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エデンハイド物語   作者: Franz Liszt
王国の章『水の都編』
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第33節『捻くれた世界』

「ほうほう、にしてもこれは見事に結界がぶち抜かれておるのぉ~」


 ウィンリアーヌは偽の湖と本物の水の都との境界線に立っている。手を綺麗な弧を描く顎に当て、ふむふむと一人で頷く。一見暢気そうで先ほどの事件などどうってことはないように見えるが、その目にはとてつもない苦悩と悲嘆で満ちていた。

 同族、いやもう永遠を共に生きてきた家族が死んだのだ。さも当然であろうと思われる。

 だからこの彼女の態度はきっと永遠を生きるが故の慣れか、もしくはただの痩せ我慢であり気を紛らわせているだけなのだろう。


「ウィンリアーヌ様! まだ危険が残っているかもしれません! どうかお戻りください!」

「良いではないか。そのためにシャーベルン、お前がいるのであろう?」

「はっ、いや、しかし……」


 口ごもるシャーベルンだったが、それでも文句を言おうとしていると思われたので、ウィンリアーヌはやんわりとそれを遮ることにする。


「魔力も回復したことだし、今の我はすこぶる機嫌が良いのじゃ。これぐらいさせてはくれんかえ?」

「はっ、まぁ……そのウィンリアーヌ様がそう為さりたいのであれば、私としても依存はありません」

「ありがとう」

「いえ……礼を言われるようなことは、何も」


 シャーベルンのいつも通りの謙虚な姿勢に微笑を洩らしながら、ウィンリアーヌは結界を再構築してゆく。ウィンリアーヌの魔術の才はウンディーネの中であっても、特に優秀だった。魔力は膨大だし、その回復も早い。雷龍(サンダードラゴン)のように水の魔法が効かない特殊な相手でもなければ、そう簡単には引けを取ったりしない。


「まだ国書の返事を書いている途中だったのじゃが、我はもう少しだけ友好的な返事にしようかと思っておる。お前はどう思うかの?」

「はっ、私はその、今回の件は確かに感謝しておりますが、そんなに人間に心を許すべきではないと思うのですが……」

「やはりそう思うかの……」

「ですが、ウィンリアーヌ様のお気持ちも分かります。あのゼクシードという人間、やはりリディルの後継だったのですよね?」


 シャーベルンは気を失っていたからゼクスの目覚しい活躍を見てはいなかった。しかし気が付いた時にはすでに雷龍(サンダードラゴン)は絶命しており、それを為せるのはリディルの後継と思われたゼクシードしかいないのだと思ったのだ。


「あぁ、そうじゃった。間違いない。我もこの目でしかと見ておったからの」

「ならば、ウィンリアーヌ様の為さりたいように為されば良いのです。私は貴方様の為すことを全力でサポートするだけです。といっても、貴方様が誤りを犯そうとした時は、全力をもって止めさせていただきますが……」

「ということは、今回は誤りではないと思うのかえ?」


 そう問うウィンリアーヌの表情は、どこか幼い少女のようだ。イタズラを覚えて、それを試したくて仕方がないといった感じを受ける。


「いえ、それはその。まぁ、なんと言いますか……。多少、人間を見直してもいいかなと思うぐらいの感謝は感じておりますゆえ……」

「ほっほっほ。そうか、そうか。よし、これぐらいでよいじゃろ……それにしても、珍しいこともあるものじゃ。雷龍(サンダードラゴン)がこの水の都に来るとは……」

「はい、この数千年の中、一度もそんなことはありませんでしたからね」

「ふむ、これは調査の必要が――ん? あそこに何かあるようじゃが……」

「はっ、少々お待ちを。私が見てまいります」

「頼む、シャーベルン」


 シャーベルンはさっそく何かがある場所へと足を進める。

 そして――。歯軋りをした。


「くっ……これは――」

「なんじゃ? なにがあったのかえ?」

「ウィンリアーヌ様。これを……」

「……っ! これは……龍の笛」


 ウィンリアーヌはシャーベルンから受け取った笛を、驚きで満ちた顔つきで見つめた。瞳孔がなくなりそうになるまで、目を開いていたため乾きで涙が出てくる。しかしそれでも尚、見つめねば気が済まなかった。


 ――龍の笛。

 これは(ドラゴン)を呼ぶための笛だ。使用者の命を吸い尽くす代わりに、古に封じ込められし龍を召還する。しかしこれの製造法はすでに失われており、創り出せる者がいるとは思えない。それに龍を倒せる者がいるのかと問われれば、それすら否。創り出すための条件は、龍をたった一人で倒せることだ。そのような強者がそうそういるはずもないし、それだけの力があるのならそもそも創り出す必要もない。

