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エデンハイド物語   作者: Franz Liszt
王国の章『大地の里編』
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第9節『外の世界は……』

 

 木枠を軋ませつつ、窓を開く音がした。


「いつまで寝てんの? 起きなさいよ!」


 怒鳴りつけられて、ゼクスの意識が覚める。

 淡い夢の名残(なごり)をぶち壊してくれる大きな声だった。なんだか、とてもいい夢だった気がするのにと思う。ゼクスは、しぶしぶ薄目を開けた。いったい誰だ? と思いながら。

 すると窓際に少女が立っていた。

 開いた窓から朝日が差し込んで、彼女の黒髪を輝かせている。少女はベッドの上で寝ているゼクスの方を振り返ると、腰に手をあてて呆れたという顔をした。ゆったりとした基調が黒で少しのオレンジ色がアクセントのローブを纏い、同じくオレンジと黄色のストライブ柄のリボンを髪に、という格好だ。


「ほらほらほら。さっさと起きる!」

「な、なんだよ、いきなり……」


 ゼクスが非難の声を上げると、少女はキッと目を釣りあがらせた。


「アンタねぇ~、今が何時だか分かってんの?」


 いつも少女は『貴方』と言うのだが、今は『アンタ』とゼクスに言っていた。それだけ呆れているようだ。


「いや、全然。てか、おはよう、アリス」

「うん、おはよう、ゼクス。…………じゃなくてっ!」


 朝からアリスの口の悪さだけは一級品だなと思いながら、ゼクスは身体を起こす。

 瞬間、ボンッと音が鳴った気がした。


「ば、バカっ! なんて格好してんの!」

「へ?」


 上半身を起こしたゼクスの体からは掛けていた毛布が完全に落ちてしまっている。何も着ていなかった。昨日シュレイグ王国を発って、宿につくと面倒だからと脱ぎ捨てたまま寝てしまったのだった。夏だし。暑かったし、これぐらいはいいと思っていた。


「バカぁ!」


 声とともに顔面に投げつけられた大きな布袋を慌てて受けとめる。ゼクスの荷物袋だ。中に硬い物や壊れ物があったらどうするんだよ、と思いながらもさっきは自分も悪かったかと思い至った。


「私と団長は、もう食堂で待ってるから」


 それだけ言うと、アリスはそのままきびすを返して部屋を出て行った。バタンと、ことさらに大きな音を立てていくことも忘れてはいないようだ。


「いったい何しに来たんだ、あいつ……」


 アリスは全然起きてこないゼクスを起こしにきたのだが、ゼクスにそういった思考はないようで、袋を抱えながら首をひねっていた。

 着替えを済まして、さっそく部屋を出る。


 食堂の扉を開けると、奥のテーブルから呼びかけがあった。

 近付いたゼクスは、そのテーブルの上に乗った酒の多さに度肝を抜かれた。


「あの、団長……これって……」


 顔を上げた団長――ロイドが、真っ赤な顔でニッコリ笑った。酔っている、完全にできあがってしまっていた。


「これはこれは、ゼクスさん。おはようございます」


 初任務をともにするにあたって、ゼクスはロイドにも愛称で呼んでいいですよと言ったのであった。やはり任務ともなれば緊急の時や、早急にことを行わねばならないことが多々ある。その際にできるだけ短い名前の方が呼び易いと考えた――わけではなく、ゼクスが単純に色々な名前で呼ばれると反応できないからだった。


「ほら、ゼクス。団長のことはほっといて。貴方の分も頼んでおいたから、さっさと食べなさい。冷めちゃうわよ」


 すでにテーブルには料理が並んでおり、どうやらゼクスとアリスの分らしかった。ロイドは酒とつまみだけでいいらしい。


「うっひゃ~、すっげぇ美味そうぉ~」


 今にも涎を垂らしそうなゼクスは、さっそくフォークをミディアムに調理された肉へぶっ刺した。それを大きな口を開けて、一気に中へ放り込む。口の中で弾ける肉のうま味がたまらない。朝からこんな贅沢でいいのだろうかと思った。

