その頃、アーロア国④
「…………はぁ!?」
声を上げたのは、やはりエリザベスだ。
しかし、今回に限っては、アレクサンダーは注意しなかった。
エリザベスは信じられないものを見る目で、アレクサンダーを見ている。
意味わからない、と実に正直に顔に書いてあった。
「なにそれ。アデルを捨てるの?ひっどい、お兄様!」
そう言いながら、エリザベスの顔には愉悦が浮かんでいた。それに、アレクサンダーはため息を吐いた。
「お前は婚約者がいないから分からないのだろうけど、ひとにはそれぞれ事情があるんだよ。みながみな、お前の考えるままごとみたいな恋愛をしているわけじゃない」
「まっ……!」
エリザベスが絶句する。
あっさりと妹の口を封じたアレクサンダーは、父王を見据えた。
父は、エリザベスがやり込められたことを不憫に思っているのか、切なそうに娘を見ていた。
「父上。今この場で約束してください」
「……なんだ」
「僕が、エレイン嬢を必ず連れ戻します。ですからその時は、アデルと僕の婚約を解消し、エレイン嬢を僕の妻にすると認めてください」
「……お前、いつから彼女に──」
「陛下」
アレクサンダーが、続けて父王を呼ぶ。
彼の目は、真剣だった。
「彼女は、この国に必要です。……この国の、存続のためにも」
その言葉に、髭を撫で続けていた父王の手が止まる。
そして、目を鋭くさせてアレクサンダーを睨んだ。
「お前、どこからそれを」
「な、なに?何の話?」
ひとり、話の意図が掴めないエリザベスがおろおろと狼狽える。それを無視して、アレクサンダーは口端を持ち上げ、シニカルな笑みを浮かべた。
社交界で見せる【光の王子】とは思えない微笑みだった。
「知っていますよ、全て。父上が、何としてでもエレイン嬢を……彼女を、この国に連れ戻さなければならない理由もね」
「なぜ……。メレクに聞いたのか」
メレクとは、第一王子の名前だ。
それに、アレクサンダーは笑みで返した。
どうやら答える気はないようだ。
「父王は、なにを悠長なことをしていらっしゃるのですか。エリザベスなんかより、優先すべきことがあるでしょう」
なんか、扱いされたエリザベスが悔しそうに、あるいは悲しげにくちびるを噛んだ。
アレクサンダーはそれをやはり無視して、さらに王に言い募る。
「こうしている間にも国は蝕まれつつある。結果的に、エリザベスの死を早めることになるんですよ?」
「馬鹿なことを言うな!!」
王が怒鳴る。
死、という言葉に怯えたのかエリザベスが慌ててアレクサンダーの服の袖を掴んだ。
「し、死を早めるってどういうこと……?お兄様……」
「……エレイン・ファルナーの魔力量は桁外れだ。アーロアとしては、是が非でも国に留めておきたい人間なんだよ」
アレクサンダーの答えは、答えになっていない。しかも、エリザベスの死、という言葉を引き合いに出した割に兄の顔は冷めている。
エリザベスは、兄の冷たい反応にこころが挫けて、縋るように掴んでいた服の袖から手を離した。
アレクサンダーはまた、父王に視線を戻し、ふたたび強い口調で言った。
「父上、約束してくださいますね」
それは、疑問形ではなく、確約を強制する響きのある声だった。
アレクサンダーの言葉に、父王は唸った。
アデルはルフレイン公爵家の養女だ。
そして、ルフレインは王の姉が降嫁した家でもあった。
現当主の妻は、王の姉だ。
つまり、アレクサンダーとアデルは、血の繋がりこそないものの従兄妹という関係なのだった。
エレインとテールの手続きですら面倒だというのに、さらにもう一件など、容易には頷けない。
エレインとテールの婚約解消については、当の本人であるエレインそのひとが失踪している。
だからこそ、話し合いもそんなに拗れずに済んでいるが、現状何の問題もないルフレイン家と王家の婚約を解消するなど、かなり面倒だ。
それに、何よりも。
王はルフレイン家に嫁いだ姉を苦手としていた。
無理に婚約を解消させるなど、あの姉が黙っているはずがない。
王はアレクサンダーの説得を試みたが、それも徒労に終わった。
アーロアが、いや、各国が抱える爆弾を引き合いに出され、ようやく折れた。
王自身、エレインの重要性はよく理解していたのだ。
ただ、娘可愛さで少し扱いが雑になってしまっただけで。
そうして、アレクサンダーは、アデルとの婚約解消。そして、エレインとの結婚を王に約束された。