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エデンハイド物語   作者: Franz Liszt
王国の章『水の都編』
28/51

第22節『ロマンスの王道』

 水の都は王都から北東にあたるアフロディテ地方に存在する。順調に行けば、二、三日あれば辿り着ける距離にあり、一日目はシュレイグ王国の直轄砦を少し越えたところにある村――クーレル村で一泊する予定だった。

 ゼクスとクレスとロイドは横に並び、その少し後ろをアリスとソフィアが続いている。ゼクスは腕を頭の後ろで組んで、鼻歌まじりに歩いていた。


「団長、ウンディーネってなんで女の人しかいないんですか?」


 突然、素朴な疑問を口にする。


「ええと、それはですね……今は亡き主神オディウスが世界を創造した際に、生命ではなく住まう場所から創ったそうなのです。そして水の流麗な成分は女性にこそふさわしいと思ったオディウスは、そこに住まう精霊を女性のみとし、それが今も尚生き続けるウンディーネだと云われております」

「へぇー、さっすが団長。物知りっすね。でもじゃあ、どうして主神オディウスは死んだんですか? 世界を創造できるぐらいすげぇヤツなのに……」


 ゼクスはさらに疑問を口にした。勉学もこれぐらい熱心にやれば、それなりになりすなのだが、そう上手く世界はできていないらしい。ほんにままならないものだ。


「それは――どうしてでしょう? クレスさんは何か知ってますか?」

「いえ、僕もそれは疑問に思ったことがあって調べてみたのですが、結局、答えは見つからなかったんですよ」


 お手上げだとばかりに、クレスは首を振った。


「なんだ、クレスも団長も知らないことってあるんだなぁ~。世の中、広いよなぁ」

「そうだね。僕ももっともっと知らねばならないことがたくさんあるよ。だからこそ、ゼクス。君ももっともっとアリスティア様に教えてもらうといい。あの方は頭も良いと評判だから」


 クレスの口からアリスのことが出てきて、ゼクスは意外だった。剣の師匠であるクレスが尊敬するように言うって事は、アリスって実はすごいヤツなのかもと、今頃になって思ったのだ。


「本当に、アリスティアさんとゼクスさんは仲がよろしいと思うのに、喧嘩も全然絶えませんよね」


 ロイドは少しだけ疲れ気味にそう言った。その様子から彼が日頃、二人の喧嘩の仲裁として苦労してきたか推し量ることができる。


「ですが団長、喧嘩するほど仲が良い。なんてことわざもあるぐらいですからね。それに何より、見ていて面白いですし」

「クレスさんは止めたことないから、そんなこと言えるんですよぉ~」

「団長! それって俺たちの仲が良くて、しかも団長たちに迷惑かけてるみたいじゃないっすかっ!」

「おや、違うのかい、ゼクス?」

「ちょっとクレスまでぇ!」


 笑い合う三人。団欒(だんらん)としたムードが男たちの中には立ち込めていた。それは騎士団というよりも、まるで家族のように暖かなものだった。


 一方で、アリスとソフィアの女組はというと――。


「ではアリスさんはゼクス君と、二人っきり! で、お勉強なんてしてらっしゃいますのね」


 先ほど、アリスが勇気を出して『アリスティアじゃなくて、アリスって呼んでくれませんか?』などと言ってみたら、ソフィアは二つ返事でそれを了承しアリスと呼ぶようになっていた。

 勇気を出してみて良かったと、アリスは内心で思った。

 でも――。


「えぇ、はい。そうですが……」

「まぁまぁまぁ! ロマンスですわねぇ~、青春ですわぁ~」


 ポンと手と手を合わせるソフィアは、とても元気だった。


「な、なんでそうなるんですかぁ!」


 対して、もうすでに暴走状態……もとい。乙女モードのソフィアに絡まれっぱなしのアリス。若干の涙を、その薄紫の瞳の奥に溜め込んでいたりする。


「だって、殿方と二人きりでお勉強。それはもうお決まりのパターン! 個人レッスンといえば、禁断の恋! 深窓の令嬢であるアリスさんと、騎士になられたばかりのゼクス君の初々しい恋の華! あぁ、くらくらしてしまいますぅ~」


 しなだれかかってくるソフィアを、アリスは本気で振り払おうかと思ったが、後が怖そうなので止めておく。もう返す気力も湧いてこないほど疲弊しているのも、やる気になれない一端を担っている。


