それぞれの事情
夕食後、言葉通りテオが部屋を訪ねてきた。対面のソファにそれぞれ腰を下ろしたところで、私は口火を切った。
「ひとつ聞きたいのだけど」
「なに?」
「テオのお母様は、サクレリア国の王族?」
私の質問に、テオがゆっくりと瞬いた。まつ毛を伏せて、テオが尋ねる。
「どうしてそう思ったの?正解だよ」
テオの質問に、私は端的に答えた。
「宝物庫に入れるのは、王族の血縁者か、その関係者以外有り得ないもの」
「確かに」
私の推論に、テオは頷いた。それから、淡々と言葉を続ける。
「母は、サクレリア国の王女だったひとだ。そしてもっとも、賢者の血が濃い……始祖の血筋とも言われてる」
「始祖の血筋……?」
聞き慣れない単語に首を傾げる。それに、テオが足を組んで答えた。
「……サクレリア国は歴史が古い国だ。これも、実際に足を運んで知ったことなんだけど──そもそもの始まりである賢者伝説。それの発祥の地が、サクレリア国らしいよ。かの国の伝来によるとね」
「えっ!?」
予想外の言葉に、思わず前のめりになった。
(サクレリア国……テオのお母様の国が、賢者伝説発祥の地?)
それなら、各国に伝わる寓話は、サクレリア国からもたらされたものなのだろうか。ルーツは、サクレリア国にある?
前のめりになる私に、テオがサクレリア国の話を続けた。
「サクレリアの建国神話にある。
【神がひとの形を取って、降り立った。そのひとは、その国の民と恋をして、国を興した】……これが、サクレリアの成り立ちだって言われている」
突拍子もない話だが、神話ならさもありなん、と思った。むしろ、ひとの形を取っているだけまだ常識的なのか。
(サクレリア国が賢者伝説発祥の地で、建国神話に神が出てくる……なら)
私は顔を上げて、推測を口にした。
「もしかしてそのひとが、賢者?」
「…………と、サクレリアでは伝わってる」
私の考えは正解のようだ。テオはまつ毛を伏せて、記憶を辿るように言葉を紡ぐ。サクレリア国に行った時のことを思い出しているのかもしれない。テオの銀色のまつ毛が、春の空を写し取ったような瞳を覆い隠す。テオの瞳は冬のようにも、春のようにも見える。不思議だ。
「……『各国の寓話に出てくる賢者はみな、サクレリアの系譜にあたる』というのがサクレリアの言い分。そして、オレは知らなかったけど──各国の王族はみな、この話を知っているらしい。だからこそ、アルヴェールの王とサクレリア王女の婚約も纏まったそうだよ」
アルヴェールの王──つまり、テオのお父様のことだろう。サクレリア王女とは、お母様のことだと思った。
「テオの、ご両親の話ね?」
尋ねると、テオが頷いて答えた。
「オレの祖父は、間もなく約定の千年が訪れることを知ると、手を打った。それが、賢者の始祖の系譜であるサクレリアの姫と、自身の息子の王太子を結婚させること」
テオの言葉に、私は息を呑んだ。
それなら、テオの妹──エルゼに賢者としての力が顕現したのは。
「テオの妹に賢者の力があったのは」
「ぐうぜんではなく、計画されたことだよ。エルゼは、必要だから作られた子なんだと思う」
「…………」
必要だから。求められたから。賢者としての力を求められて、希望された子。テオの言葉は淡々としていて、感情が籠っていないように聞こえるけど。だけどきっと、同じくらい、冷たく聞こえた。感情が、凍りついているような、そんな声。
「父は、長子のオレにこそ望みをかけたようだけど、オレは平均より多少魔力量が多い程度。賢者にはなり得ない」
テオの両親は、【賢者】を生むために政略結婚をした。だけど、生まれたテオには賢者と認められるほどの魔力量がなかった。恐らく、アルヴェール王は、テオのお母様に失望したのだろうか。
(……私だって、好きで賢者の力を持っているわけじゃない)
