第二王子の憂鬱③
「どうしてお兄様がここにいるの……」
「お前を監視しろと仰せだよ、父上は」
ほんとうは、エリザベスの体調が心配だから見ておけ、と言われたのだけどあえてアレクサンダーはそう言った。
アレクサンダーの言葉に、エリザベスがあからさまに不可解だ、といわんばかりの顔をする。
「お前さ、いい加減、婚約者のいる男を追い回すのやめろよ」
アレクサンダーの歯に衣着せぬ言い方に、エリザベスがうっと言葉に詰まった様子を見せる。
だが、彼は攻め手を緩めない。
「そうやって好き勝手に他人を振り回して生きてさ、恥ずかしくないの?お前もう十五だろ。僕もひとに誇れるような生き方をしているとは言い難いけどさ、でもお前よりはずっとマシだよ。満たされないからって他人を傷つけて優越感に浸って、ほんとうに何も思わないわけ?」
アレクサンダーの言葉は容赦ない。
あっという間に、エリザベスは涙目になった。
その時、タイミング良く、いや、悪いのだろう。この場合は。
エリザベスのお気に入りがやってきた。
(遅いんだよ)
アレクサンダーは内心舌打ちをする。
もっと早くに来い。
お前がそんなんだから、エレインが自分でどうにかしないといけなくなるんじゃないか。
アレクサンダーは、さっきまで関わりたくないとばかり思っていたのに、そんなことを考える自分に驚いた。
バルコニーにやってきたテールを見て、アレクサンダーは眉を寄せ、一瞬睨みつける。
テールは、なぜバルコニーに第二王子がいるのかと、戸惑った様子を見せた。
アレクサンダーは、これ以上この妹に付き合っていられるか、とその場を去ろうと踵を返す。
だけどふと思いとどまり、テールの横を通る際に足を止めた。
「きみさ……何してるの?」
漠然としたアレクサンダーの物言いに、テールもまた、眉を寄せる。
そして、端的に答えた。
「王女殿下の護衛です」
(そうじゃねーよ!)
思ったが、これ以上この場でする話ではない(エリザベスもいることだし)。アレクサンダーは、ため息を吐いて、その場を後にした。
その後、その足でアレクサンダーは父王に会いに行った。
エリザベスの人間性に問題があると彼が指摘すると、父王は弱った様子を見せた。
「父上。わかってらっしゃいますか?あれを野放しにするということは、王家の威信や品格にも関わるんですよ。エリザベスは甘やかされて育ったせいで、他人の気持ちがわからない」
アレクサンダーの厳しい追及に、王は困惑しつつも、エリザベスを庇う発言を繰り返す。
だが、息子がいつになく腹を立てていると知ると酸っぱいものでも食べたかのような顔で言った。
「わかった……。次からお前にエリザベスのことは頼まないから、もうそれで収めてくれないか」
話の本質はそれではないというのに、そう言って、王は無理に話を終わらせた。
それ以来、アレクサンダーはエリザベスのお守りをさせられることはなくなった。
だが、夜会に参加する度にアレクサンダーはエレインが気になって、彼女の姿を探すようになった。
そうすると自然、妹の顔を見ることになる。
その日は、エリザベスがうまいことエレインを誘導し、休憩室に彼女を押し込んだようだった。
どうやらエレインは足首を捻ったらしい。
エリザベスは彼女のために、と言わんばかりに彼女を休憩室に連れていった。
妹のことだ。
また稚拙な嫌がらせでも考えているのだろうと様子を見ていると、案の定、彼女がエレインの靴を隠すよう指示している声が聞こえてきた。
(相変わらず、どうしようもない性格してるな……)
ため息を吐きながら、アレクサンダーは自分の身の回りを担当するメイドを呼び出し、女性用の靴を一足用意させる。
そして、それをエレインのいる休憩室に、持っていかせたのだが──。
「……は?今なんて?」
思わず、【光の王子】の仮面が剥がれかかる。
慌てて取り繕うように、アレクサンダーが微笑むと、メイドはぽっと顔を赤く染めた。
俯きながら、彼女が再度同じ言葉を繰り返した。
「はい……。ですので、ファルナー伯爵家のご令嬢は先程お帰りになりました」
「か……」
アレクサンダーは絶句した。
(帰った、だと!?靴もないのに!?)
靴もないのにどうやって帰ったのか。
(まさか素足で帰ったのか!?)
社交界の女性が着るドレスは、確かに丈が長く、足まで見えない。
(だけど、だからといってふつう素足で帰るか!?)
素足、素足だぞ!?
アレクサンダーは、しばらく言葉を失った。
呆然と言葉を失うアレクサンダーを見て、戸惑ったようにメイドが声をかけた。
「殿下?」
その声に、アレクサンダーはハッと我に返った。
そして、誤魔化すように笑ってみせた。
声には未だ、動揺が滲んでいたが。
「ああ、いや……それならいいんだ。悪いけど、靴は戻しておいてくれるかな。もう必要なさそうだから」
【光の王子】らしく柔らかで、人好きのする優しい笑みに、メイドがぽわんと見蕩れた。
「は、はい……」
「じゃあ、よろしく。余計な仕事を増やしてしまってすまない」
そう言いながら、アレクサンダーはその場を後にした。
彼は、自室に戻るとおもむろに口を手で覆った。
じわじわと状況を理解し、後から笑いが込み上げてきたのだ。
「くっ……ふ……く、くく……」
つくづく、エレイン・ファルナーという令嬢は行動が読めない。
肝の座った娘だとは思っていたが、まさかここまでとは。
(いやー……ふつう、素足で帰らないでしょ。何なのあの娘?)




