初歩的なことですよ。
「ひとまず、兄上が来るまではこの話は保留。ケヴィン。いらっしゃるんでしょう?」
ルカ殿下に尋ねられたケヴィンは、赤べこのように頷いた。
「ええ!荷物を整理したらいらっしゃるとのことです」
「……だって」
と、ルカ殿下が私を見る。まずい。手持ち無沙汰だ。このままだと時間を持て余す。
悩んだ私は「じゃあ」と声を出した。
「テ──オオオゥ王子殿下がいらっしゃるまでの間!少しお話でもしませんか?」
不自然な誤魔化し方にならなかっただろうか。テオと言いそうになって咄嗟に誤魔化した私に、間髪入れずにルカが言う。
「なんで?」
「なんで!?!?」
なんでと来たか!!さてはノンデリ!?ノンデリ王子様なのかこのひとは!?厳密には王子様ではないけれども!!
私はコホン、と咳払いをしてからルカに答えた。
「時間を持て余すからです」
馬鹿正直な本音を。
☆
「じゃあ……【才能】」
「分かったわ、【隠れている】ね!?」
「早いね。やっぱりエレイン、こういうの慣れてるでしょ」
十分後。あの後時間をもてあました私たちは、私の提案でゲームをしていた。アナグラムゲームである。文字を並び替えて違う単語にするというあれ。
社交界でも人気だったそれは、ルカ殿下も馴染みがあったようで、じゃあやろうか、という話になり、今に至る。
ルカ殿下が奥の部屋から椅子を持ってきてくれて、私たちはスツールに腰を下ろしていた。
そして、私は今まさに、彼の言葉に返答に詰まっていた。
アナグラムゲームに慣れているのは、それはもちろん私が貴族の娘だったからである。
(コミュ障引きこもりに近い私でも、シーズンの時は社交に励んでいたもの……!)
言葉遊びの類はそれなりに対応出来るつもり、だ。
たかがゲームとはいえ、あまりにダメダメだと評価を落とす。あまりこういった言葉遊びは得意ではなかったし、興味もなかったのだけど貴族の娘である以上そうも言っていられない。必要に応じして仕方なく、私は頻出の単語パターンを暗記することにしたのである。
エレイン・ファルナーであった時の話をする?いえでも、突然身の上話を始めるのもどうなんだ。
しかし、どちらにせよテオが合流したら、間違いなく話題に上がるだろう。それなら事前に説明しておくべきか。
ここまで数秒考えた私は顔を上げて、ルカ殿下を呼んだ。
「殿下」
「殿下?」
ルカ殿下が眉を寄せる。表情は変わらないが、抗議しているようだ。声音で分かる。
不服そうな彼に、困惑しながら私は「ルカ様……?」と呼び方を変えてみる。
それに、彼はゆっくりと回答した。
「もっと、フランクに」
「えー……と」
フランクに、と言われてもほかの呼び名が思いつかない。
ミスター?卿?
そもそも私は彼のラストネームを知らない。今更である。困惑する私に、ルカ殿下が優雅に足を組んた。足長いな。
「あなたは兄上の友人なのでしょう。それなら、僕に気を使う必要は無いよ」
「そうは言われましても」
おいそれと隣国の王の息子の名前を呼ぶのは気がはばかられる。躊躇する私に、ルカ殿下がふたたび言った。
「【ルカ】」
「……」
「……って、呼べばいいよ」
ぶっきらぼうだし、声に色はないし、変わらず無表情だけど。これは求められているのだう。
好意をむげにするのも……と考えた私は、折衷案をとることにした。
「では、ルカと」
つまり、呼び方はルカで、丁寧な言葉遣いはそのまま、という形である。それにルカは何も言わなかったが、文句はないということだろう。そう判断して、私は話を続けた。
「先程、私は不慮の事故で川に落ちた、という話をしたと思いますが」
「川に落ちた挙句に丸太が頭に激突したっていうあれ?」
「そうです。あれにはもう少し事情がありまして」
「嘘だったの?」
「嘘ではありません。補足があるんです」
そう前置きをしてから、私は自身の事情を語ることにした。すなわち、私がアーロアの貴族の娘で、かつ、婚約者にお別れを告げた直後の出来事であったことを。
話を聞いた後、ルカは非常に苦々しい顔をしていた。そう、それはまさに苦虫を噛み潰したような、苦々しい顔である。彼はあからさまに嫌そうな顔をすると私を見てNOと突きつけた。
「色恋沙汰のトラブルは、専門外だから」
「違いますから!もう終わったことですし、それについてはほんとうにどう……でもはよくないかもしれませんが、今はひとまず置いておいて。そういう経緯で私は川に落ちたんですよ」
私の話を聞いたルカは、大きくため息を吐いた。そして、うんざり、といった様子で言う。
「恋だの愛だの、ご苦労なことだね。僕には分からないよ」
「……そして、もうひとつルカに相談があるのですが」
「恋愛相談なら、無理」
「違います。足のことです」
そう言って、私は自身の足首──丈が長いので隠れているが──指で示した。
「色々あって、足を捻挫しているんです。これ、治せないでしょうか」
「治癒魔法は高難易度魔法だよ」
「知っています。その上で、お聞きしています」
魔法学に詳しいひとなら、アルヴェールなら、あるいは、と思ったのだ。それに、ルカは「うーん」と呟いた。やはり無表情である。
「わかった」
「えっ!」
もしかして、方法があるのか──と期待したところで。ルカが冷静に言った。
「あなたが好んでケヴィンに抱えられていたわけではないことが」
「…………思わせぶりな言い方!!やめてくださいよ!!」
思わずテーブルを叩きたくなるほどにはガッカリした私に、ケヴィンが苦笑している。ルカは私の反応に「?」という様子だったけど、続けて私に尋ねた。
「医者には見せたの?」
「……そういえば、まだ」
魔法でどうにかしようと考えてばかりで、いや、そもそもノクテリス城に着くまで医者にかかる余裕はなかった。
改めて考えてみれば、治癒魔法に頼らずとも、お医者様に見てもらう選択肢だってあったわけで……。
どうやら私も、相当混乱していたようだ。当たり前な選択肢に気付かずにいた私は、ルカの言葉に目からウロコが落ちる思いだった。
「なら、医者に診せたら?」
ごもっともな意見に、私はぶんぶんと首がもげる勢いで頷いた。
ばか!!ほんとうに!!私の!!ばか!!
どうして気付かなかったの!魔法に頼り切りだったことによる弊害である。