「そして身分差という重石が、若いお二人に重く重く圧し掛かる。しかしそんなことに負けてはなりませんわっ! 古今東西、遥か古の時代から、どんな苦境に立たされても、愛は必ず勝つ! というのは王道です。ですからお二人に愛さえあれば、恐れるものはなにもないのです! さぁ、まずはこれをご覧ください」


 ガサゴソと鞄を漁りだすソフィアに、またも悪寒が(ほとばし)るアリスだったが、ソフィアの放つ異様な気配が尋常ではなく、とても逃げ出せたものではない。

 やがて一冊の本を取り出して、こちらに開いてきた。


「これは……?」

「今、巷で流行の一大ロマンス巨編、『ルクレティア・ボルジア、優雅なる恋情』ですわ」


 ニコニコ。


「へぇ~、これが、ゼクスがすごいって連呼してるマンガというものですね」

「はい。どうぞ、ご覧になってくださいアリスさん」


 ニコニコ。


「あ、ありがとう、ソフィアさん」


 あまりにキラキラと輝くソフィアの瞳に気おされながらも、取り敢えずアリスは本を受け取って眺めてみる。


(ゼクス以外にもマンガを任務に持ってきている人がいるなんて……)


 内心ではこう思いながらも、それは億尾にも出さず黙々とマンガを読み進めるアリス。


 ……中々どうして面白い。これはゼクスが『はまる』と言う理由も分かる気がした。何というかこう、見ていてわくわくするのだ。続きが気になるし、いつしかページを(めく)る手が止まらなくなっていた。


「ね? 素敵でしょう? このルクレティアとユリウスの許されぬ恋! まさに愛するが故の憎しみ。あぁ! なんと悲しく、なんと美しいのでしょう……」


 うっとりとした表情で、蕩けるような口調で言うソフィア。彼女ほどとまではいかないものの、アリスもこのマンガのようなステキな恋をしてみたいと思ってしまっていた。

 そしてついうっかり訊いてしまった。


「ソフィアさん。他にはないのですか?」

「もちろん、ありますよ。では次はこれがおススメです」


 また鞄から一冊の本を取り出し、アリスへ手渡した。帯には『本当に、実らぬ恋なのですか……?』と印刷されている。


「えーと、『ロミオとジュリエッタ』ですか」


 題名を読んでみて、これは聞いたことがあると思った。だいぶ昔からある有名な小説をマンガ化したもののようだ。しかし読んだ事はなかったので、さっそく読んでみる。マンガは小説と比べ、展開が速く読むのにそれほど時間が掛からないのが利点だと感じた。

 しばし黙々と読み進めるアリス。


 そして唐突に、涙した。


「そ、ソフィアさん。こ、これはどうにかならないのかしらぁ~?」

「わかりますわ、アリスさん! わたくしも何度も読み返しては、なんとかしてあげたいと思ったものです」


 マンガを広げ、涙をぽろぽろと流しながら、アリスとソフィアがひしっと抱き合う。広げられたページには、ロミオとジュリエッタの叶わぬ恋の行く末の場面だった。バルコニーでもワンシーン。


『ああ、ロミオ、ロミオ、どうして貴方はロミオなの?』


 もう決め台詞(ぜりふ)としても一流な、この言葉。最後まで読んだ後にこれの読み返しで、アリスの涙腺は崩壊していた。

 任務のことなどそっちのけで、アリスはソフィアと二人泣きじゃくっている。

 前方を歩くゼクスたちは何やら立ち入ってはいけない雰囲気を敏感に感じ取り、黙って待っていることにした。

 色々と問題のあるこの騎士団で、重大な任務は本当に大丈夫であろうか……。


「だってね、だってね、ソフィアさん。ロミオ言ってたの、『こんな塀くらいかるい恋の翼で飛んでまいりました。』って。なのに、なのに……こんなのって……ふうぇぇぇーん」

「ああ、よしよし、アリスさん。大丈夫ですわ。お二人がしたのはまさしく運命の恋。運命とは、最もふさわしい場所へと魂を運ぶものです。彼らの恋は来世邂逅という形で果たされることでしょう。愛は不滅なのですわ。ですから、どうかその透明な涙を拭いて……」


