あの時の答え合わせを今
ケヴィンが医者を手配してくれることになり、私は彼にお礼を言った。
「ありがとうございます……」
「いえいえ。聞けば、ノクテリス城までずいぶん大変だったのでしょう。今まで思いつかなかったのも仕方ありませんよ」
「…………」
ケヴィンの言葉に、ルカは何も言わなかった。何も考えていないのではない。その逆である。
こいつばかだなって絶対思っている顔である。無表情だし、何も言わないけれど絶対にそう。これは被害妄想ではない。だって私だって思う。
ケヴィンは優しいから……気遣って言ってくれているけども。
「ね。ルカ殿下?」
ケヴィンに同意を求められたルカは、足を組みかえながら考えるように言った。
「エレインってさ、変なところで抜けてるね」
「うっ」
社会人メンタルに80のダメージ!!
致命傷だ!
(確かに私は……!なんでここ?というミスをしちゃうけど!!でも人間よくあることだと思うのよそういうことは)
主語が大きい気がするが、そういうことにしておこう。
【お世話になっております】が【オセアニア】になっていたりするのである。【確認します】が【角煮します】になったりするのである。
上司に【確認中です】と送ろうとして【角煮中です】と、さながら仕事しながら角煮を貪っているかのようなチャットを送ったことだってあるのである。
あとから気づいてそっと修正してみたりするけど、既読通知がついてるから今更だよな……と思いつつ、直したりするのである。しれっと。最初から間違ってなんかいませんでしたよ?みたいな顔をして。
最終的に私は【か】を打ったら【確認中】と出るように辞書登録した。これぞ人類の進歩。私だって学習するのである。
「エレインはさ、楽観的って言うか、詰めが甘いっていうか考え無しって言うか」
「全否定??」
まるで見てきたように言うじゃない!?いまさっき、初めましてだったのに!!
私が内心憤っていると(しかしその通りなのでやはり反論はできない)ルカがポン、と手を叩いて言った。
「あ、そうか、あなたのようなひとのことを鉄砲玉みたいなひとってきっと言うんだろうね」
「……………」
散々な言われようである。そこまで言う??
☆
「と、言うわけでして」
その後、研究棟にやってきたテオと合流し、私はいきさつを説明した。テオは「ふぅん」と言うと、続けて私に尋ねた。
「魔法回路のこととか何も聞いてないの?瘴気のこととか」
「あなたがきたら改めて話しましょうということになったので」
「なるほどね。わかった。それで、ルカ。ひとつ報告があるんだけど」
テオが呼ぶと、テーブルの上に転がるフラスコやらビーカーやらを片付けていたルカが動きを止めた。そして、瞬きを繰り返してテオを見る。
「どうしたの?」
「天秤の石の欠片が手に入った」
「!」
テオの短い言葉に、ルカが目を見開く。
そして慌てたように、テオに早足で近寄った。ルカは首まで詰まった黒のシャツに、黒の外套を羽織っていて、髪も黒い。全体的に白いテオとは、シンメトリーのようになっている。
「ラピス……リブラエ?」
聞いたことの無い単語に目を瞬いていると、私の斜め後ろにたっているケヴィンが「おや?」という顔になった。
「ご存知ありませんか?天秤の石。賢者を測る標のようなものですよ」
「賢者を測る……?聞いたことがありません何の話ですか?」
「ああ、そうか。エレイン様はアーロア出身でしたね。アーロアでは知られていないのか」
ケヴィンはひとつ頷くと、テオがポケットから取り出したハンカチの包み──その中から現れたのは、例の 青の輝きだ。
「それ……ブラウグランツ!」
確かファーレがちゃっかり回収したやつ。私が叫ぶと、テオが頷いて答えた。
「アーロアでは、ブラウグランツ。アルヴェールでは、ラピス・リブラエと呼ばれているんだよ」
「国によって呼び方が違うんですね……」
まじまじと、ハンカチの中のブラウグランツを見つめてしまう。昼間にあってもなお、ブラウグランツは煌々と輝いている。
「でもどうしてそれをテ……あなたが持っているんですか?」
不思議に思って尋ねると、テオがため息を吐いて、ブラウグランツをハンカチに包み直した。そして、それをルカに手渡す。
「テオでいいよ」
と、どこかで聞いたような言葉を口にしながら。
ルカは受け取ったそれをしげしげと見つめている。
「えっ」
さっきから何度もテオと呼びそうになって、取り繕っていたのがわかったのだろう。テオの言葉に目を瞬くと、テオは続けて言った。
「エレインには、ロイって呼ばれたくない。今更だしね。テオのままでいいよ。ルカのことも、そう呼んでるんでしょ?」
「それは……そう、ですけど」
ルカのことは、王族であるテオのことはテオと呼んでいるのに、ルカだけ敬称をつけるのはおかしいと思ったから。だから、ルカと呼ぶことにしたのだけど。
そもそも、テオと出会った時、私は彼がまさかアルヴェールの王族とは思いもしなかったのだ。知っていたならこんなに気軽には接さなかった……!
テオの身分を知った以上、あと、ここがアルヴェールの城である以上、今までのような距離感は少し良くないと思う。
私が言葉を濁すと、テオは私の躊躇の理由を推測したのだろう。目を細めて言った。
「公の場ではそう呼んでくれていいから」
「そう……」
「ロイって言っていいから。今ここには、ルカと、ケヴィンと、オレしかいない。今まで通りにして」
「分かりました、テオ。……で、いい?」
私の言葉にテオが頷く。
そして、話題は先程のブラウグランツ、ではなくラピス・ラビリエに戻る。
「ファーレがどこまでアーロアの王家と繋がっているか分からなかったから、この話はしなかったけど。エレインはどうして、あの地下洞窟──ジェームズ・グレイスリーの邸で、彼らが囚われていたか、分かる?」
突然の質問に私は若干面食らった。だけどすぐに、思考を辿る。
(ジェームズ・グレイスリーの地下洞窟に囚われていたひとたち……)
そうだ。そういえば、広場での募集は、【魔力に自信があるひと】を募集していた。それなのに、手も足も出ないかのように、あの地下牢に囚われていたのはなぜなのだろうと思ったのだ。
考え込んでいると、私が答えを出すより先にテオが回答を口にした。




