無実です、本当です
しかしその前に、テオが口を開いた。
「エレインは……ほんとうに貴族の娘だったんだよね?」
確かめるような口調である。
「しかも、婚約者もいた」
「そ、そうです」
も……もしかして疑われてる??ほんとうです、身分偽証じゃありません!!
慌てて赤べこのように何度も頷く私にテオが「じゃあ」と言葉を続けた。
「逆に聞きたいんだけど」
「な!なんでも聞いてください!私に答えられることなら!!」
さながら身の潔白を証明する被疑者の気持ちで、胸をドンと叩く。それをテオは(冷たい目)で見ていたが、急に彼が私の肩に触れた。
「うおっ!?」
そのまま、トン、と壁に背がつく。
目の前には、テオ。後ろは、壁。
(おおお、これが壁ドンってやつか……)
とか、感動している場合ではない。戦く私を、テオがじっと見つめた。
「っ……」
この、目。今になって気付く。
多分きっと、私、この目が──
(苦手だ)
出会った時から、気になっていたテオの瞳。春の空をそのまま写しとったかのような。猫のように細い瞳孔に、勿忘草の色。何もかもを見通しているように見える、不思議な瞳。
何を言っても言い訳になりそうで、何を口にしても、嘘くさくなりそうで。何も言えずに、口を噤むしか無かった。私の逡巡に気がついているのか、いないのか。テオは私をじっと、まるで私の本心を探るように見つめて、言った。
「それなのにどうしてかな」
「な、何がですか……」
近い。そして、今、とても大切な話をしている、気がする。目を逸らせずに居ると、テオが眉を寄せた。やっぱり、綺麗な瞳だと思った。
「だから。どうしてあなたはそんなに隙だらけなのかな」
「えっ……えっ。……ええ!?」
テオから発せられたとは思えない言葉に、思わず目を見開いた。至近距離の大声に、テオが嫌そうな顔になった。そして、口元に人差し指を当てるとちいさな声で言った。
「静かに。ルカが降りてきたら厄介だから」
「や、やっかい」
もはや、テオの言葉を繰り返すことしかできない。
(だ、だって今……!!)
少女漫画のヒーローみたいなこと言わなかった!?あの、テオが!?何を考えているか分からない、冷たくてドライで、乾燥した物言いをするテオが!!なんかすごい、すごいこと言った気がする!!
思わず混乱するけれど、しかしテオの様子は変わらない。普段と同じだ。……ということは、他意は、ない?
「──っ……」
それに気がついた私は、テオに気付かれないようにちいさく息を吐く。きっと、これは、あれだ。ちいさな子供に言い聞かせるような。テオには妹さんがいるとのことだし、それも私と同じ賢者だと言う。だから、もしかしたら妹さんに接するのと同じように私とも──
(でも、近くない……?)
妹だと認識しているなら、この距離は、どうなの……?よくわからない。最初から分からなかったし、これまでテオというひとをわかったことは一度もなかったけど。でも、今がいちばん分からない。
私は顔を上げると、テオに言った。
「テオは今……何を考えてるんですか?」
つまり、正直に聞いてしまおうということである。私の質問に、テオは目を細めた。
「オレの考えてることなんて単純だよ。エレインがどうしてそんなに危機感がないのか、考えてた」
「き、危機感……。あると、思うんですけど。だから、出会った時、テオを引き止めたわけですし」
「そういう意味じゃない、っていうのは、言わなくてもわかるでしょ」
「……………」
いよいよ、おかしい、気がする。
どうしよう、と思って視線を彷徨わせる、と。テオが続けて言った。
「アーロアはそんなに平和なわけ?」
「へっ?」
予想外の言葉に顔を上げる。すると、テオは眉を寄せて難しい顔をしていた。そして、ため息交じりに言った。
「だから、平和ボケしてるのかな……」
「平和ボケ……。もしかして今、わたしは」
「そう。注意してるんだよ、オレは」
「そ、そっかー……」
なんだか、緊張した肩から力が抜ける。
脱力した私に、テオはゆっくり体を離した。それに、空気が動く。
ようやく、酸素が戻ってきた気がした。
「そんなに警戒心がなくてフラフラしてるのを見ると、やっぱり気になるんだよ。ものすごく。妹には兄がいたけど。あなたは今後どうするの?さっきみたいなことがあったら」
「え!?ど、どう!?」
「だから、静かにって」
テオにふたたび注意を受けて、私は半ばパニックになりながら、パワー is 力みたいな回答を口にすることしかできなかった。
「力技で、何とか……?」
「何とか?できるの?」
胡乱な視線を向けられた私は、ぐっと拳を握ってテオに言う。
「手段を選ばなければ、恐らく……!」
目潰しとか!頭突きとか!
「……」
テオの物言いたげな視線を受けた私は、そっと顔を逸らした。
「その場合、私は傷害で捕まるかもしれませんが……」
それは嫌だ。でも、いざそうなったらきっと、私は手段を選ばない。
というか、どうしてこんな話をしているんだっけ。
何がどうして、こんな議論することになったんだ??
未だ混乱していると、テオのものすごく重たげなため息が聞こえてきた。
「はあああああ」
「うっ。な、何か言いたげですね、テオ……」
テオのその反応に、心当たりがないとも言いきれないので、しどろもどろになっていると、テオが言った。
「何も知らないエレインに、オレから助言」
「は、はい!何でしょう!?」
この空気は、なんだかソワソワして落ち着かない。上司に個人的に呼び出しを受けたものの、本題に入る一歩手前のそれに少し似ているかもしれない。
気になって仕方ない、というか。落ち着かない、というか。
座りが悪い、というか。今、私は立っているけども!
落ち着きのない私を見て、テオが言った。そういえばこのひとは、いつも落ち着いてるな……。
「『月に似てる』と称するのは、あなたと夜を忍ぶ仲になりたい、という意味になるんだよ。アルヴェールではね」
「知りませんでした無実です」
何が無実なのかは私もいまいち分からなかったが、気がついていたら口走っていた。違うんです、という気持ちで。




