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エデンハイド物語   作者: Franz Liszt
王国の章『水の都編』
23/51

第17節『はじまりの分かれ道』

「ゼクシード! 何度言えば分かるのです!」


 怒声が響き渡る。

 この練習場はかなり広いため、今の大声が外部へ洩れて迷惑になることはないだろうが、それにしても大きな声であった。言った人物の怒りをひしひしと感じさせる。


「えぇ~、何度言っても分かりませーん。だってアリスはアリスじゃん」

「ふざけないで! だからアリスではなく、アリスティア様と呼びなさい! 貴方の上官なのよ!」

「く、クローシェ。いいのよ、ゼクスは仲間なんだから……」


 ゼクスの『アリス』と気軽に呼ぶのが気に入らないクローシェは、何度も何度も注意してきたのだが、それを一向に直そうとしないゼクスに痺れを切らしていた。

 そのためアリスが宥めようにも、


「よくありません!」


 と言って跳ね除けてしまうのだった。

 このクローシェ・グレゴリーは、若干20歳ちょっとにして騎士団の団長を務めている。これだけでも十分に彼女が優秀な人物だと分かるのだが、如何せん、頭は非常に固く特にアリスに対しては友人としても主としても心酔の域に到達しており、彼女のことになると周りが見えなくなるきらいがあった。


「いいじゃん! この野菜女!」

「あっ……」


 ゼクスが断言した声と、アリスが呟いた声はほぼ同時に放たれた。少年は鼻息を荒くしており、少女はヤバイ! といった表情をしている。


「だだだだだだ、誰が、野菜なんですか?」


 ゴゴゴォーとすごい波が押し寄せてくるかのような振動を、アリスは確かに肌で感じた。


「へっ、クローシェに決まってんじゃん!」

「ゼクシードォォーー! 貴方はアリスティア様だけでなく、上官である私にもそのような口を利きましたね! その罪、万死に値します!」

「いいぜ、もう一回勝負だ!」

「いいでしょう。お望みとあらば、コテンパンにして差し上げましょう。覚悟なさい!」


 ほどなくしてゼクスがコテンパンにされた。クローシェは長剣一本をもって、今の地位まで上り詰めた女性だ。団長としての統率力と、個人での武力で幼い頃のアリスの護衛のようなものもやっていたほどである。

 彼女に剣の技を本格的に教えられる傍ら、それを同じ団の先輩騎士であり師匠と慕っているクレスに実践で使って磨いていたゼクスであったが、それでもまだクローシェには勝てないようだった。

 これではいつまで経っても、彼女ら以上の実力を持っているロクシスに勝てはしない!


「あらあら口で言うほど大したことありませんね」


 完全にブチギレ状態のクローシェだったので、言う言葉にも一切の容赦はない。もしかしたら、ここにアリスもいるということを忘れてさえいるかもしれなかった。


「まったく貴方はお情けで騎士団に入れただけというのに、アリスティア様にも見初められ……」

「……!?」

「ちょっとクローシェ! その話は!」


 慌ててアリスが止めようとするが、暴走状態のクローシェは止まらない。


「気付いてなかったんですか? お気楽なことで……」

「なっ、お情けってどういう意味だよ!」

「貴方は父である『ジダン殿の息子』というだけで騎士団に入れたのですよ。そうじゃなければ、一回戦にてロクシス様に負けた貴方が、騎士団に入れるわけなんてありませんから」