 ソフィアは幼子(おさなご)のように泣きじゃくるアリスを優しく抱きしめて、よしよしと宥める。まるで母と子のような構図だった。

 ひとしきり泣いた後、アリスは立ち直り、もう一度歩き出した。するとソフィアが不意に尋ねてきた。


「ねぇ、アリスさん。アリスさんは恋をしたことがおありですか?」

「えっ? こ、こ、こ、恋?」


 鶏のような声を上げ動揺しまくるアリスを、楽しそうに眺めるソフィア。若い女子に手を出している、中年のオバさんのような構図だ。


「はい、恋ですわ。したこと、あります?」

「え、えと、その……よく分からないです」

「……?」

「恋というものもよく知らないし、この気持ちがそうなのかどうかもよく分からないんです」


 自分の胸を苦しそうに押さえるアリスは、俯き加減だった顔をゆっくりと上げ、前を歩くゼクスの方を見つめた。どうして彼を見ているのかも分からないし、どうして見たくなったのかも分からない。

 しかしソフィアは感激したように片手を唇に当て、キラキラ輝くようなエフェクトを放ちながら、もう片方の手でアリスのローブの裾を掴んだ。


「ス・テ・キ……♡」


 ずいっと顔を寄せて、耳元で囁く。


「え……」


 アリスは底知れぬ恐怖……いや、悪寒を感じ大いに引こうとした。が、それをソフィアの素早く伸びてきた腕が許してくれない。こういう時に、騎士と聖女(マリア・ステラ)の差を感じてしまうのは誤りだろうか。


「いいですか、アリスさん。それはまさしく恋慕というものですわ! 苦しくて、甘酸っぱくて、でも暖かい。そんな感情を感じておられるのですね?」


 顔をぐいぐい近づけてくるソフィアに呑まれる形で、アリスが曖昧(あいまい)ながらも頷いた。

そうしなければいけないと思った。

 怖かったから。ソフィアの後ろに輝くもののそのまた背後に見える黒いオーラを見てしまったから……。


「やっぱり! アリスさんは乙女ですわ、恋に恋する淑女(レディ)ですわ! あぁ、ロマンス。いいですわぁ~」

「は、はぁ……」


 ゼクスとはそんな関係じゃないと言いたかったが、もう取り敢えず相槌を打っておこうと思い割り切った。しばらくソフィアの言いたいようにさせてやる。

 そして落ち着いたところで、逆襲に踏み切った。弄られっぱなしは性に合わない。


「では、ソフィアさんはどうなのですか?」

「どう……とは?」

「クレスさんとはどうなのですか? そろそろ結婚などするのですか?」

「………………………」


 瞬間、ソフィアが固まった。カチコチと音がしそうなほど、瞬く間に氷結していた。

 してやった! とばかりに表情を緩めるアリス。彼女の負けず嫌いも相当なもので、あのまま終わることなどできたものではなかった。


「ソフィアさん。どうかしましたか?」

「…………あ、アリスさんはなにか勘違いをしておられますわ。わたくしとクレスがそのような関係であるはずが…………」

「ないのですか?」

「……なくも、ないと申しますか、その……あの……ですから」

「ですから?」


 ニコニコと笑みながらも、すぐさま追随し考える隙を与えない。完全にSのスイッチが入っているアリスティア・メルカトーレ・ローゼンバーグ嬢。末恐ろしい娘よ。

 でも――。


「ですから、わたくしとクレスは将来的にはありといった感じなのです」

「どうあり――」

「そ・れ・よ・り!」


 アリスの言葉を途中で区切らせるため、ソフィアは無理やりに大声を上げた。


「それよりアリスさんこそ、ゼクス君とは本当のところどんな感じなのですか? 若いお二人が同じ部屋で二人っきり。なにかなくては不自然ですわ」

「そ、そそそそんな、なにもないですよ、私たちは……」

「あらあら、もう『私たち』ですか……。お熱いことですわ」

「ち、ちがっ……!」

「否定しなくてもいいですわ。わたくし、ちゃんと分かっておりますから。アントニオ様には口が裂けても、言いませんし、他言無用を貫きます」

「だから、ちが……」

「安心してくださいな。わたくし、これでも口は固いほうなので。どうか大船に乗ったつもりでいてください」


 今度はアリスが固まる番だった。

 今回のS対決はどうやら、引き分けという結果で治まったようだ。

 それにしても、真に恐ろしきは娘たちである。将来の展望的に、夫となる男が尻に敷かれている光景がありありと見えるようであった。



ふぅ、ロミオとジュリエットは中学の頃に一度だけ読んで、それ以来読み返したことはありません。

しかし妙に頭に残るセリフが多く、けっこう感動した覚えもあります。

あまり長い話ではないので、皆さんも一読をお勧めします。

って、これあとがきになってませんね><


次あたりから水の都に入ることとなるはずです。今後ともよろしくお願いいたします。

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