決別のお手紙
家に戻った私は、今後の身の振り方を考えていた。
ぼうっと机に頬杖をつきながら、窓の外を見つめる。ピチピチ、と遠くで鳥の鳴く声が聞こえてきた。
テール様は、共に人生を歩むパートナーではない。少なくとも、私はそうしたい、とは思わなかった。
ならば、どうするか。
(お父様に相談して、婚約を解消してもらう?)
そうしたところで、王女殿下の意向を汲んだ王家がいいようにするだけだ。
エリザベス王女殿下はなかなか悪どい女性だ。婚約破棄後、すぐテール様と婚約を結び直すのは、ふつうに考えて体裁が悪い。
傅かれるのが大好きな王女様が、他人に批判されるなど耐えられるとは思えない。
で、あれば。
『ファルナー伯爵令嬢はトリアム侯爵令息とエリザベス王女殿下の仲を引き裂いた悪女』
(……みたいな噂流されたら嫌だなぁ)
考えすぎかもしれないが、こういうことは慎重すぎるくらいが良いのだ。
楽観視して痛い目を見るよりは、ずっとマシ。
窓の外には、鮮やかな青が広がっている。私はそれを見つめながら、思考を整理していく。
「……婚約破棄したところで、エリザベス王女殿下とテール様と関わらずに生きるのは、無理だものねー」
狭い社会だ。アーロアにいる限り、テール様はともかく、エリザベス王女殿下と関わらずに生きるのは、無理に等しい。
なにせ、相手は王族だ。
それに、婚約破棄をした、その後は?
貴族の娘である以上、私はまた誰かと婚約を結ぶことになるだろう。
だけど私と同じように、同世代の男性は殆どが売約済み。めぼしい相手は狩られているに決まっている。
探せば、次の婚約者も見つかるだろうが、間違いなく曰く付き。この年齢で婚約していないのは、それなりのわけがあるはずなのだ。
贅沢かもしれないが、夫となるひとは、私と年齢が近くあって欲しい。
十も二十も年上の貴族──かなりの確率で後妻だろう。……気が進まない。
ほかにも夫に望むことはある。
顔の美醜は問わないから、私を対等な相手だと認めてほしい。真摯に向き合って、ちゃんと私の話を聞いてくれるひと。私を、ひとりの人間として認めてくれるひと。
(前世だったらなー!そんなに難しい条件じゃないんだけど……)
しかし、ここはアーロア国だ。
私が貴族令嬢であることを踏まえても、高望みしているといわれても仕方ない。
テール様と婚約破棄をすれば、私はいわゆる傷モノ女だ。
私という娘の市場価値は、グッと下がる。
婚約を破棄され、王女に婚約者を取られた哀れな女と、周囲は見ることだろう。
腫れ物のように扱われるか、あからさまに見下されるか……どちらも遠慮願いたいところだ。
答えは、既に決めていた。
テール様とお茶会をしたあの日に、私は選択したのだ。
(私も、いい大人……だったもの)
過去の話だが、社会人としての経験と記憶があったから。
一度はテール様の話を聞こうと思った。
ムカつくからといっていちいち相手を拒絶していれば、社会人生活など簡単に立ち行かなくなる。
腹が立っても、一度は相手の話を聞くべきだ。
その結果、もしかしたらお互いの思い違いや勘違い、といった可能性もあるのだから。
一方的なのは大人気ないし、あまり褒められた行動でもないだろう。
だけどそれは大前提として、相手も私と同じ常識がなければ話し合いも意味が無い。
……ということを、後から気がついた。
テール様って、前の世界なら大学二年生?
だとしてもあの態度はないでしょうよ。
居酒屋でバイトしているこの方がよっぽどしっかりしている。
生きる世界が違えば常識も違う。
そもそもこの国は、前世の社会では考えられないほどの絶対王政だ。
王族を支え、彼らの傲慢な行動も誇りに思ってしまうような、そんな国民性を持った国なのだ。
生まれ持った価値観が違うのだから、比較しても仕方ない。
分かってはいるけれど。
……多分私は、テール様が敵か味方か、知りたかったんだ。確かめた結果、彼は私の味方にはなり得なかった。
私は、ひととおり考えをまとめると、気合を入れるようにちいさく呟いた。
「……よしっ」
まずは、手紙だ。
テール様にはお得意のドタキャンをされるかもしれないから、そうは出来ないように先手を打っておく。
もししたとしても、私はそんなに困らない。困るのは彼の方だ。
この行動を取った時のファルナー家への影響とか、トリアム侯爵家への迷惑とか、頭の片隅を過ぎったけれどそのためにこれ以上の理不尽を許容することはできなかった。
エリザベス王女殿下の気持ちも聞いた。
テール様と話もした。
その上で、私は答えを出した。
テール様と顔を合わせるまで。
あのお茶会の日まで、少し、ほんの少しだけ──迷ってもいた。
だけど、その僅かな迷いすら吹っ切れたのだから、ある意味彼には感謝しかない。
「出だしは……そうね」
先日交わした、植物園への誘いを思い出す。
……まずは、『約束を果たせず申し訳ありません』からかな。
そう思いながら、私は羽根ペンを手に取った。