 ――私は何を言っているのだろう。こんなことを言うつもりなんて……。ゼクシードの上達振りは目を見張るものがある。

 ではこの感情はいったい何なのだろう。


 ……嫉妬だ。羨望だ。渇望だ。

 私はきっと彼にそれらの感情を抱いていたのだ。

 アリスティア様にとって心を許せる存在は、アントニオ様とクリスティア様と、そして私だけでなければならなかったのに。

 それなのに、このゼクシードという者はただジダン殿の息子というだけ。こんなにもアリスティア様に近付いて、何の苦労も知らないで……。


 一度吐露してしまった感情を治めるには、最後まで言うしかなかった。


「貴方には必ず、偉大な父親の影がまとわりつくでしょう! 貴方はジダン殿の息子としてしか見てもらえないのです!」


 ――ごめんなさい、ゼクシード。

 当てつけだと分かっていても、一度、この気持ち全部をぶつけてしまわねば、気がおかしくなりそうなの。

 だからどうか、苦しそうな顔を見せて。そうすればきっと私も落ち着くから。


「クローシェ! それは言い過ぎよ!」

「アリス! いいんだ」

「……ゼクス」


 苦しそうな顔のアリス。しかし苦しそうなのは、クローシェも同様だった。

 苦しそうでないのは、この場においてただ一人だけ。


「別に俺にしてみれば、なーんだ、そういうことかぁ~。ぐらいにしかい思わねぇから」

「なっ!?」


 驚いた表情になるクローシェ。碧の瞳が目一杯に開かれている。


「自分でもよく受かったなぁ~って思ってたんだよ。これでスッキリしたぜ!」

「あ、貴方は父の影が疎ましくはないの!?」


 ――私は知っている。

 アリスティア様が家の重圧と、父上も母上も伯母上も偉大なことにとてつもない苦渋を強いられていたことを。時に――涙を流していたことを。

 だからこそ、あの方の力になってあげたいと心の底から思ったのだ。


「……? なんで?」

「…………」

「…………」


 気付けば、クローシェもアリスも固まってしまっていた。ゼクスの態度が思いもよらないものだったから。


「父さんが凄いのは、俺だって知ってるよ。今の俺はまだまだ弱っちいから、父さんが絡むのは仕方ないさ」


 ゼクスは目を閉じ、手を握りこんで言葉を続ける。


「だけどこれから俺は騎士として任務をこなして、どんどん強くなる。大切な人をちゃんと守れるようになるために、絶対に強くなってやるんだ!」


 クローシェとアリスは黙ってゼクスの言葉に耳を傾けていた。一語一語に、驚きと、『彼ならば……そう言うのだろう』という奇妙な納得感を持ちながら。


「そしていつかこう言わせてやるんだ! 『さすがはジダンの息子だな』じゃなくて、『さすがはゼクシードだな』ってさ!」


 彼の答えは、最初にクローシェが望んだものとは全く違うものだった。ゼクスの答えはいかにも青臭く、現実性のないような途方も無いものである。ジダンの為したことは、それだけ偉大なことなのだ。

 だからバカらしいとさえ、思えてしまう。

 しかし同時にだからこそ、彼にならば|主≪アリス≫を任せられると、漠然ながらも感じてしまうのだ。


 それにどこかゼクスがカッコよく思えてならなかった。


 自分が若い時に、果たして彼のように思えただろうか……。ただ上になることだけを目指し、他者を蹴落とし這い上がってきた自分。

 確かに、目標であった団長にもなれたし、アリスティアとも出会うことが出来た。


 でも……。

 ――アリスティア様。貴方様が彼に惹かれる理由。

 それが分かった気がいたします。


「ふふっ、そうね。ゼクスならできるわ。絶対に。この私が言うんだから、間違いないわ。ねぇ、クローシェ?」


 ここで振ってくるとは、我が主ながら、何と厳しい人なのだろうかと思った。

 しかし――。


「ええ、そうですね。私もゼクシードは大物になるような気がします。さぁ、そのためにも訓練を再開しますよ」


 笑顔で、素直にそう言えた。


「よっしゃぁ! バッチ来いや!」

「貴方が私に挑むのですよ? 立場が違います!」


 こうしてよく脱線するクローシェとゼクスの剣修行は、今回限定で夜遅くまで続いたとさ。



 ある日の第1会議室。ここは主に国王や宰相などの国の重要人物が集う会議の際に利用される場所だ。今も大地の里よりあった使節の報告に基づき、団長や家老も招集された会議が催されていた。

 議題はまさしくシュレイグ王国最大の問題である、『精霊との交友交渉について』。これは家老であるアントニオや、宰相ラファエルが推進している議題でもあった。


「ふむ。現状の大地の里は非常に芳しくないようですね。しかしこの価格を鵜呑みにすれば、国民の経済状況も変わらざるを得ない」


 ラファエルはメガネの奥で光る瞳を下へ落としながら話す。手には紙があり、それを読んでいるようだ。

 そして顔をあげ、会議室に集まる面々を見据えた。


「これは一度、大地の里の査察を行う方が良さそうですが……アントニオ様はいかが思いますか?」

「うむ。そうですな。査察はやるべきだとして、それを騎士団ではなく、自由都市国家『フリーダイン』のギルドに要請したほうがいいでしょう」


 落ち着いた様子で話すアントニオは、アリスやゼクスたちと会っている時とは別人のようだった。柔らかな物腰は変わらないものの、表情は余裕がありそうでもあり、しかし真剣さがはっきりと垣間見える。


