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エデンハイド物語   作者: Franz Liszt
王国の章『水の都編』
26/51

第20節『水の都へ』

「えぇ~、ではこれより白光祈騎士団(ルミナス・クロイツ)。緊急会議を始めたいと思います」


 ロイドがやっとのことで開会を宣言する。彼の表情には若干の疲れが見てとれた。しかし笑顔で言葉を紡ぐロイドは、中々どうして優しそうでいてカッコいい感じだった。

 並べられた椅子に大人しく座るゼクスとアリス。彼らは何故か隣同士の椅子を選び、近くに座っていた。よく喧嘩をするのだから離れて座ればいいものの、最近ではこのように座っていることが多かった。それをゼクスは知らないし、アリスも無意識のうちの行動なのだろう。

 分かるのは傍から見ているソフィアたちのみで、彼女はやはり「まぁまぁ、愛らしいお二人ですわぁ~」などと口に出している。そしてそれを出来るだけ聞こえないフリを必死で……いや、自己暗示で誤魔化しているクレスが妙に可笑しかった。


「団長、他のみんながいないっすよ? 遅刻ですか? やっぱりみんなもなってないなぁ~」


 肩をすくめ、大げさに首を横に振るゼクス。


「アンタが言うなっ!」


 間髪いれずにアリスのいつも通りのツッコミが入る。こういった言葉は、彼女にとってもはや脊髄反射になりつつあった。


「いえ、今日お呼び立てしたのは、貴方がた五人だけです」

「おぉ! なんか極秘任務っぽくていいですね! あっ、もしかして少数精鋭ってヤツですか? なるほどなぁ~、さすが偉い人は分かってる、分かってる」


 うんうんと独り頷くゼクス。クレスはそれを呆れ笑いでごまかしており、ソフィアはふふふと微笑を洩らし、ロイドはどういしたものかとアタフタし、アリスは――。


「なわけないでしょうがっ! 貴方なんてぜんっぜんまだまだなんだから! ありえない!」


 やっぱりツッコミを入れずにはいられなかった。


「まぁまぁ、お二人とも。落ち着いてください。ラファエル様はゼクスさんのことを褒めてらしたのは本当なんですよ」


 ロイドがそう言うと、あのラファエルが褒めていたの言葉にアリスはびっくりし過ぎて危うく後ろへひっくり返りそうになった。


「オホン、では早速、本題に入りましょうか。お休みのところ、お集まりいただき大変恐縮です。実は我が白光祈騎士団(ルミナス・クロイツ)に新たな任務が言い渡されました」

「おっしゃぁー! 来たよ、来たよ! この展開!」

「アンタは少し黙れ」

「アリスティア様、口調口調」

「……はっ! お、オホホホホホォー。少し静かになさいね、ゼクシード様」


 高笑いをして、何とか誤魔化そうとする。しかもゼクスの本名に様付けなんかまでしてしまっていた。

 実は、これらのアリスの反応はすでに何度も白日の下に晒されており――『はっ』とか言っている時点で終わっている――皆が承知の上である。

 だからソフィアがああやってたしなめるのは、おそらく彼女の黒い部分の現われだろうと思われ、それを知る|幼馴染≪クレス≫は人知れずため息を洩らした。


「オホン。では任務の内容について話しますね。ずばり今回の任務はウンディーネへの国書配達兼友好使節団としての実地体験です」

「ちぇっ、また友好なんちゃらですかぁー」


 期待はずれの答えが返ってくるやいなや、いきなり不満そうな声をあげるゼクス。


「そんなこととはなんですか! なにも戦うばかりが任務ではないのですよ」


 ロイドが諭すように言う。団長の言葉はもっともなのだが、いまひとつ了見の得ないゼクスだった。彼にとっての任務とはもっとスリリングで、もっとエキサイティングなものなのだ。


「いい、ゼクス? 貴方はこの国の騎士なのだから、どれほど精霊との友好というものが大切か、それをもう一度考えてみなさいな。この間の大地の里で、貴方なりに学んだことがあるのでしょう?」


 アリスが聖職者の名に恥じない微笑と、慈愛に満ちた言葉を零した。彼女なりの思いがあるのだろうか、今の言葉にはとても重いものが感じられる。

 一瞬、ゼクスの脳裏に見たこともない映像が掠めた。


『いい、――? 貴方はこの――――神を――――世界のために……為すべきことを成すために……精霊との――』

(な、なんだ、これ……シークレット=コードか? いやでも、これは――)


 激しい頭痛。思わず額を押さえつける。

 ノイズが激しい映像の中、目の前で黒髪の少女が微笑んでいる。アリスにとてもよく似た少女だ。違うのは、歳が映像の彼女のほうが少しだけ上ということだけだろう。

 ――俺に、微笑みかけている……?