 この龍の笛を創り出した、主神以外は……。


「まさか……先ほどの雷龍(サンダードラゴン)は……」


 また笛は一度しか使うことができず、龍は一度だけ使用者の命令を聞くが、後はどこかへ行ってしまうといわれている。といっても使用者は死ぬことになるので、関係はないが。

 神はこれを創り出し、お遊びに配っていたのだが、主神オディウスが消えてからはその習慣はなくなり、もう創り出そうとする神はいないはず。

 そして笛の存在自体もほとんど全て破壊し尽くした。それは間違いない。


「いや、有り得ぬ。我とマリアやドワンノフらが協力し、全てを壊したはずじゃ……」

「確かにそうですが……この形状に、この彫刻は……」


 シャーベルンにはとても目の前にある笛が偽者だとは思えない。現に、あの雷龍(サンダードラゴン)も襲ってきたではないかと。


「しかしだとすれば、あの雷龍(サンダードラゴン)をただ一人で屈服させたというのじゃぞ? それが出来る者など、リディルの後継であるゼクシードと……」

「ならあの人間がやったのでは!」


 怒りで我を失っているシャーベルンが語気を荒くするが、冷静にウィンリアーヌは首を横に振った。


「いや、有り得ぬ。まだまだ覚醒に至っていなかった小僧にできはずもなし、それにリディルならばあのようなものを創ろうともせぬはずじゃ」

「確かに……では誰が」


 リディルと面識のあったシャーベルン自身もそう感じるのか、少し冷静になって深く頷いてから訝しんだ。


「主神オディウス。あやつはこれの創造に一番熱心じゃった……」


 思い起こすように呟くのは、ウィンリアーヌ。

 彼女は豊かな金絲(きんし)の髪を無意識に弄んでいた。


「それこそまさかです! オディウス様はリディルに討たれ死んだはずでは……」


 自分でもまさかとは思う。しかし同時に、あやつなら……と思ってしまう自分も確かにいるのだ。

 だから結局お茶を濁す言い方しかウィンリアーヌにはできなかった。


「分からぬ。我らは所詮、主神オディウスに生み出されし存在ゆえ。神を(おもんばか)ることは不可能じゃ」

「しかし……そうです! まずは使用者を確かめましょう! 使用者は魂を抜かれているはず……」

「もし、これを故意に行った者がおるとすれば、後始末として死体は隠すはずじゃが、まぁ、探してみるかの……」


 さっそくシャーベルンが辺りを探索してみると、近くに一人の人間が倒れていた。すでに息はなく、死んでいるのは間違いない。次にその死に方を確認する。死傷はない。目は開かれ、白目は灰色に濁りきっていた。

 コイツが笛の使用者だと確信した。その人間をシャーベルンは無造作に掴み上げ、憎しみの篭った眼で見つめ、引き摺るようにして主の下へ戻る。肉が地面に擦りつけられ、どんどん汚れてゆく。

 しかしいくら死人だろうが、容赦だとか哀れだとかの感情は微塵も感じられなかった。

 コイツが我らの都を襲ったようなものだという、深い怒りと憎しみだけしか感じられなかったのだ……。



「ではこれは騎士団の衣装で間違いないのだな?」

「ええ、はい……」


 シャーベルンのきつい口調に気圧されたロイドが、遠慮がちに肯定を示した。彼の悲しそうな視線の先には、あの死体があった。

 ロイドとシャーベルン、そしてウィンリアーヌは屋敷の奥の族長室で話し合いをしている。ゼクスたち団員にはまだこのことを知らせていない。ウンディーネの皆も知らない。

 このことを知っているのは、ここに三名だけであった。いずれ言わねばならないことではあるが、先ほどあれだけのことがあったばかりなので、言うのは憚られたのだ。


「し、しかし! これだけで騎士団のせいだと申されるのですか!」

「それ以外に何がある! 貴様とて全ての者を把握しているわけではないのだろう?」

「それは……」


 痛いところを指され口ごもるしかないロイド。彼女が言わんとすることは十分に理解できるし、もし立場が逆ならば自分もそう判断するに違いない。


「ロイド殿。この場合、騎士であろうがなかろうが、それほど関係ないのじゃ」

「どういう意味ですか?」


 ウィンリアーヌの言葉に首をかしげるロイドは、どうすれば分かってもらうかを考えるのに必死だった。

 しかし次の言葉で全てが砕け散った。


「これが人間であるということ。それこそが重要ということじゃ。我らウンディーネに仇なした者が、人間である。それだけで我らには十分なのじゃ」


 ウィンリアーヌの話す事はこれまたもっともだ。そもそもウンディーネとの交友がないのは、騎士団だけではない。人間という種全体として交友がないのだ。

 つまり今回の件が人間の仕業であるか否かということのみが重要であって、騎士団に属するかどうかはそれほど重要ではないのである。


「悪いが……」


 だからロイドには、ウンディーネの族長が紡ぐであろう次の言葉を容易に予想できてしまった。


「国書の返事を改め、友好はなしとさせてもらおう」


 当然だろう。

 人間の仕業で民を傷つけられ、それがさらに騎士であるかもしれぬ。これほどの暴挙を見過ごせるほど、彼らとの親交も友好も存在したためしはない。

 遥か古の時代を除いては……。


「じゃが、お主らはこの水の都を救ってくれた。故にこの件は主らが出立するまで、我とシャーベルンのみに留めておこう」

「分かり、ました」


 それが族長としての最大の譲歩なのだと、ロイドにも理解できる。

 もしもこの場で先の件が露見してしまえば、ウンディーネの中には自分たちを殺すべきだ、見せしめにすべきだ、と主張する者もいるかもしれない。

 それをしないだけでもせめてもの温情だろうと思われた。


「誠に申し訳ありませんでした」


 ロイドには頭を下げることしかできなかった。

 それをウィンリアーヌは分かっておるといった表情で頷くが、シャーベルンは許しがたい雰囲気を体中から放っていた。



 世界は真に捻くれている。どうすればこれほど捻くれるのかというほどに……。

 本当は、とても簡単に分かりあえる存在同士であるというのに……。

 人間と精霊が共に許し、共存し合えるような世界は訪れないのであろうか――。

 そしてそれを知るのもまた、捻くれた世界……そして全知全能なる神だけであろう。



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