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王女殿下のお願いごと

『先日はテールを独占してしまってごめんなさい。謝罪のため、ファルナー伯爵家に伺いたいの。ご都合のいい日にちを教えてくださる?』


どうしてどいつもこいつも……。

私に送られてくる文章が一方的!なのよ!


私の返事を聞きなさいよ!

どうして会うことが既に決定しているかのような文面なの!さすが王族ね!


私は理不尽な苛立ちをぶつけるように乱暴に手紙を折り畳んだ。ペーパーナイフを差し出した執事が、伺うように私を見てくる。

いつも手紙を運ぶのは、メイドの役割だが今回は相手が王族だから執事が運んできたのだろう。

お父様も既に、王女殿下からお手紙があったと報告を受けているはず。

私は、重たい腰を上げた。


「……書斎に向かいます。お父様に報告しなければ」


エリザベス王女殿下の言葉を退けることはできない。

断る理由もないからだ。

断れば、角が立つ。


(テールを独占してしまって……ねぇ)


この分だと、先日のお茶会は意図的に邪魔された、と見るべきだろう。テール様はそれに気がついているのか、いないのか。

どちらにせよ、もう少し婚約者に気を遣うべきだ。親しき仲にも礼儀あり、って言葉を知らないのだろうか。知らないのだろうな、と思う。だって、日本のことわざだし。


私たちは、十二年の付き合いだ。

付き合いが長いと気遣いは無くなり、対応がずさんになる……ということはよくあることかもしれない。

だけど私たちは友達などではなく、婚約者なのだ。婚約者、という関係でこれはいただけない。


お父様の書斎に向かい、報告をする。

王女殿下の日程と調整し、彼女の来訪は翌週と決定した。

そもそも、お体の弱いエリザベス王女殿下はあまり公務を行っていない。予定などあってないものだ。

そのため、主に私の予定に合わせて日程は取り決められた。


翌週、約束の日を迎えると、エリザベス王女殿下が優雅な身のこなしで馬車から降りてきた。

彼女お気に入りの近衛騎士(テール様)は不在のようだ。いつも彼女のそばにいることを考えると、彼女は意図的にテール様を置いてきたのだろう。

それはつまり、彼には聞かせられない話をするため。


エリザベス王女殿下は、大きな帽子に、夏だというのに首元の詰まった黒のドレスを着ていた。肩が見えるデザインのエンパイアドレス。袖は二の腕あたりまでしかなくて、そこからは真っ白な絹の手袋が彼女の腕を覆っていた。

出迎えた私とお父様、お母様を見て彼女は微笑んだ。


「ごめんなさい、急に押しかけたりして」


(ほんとうにね)


と、言えたらどんなにいいだろうか。

しかし、相手は王族。

思うことがあってもそれは胸にしまわなければならないのである。


エリザベス王女殿下は私に視線を留めると、ふわりと笑った。何の含みもないように思えるが、これが彼女のやり方だ。

嫌味なのか、天然なのか分からない振る舞いをする。


「先日はごめんなさい。テールとお茶会の約束をしていたのでしょう?行っても構わないって言ったのだけど……あのひと、心配性なのよね。困ってしまうわ」


以前は、彼女の言葉にいちいち思い悩み、その度に痛みを覚えていた。

だけど、今ならはっきりと分かる。

これは、マウントだ!!


(はっ……私は、アパレルで働いてたのよ!そんなマウント、簡単に流せるわ!)


アパレルは女社会だ。

女しかいない社会というのは場所にもよるのかもしれないけど、私の職場はたいへんにめんどうなものだった。

なぜなら、派閥というものがあったためだ。


○○さんはいわゆるお局なので言うことには従わなければならない(でないとハブられるので)。

△△さんは口が軽いので彼女に言ったことは、次の日には職場中に広まっている。

XXさんは○○さんの取り巻きなので気を使わなければならない、など様々な情報が常にごった返していたのだ。


入社してから何かと嫌味をぶつけられ、見下される発言をされ、その時には気付かないのだが時間が経過するにつれ『あれ、嫌味だったのかな?』と思うような程度の軽いものから、あからさまなものまで、全て経験済みですとも!ええ!

その程度の嫌味で、数多のマウント合戦を潜り抜けてきた私に傷を負わせられると思うなよ!


私はにっこりと微笑み返した。


「王女殿下がお元気になられて良かったです」


私の満面の笑みに、エリザベス王女殿下がほんの少し怯んだ様子を見せる。

この手のタイプは、嫌味が通じないと無力だ。

しかも、天然なのか嫌がらせなのか分からない発言をする相手──意図的な発言をしているなら、特に。


私の言葉に頷いたのは、隣に立つお父様だった。


「そうですとも。私たちもたいへん気をもんでいたのですよ。お加減が回復したなら、ようございました」


「……ありがとう。そう言って貰えて、嬉しいわ」


エリザベス王女殿下の声は、いつもより低かった。


彼女を応接室に通して、開戦の合図だ。

ゴングが鳴った気がする。

いや、私は彼女をやり込めたいわけではないのだけど、一方的に嫌味ばかりぶつけられるのはごめんだった。


メイドがティーセットを配膳し、壁際に控えたのを見て彼女が小首を傾げてねだった。


「エレイン様と内密のお話がしたいの。少しの間、ふたりきりにさせてくれない?」


「それは……」


メイドが言い淀む。

当然だ。護衛もいない室内に、私と王女殿下をふたりきりにはできない。

口をまごつかせた彼女に、さらにエリザベス王女殿下が言い募った。


「大丈夫よ。エレインは私に何もしないわ」


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