王女と過ごした最後の授業
階段教室の左手に開いた大きな窓から、打ち上げ花火の大きな発破音が聞こえてきた。教室で静かに授業を受けていた生徒たちは、みな板書の手を休め、一斉に窓の外を振り返った。
五階の高さにあるこの教室の窓と、小高い丘の上に立っている王城との間には、遮るものは何もなかった。窓から目を凝らせば、王城の高い尖塔の窓の一つまで見える。今、あの場所では、クロードが、世界各国の国賓たちから悪魔討伐の偉業を祝福されているのだろう。
それは、この教室にいる生徒たちにとっても、とても誇らしいことだった。なぜならクロードは、彼らの学友だったからだ。彼らはクロードとともに、二年の間、肩を並べて学びあったのだ。
クロードは、国一番の剣技を持ちながら、奢るところのまったくない、気さくな人間だった。この魔法学校の男子も貴族の師弟として激しい英才教育を受けてきたが、クロードとの模擬戦では稚児のようにまいどまいどコテンパンにされていた。
クロードは、彼らと同じ若さで戦争に行き、そして大悪魔を打ち倒した。それがどれほどの偉業だろうか。そして、どれほどの勇気を必要としたことだろうか……クラスメイトたちは、窓の方を眺めながら、みんなそのようなことを考えていた……。
彼らが暮らすここローラント王国は、アストレア大陸においてもっとも古い国家であり、また天使ザビエルが没した、聖者にゆかりある大国であった。
そんなローラント王国の首都であるここローゼンハイムには、100万人を越える人々が住んでいた。この都市は、国家最大の軍事拠点・商業拠点であると同時に、世界でも有数の魔法都市でもあった。
ローラント王国の開祖であり、叡智王と崇められた魔術王ロキの偉業を称えるため、そしてその魔術の探求の成果を後世の人間が広く学ぶために、ここローゼンハイムには数多くの魔法学校が建立された。魔法学校の特徴は、はた目にすぐに分かる。赤い円錐の屋根をもつ、背の高い建物がそれだ。その真っ赤な尖塔は、石灰岩から作られた海辺の白い町並みと、強いコントラストをなしていた。
魔法学校では、貴族の子弟だけではなく、下層階級の人間からも広く生徒を募り、別け隔てなく魔術の探求に勤しんでいた。”魔術を学ぶものに貴賤なし、ただ真理の探求のみがある。”それが、ここローゼンハイムの、魔術界のモットーだった。
そんなローゼンハイムの中でもとりわけ優れた生徒達が通う、ローラント最高峰の魔術師候補生のための学び舎が、ここ国家第一魔法学校だ。今、これからこの教室で、年に一度の進級試験が行われるところであった。
【イエレン】───「では、いまから試験を始めます。セーラさん、前へ」
静かな広い講義室に、年かさの女性の高い声が響いた。彼女の名前はイエレンと言った。彼女はウェーブした豊かな白髪の上に黒い三角帽をかぶり、緑の翡翠をてっぺんに嵌め込んだ茶色い樫の杖を握っていた。それは、魔法使いと聞いて誰しもが頭に思い浮かべるような、いかにも保守的な魔術師の装い。彼女は、この魔法学校に長年勤めている著名な名物教師だった。
【セーラ 】───「はい!」
凛とした声とともに、セーラと呼ばれた女生徒がすくっと立ち上がった。彼女が立ち上がった拍子に、つややかに波打った金の長髪が揺れた。フリルで縁取られた青いスカートの下には、黒いタイツに包まれた細い足首が覗き、純白のブラウスの上には、スカートと揃いの青いケープを羽織っていた。茶色いローファーをこつこつと床に響かせながら、彼女は教卓の前に進みでた。
彼女は、ロードランにおいて最高峰の魔術師の家系である『ザハード家』の出身だった。彼女は、その家柄に恥じず、座学も魔法も最高の成績を収めていた。そして、その美しい容姿は、男子も女子をも虜にした。彼女の一挙手一投足は、常に全校生徒の注目の的であった。
彼女は教卓の前に立った。教卓の上には、真鍮の杯に立てられた、火のついた蝋燭が置かれていた。
階段教室にずらりと並んだ生徒たちが見守る中、セーラは両手を蝋燭の脇に添えた。
静かに揺らいでいた蝋燭の炎は、彼女の両手の間でピタリと動きを止めた。空気の対流が止まり、炎はガラスのビー玉のように丸くなった。その真紅の光は、どこか砂嵐が吹き荒れた夜の赤い月を思わせた。
生徒たちは、セーラのの一挙手一投足を、固唾を呑んでそれを見守った。
