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【小説版】勇者にはほしい才能がある  作者: 東龍ベコス
第1話・直行直帰の小説家志望
3/8

①メモしとけ・腰痛・りんご

 町人は、一人の少年の軽やかな動きに見とれていた。


 どこからともなく上空から無駄に縦に二回転して現れたかと思いきや、そのまま足腰をブレさせることなく華麗に着地し、低い姿勢のまま魔物の方に突撃するように斬撃をくらわせる……あとは、速すぎて凡人な中年の目では追えなかった。


 凡人である町人らが、ぬたぬたとしたゼリー状の魔物の襲来に怯え、逃げ惑う最中に少年は一切の躊躇なく魔物に飛びかかっていき、魔物の討伐をしてくれていた。


 以前に「あのゼリー状の魔物……スライムって剣で切れるの?」と訊いたら「え? あいつら、体のどこかしらに“切れ込み線”があるじゃないですか。ソコを切れば一発ですよ……見えないんですか?」と、逆に驚かれた。


「何それ、どこにあるの……?」と、他の町人にもそんなものが見えるかどうか訊いたが、自分と同じように「何それ、そんなのどこにあるの……?」と返された。


 そう、少年は“我々”とは違うのである。戦闘の才能があるのだ。



「……っシャア! 終わりっ!」

 その、才能ある160cmほどの若き少年が、叫びながら犬型の魔物の腹を突き刺し、蹴り飛ばす。魔物は近くの大木に勢い良く叩きつけられた。大木の太い幹がへしゃげ、魔物の血がこびりつく。本人は軽く蹴飛ばしているつもりらしいが、では、その大木への凄まじい激突音は何なのか。


 少年は、町人らの拍手喝采と賞賛を浴びた。

 ふぅ、と呼吸を整えた少年に対して「ギン君、ありがとう! さすがだわぁ……!」と声をかけると、ギンと呼ばれた少年はニカッと笑いながら、謎の決めポーズをした。


 戦闘中は眼光鋭く、眉間に皺を寄せ、恐ろしい顔をしている少年だったが、平常時は何ともハキハキと明るく可愛らしく「孫として、こんな生き物がほしいなぁ」と町のジジババらから愛されているような若人だった。ゆるっとした七分袖のシャツ、着古して鮮やかな青みが飛んでしまっているオーバーオールも、これまた『孫感』があった。


 風に揺れるほど左右の前髪が長いが、中央にきれいな額が広がっているので、さほど陰気な感じはしない。むしろ、前髪・ハネッ毛すらもイキイキと躍動しているような造形をしていた。


「どうだい? これから、お礼に食事でも……」

「いえ! やる事あるんで、すぐ帰ります!」


 魔物の片付けは相変わらずお任せします、すみません、と少年は元気に爆速で帰宅した。

 先程まで結構、魔物相手に飛んだり斬ったりはねたり殴ったりしていたというのに「その疲れはないのか?」と、いうほどに爆速で走っていった少年──ギン・ユルシャを凡人らは温かく見送った。


「申し訳ないなぁ……いつも呼び出してしまって」

「ギン君のやりたい事、邪魔したくないんだけどねぇ……」

 町人らが、申し訳なさそうに呟く。




 結構な数の魔物を倒したばかりのはずの当のギンは、家までの最短ルートを駆けた。


 柵を越え、壁を軽々と登り、商店街を駆け抜け、自宅まで直行直帰した。ほぼ毎日その速さで町中を走っているのだから、そりゃあ嫌でも『町の有名人』にはなる。


 ギンの自宅はさほど大きくも小さくもない。こじんまりとした家であったが、父親と二人暮らしの身分ではこの大きさで充分だった。ちょっとした畑で、ちょっとした野菜を栽培して、それを食べたり人様に譲ったりして生計を立て……てはいなかった。そんな、素人趣味で作った野菜で生計を立ててはいない。また、別の事で金を得て、生活をしていた。

 

 力強く玄関のドアを開け、軽く息を弾ませながら自宅に入る。窓からの太陽光に照らされた、リビングの机に静かに着席する。その反動で、落ち着いていたホコリが舞う。


 その机の上は、書きかけや未使用の原稿用紙が散乱していたり積まれていた。そのそばには、これまた様々な本が積まれていたが、原稿用紙ほど雑には積まれていない。

 ギンは自身の書いた原稿は若干、粗末に扱ってしまう癖があったが、人様の書いた物語の集大成──『本』だけは適度に大事に扱う。作家が悩み苦しみ、生み出した作品の塊『本』というものは、ギンにとって友達であり先生であり、畏怖すべきものであった。


 自室で執筆作業をすればいいものを、何故にリビングに持ち込んでやるかというと……自室で書いていると、そばにベッドがあるせいで、執筆が難航したらすぐ不貞腐れて横になり、そのまま寝てしまうからである。


 全速力で走ってきたにも関わらず、既に呼吸を落ち着かせているギンは、机上の書きかけの原稿用紙を大きい目を細めながら見つめた。


「この後のセリフ……何を言わせようとしていたんだっけ………?」


 複雑な顔をしながら、ポツリと呟く。

 ギンは『やたらと助けを拒む意地っ張りヒロインに対して、主人公が屁理屈を言って相手を納得させようとするセリフ』……を思いついたところで、自宅のドアを勢い良く開けられ「ギン君、ごめん!! 魔物が出たから助けてくれ!」と呼び出され、思いついたものをメモしないまま、剣を持って現場に急行してしまった。


