さすがテオの弟
「この方は、ロイ殿下の客人です。あなたにご紹介するようにとご指示を仰せつかりました」
「兄上が?……どうして」
それはどうして運搬されているのか、ということだろうか。そうよね。気になるわよね。誰だって、知らない人間が抱えられて登場したら気になると思う。
「それは彼女からお聞きください。私はここまで案内しただけのこと」
ケヴィンが私をその場に下ろし、礼を執る。
私も彼にならって、胸の拳を当てると頭を下げた。臣下の礼である。もっとも、これは騎士とか、商人とか、平民が目上の人間に行う作法だ。貴族令嬢なら淑女の礼を執るべきだけど、今の私は既に身分を捨てている。
「お初にお目にかかります。エレインといいます」
「僕に何の用?」
「ルカ殿下。テ……ロイ殿下から、あなたが魔法学に長けていると伺っております。そのあなたの博識さを頼りに、ご相談があるのです」
「僕に?魔法のことで?」
さらにルカ殿下は首を傾げた。
部屋は、白一色で統一されていた。中央に白のスクエアテーブルが置かれている。テーブルの上には、ガラスドームに収められた植物や、フラスコ、ビーカーといったものが並べられており、壁際には本棚が間隔を開けて配置されていた。前世で言う、理科室にちょっと似ているかもしれない。いや、あれより本格的な研究室だ。
奥には扉がふたつあった。
私の話(事故で魔法が使えなくなったという内容)を聞いたルカ殿下は言葉を失っていた。びっくり!!という言葉が顔に書いてあるかのように目を見開いている。ぱちぱち、という擬音がつきそうなほど瞬きを繰り返した彼は、やがてゆっくり首を傾げた。人形を思わせる動きである。
「丸太が……ぶつかって……魔法が使えなくなったんだよね?」
「は、はい」
表情が全く変わらない、ルカ殿下。
さっきも目を見開いていたけれど、表情は変わらなかった。無表情というわけではないのだけど、ただじっと──そう、こちらを観察しているような。そんな目を向けてくるのである。
さながら私は観察対象にされた昆虫?
虫かごに入れられた虫はこんな気持ちになるのだろうか……。
ルカ殿下は、口元に指を当てて、悩む素振りを見せながら(やはり表情は変わらない)言った。
「なら、もう一度同じように頭部に衝撃を与えてみたら?」
「ショック療法というやつですね……」
あれか。動きが悪い電化製品を叩くとまた動き出す、みたいな。昭和のライフハックか。
私は壊れかけの電化製品??と思いつつも、確かにその方法は乱暴だけど一理ある、とも思った。問題は──
「ショック療法?」
聞き返すルカ殿下に、「いえ」と言葉を濁した後、私は顔を上げた。
「頭部に衝撃、というのは具体的になにを……?」
まさか昭和方式でぶっ叩かれるのか、頭を。
ちらりと背後のケヴィンに視線を移す。ケヴィンに殴られたら、生命の危機に陥る気がする。想像して寒気を覚えた私に、ルカ殿下が眉を寄せた。その顔は、テオに少し似ていた。
「……同じ条件を揃えるなら、また滝つぼから落ちる?」
「なるほど……分かりました」
私は何度も頷くと、顔を上げてしっかりルカ殿下を見つめた。ふざけて言ってるわけではない。
なら──
「つまり、ルカ殿下は……私に死ねと」
「そんなことは言ってないよ」
「言ってるじゃないですか!!滝つぼに落ちるって、つまり死ぬってことですよ!?今魔法使えないのに、そんな自殺行為!!魔法が使えるようになる前にお空にバイバイですよ私!!」
思わず、胸をバンバン叩いて生命の危機を声高に叫んだ。
簡単に!!言うけど!!ねえ!!
滝つぼに落ちたら普通ひとは死ぬから!!
私の言葉に、ルカ殿下は「そうだね、そういえば魔法が使えないんだった」と言った。
「…………」
その気の抜けた返答に、思わず目を瞬く。私の後ろで、ケヴィンが頬をポリポリとかいてフォローするように言った。
「ルカ殿下は……なんと言いますか、とても独特な……独創的な……?とにかく、少し、変わっておられるのです……」
「な……なるほど」
テオの弟っぽい。と、変なところで納得してしまう私だった。
「なに、ケヴィン。悪意を感じる」
「悪意なんて、まさか。ですが、ルカ殿下が誤解されるのは私としても悲しいと思ったまでのことです」
「別にいいのに。どうでも」
聞きようによっては投げやりにも捉えられる言葉だけど、彼は本心からそう思っているようだった。変わっている……のはテオと同じかあ……。
(そういえばテオと初めてあった時も、とても不思議なひとだと思ったのよねぇ……)
ルカ殿下も同じか。血か。血なのか。血がなせる技なのか。あるいは、テオと交流を持っているうちに影響しあった結果なのか。気になったけれど、絶対今聞くことでは無いので、黙っておいた。
「それじゃあ……」
ルカ殿下が考え込むようにまつ毛を伏せた。
「おお」
まつ毛が長〜〜!これはお母様譲り??それとも、国王??国王がラクダのまつ毛なの?羨ましい。マッチ棒が乗りそう。
「……なに?」
私の無遠慮な言葉か、あるいは視線が鬱陶しかったのか。ルカ殿下が顔を上げる。怪訝そうな表情だ。
まずい。私は慌てて手のひらを振った。これじゃただの変質者である。
「いえ!あの!えーとまつ毛が長いな!って」
答えてから、私は失敗を悟った。
(なに馬鹿正直に答えてんのよバカ私こらアホンダラ!!)
せめてそこはもう少し、言葉を選ぶべきだったでしょ!!まつ毛ラクダとか!!言ってないからまだいいけど!!良くないわね!!
ひとりノリツッコミをする忙しない私に、ルカ殿下はますます怪訝そうな顔になった。
「なに?変なひと」
「…………」
そして、ちょっと変わったひとに、変人認定をされてしまったのだった。少し切ない。




