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エデンハイド物語   作者: Franz Liszt
王国の章『大地の里編』
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第6節『騎士教育と初任務』

 結団式から、あっという間に一ヶ月が過ぎようとしていた。その間、ゼクスたち騎士見習いは武術だけでなく、騎士として身に着けるべき知識や礼儀などを朝から晩までみっちりと学ばされた。相も変わらずに、ロクシスには勝つことができなかったが……。

 と、その中でも特にこってり教えられたのが、聖女(マリア・ステラ)の知識だった。それは彼女らとの連携が、騎士団の力を左右するといっても過言ではないからだ。

 剣術の稽古では俄然やる気に満ちているものの、勉強にはてんで身が入らないゼクス。そんな彼には目下、一つの悩み事があった。目の下に出来たクマはそれが原因だ。


 その悩み事とは――。


「おいこら、ゼクシード! ちゃんと聴いてるの?」

「女が『おいこら』とか言うなよ……」


 パシッと棒のように丸めた教本で頭を(はた)かれた。


「うるさい。貴方はジダン様の息子なんでしょ。もっと頑張りなさい、じゃないと親の七光りだって言われるわよ」


 ゼクスの目の前で聖女(マリア・ステラ)の知識やその他諸々をじきじきに教えているのは、超有名人であるアリスティア・メルカトーレ・ローゼンバーグその人だった。結団式の後に、いきなり聖女(マリア・ステラ)と名乗るこの少女からゼクスは、『騎士教育』をしてあげるなどと言われたのだ。

 これこそがゼクスの悩み事だった。毎日厳しいスケジュールをこなしているのに、さらにアリスティアの『騎士教育』が入るのだ。勉強嫌いのゼクスにとっては、たまったものではない。お陰で目の下のクマが絶えない。

 それでも、彼女の知り合いだというクローシェなる女騎士から剣の方も鍛えてもらったため、騎士テストの頃と比べると、剣の腕前は確実に上達していた。この調子ならどんどんロクシスに追いつけると、ゼクスは素直に喜び、そこはアリスティアに感謝していないでもない。

 身体を動かすことに関しては誰よりも積極的で真剣なゼクスだったので、剣の上達振りは同じ見習いの中でも群を抜いていた。しかし相変わらず、座学となると居眠りで過ごしていたため、毎回先輩騎士に叱られねばならなかった。


 それでも、叱られるのは大分マシなほうだった。


 なぜなら、アリスティアの『騎士教育』では生徒一人の教師1人の完全マンツーマン体制なため、眠ろうものなら瞬時に叩き起こされたからだ。でも叱られ呆れられるよりも、こうやって怒られて起こされるほうが、教えてくれているアリスはそれだけ真剣なのだと思う。

 だからゼクスとしても頑張って期待に応えてやりたいのは山々なのだが、如何せん、脳の許容量(キャパシティー)を超えているので仕方がない。


「……じゃあ、今日はここまでね。明日はこの続きをやるから。復習はちゃんとやっておくのよ。いい? ゼクシード」


 腰に手を当てて、偉そうな態度でアリスティア。身長176センチのゼクスより、かなり小さい彼女がやるのは正直言ってあんまり様になっていなかった。

 様になってないアリスティアはゴムで縛っていた黒髪を(ほど)いて、いつものストレートに戻した。先生スタイルの時は、縛るのが常だった。アリスティア曰く、「こっちの方が大人っぽく見えるらしい」が、ゼクスにはどちらも変わっていないように思えた。


「はいはい、分かってますよ。アリス先生」

「だからぁ、何回アリスって呼ぶなって言わせる気なの?」


「だって面倒じゃん。アリス……なんとかって長過ぎて覚えられん」

「ア・リ・ス・ティ・ア!」


 アリスティアの名前が長過ぎるのが悪いと、ゼクスは思う。ただでさえ名前を覚えるのは得意ではないというのに、彼女の名前は言いにくい上、長い。これが悪くなくて、いったい何が悪いのだ!


