寓話の相違/その理由
「そういえば言ってたね。何?」
問われて、私は予め考えていた言葉を口にする。
食事中から何度もシュミレーションしていたおかげで、すらすら言葉が出る。
「私は、テオに出会って救われたわ。テオに会ってなかったら、恐らく、私は死んでいた可能性が高いと思うの」
凍死か、クマに喰われていたか。
あるいは、アーロア王家に見つかって連れ戻されていたかもしれない。
どちらにせよ、テオに出会えていなかったら、そこで私の第二の人生は終了していた可能性が高い。
「私は、すごくテオに感謝してる。ほんとうに、ありがとう」
「……ただのぐうぜんだよ。死にそうなひとが目の前に倒れていたら、ほとんどの人間は同じ行動に出ると思うよ」
確かにそうかもしれない。だけど、それだけじゃない。そう思ったから、私は首を横に振った。慣れ親しんだ金髪が視界に揺れる。
「ううん。だって、テオはその後私の問題に巻き込まれてくれた。その後、いくらでもお別れすることが出来たのに、テオはずっと一緒にいてくれたでしょう?」
「あなたは何が言いたいのかな」
テオは困ったような、要領を得ない話を延々とされたひとみたいな、そんな顔になった。
(確かにどう聞いても前置きみたいな話だものね……!!実際前置きなのだけど)
でも、ちょっと、いやかなり。
この言葉を口にするのは、勇気が必要だった。だから私は、さりげなく何度も手を握ったり開いたり繰り返しながら、声を絞り出した。
「つまり、だから……だからね」
ぐるぐる考えれば考えるほど、きっとこれはドツボにハマる。ええい、ままよ!!私は勢いに任せて、言葉を音にした。
「今度は、私を、テオの人生に巻き込んで欲しい」
言わなければならない、と思った。
口にしなければ、気持ちは伝わらないから。
思っているだけでは、相手に伝わらないのだから。
私はテオにほんとうに感謝している。だからここで、臆して、この気持ちを誤魔化してはいけないと思った。
「──」
テオが、驚いたように目を見開く。私は、もはや思考すらることは捨てて、思ったことをそのまま口にした。正気に戻っては、本音を話せないと思ったからだ。
「私に何ができるかはわからない。だけど、賢者の力を取り戻して……つまり、魔法さえまた使えるようになれば、きっとテオの役に立つ。ううん、必ず役に立つわ。だから、だからね」
どうしよう。だめだ。思ったことをそのまま口にするんじゃ、適切な言葉が見つからない。私はぐるぐると悩んだ末、思いついた言葉を口にする。言葉を尽くす。わかって欲しいから。知って欲しいと思ったから。
「私を、部外者ではなく、当事者にして」
私も、テオと同じように、彼の目的のために動きたい。
そうすることが、彼への恩返しだと思うから。
(ううん。私が、そうしたいだけだ)
私が、テオのためにそうしたいと思っているだけ。さらに口を開こうとすると、その前にテオが手のひらを前に突き出した。待って、ということらしい。
「エレイン。あなたさ、今、すごいことを言っている自覚ある?」
それに、私も半ば焦りながら言い募った。
「わ、私だって!生半可な気持ちで言ってるわけじゃないのよ!相当の覚悟があって言っているの!」
また考えなしだと思われたらたまらない。私だってそう簡単に、こんなすごいことは口にしない。
「…………あー」
テオは唸り声をあげると、片手で顔を覆う。
もしかして、引かれただろうか。
あなたの人生に巻き込まれたい、だなんて押し付けがましかったかしら……!?
