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エデンハイド物語   作者: Franz Liszt
王国の章『大地の里編』
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第15節『白光祈騎士団帰還』

 予想外の出来事に見舞われたが、その後は何事もなく、ゼクスたちは大地の里を出てから5日後にシュレイグ城へ戻ってくることができた。まだ朝方の精錬された空気の残滓(ざんし)があるころだ。


「さあ、ここまで来れば、もう安心ですね」


 ロイドは顔の筋肉を緩ませながら、後ろを振り返ってファンデミンに微笑みかけた。

 城門をくぐった先にある城下町は、まだ早朝ということもあってか人々の大半は眠りの中だった。それでも時折、ジョギングしている人や、そして何と寒風摩擦をしながらジョギングという剛の者までいた。

 その剛の者をじっと見ていたゼクスは気付いてしまった。その寒風摩擦オヤジが、あのアランだということに!

 アランは自らの頭皮が薄くて逃避したくなるような境遇を、何とか改善しようと人知れず努力していたのだ。ゼクスは目から熱い汗が出てくるのを止めることができなかった。衝動に身を任せて、大声で叫んだ。


「ハゲェーッ! 俺は感動したぁ~!」


 ゼクスの声に気付いたアランが、クワッと瞳孔を目一杯開いて擦る手を止めた。しばらく停止。いつまでも固定。永遠と思われるほど長くその場に立ち尽くしていた。

 そんなアランなど気にも留めずに、ゼクスは走り寄っていった。


「ハゲ。人知れず努力してたんだな……」


 さっきとは打って変わり、お通夜の顔つきでゼクス。ペシペシとアランの頭を叩く。ジャンプまでしてやっているところを見ると、どうしてもやりたかったようだ。

 徐々にアランが赤らんでゆく。それはもう全身が赤らんでいった。


「ん、どうしたんだ、ハゲ。タコみたいになってるぞ?」


 ふるふると震えだしたアラン。本当にタコ入道のように全身が茹で上がっている。

 そしてゼクスの首根っこを掴んで、宙に吊るし上げ耳元で怒鳴った。


「俺はハゲじゃねぇ! おい、こら目を眩しそうに細めんなっ! 撫でるなっ!」

「うっせぇー! 耳元で叫ぶなよ! このハゲっ!」

「だからハゲじゃねぇ! これは坊主頭だ! ハゲではなく芸術なんだ!」

「でも結局、ハゲじゃん」

「ちがーう! ハゲじゃねぇんだよ! これは宗教の一派を代表する偉い髪型なんだぞ! 今度、お前も坊主にしてやるよ。そうすればこの美学が分かることだろう」


 怒りが収まった様子で頷くアラン。


「ふざけんな! 嫌に決まってんだろ! ハゲなんかに誰がなるかっ!」

「ハゲゆーな!」


 ついに拳骨をお見舞いするアラン。痛いと叫びながらもハゲと言うゼクス。

 彼らの言い合いを見ていたロイドと、アリスは呆然としていた。唯一豪快に笑い飛ばしているのは、ノームのファンデミンだけだ。ノームは陽気なので、面白ければ良いという節があった。

 しかしいつまでも放っておくわけにもいかず、アリスが仲裁にいくことにした。長い黒髪を揺らしながら、颯爽とゼクスとアランの目の前に立つと、腰に手を当てて決めポーズを取る。


「ゼクス、いいかげんになさい。まだ任務中なのよ、それにさっきから聞いていればハゲハゲハゲハゲハゲハゲとうるさいわ。可哀相じゃない。本人は気にしてるかもしれないんだから」

「お前の方がよっぽどハゲ連呼してるじゃん!」

「そうだっ! 俺はハゲじゃ……ってアリスティア様!?」


 ハゲ……じゃなかった――アランはアリスの登場に驚いたように、声を上ずらした。


「お久しぶりです、アラン殿。クローシェとは仲良くやっていますか?」


 ローブの裾をちょっと掴み上げ、恭しく淑女のようなお辞儀を一つ。


「は、はい! お蔭様で!」


 アランは急いで頭を下げる。クローシェとはアランが所属する騎士団の団長であり、アリスの親友でもあった。そのため何度かアリスとアランは面識もあったのである。


「それは良かった。これからも仲良くしてあげてください。アラン殿のことをクローシェはとても気に入っているようでしたから」


 丁寧なのはアランもだが、アリスなど猫かぶりもいいところだ。完全にお嬢様になりきっている。いや、本当にお嬢様なのだけども。


「アリスって、このハゲと知り合いだったんだ?」


 ゼクスは二人が話しているのを聴きながら、そう尋ねた。


「ハゲじゃねぇ! だいたいお前はアリスティア様のことを呼び捨てにし、さらには――」

「いいのですよ、アラン殿。ゼクスは同じ団の仲間。呼び捨ても許可していますから」


 ニッコリと微笑んでアランを遮るアリス。凄まじい演技力だ。不自然さが全くない。こんな上品な笑顔をゼクスは見たことがなかった。驚くと同時に、猫かぶりもいいところだと思った。

