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エデンハイド物語   作者: Franz Liszt
王国の章『大地の里編』
20/51

間奏『その日の夜』

 ――(ドラゴン)と遭遇した日の夜。

 アリスは、ゼクスが泊まっている部屋のドアをノックした。


「だれぇー?」

「私。アリスティア」

「お、アリスか」


 ドアを開けたゼクスは、アリスの顔を覗きこんだ。風呂に入ったばかりなのだろうか、彼女の黒髪は乾かしたばかりといったサラサラ感があり、独特のフローラルな香りが漂ってきた。

 しかし寝間着ではなく、普段着のローブを着ている。


「どしたんだ? こんな夜更けに」

「うん、悪いかなとも思ったんだけど。やっぱりじっとしてられなくて……貴方(ドラゴン)との戦闘で手を切ったでしょ」

「ん、ああ、これのことか?」


 ゼクスは思い当たる傷らしい箇所を見せた。ゼクスはこれから風呂へ行こうと思っていたので、服は着たままだった。

 彼が着用している革手袋の一部は破け、全体にかけて血が滲み広がっていた。


「そう、それ。ちょっとじっとしてなさい」


 アリスは集中しようと目を閉じる。どうにか癒せるほどに魔力を回復できたので、詩で傷を癒そうというわけだ。

 しかしそれをゼクスは(さえぎ)って言った。


「いいって。こんなの舐めときゃ治る」


 額をポンと押されて、目を瞑っていたアリスは後ろによろめいた。そのまま尻餅をついてしまう。強い力で押されたわけではなかったが、魔力が完全に回復してないせいで体の芯がなっていなかったのだ。

 慌てて謝ってくると思っていたが、ゼクスはニシシと笑っている。もしかしたら彼は分かっているのかもしれないと思った。

 自分の魔力がほとんどないことを分かっているのかも、と。

 しかしそんなことは問題ではなく。

 アリスはひっくり返されて、カァッと頬が熱くなった。


「ば、バカ言ってんじゃないわよ! いいから、見せなさい!」


 だから語調を強めて言い切ってやった。

 おそらく、傷を癒したらまた魔力は空っぽになるだろう。それでも構うものかと、アリスは思うのだ。


 ――ゼクスは、ちゃんと私を守ってくれたから。


 そう思うと、体はだるくてきついのだが、アリスの表情は自然と柔らかなものになっていた。


「いいって!」


 遠慮するゼクス。


「よくない!」


 やると言って聴かないアリス。


「…………」

「…………」


 しばし無言で睨み合うゼクスとアリス。黒と紫の瞳が火花を散らす。

 どちらも譲りそうになかった。


「…………ぷっ! はははっ!」

「…………ふふっ、あははっ」


 そして同時に噴出す二人。


「分かったよ。じゃあ、アリス。頼むぜ」


 もう一度アリスの薄い紫色の瞳を見て、ゼクスは何かを悟って諦めたような表情で言った。


「ええ、任せなさい」


 ドンと胸を叩いて見せるアリス。彼女は目を閉じ、あまり無い魔力を有りっ丈掻き集める。

 歌うは治癒の詩。中ランクの聖歌だ。


『What a friend I have in Goddess, all his pain and sufferings to bear.』


(慈しみ深き友なる女神は、彼の全ての痛みと苦しみを取り去り給う)


 高めのソプラノが澄み渡る。狭い部屋の中で詩が流れ、ゼクスはアリスの詩に魅了され、また傷は光を纏い跡形もなく消えていった。

 やがて詩はやみ、カクンとアリスが膝をつく。限界がきたようだ。しかし綺麗に傷が消え失せたゼクスの手を見つめる、彼女の表情はとても満足そうで。


「今度、普通の歌も聞きたいな」

「え?」


 ゼクスはアリスに肩を貸しながら、ポツリと言った。

 素直な言葉だった。彼女の綺麗な声ならば、きっとどんな歌であれ、素晴らしいものになるだろうと思った。歌などの芸術に興味などあまりないゼクスがそう感じるのだから、かなりのものである。

 今まで、そんなことを言ってきた人は誰一人としていなかった。だから少々反応に戸惑ってしまう。

 こうしてしばしアリスはポカンと口を開けていたが、きゅっと締めなおして、


「……しょうがないわね。また今度に、少しだけよ?」


 と、微笑と共に言った。


「よっしゃ! 約束だかんな!」

「分かった、分かった」


 この後、ゼクスはアリスを部屋まで送っていった。

 風呂に入り、ベッドに潜り込んだゼクスは、今日は痛みで寝付けないかと思っていたが、アリスのお陰でぐっすり眠れそうだと確信した。事実、疲れが出たのかものの数分で部屋に寝息が木霊していた。


 宿で一泊し、町で小休止を取った後、ゼクスたちは再度シュレイグ城を目指して出立した。



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