【セーラ 】───「試験の魔法 なんとかかんとかの 火 小春日和 夏草の木 石……」
セーラが呪文を唱えると、炎は蝋燭を離れて空中に浮かび上がり、そして大きく膨れ上がる。球体の内部は激しくうずまき、嵐のように対流する。
夜の太陽を浮かべる魔法―――この魔法の根幹は、熱や高温ではなく、再帰性能力の発現にある。言い換えれば、炎の熱や明るさが問題なのではなく、使い手がマナを注入することをやめた後に、炎がどれほど長く形を保っているのかが問題なのだ。
再帰性能力とは、ある魔法に使い手の意志を離れた自己倍加能力を付与するということだ。それは、永久機関へと至る最初の一歩だ。
永久機関、いうまでもなくそれはすべての魔術師の目標であり、人類の夢でもある。したがって、この地味な魔法も、学術探究の測りとしてはふさわしい。
イレインは腕組みをしながら、うんうんとうなずいた。彼女は心のなかで思った。まったくセーラは期待を裏切らない、良くできた生徒だと。
【セーラ 】───「なんとかの炎 夜空を照らす赤玉の王 法 夜の太陽を浮かべる魔法……」
【女の奇声】───「Σ(|| ゜Д゜)んぎゃあああああああああああ!!!」
突然、女生徒の奇声が教室中に響き渡った。セーラの集中が途切れ、火球はぽんと弾けると、空中に雲散霧消した。
顔をこわばらせて固まっているセーラを見て、イエレンは、深く深くため息を付いた。そして、顔を上げて、教室の最後尾の席を睨みつけた。そこでは、黒い長髪をおさげにした、大きな丸い黒縁眼鏡の女が、慌てて口を塞いでいた。
彼女の名は、ドアンナといった。口を覆っている手の甲は不健康なほど白く、唇は赤く爪は長い。目にまでかかる長い前髪の奥には、うぐいす色の色素の薄い大きな瞳を持っていた。彼女もまたセーラと同じく、高貴なる出自を持っていた。彼女は”白杖”と呼ばれる、国家最高の賢者の娘であった。
彼女は、遊ぶ金欲しさに、しょっちゅう授業中に内職をしていた。本来は学生の身分では禁止されている冒険者ギルドの依頼を受けて、季節外れの花や果実を咲かせる仕事を請け負っているのだ。
案の定、今も彼女は膝の上に植木鉢を抱えていた。大方、魔法操作をしくじり、植木鉢の中身を台無しにしてしまったのだろう。
【イエレン】───「ヽ(#`Д´)ノドアンナ!!!」
【ドアンナ】───「あっ、はっ、はいヾ(゜ロ゜*)ツ!うわっ(;゜Д゜)!」
イエレンは、ドアンナを大声で怒鳴りつけた。ドアンナと呼ばれた少女は、急に名前を呼ばれ、びっくりして声を上げた。その拍子に、彼女は再び魔力操作を誤ってしまった。
魔力を込めすぎてしまったガーベラは、鉢の栄養を吸い付くし爆発的に伸び始めた。ガーベラの黄色い花弁が植木鉢から溢れ出し、あっというまに机のまわりを埋めた。それでも花は成長を止めず、その蔓はドアンナの腕を絡め取ると、今度は
彼女の体をぐるぐる巻きにして締め上げた。
【ドアンナ】───「ぎゃーーー!(꒪ཀ꒪)ぐるじぃぃいい」
ドアンナがそう叫ぶと、教室中が笑いの渦に包まれた。
イエレンはつかつかと足音を立てながら教室の後ろまで歩くと、腰に手を当てて、上からドアンナを見下ろした。
【イエレン】───「ドアンナさん、あなたは内職なんてしている余裕がおありなのですか?あなたの成績は、ただでさえ落第すれすれなんですよ?」
イエレンがそういうと、彼女の両隣の生徒はニヤニヤと笑った。イエレンは目ざとくそれを見つけると、ふたりを叱った。
【イエレン】───「アンナさんにレイセンさんも。あなた達も人のことを笑っている場合じゃありませんよ!友達なら彼女を注意しないと。そんなだから、あなたたちはまとめて三馬鹿と呼ばれてるんじゃありませんか?」
急に教室中に名指しされ、アンナはびくりとして固まった。レイセンは、顔を真赤にしながら、へなへなと身を縮こまらせた。その様子を見て、クラス中に静かな笑いが広がった。
そんな中、試験をぶち壊しにされたセーラは、つかつかと足音を立てながら教室を横切ると、イレインの脇を通り過ぎて、ドアンナの真横に腕を組んで仁王立ちになった。
【セーラ 】───「(ಠ_ಠ)……ドアンナさん?」
そばでにらみつけるセーラに、ドアンナはそっぽを向いて答えた。
【ドアンナ】───「(  ̄^ ̄)……何よ」
つっけんどんなドアンナの返事に、セーはの怒りを爆発させた。
