人間であってもこれなのだ。
まして相手は精霊、それも一番仲が悪いウンディーネに通用するはずがないとも思ったのである。
「そうね……悲しいことだけど、真実それが騎士のしたことだとすれば、私たちを無事に水の都から出してくれただけでも、とてつもない温情だったのかもしれません」
暗い雰囲気になる白光祈騎士団。先ほどまでの明るさは微塵も残ってはいなかった。
だけど――。
「でもさ! それならまた信用してもらえるように、頑張ればいいんだろ?」
「貴方そんな簡単に済むことじゃ……」
「じゃあアリスはこのまま諦めるのかよ?」
「別にそうは言ってないけど……」
歯切れが悪くなるアリスに、ゼクスはニッと笑った。
「だろ! ならさ、俺は何度だって訪ねてやるよ! あの時のウンディーネたちの笑顔が嘘だなんて思えない! 俺は信じられるぜ。俺たちはいつの日か、絶対にわかり合えるじはずだってさ!」
「ゼクス……」
騎士団の面々はゼクスを見つめ、やがて大きく頷いて見せた。
「ああ、そうだね。僕らはまだなにもしちゃいないんだ。この程度で諦めるのは、騎士の名折れ」
「ええ、そうですわね。わたくしたちは誠意をもって彼らと接し、それを彼らも受け入れてくれたことに間違いはないんですもの」
「私ももっともっと詩を磨いて、いつかウンディーネへも捧げられるように努力します」
「皆さん。わたくし感激です! 知らず知らずの内に子は育つと言いますが、わたくしそれに勝るとも劣らない感動を感じております!」
言って号泣するロイドへ、団員は暖かな眼差しを向けている。
それはまるで、父が嬉し泣きをしていて、子供がどうしたらいいのか分からないのだが、どこか優しい気持ちで見守っているかのようであった。
お久しぶりです、Franzです。
英語の勉強のため、ここ二カ月ほど死ぬ気でやってみたところ、充分な目処がたったので、小説を書きを再会いたしました。
といっても夏休みでも受験生は、課外授業に夏期講習と忙しいので、更新ちまちますると思います。
どうか温かな目で見てくださると、幸いです。
ではでは~
いい加減眠くなってきたFranzより