「それは良い案です。非公式にフリーダインに行ってもらえるなら、シュレイグ王国の査察だとは気付かれ難い」


 ラファエルもアントニオの意見に賛同した。


「ですな。これにて正確な状況の把握に努め、その上でもう一度判断することが望ましい」


 アントニオは目の前で腕を組み、静かに言った。この様子を娘のアリスが見たのなら、おそらくかなり見直すことだろう。

 議会は順調に進んでいるかに見えた。

 しかし――。


「お待ちください! フリーダインの連中などに頼るぐらいならば、我が団――黒天翼騎士団(アヌビス・リッター)にお任せください! 必ずや、ご期待に沿うものを――」


 いきなり立ち上がって声大きく叫ぶは、新設騎士団の一角。黒天翼騎士団(アヌビス・リッター)の団長である、ロクシス・ベルゼ・クレメンテだった。

 彼は椅子が後ろに倒れることも気にせず、ラファエルとアントニオをじっと見つめている。


「ロクシス。非公式に行うことに意味があるのです。話をしっかり聞いていましたか? この査察を騎士団に任せることはありません」

「しかし……っ!」


 冷静に返すだけのラファエルに、必死で喰らい付くロクシス。彼が精霊とフリーダインを嫌うことをラファエルは承知の上だった。代々裁判を司る家系に生まれたロクシスが、無法者であるフリーダインを嫌うのは分かる。しかし何故、精霊までも嫌うのかまでは知らない。しかし嫌っているという事実さえ分かっていれば、尚、この査察を彼の団に任せる事はできない。

 若くして才に溢れ、見習い階級をすっ飛ばし団長の座に着いた。これは公爵家であるクレメンテ家の力でもあるが、ロクシス自身の非凡な才も一端を担っている。

 それでも彼に精霊との関係に付随する任務を与える事はないだろうと、ラファエルは密かに思っていた。きっとそれはアントニオも同じであるはずだから、家老と宰相が反対すれば、まず有り得ないのだ。


「ロクシス騎士団長。次の議題に進みたいので、これぐらいでよろしいかな?」


 アントニオがにこやかな顔で言うと、ロクシスを渋々といった表情で頷き引き下がって席に着いた。


「すまないね。それでは、次の問題として精霊との友好について意見を仰ぎたいと思います。このシュレイグ王国はフリーダインと精霊たちの国に常に取り囲まれた環境であり、その情勢も非常に不安定だと言わざるを得ない」


 一度そこで区切り、アントニオは一息ついてから、若干大きめの声で言った。非常に彼は演技派で、皆の注目を集める仕方をよく心得ている。


「そこで――最も我々と友好のないウンディーネ族に、半世紀ぶりの国書を発行し、交友を願おうと思う」

「なっ! それだけはなりません! ロクシス様、奴らはウンディーネだけはいけません! 奴らは人間に必ずや大きな災いを招きます! どうか、お考え直しを!」

「ロクシス……静かに」


 ロクシスが声を荒げたのを咎めるように、国王が重い口を開いた。彼が発言する事は稀である。しかし圧倒的な存在感を常に放っており、たった一言で、ロクシスは黙らざるを得なかった。


「はっ、すいませんでした。出すぎたマネを」

「分かれば、それで良い。アントニオ、続きを申せ」


 それっきり黙ってしまった国王。髭を長々と伸ばした初老の彼は、王たる威厳と聡明な頭脳を持っていた。その上でアントニオとラファエルを中心に、この議会を開いていたのだ。