 そしてアリスも少しだけ驚いていた。自分がゼクスのことを素直に仲間だと言えたことに。そんなこと言うつもりはなかったのに、すんなりと頭に浮かんできたのはこれだけだったのだ。他の言葉は思い浮かばず、流れるままに言ってしまっていた。


「なるほど、そうなんですか。ゼクス、良かったな。アリスティア様が寛容で」

「寛容? 羊羹(ようかん)みたいに美味いのか、それ?」

「んなわけないでしょうがっ! このおバカ! そもそも食べ物じゃないし!」


 言い終わって、アリスはハッとなった。ついついいつもの調子で怒鳴ってしまった。恐る恐るアランを見てみると、案の定、彼はポカンと口を開きっぱなしだった。


「あ、いや、これは……そのぉ。そう、ツッコミよ、ツッコミ。本当にゼクスって漫才みたいなボケを言うから、ツッコまないといけないかなぁ~なんて思ったり思わなかったり……」


 しどろもどろに言い訳を始めるアリス。目がどんどん横へ泳いでゆく。


「それより、ゼクス。まだ任務中なのだから、この辺でお暇しましょう。さぁ、行きましょうね。ではごきげんよう、アラン殿」


 素早くニッコリと別れの挨拶。オホホホホォーと高笑いしながらアリスは返事など待たずに、ぐいぐいとゼクスを引っ張っていった。騎士見習いの装束が今にも破れそうなほど伸びきっている。

 ゼクスはアリスに手を離させようとしたが、途端に物凄い鬼の形相で睨まれ、一時撤退を余儀なくされ、そのままロイドたちが待つ場所まで連行された。



白光祈騎士団(ルミナス・クロイツ)。只今任務より帰還いたしました」


 シュレイグ城に入ろうとする際に、衛兵に首尾を報告するロイド。


「ご苦労様です」


 衛兵はビシッとロイドに敬礼をした。


白光祈騎士団(ルミナス・クロイツ)の騎士と聖女(マリア・ステラ)よ。護衛ご苦労じゃった。(ドラゴン)に出くわすとは思わぬ事態にも遭遇したが、お主らのお陰で助かったわい」


 ファンデミンは豪快にガッハッハと笑った。


「護衛を任されたのに関わらず、あのような危険な目に遭わせてしまい、本当にすいませんでした」


 ロイドは心底申し訳なさそうに、頭を下げた。


「なになに。お主らはよぉやった。さすがはレイトスとジダンの息子に、クリスティアンの姪じゃな」

「もしや、ファンデミン殿は我々についてご存知なのですか?」

「当たり前じゃ。あやつらとは酒を酌み交わした仲じゃ。何やら不穏なことも巷では噂されとるようじゃが――」


 そこでファンデミンはアリスの表情を見て、途中を区切った。彼女の顔はやはり前にドワンノフに話を聞いた際にもしていた、とても悲しげで硬いものだった。


「すまんの。譲ちゃんにはちときつかったの……」

「あ、いえ。その……」

「それにそこの坊主も、すまんかった」

「は? 俺? なにが?」


 ゼクスはいきなりファンデミンに謝られ、何が何だか分からずに困惑している。


「もしや坊主は……いや、何でもない」

「なんだよ、気になるじゃん」

「いずれ知る時が来るはずじゃ。それまで待っておれ。坊主はちと落ち着きがないでの」


 また豪快に笑いながら、シュレイグ城の中へ入ってゆくファンデミン。

 そして一度振り返って、


「そうじゃ。忘れとったわい。ワシの言葉を撤回しよう。お主らは立派な騎士団じゃ。誇りを持つがよい。まだまだ青いのも確かじゃが、それでも中々のものじゃ。これからはいつでも好きな時に大地の里へ来るがよい。歓迎するぞ」