 何かイイ感じの『ひねくれたカッコイイ言い回し』を思いついたはずだったのだが、その直後に全速力で走り、ひとバトルしてきたのだから、そりゃあ思い付いた言葉の欠片なぞ──とうに忘れている。


 行く前にメモをしていけばよかった、とギンは心底後悔した。何回か、こういう事はあったのに喉元過ぎれば熱さを忘れる……後悔が身についていなかった。

 自分にとって『最高だと思えた名台詞』……なはずのセリフを記憶から引きずり出そうと、しばらく頑張って思い出そうとするが、何も出ない。


 そういう時、ギンは「あぁ。才能がある人なら、たとえ邪魔が入ろうとも思いついたセリフを忘れないだろうに。もしくは、忘れてもすぐ思い出すだろうに」と自身の出来の悪さを呪う。いや、そもそもちゃんとした人なら、メモをしっかり取ってから出かけるものだろう。才能うんぬん関係なく、ただ己がマヌケなだけである、と嘆いた。


 たくみな身のこなし・魔物に単身、乗り込んでいく勇気や剣の扱いという運動神経の才能なぞいらないから、それよか『そういう細かい後悔をしないような才能(?)』、『誤字脱字にすぐ気がつける文才』がほしかった。


 と、ギンが眉間にシワを寄せながら難しい顔をしていると、玄関方向から「おぉい。町の人からお礼として、リンゴもらったぞぉ」と呑気な野太い声がした。父親が帰ってきたようである。


「えぇ? マジィ?」

 ギンが魔物を倒す度に、ありがたい事に町人からこういった差し入れを毎回いただく。野菜・果物……ギンの為に、本を譲ってくれる人もいる。


 淀んだ気持ちの切り替えがてら、父親を出迎えようと玄関に向かったギンは悲鳴をあげた。180cm程の大男──父親が、玄関でうつ伏せに倒れていた。


 腕を前方に伸ばし、りんごをこぼさないように紙袋を直立させ、自身も真っ直ぐとした姿勢で倒れている。バタリ、と唐突に倒れた形……と見るには、違和感がある。ゆっくり、ゆっくりと膝を折りながら少しずつ、この形に倒れていったと思われた。


「親父ぃ!」ギンはそう悲痛に叫んだが、父親がそうなっていた理由はわかっていた。


「…………腰が痛い」

「急に?!」

「ドアを開けたら、ビキッた……」

 顔も上げず、床に伏せたまま父親が呟く。


 ギンの父親、キン・ユルシャは酷い腰痛持ちである。ふとした事で、その腰の爆弾は炸裂する。そして、そのまま身動きが取れなくなる。


「あぁ、もう! 大丈夫かよ?! 立てる?」

「……ムリ、無理無理。動かさないでくれやめてくれ頼むから」


 特段、わざわざ運動などはしていないが、過去の筋骨隆々の様が未だに体に残ったままの父親の体重は、だいぶ重い。ギンが頑張ればそんな父親を動かせるが、余程の非常時でもない限りはご遠慮願いたかったので、その申し出は実はありがたかった。


「アップルパイを作ってやりたかったのだが……すまない……」

「とりあえず、りんご貰っとくぜ……?」

「あぁ、頼む……」


 突っ伏したまま動かない父親の手から、とりあえず”りんごの入った紙袋”を受け取り、ダイニングテーブルの上に置いた瞬間──玄関のドアが勢い良く開けられた。


「おぉい、ギン君助けてくれ! 魔物が町の船着き場に……ぉ、おおお?!」


 ドアを開けたすぐ下に、結構な図体の大男が足元で真っ直ぐに倒れている様を見て、町人──ニコ・ティバコは面食らう。


「……う、ぉおお?!」


 自分の話を聞いた瞬間に、すぐさまそばにあった長剣を持って自分の横を爆速で走り抜け、外に向かったギンの行動の速さにも驚く。ニコはユルシャ家にお邪魔して、わずか3秒で2回悲鳴をあげた。


「ギン君、行動がはえぇよ……」

 凡人である町人・ニコが感心する。その後、足元の腰痛持ちの哀れなデカイおっさんをチラリと見る。


「立てそう?」

「……ムリ」


 若さと体力とパワーのあるギンが立たせようとしない大男を、一介の町人であるニコおじさんなら尚の事、持ち上げたりして立ち上がらせる事など無理である。


「せめて、肩は貸すぜ。立てよ……」


「すまない」と、キンは自力で少し起き上がり、ニコの肩に捕まって更に起き上がろうとする。が、細身なニコの肩……も、ニコ自身もキンの重みで悲鳴をあげた。少しは遠慮がちに体重をかけるのが普通だろうに、キンは“普通”ではなかった。だいぶ、うっかりさんだった。


 己より、遥かに痩せ型であるニコの肩に、あろう事か全体重をかけたのだ。

 ユルシャ家と関わって以来、ニコは驚かされたり悲鳴をあげさせられたりする事ばかりだった。

 

 

 

 

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