「……はぁ、じゃあ貴方の名前だって長過ぎだから、ゼクシって言ってもいいわけ?」

「いくらなんでもそのセンスはなくね?」


 名前の省略はけっこう適当でもそれなりに纏まり感があるものだが、生憎と、アリスティアのそれからは、全く纏まり感は感じられなかった。というか、単純にセンスが悪い。


「……うっ、悪かったわね。自分でもちょっとだけ無いかなって思ったわよ! じゃあ、貴方はなにがいいわけ?」


 話がすり替わっている気がしたゼクスだったが、それを言うとまた煩くなりそうなので、止めておき、姉が自分を呼ぶ時のものを無難に言っておいた。


「ふ、ふーん、ゼクスね。まぁまぁじゃない」

「んじゃ、俺のことはゼクスって呼べばいいから、お前はアリスな」

「……うん。まぁ、それでいいわよ」


 何やら少しだけ、アリスティア――アリスの機嫌が良かったと、ゼクスは感じた。口調も柔らかいし、今の一瞬で何か良い事があったのだろうか……。

 通常の騎士見習いの夕食は、講義が終われば食べられる。しかしこのアリスの『騎士教育』がいつも真の最後の砦として君臨していたため、ゼクスは他の騎士見習いよりも遅い夕食になっていた。

 帰り支度をしてから、ゼクスはこのまま食堂へ行こうとした。


「さーて、メシだメシだ! 今日のおかずはなんじゃらほいっ!」


 しかしゼクスが荷物を脇に抱え込んで、素早く部屋を出て行こうとするところを、アリスに呼び止められた。


「ゼクシ……じゃなかった、ゼクス待って。あなたと私はこの後、この場に待機するように言われてるの」

「えー!」


 不満の声をあげるゼクス。


「『えー』、じゃないでしょ。騎士なら『はい』もしくは、『了解しました』でしょうが。まったく」

「俺はまだメシを食べてねぇんだぞっ!」

「私もよ。我慢なさい」

「くぅ~、なんで待機なんだよ?」

「ロイド団長から話があるみたい」

「団長から?」

「ゼクスなにかやらかしたんじゃない? 心当たりないの?」


 アリスが悪戯っぽい笑みを見せた。ライラックの花を思わせる紫の瞳が、楽しげな光を宿している。


「まっさかー……アリスならともかく、俺にそれはないでしょ」

「アンタが言うな! なんでそうなるのよっ!」


 口調まで変わるほど、心外だったらしい。アリスはものすごい勢いでゼクスを睨み付けた。

 二人とも、どちらか一方のせいにしたがってて、同時に待機させられていることを失念しているようだ。


「はぁ……取り敢えず、待っていましょう。もうじき来るだろうから」


 アリスはそう言って、近くの椅子へ腰を下ろした。

 ゼクスも彼女に倣って椅子に座った。


「なんでこっちに座るのよ?」

「いいじゃん、別にどこに座ろうが」

「……むぅ。まぁ、別にいいけど」


 ゼクスがアリスの隣に座ったので、少しだけそわそわするアリス。そのまましばらく待った。

 ……中々やって来ない。ゼクスは机の上に両足を投げ出す格好で、両腕を頭の後ろで組み、椅子の上で絶妙なバランスを取る。非常に行儀が悪い。

 一方のアリスは、背筋を伸ばしたままずっと正面を見据えていた。非常に行儀が良い。


「なぁアリス、団長、来ねぇな。俺も腹減りすぎてもう限界かも。食堂終わっちまうよ」


 無視。


「てか、アリスはいつもどこで食ってんだよ? 食堂に来てねぇじゃんお前」

「……はぁ。貴方、少しは静かにできないの? 私は食堂じゃなくて、私室でいつも食べてるの。分かった?」


 落ち着きのないゼクスに呆れながらも、このままでは延々と訊かれるだろうと踏んだアリスは簡潔に答えた。


「なんだよ、それ。お前だけズルイだろ!」

「ズルイって……いい? 私は聖女(マリア・ステラ)、それも正式な。それに比べ貴方は騎士見習い。この差は歴然でしょ。こうやって話してるだけで奇跡みたいなものなのよ。この寛大なアリスティア様に感謝なさい」


 あまりない胸をドンと叩いて、あまりない胸を反らした。釈然としないゼクスはそれを突っついてやろうかと思ったが、あまりにも恐ろしい結果になりそうなので止めておいた。

 確かに存在が希少な聖女(マリア・ステラ)と騎士では、ただでさえ聖女(マリア・ステラ)の方が、ランクが上だ。騎士団に配属された聖女(マリア・ステラ)は、そこの団の団長と同等の地位にある。つまりどう転がっても、騎士見習いのゼクスより聖女(マリア・ステラ)のアリスの方が上司であった。