 言われて、ゼクスは笑顔になった。ノームに認められたことが素直に嬉しかったのだ。見るとアリスもまた、はにかんだような笑顔になっていた。

 ゼクスは一瞬、彼女の笑顔にドキリとするものを感じた。だがそれがいったい何なのか分からない。しかし分かるのは、滅多に見せないアリスの笑顔はとても良いものだったということだった。


「ではな、また会おう」


 ファンデミンは、城の中からやってきた衛兵に付き添われ、ゆったりと消えてゆく。

 ロイドはその後ろ姿を、じっと見つめていた。様々な感情が去来して、何やら複雑な表情だ。しかしやはり嬉しいという感情が前面に現れていた。


「団長、私たちもそろそろ行きませんか?」

「あ、はい。そういたしましょう」


 アリスの言葉で、ロイドたちも城の中へと歩き出す。


「団長、それじゃ俺はこれで失礼しまーす」


 ゼクスは別れ際の挨拶代わりに、ビシッと敬礼してどこかへ走り出そうとした。


「ちょっとゼクス、どこ行くの! まだ任務の報告が終わってないでしょ!」


 彼の装束を引っ掴み、強引に引き寄せるアリス。


「えー! なんでだよぉ~。団長だけじゃダメなのかよ?」

「ダメに決まってるでしょうが! ですよね、団長?」

「ええ、その通りです。ゼクスさん、任務はしっかりと報告して初めて終わりというもの。ですから城内に入ったからといって、気を抜くことはいけません」

「さっき団長、ここまで来たら安全だって言ってたじゃないっすか」

「うっ、それはその……」


 言われて詰まるロイド。


「どうしてゼクスはこうやってどうでもいいことは覚えてて、肝心なことは覚えてないのよ……」


 沈黙の中、アリスのため息だけがやけに大きな音になっていた。



「まずはご無事で何よりです」


 ラファエルはロイドの任務完了報告を受け、表情を和らげた。


「はっ、ありがとございます」


 ペコリと頭を下げるロイド。それに倣ってアリスも。しかしゼクスだけが何もしようとしないので、アリスが手で頭を押さえ込んでやらせた。


「初任務はいかがでしたか?」


 メガネの奥が少しだけ光った気がする。


「途中(ドラゴン)の襲撃に遭遇し、非常に危険なこともありましたが、皆がすべき役割をきっちりと行い、被害も最小限に留められたかと思います」

「まさか(ドラゴン)を討伐したのですか?」

「いえ、アリスティアさんの詩と、ゼクシードさんの活躍で一時撤退する時間を稼げたのです」

「そうですか。初めての任務であるにも関わらず、頑張りましたね、2人とも」


 微笑みかけるラファエル。純粋に喜んでいるように見受けられた。


「あ、ありがたきお言葉」

「もうちょっとで討伐できたんですよ!」

「ちょ、ちょっとゼクス! ラファエル様の前よ」

「いえいえ、アリスティアさん、そう気を張らなくてもけっこうですよ。報告書を見る限り、ゼクシードは本当によくやったと思います。そして貴方もね」


 茶目っ気を感じさせる言い方をするラファエルに、もう一度深く頭を下げるアリス。


「さて。皆さんも疲れていらっしゃるでしょうから、報告はこの辺にしておきましょうか」

「「「はっ(はい)」」」

「ではしっかりと休息をとるのですよ。騎士や聖女(マリア・ステラ)にとって休息も立派な仕事なのですから」


 今度は皆が揃ってお辞儀をした。ラファエルもそれに満足げに頷く。

 ゼクスたちが出て行った後、ラファエルは思案顔になっていた。手にはラファエルが直々に命じて作成させた報告書が。ロイドのものではない。ラファエルの指示でロイドたちを観察していた者がいたのである。


「ふむ。ゼクシードは剣痕を持つ者(ソードクレイター)にならなかったようですが、アリスティアの詩の技能はかなりのものですね。(ドラゴン)を撃退するだけの力を与える聖歌。神々が忘れし、『女神の恩寵』を完全にものにしている」


 メガネのブリッジを押し上げ、ゆっくりと息を吐いた。


「まさしく剣聖リディルと到達者マリアの再来を想起させてくれますね。これが未来により良い結果を残してくれるよう祈っておきましょうか」


 ラファエルはしばし瞳を閉じて、女神マリア・ステラに祈りを捧げておいた。


「って、信仰深くない私がやっても、逆効果でしょうかね……」


 呟きは、静寂の中に消えていった。



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