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エデンハイド物語   作者: Franz Liszt
王国の章『水の都編』
31/51

第24節『水の精霊』

 幾つもの視線を浴びながら、ゼクスは居心地の悪さに身動ぎしそうになるのを必死で堪えていた。

 あの後、なぜ人間がこんなところにいるのかと叫んだウンディーネの少女の叫び声を聞いて駆けつけた者達にゼクスたちは拘束され、あの湖からかなり離れたところ――おそらくはこの村の中央と思われる場所へと連行されたのだ。拘束される際に、暴れないようにするためだろう、荷物や剣は取り上げられ、更に目隠しもされたがゼクスは抵抗せずに大人しくされるがままになっていた。

 ここで抵抗すれば更にろくな目に遭わないと、団長に諭されたからだ。


「拘束は解くな。人間は何をするか判らぬ」


 ウンディーネの長と思われる妙齢の美しい女性が言った。周りで一斉に頷くウンディーネたち。やはり耳が尖っている部分以外に、人間とさほど変わりはない。

 それどころか、皆が皆美しい女性であり、とても若々しい姿をしていた。ウンディーネはある一定の年齢に達すると体は成長を止め、半永久的に同じ姿を保つことが出来る。

 といっても、子供が作れるかどうかは不明。何故なら真意は定かではないが、ウンディーネが子を成したという事は一度もないとされたからだ。


「して、人間。(うぬ)らの名は?」


 ウンディーネの長は輝く金の髪を緩やかな風になびかせながら、厳かな口調で尋ねた。

 険しい表情で、鋭い視線。とても歓迎されているムードではない。まあ、それは拘束されている時点で分かることではあるが……。


「わ、我々は、しゅ、しゅ、シュレイグ王国から国書配達の任でこの地に赴いた、白光祈騎士団(ルミナス・クロイツ)であります。そ、そして私の名はろ、ろろ、ロイド。ロイド・セイ・サーバント、団長をつつ、務めております」

「ほぉ、あのサーバントか……」


 思い当たる人物がいるのか、思案顔になる長。それから、美しい曲線を描く顎で次の者を促した。


「俺はゼクシード。ゼクシード・ヴァン・エルトロンだぜ! よろしくな!」


 こんな時であっても、いつも通り元気よく名乗れるゼクスは大物なのだろうか、それとも……。しかしそんな彼のお陰で、後の者たちは緊張せずに言えた。


「私はアリスティア・メルカトーレ・ローゼンバーグです」

「僕はクレス・バークライト。こっちはソフィア・ウェイトレイです」


 アリスが続き、クレスがソフィアと一緒に自己紹介をする。ソフィアも言われて頭を下げていた。

 しかし長はゼクスの名を聞いた瞬間に、全身を強張らせていた。もはや他の者の紹介など聞いている風ではない。見れば、周りのウンディーネも皆一様に固まっている。


「なに……? 貴様がエルトロンの……」


 ゼクスを見つめる長の瞳は不思議なものだった。

 怒りとも取れるし、懺悔とも取れるし、悲しみとも取れる。


「そして貴様はローゼンバーグと来たか……ふっ、あはははははっ」


 突如、高笑いをして顔を手で押さえだした長。狂ったような笑いだけが、しばしの間、沈黙を破っていた。


「なるほど、なるほど……いやはや、これはまた酔狂なことを……」

「なにが可笑しいんだよ、オバさん! いい加減、この縄を解いてくれよ! 俺たちが怪しいもんじゃないって分かったじゃん!」

『ゼクス! 今は黙ってなさい! 殺されたいの!?』


 声を上げたゼクスを、すかさずシークレット=コードで叱咤するアリス。その声音から、彼女がどれほど真剣に言っているのかがうかがい知れた。


「よいよい、ローゼンバーグの。我はエルトロンの小姓(こしょう)にそれ如きで怒ったりせぬよ」

「え? なんで……」


 瞬時に韻律を完全なまでにあっさりと破られ、驚きに包まれるアリス。見破られたのではない。文字通り術そのものを打ち破られたのだ。

 聖女(マリア・ステラ)の韻律を打ち破れるのは、相当な魔力がある証拠。それもアリスクラスの聖女(マリア・ステラ)の韻律となると、おそらくシュレイグ王国では魔術学院の学院長ぐらいしか純粋な魔力勝負にて打ち破ることは不可能であろう。


「それよりも……のぉ、エルトロンの小姓(こしょう)。ヴァンとは本当かえ?」


 しかしウンディーネの長はアリスの驚きを無視して、むしろ面白そうにゼクスに語りかけた。


「は? 俺? (小姓と言われ食べ物と勘違いしているようなので、アリスが『貴方のことよ』と教えてあげたのだ) あったりまえだろ! なんで俺が嘘言わなきゃなんねぇんだ。大体、俺たちが名乗ったのに、そっちは名乗らねぇで失礼じゃねぇか!」