 それぐらいはこれまでの学習で分かっているゼクスだったが、それでもやはり何だか釈然としない思いだった。


「……はぁ、私何か怒られるようなことしたのかな……」


 ちょっと時間が経ったのち、アリスがぽつりとため息混じりに呟いた。


(なんだよアリスのヤツ、本気で悩んでんのか? どうせ団長の話なんて、大した話じゃないと思うんだけどなぁ)



 それからほどなくして、ようやくロイド団長が姿を見せた。結局、彼がここに来るまで30分ほど掛かっていた。


「いやぁ~、お待たせいたしました」

「団長、遅いっすよ。俺腹ペコです」


 親しみを込めた笑みを浮かべ、ゼクスが言う。この団長に対して、好意的な思いがゼクスにはあった。


「すいません。こちらも団長会議が長引いてしまって……本当にお待たせいたしました」


 ロイドはペコペコと頭を下げた。どうもこのロイドという男は、礼儀正しいだけでなく威厳に欠けるところがある。いくら本人の正確とはいえ、騎士団長が一介の騎士に、しかも騎士見習いに頭を下げることなど有り得ない。

 それでもそういったところが、ロイドの人柄の良さといえ、またゼクスが好意的な思いを持つ理由でもあった。


「まずは本日も特別講義、お疲れ様でした」


 座ったままのゼクスと、立っているロイドは互いにペコリとお辞儀をした。一日の通過儀礼みたいなものだ。

 しかしロイドが労った最大の功労者であろう、アリスは難しい顔をしながら、椅子に腰掛けたままお辞儀をしなかった。彼女の態度の端々から、刺々しい印象を受ける。

 ゼクスは(なんだよ、アイツ……)と思いながら、ロイドを見た。おそらくロイドはここまで走ってきたのだろう。額に汗が浮かんでいた。

 その汗をロイドは布で拭った。


「それで、団長。話とは何ですか?」


 椅子に座ったまま、静かな声で尋ねるアリス。


「ええ、そのことですが……」


 ロイドが話し始めたので、ゼクスも今は机から足を下ろしていた。そのぐらいの礼儀は持っているようだ。


「私たちは何かお叱りを受けるようなことをしたのでしょうか? もしかして、夜遅くまでこんなことをしてはいけないとか?」


 捲くし立てるように、矢継ぎ早にアリスが訊く。


「あ、いえ。そうではなくてですね……」


 そんな彼女に対し、ゆっくりと首を横に振るロイド。


「じゃあ、なんっすか?」

「頭はお疲れ、お腹ペコペコなので、さっそく本題に入りましょうか」


 ロイドは咳払いを一つした。


「実はラファエル様より我が団に、重要な任務が下りました」

「おおっ! マジッすか!?」

「ええ、マジッすです」


 任務と聞いて思わず椅子から立ち上がるゼクスに、ロイドは力強く頷いた。


「重要任務、ですか……」


 アリスは釈然としていなさそうだ。


「はい、超超重要任務です!」


 ロイドは拳を握り締めながら、青い瞳を輝かせた。


「その超超重要任務ってなんすか? もしかして、魔獣ドラゴリアンの討伐ですか? それとも古代王朝の財宝探しですか? まさか……伝説の神を――」


 勝手に盛り上がるゼクス。来る日も来る日も城の中での狭い生活と、ただでさえ勉強嫌いなのにアリスの厳しい『騎士教育』があったせいで、ゼクスはもう、いても立ってもいられなかったのだ。