 しかし今はこの幸福感をより多く感じようと、次々に料理へ手を伸ばした。魚のフライに、(かに)のニングイーネ、ほうれん草のニョッキとどんどん皿を空にしてゆく。

 隣に座るアリスはゼクスの異常なハイスピードを目の当たりにし、急いで自分の取り分を別皿に移していった。こうでもしないと、朝食がなくなりそうだ。

 だがゼクスの食べ散らかし方に、徐々に苛立ちが募ってゆき――。


「ちょっとゼクス! 行儀が悪い! というか、私の皿から取るな! 返せっ!」


 ゼクスがアリスの皿から取ってしまった――断っておくがわざとではない、区別が付かなかっただけだ――キノコに、アリスは奪い返そうとフォークを突き刺そうとしてくる。

 一生懸命にやっているのはけっこうだが、行儀の悪さでは同等(イコール)だ。


「ヤダねぇ! これはもう俺のもんだ!」

「違うに決まってんでしょうがっ! 私の、よっ! 返せっ! この! このっ!」


 長々と、ゼクスとアリスがテーブルの上で死闘を繰り広げる。

 そうなれば当然、何事かと食堂の客たちがいっせいにゼクスたちの方を振り向いてきた。

 視線に気付いたアリスは恥ずかしくなってしょんぼりとなったが、ゼクスはそんなことは気にせず勝ち取ったキノコを食べて「うっめぇ~」などと暢気に叫んでいた。聖女(マリア・ステラ)の気苦労は今日も耐えることはないようだ。


 この後、ゼクスたちは宿を出発して、大地の里を目指した。ロイドはあれだけの酒を飲んだにも関わらず、すでに酔いは完全に醒めているようで、まさしく酒豪の域だった。



 昼を回る前に宿を出たはいいが、途中でものすごい雨に降られ、一時雨宿り兼休息を洞窟の中で取ることとなった。

 季節は夏なので暖を取る必要はなかったが、いつ敵が現れもいいように火を起こし、それを囲むように円形にゼクスたちは座る。

 しかし火を起こすといっても、わざわざ焚き火をするわけではない。火の魔法を封じ込めた道具を使うだけだ。

 ゼクスやロイドのように魔力を持たない者や、アリスのように魔術ではないほうの魔力しかない者でも、魔法と同じ効果が得られるアイテムは、当たり前のようにシュレイグ王国の町々で売られている。

 これらは主に魔術師ギルドが販売を行い、そこから得られる金銭は教団や魔術学院の重要な運営資金や研究費にあてられるのだった。


「ちょっとゼクス。もう少しあっちへ行って」


 ゼクスの隣にちょこんと座るアリスが、そんなことを言った。

 今のアリスはずぶ濡れになったローブを外して、乾かすため火に(かざ)し掛けてある。そのため薄い生地のバルーンチュニックを身に着けているだけだった。袖にフリルがあしらわれ、背中部分にリボンのアクセントがある上等なものだ。

 しかし如何せん、薄すぎるのである。夏だからしょうがないといえばその通りなのだが、雨で濡れたせいもあり、色々と際どいところまで透けていた。肩先は丸見えで、胸元だって怪しいものである。


 アリスがさっきから縮こまっていたのはそのせいなのだが、ゼクスがその様に気付いた様子も、気にしている様子も全くない。

 それでもアリスの気は済まないようで、少しでも距離を取るようにと提言したのだった。


「ちょ、押すなって。分かったから」


 あまりにしつこくアリスが押してくるので、ゼクスは何事か分からぬまま、とにかくアリスから距離を取った。団長であるロイドはアリスに遠慮するかのように、彼女とは大分離れたところに座っていた。

 しばらくゆっくりとした時間が流れる。


「早く上がらないかな……」


 やがてアリスの呟くように言った声が、洞窟内に響いた。彼女は濡れそぼった髪を面倒くさそうに、肩から払う仕草をやっている。

 言ったついでに、アリスは「早く上がりますように」と祈りを捧げておいた。


「そうだなぁ~。俺も早く大地の里に行きてぇ~よ」


 ゼクスも彼女の意見には賛成だった。

 とっと大地の里へ行き、ビシッと任務完了をしてしまいたいのだ。それでそれで――と、これからのことに妄想は膨らむばかりである。


 そんな彼らの祈りと妄想が功を奏したのか、けっこう酷かった雨は1時間ほどで上がり、代わりに輝く太陽がその顔を覗かせた。

 さっそくゼクスたち(主にゼクス)は洞窟を飛び出して、ガンドコ――がんがんどこまでも――行こうと張り切った。



 それからは雨もなく、順調に二日間ほど歩き続け、三日目の昼前には大地の里を一望できるところまで辿り着いていた。


「さぁ、ここまで来たら大地の里は目と鼻の先です。皆さん頑張りましょう!」


 ロイドはそう言って、皆を激励した。

 やがて小1時間もする頃には、ゼクスたちは大地の里へ到着したのだった。

 大地の里を囲う鉄の壁は、遠くで見たよりもずっと高く、それでいて美しい装飾がなされてある。さらに行く手を阻むかのようにそびえる正門は実際に見ると、より堅牢そうに見えた。

