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エデンハイド物語   作者: Franz Liszt
王国の章『水の都編』
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第28節『全滅』

 ゼクスたち白光祈騎士団(ルミナス・クロイツ)は、気合いの掛け声とともに散開していった。

 その中でも、見習い騎士と団長は大いに張り切っている。それはまるで恐れを払拭したいがためのようにも見えたが、それでもただ立ち止まって恐怖に打ちひしがれているよりもずっといい。


「それにしてもまったく、頼もしい団長と、後輩だよ! ゼクス! 右だ!」

「ああ!」


 まずはクレスとゼクスが、こちらへ悠然と突進してくる(ドラゴン)を迎え撃った。そして距離がほぼゼロになったところで、二人は左右に(かわ)し、ゼクスが右から、クレスが左から、それぞれ両側から挟み撃ちに斬りつけた。


 だが――ガキン!


「はぁ!? なんで一発で折れてんだよ!」


 ゼクスの剣が根元から折れて、破片はどこかへぶっ飛んでいった。

 驚きながら横を見ると、クレスの剣にもヒビが入っている。しかし(ドラゴン)には、傷一つ見受けられない。鱗すら、()がれていなかった。


「そんな……」


 絶望の色を顔に出すクレス。最上の詩によって、全能力をかなり高めているにも関わらず、完全に弾かれたのだ。

 ――なんて硬さだ……。

 身体の大きさこそ前の(ドラゴン)よりも小さいが、持つ牙は鋭く、素早さもあれの比ではない。それにこの硬度だ。明らかに、この(ドラゴン)の方が強い。


 (ドラゴン)は一度天へ昇り、垂直に一気に襲い掛かってくる。


『ギャッハァァー!!』


 大きな口を開いてロイドを呑み込もうとしているようだ。丸呑みできそうなほどの大口だった。


「ハァァー!」


 しかし恐れを断ち切ったロイドはやられない。(ドラゴン)の横に転がってから、すぐさま体勢を整え、顔の側面に大剣を叩きつけるように振るった。脚力もかなり上昇しているようで、いつものロイドの俊敏さを遥かに上回っている。

 大剣の圧倒的な硬さと重さによって、いかなるものをも叩き潰すかのように大剣が唸りを上げながら(ドラゴン)の顔に吸い込まれてゆく。

 だが結局、比較的柔らかそうな顔面であっても、(ドラゴン)には傷一つ与える事はできなかった。


「こ、これでもダメなのですか!?」


 ロイドの大剣はその硬度ゆえに刃こぼれこそしていなかったが、全く歯が立たないことに変わりない。

 (ドラゴン)はそのままの勢いで、ソフィアに向かっていった。牙を剥き出しにした表情は、どこか遊んでいるようにも見えてくる。


「魔法で攻撃とかできねぇのか?」


 ゼクスは何故かウィンリアーヌではなく、シャーベルンに尋ねた。それはウィンリアーヌが今もゼクスたちにも結界を張っており、もしもに備えてくれていたから手が離せなさそうだからなのだが、ゼクスがこのように考えていることが驚きである。失礼しました、ゼクシード君。

 変なナレーションは置いておき。


「無駄だ。(ドラゴン)のさらに上位種である、雷龍(サンダードラゴン)は魔法を防ぐ、特殊な鱗を持っている。放ったとしても、気を逸らすことぐらいしか……」


 現実では、悔しげにシャーベルンが答えている。よく見ると、彼女の剣は防御専用といわれるディフェンダーだった。そのディフェンダーが焼け焦げたように、ボロボロの姿になっている。鉄壁を持ち味とするこれが、どうすればあのようになるというのであろうか……。

 ついに(ドラゴン)は、ソフィアの眼前まで迫り寄った。


「ソフィア!」


 堪らずにクレスが叫ぶと、一瞬だけ、ソフィアは薄く笑ったように見受けられた。彼女がクレスだけに向ける、特別な微笑みだ。


「顔でも、側面でもダメ……ならば――」


 ――いける。強化されたこの状態なら、絶対に成功させてみせる!


