王女殿下との結婚、考えてください
彼は私を見ると、眉を寄せた。
不機嫌そうだ。
どちらかというと、不機嫌になりたいのは私の方だった。何回ドタキャンされ、何回お茶会を断られたと思っているんだ。
彼は面倒そうに、私の対面に腰掛けた。
そのまま、テーブルに頬杖をついてちらりと私を見る。涼し気な流し目だ。
流石、近衛一のプレイボーイと言われるだけある。無造作な仕草だというのに、意図したかのような色っぽさがある。
彼は、長い銀の髪を巻き込むようにして腕をついて私を見ていた。
「……で?」
で、とは。
反応を見せない私に焦れたのか、彼が心底面倒そうなため息を吐く。
「今日は何の用なの?あれだけしつこくしてきたんだから、何か用件があるんじゃないの?」
まさか、ないとは言わないよね?とでも言わんばかりの態度だ。
なければ婚約者を呼び出してはいけないのか。婚約者に顔を合わせる時間すら設けてくれないっていうのか。
……そんなに仕事が大好きですか!!
私は咳払いをすると、本題に入ることにした。
もともと、婚約者としての時間を持つために呼び出したのではない。
「王女殿下のことでお話があります」
王女殿下、という言葉に、彼の端正な眉がぴくりと反応した。
彼がなにか言おうと口を開くより先に、先手を打って私は言った。
「王女殿下に、あなたとの婚約を破棄しろと命じられました。殿下は、あなたと愛し合っているから……と。真実ですか?」
私の言葉に、テール様の顔が嫌そうに歪められていく。そして、ため息交じりに彼は乱暴に頭を掻いた。くしゃり、と銀の髪が乱される。
「あのさぁ……。殿下にも言われたんだけど。……きみ、彼女となにか揉めた?」
彼は、私の問いに答えなかった。
彼の言葉に、エリザベス王女殿下は宣言通りに彼に言ったのだろう。
テール様はとても面倒そうに私を見た。厄介事を見る目だ。
「きみは僕の婚約者なんだからさ、もっと王女殿下とも仲良くやって欲しいんだけど」
「…………」
私は、しばらく停止した。
そして、ようやく彼の言葉を理解する。
(は、はぁああ!?)
今、なんて言ったのこのひと!!
僕の婚約者だから、王女と仲良くしろ、ですって!?あなたが原因で、喧嘩売られてるんだけどこっちは!!
私はいらいらしてテール様を見た。
どうしてこの男はなにも分かっていないのだろう。
私が王女殿下に嫌味を言われるのは、彼女がテール様に想いを寄せているからだというのに。
私が彼の婚約者である以上、王女殿下とは仲良くなどできないのだろう。
苛立ちを隠さないまま、私は彼に素っ気なく言った。
「王女殿下があなたを好きである以上、それは無理だと思います」
「好きじゃないよ。あれは、憧れみたいなものでしょ」
テール様は決めつけたかのように言う。
その様子に、私はますます苛立った。
「どうしてそう言い切れるのですか?殿下にそう言われました?」
「……言われてないけど。でも、彼女の気持ちは年上の……従兄弟とか、年の離れた兄に向けるものに近いんじゃない?少なくとも僕は、彼女に恋情があるとは思えないけどなぁ」
何を持ってそう言い切れるのか。
彼女はあんなにも私を敵視しているというのに。
あれが、憧れなわけがない。
あれは完全なる嫉妬だ。
見ている私の方が灼かれてしまいそうな、激しい色の瞳。
あれが嫉妬でないなら何なんだ。
ガチ恋のブラコンでもあるまいし、憧れのひとの婚約者に向ける視線じゃないでしょう、あれ。
私は、王女殿下の気持ちに全く気づいていなさそうなテール様に呆れ果てていた。
近衛一のプレイボーイのくせに、本気でそんなことを思っているのか。
いや、テール様は軽薄そうな見た目とは裏腹に、女遊びは一切していない……はずだ。
少なくとも、私は彼のその手の噂を聞いたことがない。
それはつまり、彼の恋愛経験値が低いことを意味している。
(ま、まさかこのひと……本気で??)
え、本気で、本当の本心から、王女殿下は自分に恋してない、と思っているの?……マジで?
前世、よく使っていた言葉がうっかり飛び出してしまうほどに、私は困惑していた。
まさか、四歳年上の、大人びてかっこいいと思っていた婚約者がこんなにもアホ──もとい、ポンコツだったなんて。
私は頭が痛くなる思いだった。
絶句する私をよそに、テール様は弄ぶようにティーカップを持ち上げ、紅茶を口にしていた。
既に、話は終わりだと言わんばかりの空気を感じる。
だけど待って欲しい。
私はまだこの話を終わらせる気は無いし、そもそもまだ終わってないです。
「王女殿下は、本気ですよ。ほんとうに、あなたに恋をしているんです」
「だから、それが間違いなんだって。というか、きみ、それこそ彼女から聞いたの?本気で、僕に恋してる、って?」
「愛し合っている、と彼女は言ってましたわ」
「子供の、よくある強がりでしょ」
子供、ってねー!!
エリザベス王女殿下と私は、同い年なんだけど!?
私は怒りを噛み殺すために息を細く吐いた。
呼吸を整えてから、顔を上げる。
テール様は変わらず面倒そうに私を見ている。
良く、わかった。
彼は、私のことも、エリザベス王女殿下のことも、子供だと思っているのだ。
二十一歳から見たら、十七歳はたしかに子供に見えるのかもしれない。
だけど、私は一応あなたの婚約者なのだけど?
そして、いずれは夫婦となるのだ。
対等な関係でないと、やってはいけない。
私は真っ直ぐに彼を見つめて尋ねた。
「では、もし王女殿下があなたとの婚約を……結婚を望んだら、どうしますか?」