 もう頭が痛いと、額を押さえるアリスと他の面々。これからはゼクスに真剣に敬語を教えておこうと、アリスは固く決心した。


「ふふふっ、元気な小姓じゃ。なるほどのぉ、これがヴァンの後継かえ……」

「だからお前はなんて言うんだよ?」

「よいじゃろ、いいか人間共。一度しか言わぬぞ。我が名は――」

「おやめください、ウィンリアーヌ様! 人間に名を告げるなど……」


 一人のウンディーネが長へ忠言した。

 人間を見つめる彼女の瞳は、憎悪のみに染まっている。どこかシャープな印象のある美人さんなので、怒っている表情は非常にもったいない。

 いや……クールビューティというのならば、これもありなのかもしれない。


「よい、シャーベルン。というか、そなたが言ってしもうたぞ」

「はっ! も、もうしわけございません」


 しかしけっこうな慌てんぼうさんでもあるようだ。


「許そう、シャーベルン」

「はっ、ありがたき幸せ……ってウィンリアーヌ様! なにをなさるおつもりで――」

「なに、この者が(まこと)にヴァンの後継かどうかを見極めるだけじゃ……」


 言ってウンディーネの長――ウィンリアーヌはゼクスに近付き顔を覗きこんだ。そしてしばらく眺め、今度は白魚のような手を服に滑り込ませ、体の隅々まで何かを探るようにしていた。


「うわっ、なにすんだよ、くすぐってぇーって!」

「そうです! やめてください!」


 ゼクスとアリスの悲鳴じみた声が上がる。それには答えず、ウィンリアーヌは最後にゼクスの髪を一房だけ(すく)うようにして掻き揚げ、彼の首筋を念入りに調べた。


 ――目を見開く。


 ウィンリアーヌはゼクスの首筋へ手を当て、慈しむかのように触る。ひんやりとしていて、妙なくすぐったさを覚えたが、何故かゼクスは動こうとも文句を言おうとも思えなかった。


「…………そうか、そうか。お主は真にヴァンの後継じゃったのか……」


 しみじみと呟くウィンリアーヌは、目を細め愛おしそうにゼクスの白髪を撫で続ける。いつの間にか、『小姓』ではなく『(ぬし)』になっていた。


「愛しく、そして憎い。これらの感情を与えしエルトロンの後継――ゼクシードと言ったか、お主は父がなにを為したか、知っておるのか?」


 彼女が問うた瞬間、ロイドとアリスの表情が険しくなった。

 それには気付かず、ゼクスは平然と答える。


「知ってるよ。父さんはすっげぇ騎士だった。もう死んじゃったけど、俺もいつか父さんみたいになるのが夢なんだ」

「ほうほう、そうかそうか」


 嬉しさとも悲しさとも感じられるウィンリアーヌの顔つき。

 そして――。


「シャーベルン、この者どもの縄を解いておやりなさい」

「はっ、しかし――」


 ウィンリアーヌの側近であるシャーベルンは非難の声を上げようとする。だが途中で主の表情を見て無駄だと悟り、言葉を区切った。


「皆のもの、縄を解いてやれ」


 シャーベルンの指示によって控えていたウンディーネたちが動き出し、ゼクスたちを拘束する縄が解かれた。


「助かったぁ~、一時はどうなることかと思ったぜ」


 それほど大変な目に遭ったとは思えない口ぶりのゼクス。彼の能天気ぶりが少し羨ましく思える白光祈騎士団(ルミナス・クロイツ)の仲間たちであった。

 しかし――結局、拘束を解かれたのは、ゼクスとアリスとロイドの三人だけだった。


「え? どうして僕らの縄だけ解いてもらえないのですか!?」


 クレスが慌てて声を掛ける。


「もし人間どもが妙なマネをしたら、お前らを殺す」


 シャーベルンは冷め切った(まなこ)で、ゼクスたちを睨み付けた。周りのウンディーネたちも戦闘体制とばかりに、手をこちらへ突き出している。


「いいか、人間ども。我らがお前たちを信用するなど絶対にあり得ない。だが大人しくしていれば、生きては帰らせてやる。覚えておけ」


 ウィンリアーヌよりも敵意を剥き出しにしているシャーベルンは、クレスとソフィアの二人をそのまま放置監禁するよう命令し、それからゼクスたちに付いて来いと言った。どうやら国書の件を聞いてもらえるようだ。


「クレスさん、ソフィアさん。必ず、戻って参りますので、それまでご辛抱ください」


 ロイドはクレスとソフィアに対し、本当に申し訳なさそうに話しかけた。


「はい、分かりました」

「ええ、大丈夫ですわ、団長。それよりも皆さんこそ、お気を付けて。特にゼクス君」

「なんで俺だけ名指しか分かんないけど、了解っす! すぐに戻ってくっから、ちょっとだけ待っててくれよ、クレスにソフィア」

「おい! 早くしろ!」


 声を荒げるシャーベルンに、渋々といった様子でゼクスたちは付いて行った。


「ふふっ、頼りになる後輩だこと」

「そうさ、なんたって僕が本気で鍛えてるしね、ゼクスは」

「あら、もうそろそろ負けしまいそうとか?」

「ははっ、まだまだ先輩騎士として負けるわけにはいかないよ」


 二人の先輩騎士はシュレイグ王国の未来は明るいと思った。

 ところでクレスさんにソフィアさん。ご自分たちも十二分にお若いことをお忘れでは……?

 

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