 故に、国王がロクシスを黙らせたということは、すでにアントニオの案が通ったことを示していた。


「はい。それではこのための国書を至急で発行する事は可能ですか、陛下?」

「無論可能だ。明日までに(したた)めておこう」

「お願いいたします。では次に、国書を届ける使節をどの団に行ってもらうかですが……」

「アントニオ様。それは私に一考があります」


 そこでラファエルが手を上げた。

 ラファエルはアントニオが頷いたのを確認した後に、単刀直入に話し出した。


「この任を、大地の里で功績を挙げた騎士団――白光祈騎士団(ルミナス・クロイツ)に任せてはいかがでしょう。彼らの活躍はノームからの感謝の言葉にも表れております。陛下、どうでしょうか?」


 ロイドはビクッと体を反応させている。いきなり白光祈騎士団(ルミナス・クロイツ)の名が呼ばれ驚いたようだ。

 それとは対照的に、国王は静かに髭を弄びながら言葉を呟いた。


「うむ。良いだろう。ではその任、白光祈騎士団(ルミナス・クロイツ)に任せるとしよう。任せたぞ、ロイド」

「はっ! ありがたき幸せ!」


 顔を輝かせながら言うロイドに、一度だけ頷いて見せ、国王は席を立った。


「では、余は国書を(したた)めてくる。この場は任せたぞ、ラファエル」

「はい。お任せあれ……」

「ラファエル殿。これが任についての詳細です。手直しなどはお願いいたします」


 国王が会議室を退室するのを見届けてから、言ってアントニオはラファエルに任務について書いてある用紙を手渡した。綺麗な字面でビッシリと書き込まれている。


「これはありがたいです、アントニオ様」


 ラファエルはそれにじっくり目を通しながら、ロイドに声を掛けた。見た限り手直しの必要などまったく感じられない。これならすぐにでも詳細を伝えられるだろう。


「では、ロイド、この後私の部屋にて詳細を伝えます」

「はっ!」

「ロイド殿。危険な任だが、アリスのことをよろしく頼むよ」


 最後の一言だけは、やはり娘バカが入っているアントニオであった。


「では、これにて会議を終了とする。お疲れ様でした」


 宰相ラファエルの言葉で会は閉じられる。

 ロクシスは、次々と席を立つ者たちの中でも一番早く席を立ちあがった。そして廊下へ足早に出て、階段を下りてゆく。

 やがて誰もいなくなった静かな場所で――。

 ドン! 壁を思いっきり殴りつけた。


「バカな! フリーダインの無法者に任せるばかりか、国書の発行だと! ウンディーネとの交易だと! 有り得ぬ! くそっ、今に見ていろ、アントニオぉ!」


 鬼のような形相で怒るロクシス。どうしてそこまで精霊を嫌うのだろう、と思われるほどのものだ。はっきり言って、憎悪に満ち満ちていた。


「母を殺したあいつらに、一遍の情も見せてはいけないんだ! それに何故分かってくれないっ! 俺はこの国を憂いより良い未来を築いていきたいだけなのに……」


 そんな憤るロクシスが向かうのは、アリスの部屋。

 彼とアリスは婚約者同士だった。といっても、アリスはそれを認めてはおらず、母と祖父母によって勝手に進められたものだ。もちろん娘バカのアントニオと、今は亡き伯母であるクリスティアンは反対をしていた。

 しかしアントニオが娘バカなことを知っているロクシスは、一応は婚約者の関係にあるアリスに言って説得してもらえば何とかなると考えたのだ。


 聖女(マリア・ステラ)であるアリスの私室は、騎士たちの部屋がある塔とは別の塔にある。

 あそこはほぼ完全な男子禁制であるが、聖女(マリア・ステラ)自身が認めた場合と、騎士団長クラスのみは入ることできた。それは騎士団長と聖女(マリア・ステラ)がパートナーとして扱われているからだ。

 その許されし騎士団長であるために、ロクシスは心置きなくずんずんとアリスの部屋へ向かっていた。



 人の身では未来を完全に推し量ることなど、決してできはしない。確定的な事象の把握など如何様なる法則、もしくは原理を用いたところで成せるものではないのだ。

 つまりそれこそ全知全能でもない限りは、不可能の極みであることは超然の|理≪ことわり≫であろう。

 だからこれは後になって分かることなのだが……。そう――たった今、アリスの部屋へ向かうロクシスの行動、それが最初の分かれ道であったのかもしれない。


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