第11節『宴会!』
先ほどのメイドによってゼクスたちは、部屋へ案内された。
部屋は1人に一部屋ずつ与えられた。そこでゼクスたちを驚かせたのは、客室から一旦、外に出ると、部屋が自動的に施錠される仕組みであったことだ。メイドの説明によれば、この技術は近年開発されたもので、未だ一般的には普及されておらず、試験的に大地の里で利用しているとのことだった。
だから部屋を出る際には必ずキーを持って出るようにと、メイドに付け加えられた。忘れると合鍵を持ってこないと中へ入れないらしい。
各人が部屋に案内された後、夕食とささやかな酒宴が開かれた。
料理の味は決して悪くはなかったが、一品一品の量が半端ではなく、とても1人では食べきるものではなかった。しかしゼクスには全然いけるようで、ノームたちと同じぐらいか、いやもしかしたらそれ以上に食べていたかもしれない。
「なんだ、アリス。もういらねぇのか? なら俺が食ってやるよ」
ひょいと、ゼクスがアリスの皿からフライにされた大きな肉の塊を掻っ攫っていった。
「あっ! ちょっとまだ何も言ってないでしょ!」
「いいじゃん、俺のものはお前のもの。お前のものは俺のものってことで、さ!」
「よくないっ! というか私は貴方から何かを貰った覚えないし!」
すぐに言い合いを始めるゼクスとアリス。しかし実際にアリスはもう限界だったため、素直にゼクスに残りをあげた。文句を言うのは条件反射のようなものだ。
その際にアリスが食べ切れなかった分はけっこうあったのだが、それでもゼクスは全部を綺麗に食べ終えてしまったので、彼の食欲の旺盛さには度肝を抜かれたものだった。どういう胃袋をしているんだ、とアリスは恐恐としながら思った。
対してロイドはどちらかというと、料理には手をつけず、酒のほうを飲みまくっており、ほろ酔いも相まってとても上機嫌だった。酒豪の名は伊達ではない。はっきりいって、底なしのザルだ。
あちらこちらでノームたちが騒いでいるので、ゼクスの気分も自然と高揚していた。
「おや、ゼクスさんもアリスティアさんもお酒は飲まないんですか?」
ロイドは美味そうにグラスの中のエールを一息に飲み干すと、小首を傾げてきた。この世界『エデンハイド』では、飲酒の規定年齢は存在しない。何歳からでも飲んでよし! なのである。
「いや、俺はいいっすよ」
ゼクスは首を振って、遠慮しておいた。
そんなゼクスとアリスの二人は、ノン・アルコールの果汁飲料だった。
アリスは上流階級なので飲んだことがあると思い、ゼクスが先ほどけしかけてみたところ、茶色の小アルコールのエールをグラスの半分ほど飲んだところで、挫折。実は酒を飲んだことがないようだった。負けず嫌いという、難儀な性格のためどうにか半分までは飲んだようだ。
下戸の彼女とは反対に、ゼクスはそれなりに飲めるほうだったが、自分まで飲んでしまうと、アリスのことだからその負けず嫌いっぷりを遺憾なく発揮し意固地になってしまうこと間違いなし。こんなところで酔っ払って倒れられても困るので、ゼクスも遠慮しておいたのだ。
そんなこんなで仕方なく、仲良くオレンジジュースを啜っている。
「そうですか。残念ですね」
ロイドは白光祈騎士団の中に飲み仲間が見つからず、しょんぼりした顔になったが、何か思いついたようで、ぱっと顔を輝かせた。
「でも美味しいですよ? 飲んでみましょう、ちょっとぐらい。それにローゼンバーグ家の次期当主さんが、今まで食前酒の一杯も飲んだことないわけないですよね?」
「ええ、まあ」
アリスは、本当は飲んだことないのだが、やはり難儀な性格により、意地を張って曖昧ながらも言い切った。ゼクスに飲まされた時を見られていなかったのが良かったのか悪かったのか微妙である。
「でしたら、今日ぐらいいいじゃないですか。ささ、ぐいっとぐいっと。お酒ぐらい飲めなくては、立派な聖女にも騎士にもなれませんよ」
ロイドは嬉しそうにグラスを空ける仕草をして見せた。ゼクスとアリスは顔を見合わせる。彼はどうあっても、ゼクスたちと飲みたいらしい。
騎士団の仲間たちの飲む酒はロイドにとって特別であり、格別なのだ。
「ここはアリスが実は、酒全然ダメだって言えば――いってぇー! なにすんだ!」
仕方なしにゼクスが真実を露呈させればいいじゃんと提案している最中、いきなりアリスに足を踏みつけられた。小さな悲鳴をあげるゼクス。すぐさまアリスを睨み付けるが、黒髪の少女は何事もなかったかのように涼しげな表情だ。
「ささ、早く飲みましょうよ。ね?」
ロイドが今も飲めや飲めやと勧めてくるので、しょうがなく一杯だけと思いながら、ゼクスはグラスに口をつけた。強烈な喉越しだった。人間が酒造するものよりも断然アルコール濃度が高く、また強い。確かにこれだけのものを、初めてで、さして強くもないアリスが口にすれば、ひとたまりもなかっただろうと思った。よく半分も飲めたものだと褒めてやりたい。
それでも一杯は楽々飲みきったゼクス。ふいに、これを見ていたアリスと目が合った。
途端に決意固い表情となったアリスが、グラスを引っ掴んで一気に呷った。結果、むせた。大いにむせていた。
そしてゼクスがそのままアリスを観察していると、彼女の体がふらふら揺れているように見えた。
「お、おい、アリス! 大丈夫か?」
むせ返り、むっとした表情で固まっているアリスを、ゼクスは突っついてみた。すると彼女はその反動でゆっくりと後ろへ倒れてゆく。
「おわっ! バカ!」
慌てて腕を掴んで引き止めた。
「はれ? ジェクシュ? しぇかいがぁ、回っひぇるよぉ?」(注訳:あれ? ゼクス? 世界が、回ってるよ?)