「あの、ゼクシードさん、そういうのではなくてですね」

「分かった! 久遠の都への大冒険ですね、あれは難しいって俺たちの間じゃ――」

「少し黙ってろ」


 アリスはゼクスを睨み付けながら、冷たく言い放った。何やらものすごく苛立っているようで、口調まで変わっている。はっきり言って、恐ろしい。


「何でだよ! これが黙っていられるかってのっ!」


 しかし、それで引き下がるゼクスではない。こういったアリスはもう何度も見てきているので、そろそろ耐性が身についてきていた。


「分かりますよ。私も初任務に選ばれたときは、興奮を抑えることができず、一晩中踊り明かしましたから。ですがゼクシードさん、私のお話もちゃんと聞いてくださいね」


 ロイドに優しく促され、ようやくゼクスは腰を下ろした。それでもやはり落ち着かないらしく、ソワソワしている様子だ。


「その重要任務はですね――なんと、ノームの定期友好使節の護衛です!」

「えぇー、そんなことですかぁー!」


 途端に不満の声をゼクスが上げた。


「そんなこととは何ですか、ゼクシードさん」

「だって超が二個も付くほどの任務だって言うから、俺はてっきり――」


 期待していたよりもずっとスケールが小さい任務だと勝手に思い込み、ゼクスは落胆している。


「何も戦うことだけが重要な任務ではありません。これだって十分に重要な任務なんですよ」


 ロイドの言葉に、醒めた顔をしながらも素直に頷くアリス。彼女の表情は、ロイドの言うことに間違いはないが、それ以外が納得いかない、ムカつくといったもののようだ。


「本来ならもっと格式高い騎士団――紅蓮帝騎士団スカーレット・シャルティエなどが担うところを、ラファエル様が敢えてできたてほやほやの我が団に任されたのですから。なんという誉れ。まさしく光栄の極み」


 ゼクスの思いをよそに、ロイドは今にも踊りだしそうなほどウットリした表情で目を煌かせている。ロイドたちにこの任務が任されたのは、新米騎士団に少しでも早く初任務を与えようとするラファエルの親心であり。そしてまたラファエルの、ゼクシードの真の力を早く見てみたいという目論見の為だった。


 ノームとは大地の精霊とも言われる種族である。大地の里と呼ばれる場所に大きな集落を構え、酒と物造り――それも建造物の類をこよなく愛し、精霊の中では唯一人間と親交が深い。有能な戦士としての性質が本来のノームだが、交易の関係で商人として人間の前に現れることが多いため、人間の多くは彼らに職人のイメージを持っている。

 武器や防具などの戦闘ものから、装飾品や日用品に至るまで、ノームの手がける品々は人々の生活に深く浸透していた。また彼らの匠と呼ばれる者たちが手がけた作品は、芸術品としての価値を持ち、非常に高価な値が付けられていた。

 そして人間とノームの友好関係の証明のため、年に一回だけ使節を互いに送りあっているのだ。この使節とは友好関係の証明はもちろんだが、商品の価格の調整や、シュレイグ王国からの依頼の申請なども目的に含まれている。


 ロイドは任務の詳細を滑らかに説明してゆく。

 そんな中で、何にしても初任務には変わりはない――そう思えるようになり、ゼクスの心は徐々に高ぶっていった。


「――というわけですので、よろしくお願いいたします。出発は明朝です。任務は少々長旅になるので、明日は一日かけて十分に休息を取り、準備をしておいてくださいね。この任務を成功させれば、我々の評価はウナギのぼり間違いなし。出世街道まっしぐらです! 皆さん、張り切っていきましょう!」


 ゼクスたちは同時に頷いた。


「では最後に何か質問はありますか?」

「はい! はいはいはーい!」


 ゼクスが勢いよく手を上げる。


「はい、ゼクシードさん」

「あのー、どうして俺たちだけ任務なんですか? 他のみんなは?」

「ええとそれはですね。この任務は元々少数精鋭によるものなのです。あまり目立たせたくないのでしょう。いくら新設だからといって、今年だけ大人数にするわけにもいきませんから、ラファエル様が選抜したこの3人で行くのですよ。重要ですが、それほど危険な任務でもありませんしね」

「へぇ~、なんかいいな。少数精鋭かぁ~」


 都合のいいところのみを抜粋。


「貴方はオマケね」


 すかさずツッコまれる。


「何だとぉーアリス!」

「ふんっ」


 顔をプイッと背かれた。


「まぁまぁ、お二人とも。それでもう質問はないですか?」

「はいっ!」

「どうぞ」

「あのー、マンガとかって何冊までですか?」

「は? マンガ、ですか……?」

「はい! だって長旅になるなら、暇つぶしは必要だと……」


 真剣に訊いてくるゼクスに、ロイドは困った顔になる。


「さぁ……。任務にマンガを持っていくなんて初耳ですので、なんと言えばいいのやら。では明日までに聴いておきますので、後ほど連絡いたします」

「団長、コイツの言うことなどまともに答える必要なんてありませんよ」


 呆れてアリス。心底どうでも良さそうな顔をしている。


「えー、なんでだよ? お前は何か持ってかないのかよ、マンガ」

「持っていくわけないでしょ! 大体なんでマンガなんてものが任務に必要なの? いらないでしょうが」


 ゼクスには何故に、アリスがいらないなどと言えるのかが、全く理解できなかった。マンガは今のシュレイグ王国で最も流行しているもので。皆が読み、楽しんでいる。そして待ち時間などの暇つぶしにはもってこいで、長旅になればそういった機会も増えると思ったのだ。


