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エデンハイド物語   作者: Franz Liszt
王国の章『大地の里編』
18/51

第13節『護衛開始』

 窓から差し込む光で、アリスは目を覚ました。今日も非常に暑くなりそうだ。


「朝……」


 どうやら、昨夜はあのまま寝てしまったらしい。アリスはハッとなって、椅子から立ち上がると、ベッドを見てみた。

 ベッドにはゼクスが大の字になって寝ていた。それはもう熟睡を超え、爆睡の域へ突入していそうなほどよく寝ている。


「なんて無防備なのよ」


 豪快な寝相に呆れるよりも、何だか可笑しかった。


(涎まで垂らしちゃってまぁ……)


 仕方ないので、自分のハンカチで今にも下へ垂れそうな涎を拭ってあげた。そしてハッと我に返る。


「なにやってるのよ、私はぁ……」


 自分で自分のしたことが信じられないアリス。膝を抱えて(うずくま)りたくなった。これではまるで新妻か何かのようだ。


(何でこんなヤツに、私があんなことをやってやんなきゃいけないのよぉー)


 自分でやったことにも関わらず、完全に憤っているアリスであった。

 しかし過ぎたことはどうしようもないので、すぐに立ち直り、時計へ目をやった。時計の針はまだ六時を少し回ったところを示している。ゼクスに聞いた集合時間までは十分に余裕があった。それでもゼクスのことは時間関係ではいま一つ信用できないので、早めに出ることにする。

 ついでにゼクスも起こそうと手を伸ばし――止めた。その考えを瞬時に否定した。

 何もなかったとはいえ、一晩も同じ部屋にいたなんて知られたくない。聞けば誰だって妙な勘繰りをするに違いないのだ。それも何だか嫌だった。

 アリスはゼクスを起こさぬように、静かな足取りでベッドの横を通り抜けると、洗面所で顔を洗った。そしてあらかじめ纏めてあった荷物を手にして、部屋のドアを少しだけ開いた。


「右よし、左よし。よし、誰もいない」


 自分が泊まっていた部屋を出てゆくだけなのに、廊下の様子をこっそり窺うという態度をとっている自分が妙に可笑しく感じられた。

 取り敢えず、昨夜夕食をとった部屋へ行くことにする。やはり朝食は一日の基本だ。二日酔いの心配もあったが、今のところはそんな気配もないので大丈夫だろう。

 アリスが目的の部屋に入ると、すでにロイドとドワンノフが向かい合って食事をしていた。


「おやおや、アリスティアさん。おはようございます」

「おはようございます、団長」


 言って挨拶を交わすと、長老にも同じことをやる。やはり朝の挨拶も基本だ。


「ところでゼクスさんとは一緒ではないのですか?」


 不意にゼクスの名が出てきて、アリスは一瞬ドキリとした。つい後ろを振り返って。確認までしまう。しかしゼクスなど影も形もない。

 アリスは胸を撫で下ろしながら、話を始める。


「さ、さぁ……あの人のことだから、ギリギリまで寝ていたり、また遅刻したりするんじゃないでしょうか? それよりもどうして、私とゼクスが一緒じゃないといけないんですか……」


 アリスは平静を装いながら、とぼけて見せた。ちゃんと憎まれ口を言うのも忘れない。


「いえ、ゼクスさんが昨日一緒に行くとか何とか言っておりましたので、てっきり一緒かと思ったのですよ。違ったのですね」


 ロイドは納得したように頷く。何やら嬉しいようで、少しだけ彼の表情は笑っているようだった。それはアリスの『あの人』と言った時の顔が、柔らかなものだった気がしたからなのだが、言うと否定をするだろうからやめておいた。

 どうやら分かってくれたらしいロイドの態度に満足すると、アリスは自身も椅子を引いて席に着いた。すぐさまメイドによって朝食が運ばれてくる。アリスはメイドに感謝してから、「今日という日を迎えられた喜びと、ささやかな恵みを与えたもうた女神マリア・ステラに感謝します」と言い、さっそく食べ始めた。


「しかしまだ時間もあることですし、もう少し寝かせておいてあげましょうか」


 ロイドが穏やかな顔で、これまた穏やかなことを言ったが、アリスは黙々と朝食を続けた。横目でロイドのことを窺うと、さすがに今日は朝から酒を飲んではいないようで、ちょっとだけ安心した。

 そしてアリスが朝食を食べ終わるタイミングを見計らったかのように、メイドから紅茶が出された。あまりにタイミングがいいので、もしかしたらアリスが食べ終わるのを待っていたのかもしれない。さすがはメイドだ。


