いただきます
※詳細な描写はありませんが食料調達のため鳥を捌くシーンがあります
(テオに出会えて感謝だわ……)
テオがいなかったら、ファーレの魔法契約もできなかったわけだし。
私は偶然の縁、というものに感謝していた。神様に感謝である。そっと手を合わせていると、その時、がさり、と枝葉が擦れる音が聞こえた。振り返ると、そこにはファーレがいた。
彼の手には、足を掴まれた鳥が。本日の食料である。
「火、熾せたんですね」
「任せて。何回かしくじったけどこのとおりよ」
「はー……たくましー」
気のない返事をしながら、ファーレは私の隣に腰を下ろした。私は、彼が持つ鳥をおずおずと見る。鳥は、もう絶命しているようだった。私の視線に気がついたファーレが「ああ」と気がついたように言った。
「すみません、捌いてから持ってきた方が良かったですね」
「えっ?」
「戻ってきてばっかで申し訳ないんですけど、少し外します」
そう言って、ファーレは腰をあげようとした。
私はとっさに彼の服の裾を掴んでいた。
掴んでから、ハッと我に返る。案の定、ファーレも不思議そうに私を見ていた。
「ご令嬢?」
「だからご令嬢はやめてって……。…………」
私はじっと黙り込んだ。
ほんとうは、鳥を捌くところなんて見たくない。当然だ。命を殺める。それはひどく残酷だし、可哀想なことだと思う。
だけど──命をいただく、とはそういうこと。
私は、貴族をやめたのだから。
ここで、ファーレにすべてを任せていたら何も変わらない。
貴族だったら、ただ座っていれば待っていれば調理済みの料理が運ばれてきた。絞められたばかりの鳥を目にすることもなかっただろう。だけど、今の私は平民だから。
平民で、もし私がどこかの村に生まれていたら。動物を捌いていただくことも、当然だったはず。
貴族をやめた以上、責務も果たさないのに権利だけを受容することは、許されない。許してはならない、と思う。
私は、細く息を吐いた。
そして、ぎゅ、とファーレの服の裾を掴む手に力を込めた。
「……ここで、して」
「いいんですか?」
探るように、言葉の意味を図るようにファーレが尋ねる。私は彼を見上げて、笑ってみせた。強がりにしか見えないだろうが、それでもいい。
今から私は、この子の命をいただくのだ。私が生きるために。
ファーレはふたたび腰を下ろしたが、私を気にしているようだ。私は、彼の視線を感じながらもまつ毛を伏せた。そのまま、そっと手を合わせる。
ただの自己満足だけど──命をいただくのだから。そのことに感謝しながら、数秒間目を閉じた。
それからパッとまつ毛を持ち上げてファーレを見る。彼は、戸惑っているようだった。それもそうだろう。
食事の前に【いただきます】と手を合わせるとは前の世の常識で、今の世界──アーロアでは少し違う。アーロアの食事の作法は、食事の前に十字を切り、『本日も健やかに過ごすことができました』と王家や神に報告し感謝する、というもの。
だけど今、私は王家や神の感謝より、いただく命に気持ちを伝えたいと思った。
それから私は、ファーレの隣に座って彼の手元を見ていた。途中、何度か戻しそうになってしまったが、なんとか口元を抑えて耐えた。
そうこうしているうちに処理は終わり、ファーレは鳥肉に塩をかけると葉に巻いた。
そして、火に当てて焼く。
テオはまだ戻らない。私とファーレは、鳥肉が焼けるのを黙って見つめていたが、ふと彼が口を開いた。
「……どうしてこんなことを?」
こんなこと──それは、鳥の処理のことを言っているのだろう。私は、ぱちぱちと鳥肉が焼ける音を聞きながら、静かに答えた。
「私は、ただのエレインとして生きていくの。……目を逸らしては、いけない、と思ったのよ」
私の言葉に、ファーレは少し考え込んだ様子だった。それから、また彼は静かに話し出す。
「……そこまでする必要、ありますかね。平民のお嬢さんだって、鳥獣を平気で捌けるひとは案外少ない」
「そうだとしても。私は……しなければならない、と思ったから。今は見てるだけしかできなかったけど、次は私がやるわ。……ファーレ、やり方を教えてくれる?」
ファーレを見て尋ねると、彼は困ったように眉を寄せていた。だけどすぐに、ため息を吐く。
「……殿下が知ったら、大目玉ですね。俺が」
「私はもう戻らないもの。殿下と結婚することはないから、あなたが怒られることもないわ」
「そうですか。……少し、ご令嬢のことを見くびっていました」
ぷん、と肉の焼ける匂いがする。それは、前の世界でよく嗅いだもの。アーロアに産まれてからは、調理済みのお肉しか目にしたことがなかったから、この肉の焼ける匂いもずいぶんと久しぶりだった。
私は木の棒でつんつん、と葉に巻かれた鳥肉をつついた。脂の乗った鳥肉は、うっかりすると丸焦げになってしまう。火加減が難しいのだ。
私は、ゆらゆらと揺れる炎から暖を取りながら、はぁ、と息を吐いた。
白い息が空気に溶けた。
「あなたが私をどう思っているのかはわからない。……でも、私はもっと強くならないと。ひとりでも、生きていけるくらいに」
魔法に頼りきっていた私が、魔法なしでも生きていけるように、知恵と強さを身につけなければ。今夜は、その一歩に過ぎない。
テオが戻るまでの間、私とファーレはぽつりぽつりと他愛のない話をした。
ついでに、食用の植物の見分け方も彼に聞いておく。
しかし、口頭の説明だけでは想像が難しかった。まだまだ、食べられる草を見分けるのは難しそうだ。
2024/10/14-誤字報告、感想でのご指摘ありがとうございました。本文修正しました。