「ゼクス……貴方絶対に任務を遠足かなんかと勘違いしているでしょ……」


 アリスは呆れを通り越し、もういいやと諦めた表情でゼクスを見つめた。


「他にご質問は? なければこれで終了いたしますが……」

「いいですっ!」

「了解しました」


 ゼクスはバッと立ち上がると、敬礼をした。隣のアリスはゆっくりと立ち上がって、未だにゼクスをチラチラ見ている。


「よっしゃ! 初任務かぁ~。いっちょやってやるぜっ!」

「張り切るのは勝手だけど、あまり調子に乗って騎士団の名誉を汚したり、私の迷惑になったりしないでよ」

「誰がそんなヘマするかっての! 大体俺はだな――って、聞けよ! おい、待てって!」


 ゼクスを残し、とっとと部屋を出てゆくアリス。


「可愛くねぇー!」



 その後、ロイドと一緒に夕食を済ませ、ゼクスは部屋に戻った。

 そしてベッドで寝転がりながら初任務のことを考えると、自然と笑みがこぼれてくるのだった。


「なんだぁゼクス、ニヤニヤして。何か良いことでもあったのか?」

「あ、やっぱ分かる?」


 ゼクスは初任務のことをアランに言って聞かせた。もちろん得意げな表情で。


「ほぉー、それはすごいな。きっと期待されてるんだな」


 大仰に頷くアラン。


「でしょでしょ! 俺ってめっちゃ期待されちゃってるよねっ!」

「いや、お前じゃなくて。アリスティア様な」

「へ? 何で?」


 すごく間抜けな顔つきになるゼクス。心底意外そうだ。


「あの方は聖女(マリア・ステラ)の名家――ローゼンバーグ家の次期当主だからな。それにあの方自身、類まれな才覚をお持ちだとか。けっこう有名な話だぞ。毎日顔合わせてお前が知らんて、どういうことだよ」

「けっ、そんなこと知らないね。あのチンチクリンのアリスがそんなに偉いわけ」

「このバカ野郎っ! 聖女(マリア・ステラ)は団に所属された時点で、団長の地位なんだぞ! ほんっとに礼儀ってもんがなってねぇな、お前は」

「ところでアランはこの任務受けたことあんの?」

「ああ、もちろん。2回ほどやったことがある」


 ゼクスの会話は強引な展開だったが、アランは気にせず、どこか懐かしそうに笑った。


「ふーん。で、どう?」

「どうって、もちろん完璧にこなしたに決まってんだろ」

「じゃ、俺にとっても楽勝ってことだな」

「はっはっはぁーって、どういう意味だっ!」


 アランは豪快に笑い飛ばしながら、ゼクスの脳天に拳骨を落とした。


「まぁ、どんなわけでお前さんが選ばれたかは知らねぇーが、せいぜい頑張るこったな」

「もちよ。それに選ばれたのは、俺が優秀だからに決まってんじゃん」

「へっ、補欠合格がよく言うぜ」

「うっせーな! 補欠でもおケツでも合格は合格だ。もうちょっと後輩に優しくしろよ」


 苦笑しているアランに反抗する。それでもアランは笑っているだけだった。


「とにかく俺の実力が国中に知れ渡る日が来るってわけだ! ゼクシード英雄譚の輝きし1ページ目ってことだな。うん」

「おっ、ゼクス。譚だなんて、難しい言葉よく知ってたな。俺はてっきりお前の頭は5歳並かと思ってた」

「うるっせーぞ! そんな性格だから彼女ができねぇーんだよ! あとハゲだし」

「ハゲは関係ねぇ! ていうか俺の頭を見て、眩しそうに目を細めんなっ!」


 くだらないことを言い合う二人。


「まぁ、張り切るのは勝手だが、あまり調子に乗って、騎士団の名誉を汚すようなことだけはするなよ」

「だからなんでそうなるんだよ!」


 アリスから言われたことと同じようなことを言われ、ゼクスは「ハゲ!」、「ハゲ!」、と連呼しまくるのだった。

 それに対してアランも「ハゲじゃねぇ!」、「ハゲじゃねぇ!」言い張るので、二人の言い争いは深夜まで続き、他の部屋から苦情が来たとさ。



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