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エデンハイド物語   作者: Franz Liszt
王国の章『水の都編』
25/51

第19節『先輩騎士クレスとソフィア』

 その日はゼクスにとって、久しぶりの本当の意味での休日だった。

 講義はないし、アリスは聖堂で祈りを捧げなければいけないだかで『騎士教育』もないし、とで完全にフリーなのだ。

 しかしいつも話し相手になってくれるアランは、騎士団の集団稽古だかで出掛けており、部屋にはゼクス独りだった。そうなるとやはりつまらないので、誰か誘って遊びにでも行こうかと考えている時に、ドアがノックされた。


「ゼクシード様、いらっしゃいますか?」

「はーい、いらっしゃいまーす!」


 ドアを開くと、そこには執事であるセバスチャンが立っていた。思い返すと、ゼクスのことを様付けで呼ぶのは、彼ぐらいしかいない。いや、一人だけキレた時に様付けをする聖女(マリア・ステラ)もいたるが……基本的に彼だけだ。


「なんか用なの?」


 暇なところに来たので、ちょうどいいとばかりにゼクスは乗り気だった。


「ええ。ロイド団長より白光祈騎士団(ルミナス・クロイツ)に緊急召集が掛かりました。十時に第3会議室へお越しください」

「よっしゃ、緊急招集きたぁー! なんかすげぇ任務の予感がするぜっ!」


 ゼクスは緊急招集と聴いて嬉しくなり、ドアを全開にして廊下へ飛び出した。その姿をセバスチャンは見つめ、冷静に言う。


「ゼクシード様。くれぐれも遅刻の、遅刻だけはないようにお願いいたします。大事なことなので二度言いました」

「大丈夫だって! ここに来て何ヶ月になると思ってんだよ。遅刻なんてするわけないじゃん!」


 ゼクスはセバスチャンの肩を、親しみを込めてバシバシと叩きながら言った。何やら自信満々のご様子なことで。

 本当に大丈夫かは……ここにかの聖女(マリア・ステラ)がいれば間違いなく、こう言っただろう。


『嘘! いつも、というかほとんど遅刻じゃないっ!』


 と。


「よっしゃ! こうしちゃいられないぜ」


 しかし幸い(?)この場には聖女(マリア・ステラ)の姿はなかったので、口喧嘩を始めることもなく、急いで騎士見習いの装束に着替えると、会議室へ向けて駆け出した。本当にせわしないヤツで、シャツが丸見えのままだ。

 扉の近くで一応のために控えていたセバスチャンは、そんな彼の姿を見て密かにため息を零したのは必然だろう。


「会議室会議室~、かーいぎしーつはどーこかなぁ~」


 歌を口ずさみながら、スキップするように会議室を目指すゼクス。楽しみで仕方がないということは分かるのだが、本当におバカさ丸出しである。主人公として、なんとかならないものだろうか。


 とまあ、こうして元気よく出て行ったはいいが、会議室だと記憶していた場所にはトイレがあって、次に思いついた場所は武器庫だった。目的地を見失い、徐々に焦ってゆく。さらに今の自分の位置すらも分からなくなってしまい、ゼクスは途方に暮れていた。


「くっそぉ~! いったいどこなんだよ、会議室! 消えたのか! 消えたんだな! って、んなわけないよな。それより今日に限ってなんでろくな人がいないんだよ! 職務怠慢じゃねぇか!」


 これまで出会った人間といえばゲイバーに通ってそうな人――拉致られそうになった――と、ぽけぇっと外を眺めている人――頭に鳥のフンをつけていた――と、ぶつぶつと独り言を呟いている人――呪ってやる、呪ってやると呟いていた――だけだった。

 そんな時――。


「おっ、誰か騒がしいヤツがいると思ったら、ゼクスじゃないか」

「ん?」


 声がした方を振り返るゼクス。

 するとそこには白光祈騎士団(ルミナス・クロイツ)の仲間である、クレス・バークライトとソフィア・ウェイトレイがいた。


「もしかしたらとは思っていたのだけれど、やっぱりゼクス君だったのですね」


 ソフィアとクレスは正騎士だ。ゼクスのような『見習い』ではない。歳は二十歳(はたち)を過ぎた頃で、二人は幼馴染でもあった。お嬢様然としたソフィアなので、アリスと少しだけ雰囲気が似ている。といっても、口を開けばそんなことはまったくないが……。

 ソフィアは落ち着きがあって、そして人当たりがよく、どこか大人の色香を持っていた。アリスに直接言ったら殺されること間違いなしだ。


「ラッキー! クレスとソフィアじゃん、今から会議室へ行くの?」

「うん、そうだよ。向かっていたら、途中でゼクスの声がしたから、ちょっと寄り道したんだ」


 金髪碧眼のクレスは茶目っ気を感じさせるウィンクで、暗にゼクスのことを探しに来たのだとほのめかした。そんな彼はゼクスの剣の修行にもよく付き合ってくれる人で、ゼクスにとって剣術面での先生といえた。もちろん学習面ではアリスティア先生で不動だ。

 クレスはロクシス並みに強い騎士だったので、ロクシスに勝つための力を鍛えてもらっていたのである。クローシェもすごく良い騎士なのだが、如何せん、彼女との練習はアリスも一緒なせいでけっこう脱線してしまうことが多かった。