 しかし何よりも特筆すべきは、この景観だ。大地の里と呼ばれるだけあって、岩場がいりくんでおり歩きづらいが、豊かな自然と、身を吹き抜ける風はまさしく地の底から吹き上がってくるかのようで、何ものにも代えがたいもののようだった。


「……すごい」


 ポツリと、無意識のうちにアリスの口からそんな言葉が洩れた。呟いた彼女の表情はただ呆然としていて、高台から見下ろされる景色に心を奪われているようだ。


 ――これがシュレイグ城の外の世界。

 なんて……綺麗。


 気持ち良い風を感じる。これほどまでに風というのは暑さを(しの)いでくれて、心地よいものなのだと、初めて知った気分だった。

 目を見開いて、いつもの気の強そうな表情でなく、隙だらけのアリス。そんな彼女を、ゼクスは目を丸くして見つめていた。


(アイツって、あんな顔もできるんだな)


 ゼクスが見たことのあるアリスといえば、怒っているアリスか、拗ねているアリスか、ブチギレているアリスしかないように思う。その中のどれにも当てはまらない今のアリスの姿に、ちょっとだけ驚いていたのである。驚いてほんのちょっとだけ、可愛いと思ってしまった。

 しかしアリスは、何やら意味深に自分のことをジッと見つめているゼクスを勘違いしたらしく――正確にはゼクスがニヤニヤと笑っているので、滅茶苦茶に勘違いしていた。


「な、なによ!」


 だからアリスはゼクスを喧嘩腰で睨み付けた。


「へ? ……いや、別に」


 それに対して、アリスを見ていたなどと言うのは決まりが悪く、白髪をちょいちょいと掻くゼクス。どう言ったらいいのか分からない。だから今度は頬を掻きながら、しばし黙っていた。

 この態度がまた馬鹿にされているのだと思ったのだろうか、アリスは今以上に顔を恥ずかしさと怒りがマイルドに調合された赤色にする。


「アンタ、私のことバカにしたわね! そ、そうよ! 見たことないわよ! 城の外にも出たことなんて、ほとんどないわよ! こうやって外の世界を見るのなんて初めてよ! なんか悪いっ!」


 どんどん顔が赤くなってゆくアリス。もうすでにトマトみたいに真っ赤っかだ。

 対してゼクスの顔は、真っ青だった。

 なぜなら――。


「うぐぐぐ、苦しい苦しい苦しいぃ~。ち、違うって……!」


 アリスが思いっきりゼクスの首根っこを引っ掴んで、グイグイと絞めていたからだ。


「あ、アリスティアさん」


 ロイドの言葉に、ようやく我に返ったアリスがゼクスの首から手を離した。


「あ、あら?」


 ――あら、じゃないだろ! 死ぬかと思ったぞ!


 正直、本当に一瞬、意識が飛びそうになった。聖女(マリア・ステラ)が、人の命を奪ってどうする。

 アリスはバツが悪そうに、ゼクスへ小さく謝った。

 しかし――。


「やっぱり貴方も悪いのよ。そう、悪いったら悪いんだから……」


 ポトポトと言葉を落としながら悪態をついているアリスであった。


 ――外の世界のことは、本でたくさん読んでいた。

 外の世界を思い浮かべながら、毎日のように沢山、本当に沢山……。


 ――でも知らなかった。

 初めて知った。こんなにも、外の世界は美しいんだと……。


 そんなことをアリスは考えながら、あまり豊かではない胸を反らして、ちろんとゼクスを見やった。ローブの襟元にかかった黒髪が絶妙にマッチしていて、中々どうして艶めかしい印象がある。

 目が合った。お互いを見つめ、突然アリスは微笑んだ。綺麗な笑みだった。このためかどうかは知らないが、兎に角、ゼクスはつっかかることはやめておいた。


「ゼクスさん、アリスティアさん! 追いてっちゃいますよぉー!」


 ここで、先をゆっくりと歩くロイドからいつまでも立ち止まったままの二人へ声が掛けられる。ゼクスとアリスはロイドに大きな返事で応え、走って彼に追いついた。


 これより任務本番である!



次の話で任務が本格的に開始されます! 後半には戦闘もあるので、がんばりたいと思います。

誤字脱字、おかしなところ等々、何かありましたら感想なりメッセなりくれると嬉しい限りです!


ではでは~

頑張って宿題は目処が着くところまでやれて満足なFranzより

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