 しばしゆったりとした時間を過ごした。


「ではそろそろ私は、使節の方とお話をしてきますね」


 言って、ロイドは立ち上がる。時間はもうすぐ出発の時刻だ。


「まったくもう、ゼクスはホントに遅刻なの? 私、ちょっと起こしてきます」


 アリスもロイドに続くように部屋を出ようとすると、何やら騒がしい音が聞こえてきた。廊下から響いているような気がする。

 ドタバタと品性の欠片もない、こんな音を立てる人物をアリスは1人しか知らない。

 品性欠如者は部屋のドアを乱暴に開けた。


「団長! 団長! 大変っす! 大変っすよ!」

「おやゼクスさん、おはようございます。今朝も元気溌剌ファイト一発といった感じですね。それに今度はギリギリセーフですよ。頑張りましたね」


 ロイドは、まるでゼクスの母親のような慈愛に満ち満ちた表情で言った。その微笑具合といい、ロイドの性格がアリスのものだったら完璧な淑女であっただろう。


「おい、今失礼なこと言っただろ!」


 いきなりアリスに叱咤された。――すいません、アリスティアさん。調子に乗りました。


「え? 私何か失礼なことを言いましたか?」


 ロイドが困惑気味になる。それに慌ててアリスは、「ち、違います。間違えました」と弁解した。


「それよりゼクスは、もう少し静かにできないの? 朝というのは一日の始まりで、これをどう過ごすかで――」

「アリスはうるさいって! そんなこと今はどうでもいいだよ! 泥棒なんだよ、泥棒! 俺の部屋に泥棒が入ったんだよ!」

「え? 泥棒ですって? それは本当なんですか?」


 ロイドが素っ頓狂な声を上げた。


「……私が、うるさいの……?」


 アリスが何やら落ち込んでいる。両手の指をつんつんと合わせ、妙にしおらしくなっていた。


「こんなこと、嘘なんて言いませんよ。子供じゃないんですか。起きたら、荷物が全部なくなってたんですよ。剣も寝袋も帰りの旅に持ってきたマンガも、ぜーんぶなくなってたんですって!」


 そんな彼女の様子など眼中にないゼクスは、身振り手振りで事の重大さをアピールする。


「全部ですか? それは困りましたね。ドワンノフ殿は何か知りませんかね?」

「いや、知らんのぉ。世の中は物騒じゃなぁ~」


 ドワンノフは首を振りながら、しみじみと言った。自分の屋敷内で起こった事態にも、さすがは長だけあって冷静なようだ。

 アンタの屋敷だよ! とゼクスは心の中で叫ぶ。


「ちきしょー! どこのどいつだか知らぇーけど、見つけたらタダじゃおかねぇーぞ! 俺のマンガに手をつけたことぜってぇー後悔させてやっからなぁ!」


 それからゼクスは怒りのあまり、手のひらに拳をぶつけ合わせる。しかし皆の反応は冷ややかなものだった。

 皆、こう思っていたのだ。


『剣じゃなくてマンガかよ!』


 と。

 そしてアリスには事の真相がすでに分かっていたため、より冷ややかな視線を浴びせていたが、これ以上黙っていると面倒なことになりそうだったので、おずおずと語り始める。


「ゼクス。盛り上がってるところ悪いんだけど、それは泥棒でもなんでもないのよ」

「は? どういうこと? なんでアリスがそんなこと分かるんだよ」


 アリスは覚悟を決めて、事情を話した。もちろんその際には、仕方なく部屋を替わらねばならなかったと、嘘を混ぜておくことも忘れない。これだけは絶対に譲れない一線だった。


「なーんだ、アリスがもっと早く教えてくれてたら、こんな大騒ぎしなくてよかったじゃん。まったく、人が悪いよなぁ~。ねぇ、団長」

「えっ、私のせいなの! こんなことなら、ぶっ叩いてでも起こすんだった……」


 アリスは後悔の念を込めて、独り言を呟いた。形相は鬼が金棒を奪われたみたいな、世界一優秀な医師がガンで死ぬ間際の表情のように複雑怪奇なものだ。


「なんか言った?」


 あまりにアリスの呟き声が小さいものだったので、ゼクスは思わず聞き返した。


「べ・つ・にっ! それより、さっさと自分の荷物をとって来いや!」


 口調が変わってしまったアリスを不思議に思いながらも、恐ろしかったので突っ込まずに、ゼクスは大人しく荷物をとりに行った。すると、部屋にはちゃんと荷物があった。彼が最も心配だったマンガも、もちろん無事だ。


