⑥夕暮れのご帰還
今回は走らず、アググ・リシュケ大賞用の小説の事と、趣味で書いている『ヘドロを喰らう』の事を頭の中で推敲しながらトボトボと帰宅した。
夕暮れの町並みを目に染みさせつつ、ちんたらと歩く。「お? 走らないの?」と惣菜屋の気さくな親父に声をかけられたので、ふにゃりと微笑みながら会釈する。ここのオヤジの唐揚げは絶品である。
帰宅すると、ギンが食べ残していった夕食に蚊帳を小さくしたような布製の小型ドームがかぶせてあった。簡易な、ホコリ避け・虫除け道具。
父親とフォンおばさんは不在だった。まぁありえないだろうが、デートでもしてたら笑う。
ギンは、リビングの机の隅に寄せた自身の書きかけの原稿や積み本の前に着席した。そういえば、昨日も魔物討伐に奔走して「あぁ、今日もそんな書けなかったなぁ」と自身の遅筆さに後悔をして、薄闇の中でボンヤリと着席した事を思い出した。デジャヴ。
「呼ばれても、勘付いてもシカトして執筆してればいいじゃない」と人から言われたことはあるが、自身で思ったことはない。腰を悪くした父親の代わりに魔物退治する事は、息子として当然だと思っているし、そんな自分を誇りもする。自分が殺った方が早いし。その方がみんなが喜ぶ、救われる。
が、ため息くらいはつかせてほしいとは思う。
壁に立てかけた長剣……と、その下の積み本に目をやる。嫌いなものと好きなものを混在させちゃ駄目だな、と思った。本を見て踊った心が、剣を見てしなびる。
親譲りの運動神経だの魔力だのな才能など、ほしくなかった。誤字脱字誤用にすぐ気がつけたり、速読力……上手い言い回しや類語がぽんぽん思い出せる、そんな文系な才能が欲しかったなと思う。
──いや、才能がないのなら努力すればいいだけの話なだけなのだが。「忙しい・疲れた」というものは言い訳に過ぎない。きっと、世の中には独り暮らしで家事炊事を全部やって創作活動をしている者もいるだろう、何かしらの邪魔・障害と戦いながらの人もいるだろう。
その点、自分は若いし、母親はいないが父親はいる。飯を出してくれる。文系な生き方を別に否定されていない。アマチュアなプロ志望なので熱烈なファンなど当然いないが、ゆるりと作品を楽しみに、応援してくれる人もいる。恵まれた環境の創作者だろう。
アググ賞に向けての小説を書こうとペンを握るも、さすがのギンも体力・精神面でも疲弊していたのでペンを置く。
「(………今日買ったアググ本を読んで、寝ようかな)」
ギンは、しょぼくれた顔で今日買った本を手に取った。その際「俺が遅筆で時間作るの下手なせいで、読まずに積んじゃってごめんねぇ……」と、すぐ横の積み本を撫でながら呟く。インプットとアウトプットの時間配分の塩梅が難しい。どちらもバランスよくやれないものか、と。
「──ギン!!!!」
玄関の方から、夕暮れのおセンチな静けさをブチ壊すかの如く、父親の元気な声が響く。そのまま、こちらまで向かってくる溌剌とした足音がする。
「なっ、何?! また魔物が出た?!」
慌てて、すぐそばの長剣を手に取るために立ち上がろうとすると、現れた父親と目が合った。
姿を表した父親は、なんと肩の上に木箱を担いでいた。町の人から食料でもいただいたのだろう、根菜の葉が箱からはみ出ている……イコール、結構な重さのはずだ。
「おいおい、親父! そんなもん肩に担いで大丈夫かよ……」
「ギン」
父親が、年甲斐もなく妙に若々しく輝く澄んだ瞳をキリッとさせてギンを見る。ギンが「ガンつけてんのか?」と、他者から疎まれるくらい相手を真っ直ぐ見るのは、この父親譲りであろう。
「父さん、腰治ったから! もう魔物退治しなくていいぞ!! お前は執筆に集中しろ!」
そう得意げに笑いながら、ガッツポーズをしてくる父親にギンは面食らった。
「……へ?」
しかし、何かと「腰いてぇ腰いてぇ」と行動不能になる父親が、昔のように軽々と重そうな木箱を担げてるのは事実で。
1話・了。
2話目は、コミカライズ1話が終わり次第の着手か……通勤中の暇な時間がたくさんあったらで。