 そのためクレスには本当にお世話になっているのである。


「よっしゃ! 今どこにいるんだか分かんなくなっちゃってさ。困ってたんだ。助かったぁ~!」

「ふふっ、ゼクス君らしいわ。さぁ、お二人とも、時間もあまりないからちょっと急いで行きましょうか」


 微笑むソフィアはその亜麻色の髪と同じように優しく温厚な性格で、幼馴染であるクレスと一緒にいることが多かった。また彼女は細剣(レイピア)の使い手でもあり、素早い攻撃をさせたら白光祈騎士団(ルミナス・クロイツ)の中でも随一の存在だった。


 ゼクスはそんな彼らに付いてゆく形で会議室にどうにか辿り着けた。持つべきものは先輩騎士だと思った。それなら先輩に対してもう少し敬意を払えよとも思われるが、如何せん都合のいい性格なのだ、ゼクスは。

 だけど結局、集合時間は5分ほど過ぎてしまっていた。


「おっはよぉ~ごっざいまーす、団長! 遅れてすいませーん!」


 ゼクスはロイドに元気な挨拶をした。彼の隣ではクレスとソフィアも挨拶と謝罪をしている。彼ら二人はゼクスを探したせいで遅れたのだが、それでもしっかり謝るところを見るに本当にいい先輩だ。


「おしいですね。もうちょっとで時間通りでしたよ、ゼクスさん。今度こそ頑張ってくださいね」

「はいっ!」

「それにしてもクレスさんとソフィアさんが遅刻するのは珍しいですね。なにかあったのですか?」

「いえ、ちょっと寄り道をしてしまって、すいません」


 クレスが少し頭を下げると、ソフィアもそれに倣った。


「いえいえ、これぐらいどうってことありませんので、頭をお上げてください」


 そんな二人を認めたロイドは慌てて言葉を続ける。

 会議室にいたのはロイドとアリスの二人だけだった。それにゼクスとクレスとソフィアを加えて五人だ。


「まったく、時間通りに来れないのかしら、貴方は。あ、クレスさんとソフィアさんのことではないですよ」


 腰に手を当てて、やはりあまり自慢にはならない胸を反らしながらアリスが言う。相も変わらず(とげ)のある言い方だった。しかし彼女の表情は晴れやかなもので、言葉にそれほどの効力は望めそうもない。

 しかしそんなことが分かるゼクスではないので、当然、こうなる。


「んだよ! 仕方ないじゃん、この城無駄にデカくて広くて迷路みたいなんだからさ!」

「ぜ、ゼクス。デカいと広いは同じ意味だよ」


 ゼクスの宣言に対し、クレスが顎を掻きながら教えてあげた。

 お陰で皆が微笑苦を零している。


「貴方、ここで生活してからどれだけになると思ってるの? いい加減覚えなさい。それに私の部屋にすら来れないんだから、本当になんとかなさいよ。大バカなの?」

「うっせー! 俺はアリスみたいに何年も住んでねぇから、まだ迷ってもいいんだよ!」


 だからいつも通りの口喧嘩を始めるゼクスたち。

 この二人の喧嘩は早めに仲裁に入らないと長くなるので、ロイドは取り敢えず事実を言ってみることにした。


「でもゼクスさん、他の方はもう迷ったりしてないようですよ?」

「なんだよ、団長まで! 俺がバカみたいじゃん!」


 過敏な反応を示すゼクス。彼は断じて自分のことをバカだとは思っていないようだ。


「そうだろ、実際」


 思わず、反射的に口調が変わってしまったアリス。じとっと見習い騎士を|睥睨≪へいげい≫している。


「アリスティア様、口調口調」


 それを気付かせようとソフィア。


「えっ! あ、ソフィアさん、これは違うの。えとえと……そう、最近モノマネにはまっておりまして……」


 必死で取り繕うアリスに。


「うっわぁ~、苦しい言い訳だぁ~」


 茶化すゼクス。


「アンタは黙ってなさい!」


 やはりいつも通りの展開だった。あれやこれや言い合っては、アリスがゼクスをポカポカ殴ったり、ゼクスがアリスの頬っぺたを伸ばしたりしている。

 仕舞いには睨みあったまま、フンッと鼻を鳴らしてしまう。それでも互いが気になるのか、ちらちらと窺い合っているのだった。そして視線が絡み合うと、また互いにプイっと横を向きあうので|性質≪たち≫が悪い。


「ロイド団長、どうします?」

「そうですねぇ~、クレスさんは止められます?」

「いえ、無理そうです。絶対に無理そうです」


 悩む間もなく断言するクレスに、ロイドも苦笑するしかない。


「ですよね……ははっ、ふぅ」


 そしてまた、ため息をつき合うしかない、ロイドとクレスだった。

 しかし――。


「青春ですねぇ~」


 何故かソフィアだけは嬉しそうに頬を染めているので、クレスはどうすれば彼女のあの乙女モードを止められるのかとまた悩むのであった。彼女の乙女モードはヘタを打つとこちらにも飛び火するし、黒ソフィアになる恐れもあるという非常に厄介なものだ。


 こうして中々会議が始まらない白光祈騎士団(ルミナス・クロイツ)。結局、会議を始められたのは予定より1時間近く遅かった。


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