「お前が酔っ払ってるんだ」
きっぱりと言ってやる。まさかこんなに早く倒れるほど酔うとは思ってもみなかった。中毒は起こしてないようだが、これはもう部屋で寝かせるしかないだろう。すでにアリスはすぅすぅと規則正しい寝息を立てている。
そんな光景を見ていたドワンノフは、「ガッハッハ」と大笑いをした。
「ワシらにとってはこの程度、水みたいなもんじゃが、譲ちゃんにはちとキツかったようじゃの」
言って、一気にグラスを飲み干した。次も飲み干し、また次もと一気飲みをしてゆく。
「うっへぇ~、ありゃあバケモノだな」
ゼクスは正直な感想を呟いた。
「この喉越しが分かるようになれば、一人前なんですけどね」
ロイドも笑いながら、グイッとグラスを空にした。こっちは怪物だ。意味は同じである。
「うへぇ~、団長って普段押しが弱いくせに、酒だけは強いなぁ~」
ゼクスは取り敢えずアリスを部屋へ運ぶため、宴会の席を立った。
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やがて食事も終わり、宴も終焉にさしかかろうという頃、ノームの長であるドワンノフが話を始めた。すでにアリスを部屋に寝かせてきたゼクスも、同席している。
「実はな、ロイドよ。ここ最近、この里の鉱脈は痩せ細ってしまってな」
「はぁ……それは大変ですねぇ」
ロイドは神妙な顔つきで頷く。
「それだけでない。水は濁り、大地の力は日増しに衰えつつある。そんなじゃから、作物は実らず育たずの有様よ」
ドワンノフは、首を大きく振った。その目は、どこまでも寂しげだった。
「それでも我々は生きてゆかねばならぬ。そしてワシにはこの里の民を守る義務がある。そういったこの里の現状を理解してもらおうと思っての……」
そう言って、ノームの長は一通の封書を見せた。これをおそらく使節の者に持たせるということだろう。
鉱山で採れる鉱石を加工し、様々なものを作ってはそれで生計を立てているノームたちにとって、鉱脈に陰りがあるという事態は非常に忌々しきものだ。となれば、今の物の値段を上げ、少しでも収入を得ようとするのは当然のことだ。
おそらく、封書の中身はそのような内容のことが書かれてあると思われる。つまり友好の証と、新しい物価交渉がこの任務の内容となった。
「ロイドよ、此度の使節はこれまでになく重要じゃ。しっかり頼むぞ」
頭を下げる長。大地の里の現状が体裁など取り繕っている場合ではないのだと、ここからも窺える。
「かしこまりました。必ずや、シュレイグ王国へと使節を守り抜いてみせましょう」
「おぉ、これは頼もしいのぉ。さすがはレイトスの子よ」
だからこそロイドは熱い視線を長へ送り、それを見た長もロイドへ嬉しそうに笑いかけていた。
ゼクスは精霊と人間は、根本的に分かり合えないものだと教習で習った。しかしそれは誤りではないのか……。人間と精霊が分かり合うことは、意外と簡単なことのように思えてならなかった。
これを機に宴は終わりを向かえた。長のドワンノフはとっくに闇夜が訪れているにも関わらず、これから鉱山の様子を見に行くといって出掛けていった。
ゼクスはロイドと明日の予定を簡単に打ち合わせた後、それを報告しにアリスの部屋へ向かった。彼女が目覚めていれば良いのだが……。
まだまだ大地の里の夜は更けはしない。