「よかったぁ~。マジで焦ったぜ。マンガがなくなってたら、俺生きてけねぇもんな」

「アンタはマンガ如きで死ぬのかっ!」


 もう『ゼクスくんの言葉には突っ込むしかない症候群』にかかってしまった、アリスさんだった。非常に難儀なものだ。

 こうして今日も聖女(マリア・ステラ)の気苦労は絶えず、朝を迎えた。



 泥棒騒ぎですっかり時間をオーバーしてしまったゼクスたちは、揃ってドワンノフに別れの挨拶をすると、急いで正門へ向かった。

 重厚な正門の前でゼクスたちを待っていたのは、ファンデミンという長老に近いほど大柄なノームだった。彼はゼクスたちを見るなり、フンと小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「騎士もワシらの資源同様に、不足しとるっちゅうことか」

「なんだと、どういう意味だ! もういっぺん言ってみやがれ!」


 ファンデミンの言葉が癇に障ったゼクスは、すかさず食って掛かった。喧嘩っぱやい彼らしい。

 しかしそんなゼクスを、ロイドが制す。


「おやめなさい、ゼクスさん」

「でも団長! コイツ今、俺たちのことを……」


 ゼクスは悔しそうに呻いた。


「いいですか、今までにこの任に着いてきた騎士団は、とても優秀なところだったのです。それが今回の任に着いたのは、できたばかりの新設騎士団である我々。不満や不安が出るのは当然のことなのです。ですからこそ、信頼を勝ち取るためには誠心誠意、粉骨砕身の覚悟でこの任務に挑まねばならないのです」


 ロイドの言う事はもっともだ。それぐらいはゼクスにも分かった。ところどころ分からない言葉があったが、それは直感で補足した。

 ファンデミンにこれ以上反論したら、せっかくの団長の言葉が無駄になってしまう。とまでは考えなかったものの、とにかくこの場は素直に引き下がったほうがいいとゼクスは思った。

 代わりに、これまた負けず嫌いなアリスが冷静に断言した。


「いい、ゼクス? ここは私たちの実力を見せつけて、あのチンチクリンの度肝を抜かしてやりましょう」


 ノームをチンチクリン呼ばわりするアリス。確かにノームの方が彼女より身長が低いが、それでも160センチにすら届いていないアリスが言うと、何だか可笑しく感じられる。


「だな! やってやるぜ!」


 彼女同様に、意気込むゼクス。やる気満々だ。

 するとファンデミンは大きく頷きながら、ロイドに話を振った。


「おめぇが、ロイドか」

「はい。ロイド・セイ・サーバントです」

「噂は聞いておる。部下はバカとチンチクリンだが、団長はまともなようだな」


 ファンデミンはロイドの胸をドンと叩いた。どうやら先ほどのアリスの小声は、しっかり彼にも聞こえていたようだ。

 しかしこれでまた怒り返すのも子供じみていると思い、アリスは大人しくしておいた。


「くそぉ、アイツ。アリスなんかガツンって言ってやれよ、俺じゃまたバカにされる」


 対するゼクスはそうは割りきれず、一度は引き下がったものの、バカと言われ再び憤る。


「ふふっ、今回はそれが分かっただけで十分な収穫じゃない。後はもう実力で証明してやればいいのよ。私たちは信用に足る騎士団だってね」


 そう言って微笑みかけてくるアリスに、どうしてかゼクスの怒りも萎んでいった。


「では護衛しっかり頼むぞ。ワシも一応は戦えるが、頼ってもらっては困る。分かっておろうな。特にバカな部下」

「へいへい。わーってますって。ばっちり守りゃいいんでしょ。ったく、なんで俺だけに言うんだよ」


 ゼクスはぶっきらぼうに言ってのけた。

 ファンデミンはそんなゼクスたちの態度に、内心で少しだけ安堵した。自身の所属する団に誇りを持てぬ輩に護衛されるなど、心配でたまったものではないからだ。誇りというのは、勇気にも繋がる。勇気を出してその誇りを守ろうとするからだ。

 勇なき者は全てがないのと同義。

 彼らに勇気があることを、ファンデミンは確かめたかったのである。だからあのような安い挑発をしたのだ。それに実力も普通レベルにはあるようだ。聖女(マリア・ステラ)はかなり力があるような印象だし、団長もそれなり。若造だけは煮え切らない感じだが、勇気だけは人一倍ありそうだ。案外、あの若造がムードメーカーのような気がしていた。

 友好使節だけあって、ファンデミンの人を見る目は確かだった。


 使節であるファンデミンを守る形で歩を進める、ゼクスたち。ファンデミンを挟むように、先頭にロイド。真ん中にアリスとファンデミン。ゼクスが殿(しんがり)という布陣だった。

 護衛任務はこれからが本番中の本番だ。

 このまま途中で何事もなければ、来たときと同じように3日ほどの道中になるだろうと予想された。

 そう、何事もなければ……。



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