 いや違う。俺は彼女を知らない。


「どうかしたの、ゼクス?」

「はっ……」


 覗きこむようにこちらを窺ってくるアリス。長い睫毛を垂らし、けっこう心配している様子だ。彼女の声によって映像は途切れた。


「……ああ、いや。なんでもないって。ちょっとぼぉっとしてただけ」

「ふぅん。ま、任務ではぼぉっとしないでよね」

「へいへい」

「ならいいわ」


 嫌味をさらっと流せるのは、きっとアリスが心配していたと分かったからだろう。


「では話を戻しますね。我々が担う今回の任務、ウンディーネとの交友。これはシュレイグ王国悲願であり、民の期待を一身に受けたものです。だからゼクスさん、超超超重要任務だと思って当たってください」


 今まで成し遂げたことのないウンディーネとの交友。ウンディーネは性別が女しか存在しない。しかし永遠の命を有するため繁殖の必要もないので、彼女らは水の都と呼ばれる場所で静かに住んでいる。

そしてウンディーネは人間に対し、精霊族の中でも特に敵対しており、言葉を交わすことすら難しいとされた。だが歴史の紐を解けば、ウンディーネらは決して不能ではないため、人間との子を成したとの供述が見つかっているのもまた事実。

 そのことから交友は不可能なことではないとし、日々シュレイグ王国は彼女らとの和解を望んできた。しかし紅蓮帝騎士団スカーレット・シャルティエがかつて、ウンディーネの守護神である、水神アフロディーテを討伐したことで確執はより強固なものになってしまった。

 だから仕方なく最終手段として、国王自らの申し出という意味での国書に踏み切ったのだ。これならばいくらウンディーネといえど無碍(むげ)にはできないはず。もし無碍にすれば全面戦争にもなりかねない。


 すでに自身の守護神を討たれた身としては、この戦争は避けたいはずだと考えたのだ。


 すべてはアントニオが推進していたもので、彼なりの譲歩と譲れないものを垣間見えることができる任務であった。


「失敗は許されません。今まで誰も成しえなかった交友、我々で成してあげようではありませんか!」


 ロイドは握りこぶしを作って、声高らかに宣言した。どうやらかなり気合が入っているようだ。これにはロイドの生まれが深く関わっているのだが、それはまた別の話となるだろう。


「しかし団長、ウンディーネの住まう水の都にはここ十数年、人間が入れたためしがないと聞いていますが……」


 クレスが軽く手を挙げて発言した。


「おっしゃるとおりです。しかし今回は特別です。これを見てください」

「それなんっすか?」


 ロイドは懐をガサゴソと漁り、一つの硬貨を取り出した。硬貨には何やら不思議な紋様が刻まれ、人間の使う貨幣ではないようだ。それにしても古い。所々が錆びているようになっているものの、慄然とした美しさは損なわれていない。


「これは水の都への通行証です」

「「「えぇっ(まぁまぁ)―!!」」」


 アリスを抜かした三人が驚きの声を上げる。それもそのはず、ウンディーネの集落である水の都への切符を人間の、それも団長が持っているなんて思いも寄らなかっただろう。

 しかしアリスだけは知っていた。何故、ロイドがアレを持っているのかを。だから少し醒めた調子で眺めているだけだったのだ。


「団長って、実はすごかったんですね!」


 ゼクスが褒めているようで、『実は』失礼なことを言った。


「ゼクス。それは褒めてないよ」


 クレスが苦笑いをしながら教えてあげる。この光景はさっきも見たものだ。もしかしたらこのような光景は、この騎士団の名物と化しているのかもしれない。


「それで、出立はいつなのですか?」


 とても冷静なアリスはこれまた静かに尋ねた。少しでも早くこの場を出て行きたいと彼女は思っているような感じだった。

 緊急招集といっているだけあって、二、三日も猶予があるはずもない。


「それがですね、今回の任務は本当に急でして、出発は明朝になりました。集合は城下町の正門。それなりの日数が掛かると思われますので、そのつもりで準備をお願いいたします」

「了解でーす!」

「分かりました」

「了解いたしました」

「了解です」


 上からゼクスに、アリス、ソフィア、クレスと続き、彼らはそれぞれに立ち上がるとアリス以外はロイドに敬礼をした。


「明日は遅刻すんなよ?」

「アンタに言われたくないわよっ!」


 何やら元気がないように思ったので、ゼクスはアリスに声を掛けるついでに、彼女が反論するであろうことを言ってやった。

 すると思惑通り、唇を尖らせて辛らつな言葉が返ってきた。けっこう元気がよかった。



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