 心のうちで喝を入れる。

 (ドラゴン)を真正面から待ち構え、ソフィアは(ドラゴン)へスライディングをした。地を()うように突き進み、細い足を(かわ)し、ガラ空きの(ドラゴン)の腹部へ、細剣(レイピア)を力の限り突き刺した。

 そのまま何度も何度も突き刺す。

 己のスピードを最大限に活かし、まるで輪舞を踊っているかのような細剣(レイピア)の嵐。さらに驚くべき事は、その突きが全て同じ箇所を貫こうとしていることだ。双方が移動しているにも関わらず、一瞬のうちでそれをやってのけた。


 閃光の如きラッシュが2桁に突入する。しかし(ドラゴン)はソフィアの身体を通過しておらず、時間的にもたったの2、3秒しか経っていない。

 やがてザシュっと音が鳴り、血が流れてきた。初めて傷を与えられたのである。やはりいくら(ドラゴン)の上位種であろうと、それが生命である以上、弱い部位は必ずあるものだ。


 しかしこれは、単に(ドラゴン)の怒りを買っただけだった。

 バリッ! 不吉な音がした。

 雷光だった。

 それが弾けたかと思うと――。


「キャァァーー!!」


 身体をビクンビクン震わせて、ソフィアがのたうった。

 彼女は目を見開き、ぽろぽろと涙を流している。あの瞬間、強力な電流が細剣(レイピア)を伝い彼女の身体を駆け巡ったのだ。そしてさらに追い討ちを掛けるように、(ドラゴン)の尻尾がソフィアの身体を吹き飛ばした。


 (まり)のように地面を転がってゆくソフィア。何度も何度も地面に身体を打ちつけながら転がっていった。

 それをただ見ていることしか、クレスにはできなかった……。


「ソフィアぁぁーー!」


 我に返って最初に出た言葉。何が起こったかが重要ではなかった。ソフィアが、動かないことが重要なのだ。それだけでクレスは完全に冷静さを失い、茫然自失になるのに何の不足もなかったのである。


「やりやがったな、てめぇ!」


 クレスの慟哭(どうこく)と、ゼクスの雄叫びが響き渡る。クレスは使い物にならない剣を捨て去って、一目散にソフィアの下へ駆け寄った。


「ゼクスさん! クレスさん、落ち着きなさい!」


 団長の声でゼクスとクレスは若干冷静さを取り戻した。


「ゼクスさんは、アリスティアさんを呼んできてください! クレスさんは、ソフィアさんを安全なところへ!」

「でもそしたら(ドラゴン)はどうするんすか!?」

「わたくしが、何としても食い止めてみせます!」


 力強く言い切ったロイドに、ゼクスは頼もしい団長の姿を見た気がした。


「私もいることを忘れるな……」


 真剣な表情のシャーベルンも、そう言ってロイドの横に並んだ。ウィンリアーヌを守ることを怠らない程度に、加勢するつもりだった。


 だからゼクスは安心して「任せました!」と言い残し、アリスを急いで呼びに行った。今はただ、我らが聖女(マリア・ステラ)を呼んでくるのが先決だ。

 


 ゼクスが転がり込んできた時、アリスはまだ横になっていた。何度も立とうとしたけれど、脚に力が入らず立てなかったのだ。

 しかしゼクスの顔を、無事だったことを確認し、何故か、力が湧いてきた。


「アリス! 大変なんだ! ソフィアが! ソフィアが!」

「落ち着きなさい、ゼクス。ソフィアが大変なのね。いま、行くわ」


 ゼクスの声で、だるそうに身体を起こしたアリスは、歯を食い縛りながら歩き出した。やはり完全に立つのは厳しいものがあった。

 しかし行かねばなるまい。


 ――私が、この団の聖女(マリア・ステラ)であるのだから……。


 逃げるという選択肢も、無理だという選択肢も、用意されてはいない。そのような答えを聖女(マリア・ステラ)は持っていない。騎士が戦うというのに、それをサポートしない聖女(マリア・ステラ)聖女(マリア・ステラ)ではないのだ。


 聖女(マリア・ステラ)とは名ばかりの虚栄にあらず。


 もう大丈夫だ。魔力的にはだいぶ回復してきた。毎日欠かさずやっていた祈りの御蔭だろう。きっと女神さまは、自分たちを導いてくださる。

 そうアリスは信じて、疑いもしなかった。

 世界は捻くれているというのに……。



 だから、そんな世界だからこそ、用意されていたのは希望ではなく、ただの絶望だった。

 ゼクスとアリスが戻ってきた時には――すでに、白光祈騎士団(ルミナス・クロイツ)は全滅していたのである……。


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