そもそも、賢者伝説が真実だったなんてここ最近まで考えもしなかったことだ。それに実は自分が、寓話の中に出てくる賢者だった、なんて。予想外もいいところ。
求めていないのに賢者としての力を与えられた私と、恐らく求められていたのに、持ち得なかったテオ。
どちらが辛いか、なんて聞くまでもない。互いに、思うところのある人生を送ってきたのだろう。だけど私の場合は、自分が賢者だなんて知らなかったから。
王家から、魔力量の多さに目をつけられている、くらいにしか思わなかった。
それに、結果はどうあれ、テール様と婚約していた日々は、悲しいことだけではなかった。
楽しいことだって、もちろんあった。
嬉しい記憶だってある。
だけど──テオは、どうだったんだろう。無いものを求められることほど、苦しいことは無い。
勝手に同情して、勝手に気を遣われることほど、酷い話も、無い。だから私は何も言わなかった。何も言わないことが、最良の選択だと思ったからだ。
「賢者が膨大な魔力量を有していることは、各国の伝承、そして王家が密かに所有している調査報告書により知れている。エレイン、あなたの存在とかね」
「………テオは、私のことを知っていたの?」
尋ねる。テオは、僅かに目を細めたけど、私から目を逸らさなかった。
「アーロアに賢者がいる、という程度のことはね。名前までは正直、覚えていなかった」
「そうなの……」
テオらしい返答に、内心私はホッとする。出会いが、あの時の記憶を、交わした言葉が、嘘だったとは思いたくない。
テオは、短くため息を吐いて、仕切り直しと言わんばかりに言った。
「話を戻すね。だから父は、『やはり【サクレリアの血】など嘘八百じゃないか』と決めつけたわけだ。父からしたら、好きでもない女を妻にさせられたというのに、それが意味をなさなかったんだから……まあ、腹立たしいのもわかる。だけど、母だって望んで嫁いできたわけじゃない。そういうわけで、ふたりの仲は冷えきっていた」
「…………」
「母は……。あのひとは、父を唯一の相手として見ていたからかな。いつか笑い合える日が来ると思っていたみたいだけど。……結果は言わなくても分かるでしょう?あのひとは、母を疎んで隔離した。結果、母は寂しくこの世を去ることになった」
「……うん」
聞けば聞くほど、テオの言葉は重たかった。
だけどきっと。
今、テオは事実だけを口にしている。
私の感情は求めていないし、そういうつもりで言ったわけではないのだろう、ということだけは理解した。
もう、終わったことだ、もう、過ぎたことだ、と彼の中で区切りをつけているのだろうか。少なくとも今、ここで踏み込むのはきっと違う。何が、と言われたらうまく説明できないけど──。
私は、相槌を打つだけに留めた。
「あのひとが、エルゼの存在に気付いたのは、ずっと後のこと。彼女はね、あのひとを訪ねたんだよ。母の病を相談しに」
「魔力欠乏症?」
確か、テオのお母様は魔力欠乏症を患っていたと聞く。私が尋ねると、テオが頷いた。
「そうだよ。謁見の間には魔力探知機が常に配置されているし、魔力量を推し量るだけの技量を持つ魔術師も多数控えている。あのひとは、エルゼの規格外な魔力量に気がつくと、手のひらを返した。エルゼの存在価値を認めて、重宝するようになったんだよ。今まで、忘れていたくせにね」
どの面が、と言いたげにテオが皮肉げに笑う。
「エルゼはハッキリとは言わなかったけど、恐らくあのひとは、賢者の責務を果たしたら母の病も治る、と言ったんじゃないかな。その類の提案だ。エルゼはそれを呑んだ。そして、それから彼女の行方はわからない」
「そっか……」
部屋に、沈黙が落ちた。テオも、自身の話はこれで終わりといった様子で、続きの言葉を口にする様子は見られない。
だから私は、今度は私の話をしようと思った。
顔を上げて、テオを見る。テオは、少し眩しそうな顔をしていた。
「ねえ、テオ。私ね、あなたに話があるの」