確かに私は私の感情を優先しすぎた。その自覚はあったので、慌てていると、テオが手を下げた。
隠していた目元が露わになって、私はびっくりした。
「テオ」
「なに」
「……もしかして、照れてる?」
私の言葉に、テオは一瞬言葉に詰まったようだった。
だけど──テオの目元は、隠しようがないほどに、赤い。見れば、耳も朱色に染まっていた。
テオは、肌が白いからその色はよく目立った。
びっくりして目を瞬く私に、テオがふたたび口元を手で覆う。そのまま、テオはまつ毛を伏せて言う。
「そりゃあ、あんなこと言われたら誰だって驚くよ」
「そ、そうかな。そうかも?」
「…………」
沈黙が広がって、気まずい私は、言葉を探した。
(もしかして、テオは──)
困っている、のだろうか。押し付けがましい恩返しは、ただの余計なお世話だ。
「…………えーと、テオは、その……嫌?」
私はテオを真っ直ぐに見つめると、眉を下げた。
「嫌なら、無理にとは言わないわ。他のやり方で、私はテオに恩返しするから」
そこで、テオが口元を覆っていた手を外した。未だに少し、目尻は朱色に染まっているが、先程よりは薄らいでいる。
テオが静かな声で尋ねた。
「他のやり方って?」
「う、うーん。まだ思いつかないけど……まずは魔法を使えるようになって、そしたらテオに気付かれないよう陰ながら役に立つ、とか?」
あれ、今とあまり変わらない気がする。困惑していると、テオがため息を吐いた。
「……それなら、エレインはオレの目につくところにいて」
「え?」
「そうしたら、オレも安心してあなたを頼ることが出来る」
「!!」
それって、つまり。YES……よね!?あからさまに目を輝かせる私に、テオが苦笑した。
「……嬉しそうな顔。ほんと、分かりやすいよね。エレインって」
「わ、分かりやすい、かしら!?そうかな……」
身分を捨てて、感情を隠すことはしなくなった。思ったこと、感じたことを、そのまま口にするようになった。建前ではなく、本音で話すようになったからだろうか。
前と今。何が変わったか、と聞かれたらやっぱり、私の気持ちの持ちようだと思う。今の私は、平民としての意識が強い。
考え込んでいると、テオが困ったように笑って言った。
「……それじゃあ、まずはあなたの魔力がどうやったら回復するか。それを考えようか」
テオの言葉に「はい」と、答えようとしたところで。
部屋の扉が大きくノックされた。
──ドンドンドン!!
何とも、穏やかではないノック音だ。王城とは思えない荒い物音に、私とテオは思わず顔をそ見合せた。
そして、テオが誰何するより先に、訪問者が口を開く。
「こちらにロイ殿下はいらっしゃいますか……!?ロイ殿下。私です、ヘレーネです!!」
女性の声だ。ヘレーネ、という女性に私は心当たりがないけれど──テオに視線を向けると、テオは難しい顔をして、席を立った。
「いるよ。なにがあった?」
テオはそのまま扉まで向かい、扉を開けた。
そこには、私と年齢が近そうな女性が立っていた。服装からして、メイドのようだ。彼女はテオを見るとホッとした様子を見せ、それからすぐに身を強ばらせた。硬い声で、彼女が言った。
「ご報告です。──国王陛下が、先程、毒を盛られ倒れました」
「──」
「……は?」
目を見開く。テオは唖然としているようだった。混乱しているのは、私とテオだけではないようだ。メイド──ヘレーネも、緊張味を帯びた顔で話を続けた。
「食後の紅茶に毒が混入していたとのことです。現在、陛下の意識は朦朧としており、侍医の話によると、今夜が峠と──」
「っ……!!」
その言葉を聞いた瞬間、テオを取り巻く空気が一変した。
彼はヘレーネの話を最後まで聞く前に、彼女を退けるようにして部屋を出ようとする。思わず、私はテオを呼び止めた。
「テオ!」
私が呼ぶと、テオは一瞬私を振り返った──けれど。
その瞳は、今までにないほどに、焦りを帯びていた。アルヴェールの王が、毒を盛られた。
それは、誰に?何のために?
もうじき、アーロアからアレクサンダー殿下もいらっしゃる。事態は、急展開を迎えようとしていた。
【3章 完】
3章はここまでとなります。全4章構成となっていますので、次の章で本作は完結予定です。何卒よろしくお願いします。