【セーラ 】───「ヾ(`ヘ´)ノ゛んむむむむ(♯▼皿▼)ノノノっっきぃぃいいい!!!」
セーラは突然大声で奇声を上げると、丸めた拳でドアンナをぽかぽかぽかと叩きだした。
【ドアンナ】───「痛っ!痛っ!先生、このひとを止めてください!(;´Д`)」
ドアンナが頭をかばいながら懇願したが、イエレンは冷たく言い放った。
【イレイン】───「いいえ止めません。セーラさんが怒るのも無理のないことです」
【ドアンナ】───「そんなあ(; ̄Д ̄)」
イエレンは教卓の方を指でさしながら、言った。
【イレイン】───「なんならいい機会ですから、ドアンナさん。あなた今から試験をやってみせなさい」
【ドアンナ】───「げ」
ドアンナは、そろりそろりと立ち上がり、のろのろと教卓の前まで進み出た。彼女が教卓の前に立ち、教室中を仰ぎ見ると、男も女もひとり残らず、にやつきながら彼女を眺めていた。
彼女は最後列の自分の席を見た。すると、アンナは頬杖を付きながら、そしてレイセンは白い歯を見せながら、彼女ににまにまとした視線を送ってきた。(あの野郎ども、覚えてろよ)彼女はそう思った。
ドアンナは、一つ肩で息をついた。そして、蝋燭の炎に手をかざした。灯火の放射熱が肌を焼き、手のひらに玉の汗が浮かび上がった。しかし、彼女はためらうことなく、両手で炎を包み込んだ。そして、彼女は目を閉じ、その手に魔法の力を込めた。
その途端、教室の中を、いわば爆発の衝撃波のような、魔力の圧力が通り過ぎた。
慣れているとはいえ、幾人かの生徒は、他人の魔力に身体を貫かれ、おもわずおののいた。最前列に座る生徒などは、衝撃で心臓の鼓動が急激に高まり、胸に手を当てたほどだ。
それは、急激な魔力の高ぶりが生み出す、疎密波の壁だった。この莫大な力こそ、普通学校ですら座学も実技も最下層のドアンナが、特待生としてこの学校に通っている理由なのだ。
クラスメートたちは6年間に渡り、彼女の扱う膨大な魔力を嫌というほど見てきた。いや、むしろそれは、見せつけられてきたという方が正しい。
魔法使いの卵たちは、いまや口を閉ざし静まり返っていた。これから起こるだろう魔力の奇跡を、皆が予感し、期待し、そして憧憬した。
静まり返った教室の様に、ドアンナは気づかない。彼女の極端な集中の様が教室にさらなる静寂を産んだ。みななるべく音を立てないようにと、呼吸の音すら細く小さくなった。
ドアンナは、セーラの魔術を可能な限り鮮明に脳裏に思い描き、それを再現しようと試みた。
ゆらいでいた蝋燭の炎は、やがて動きを止めた。その赤い火の頂点は、まるで細い蜘蛛の糸のように、細く高く天井へと舞った。
ドアンナの手の中で、炎の糸は屈折した。それは幾度も幾度も折れて曲がり、重なりあった。その様はまるで、蚕が細い絹の糸を紡ぐようであ
った。
そして、蝋燭の真横に、マリモのようにこんがらがった、ひとかたまりの糸くずを形作った。
イレインは再び教室を横切ると、その糸くずを指さしながら聞いた。
「……ドアンナさん、これはなんですか(·_·)」
「え~これは有名な詩です。なんとかかんとかさんの(´ε`;)」
「ほう、このゴミの塊のようなものが詩ですか?」
教室の奥で、一人の男子が吹き出した。
「では声に出して読んでください(·_·)」
「ええ~それは……うう(; ゜゜)……ええと……それは……風の!」
「風の?」
「ええ……うーんと……風の……風の……」
教室に、クスクスとい笑い声が、さざめきのように広がっていった。イレインは出席名簿を持ち上げると、ドアンナの頭をべコリと叩いた。
「……(=_=)補修!」
「ひん(;▽;)」
ついに誰かが吹き出し、教室におおきな笑い声が響き渡った。その声の大きさは、隣の教師が様子を見に来るほどだった。
ドアンナは席に戻され、試験は再開された。そして、ひとり、またひとりと合格し、ついには全員が合格した……ドアンナの全員は。結局、ドアンナはただ一人、補修のために放課後に残るよう言い渡された。
【イレイン】「さて、今日で今学期の授業は終わりですが、最後にひとつ、大事なお話あります」
教室は静まり返った。先生がこれから何を話すか、みなわかっていたからだ。
【イレイン】「今日は、王女殿下がみなさんと受ける、最後の授業になります。王女殿下、こちらへ」
教室の、最後列右端に座っていた生徒が、席から立ち上がった。彼女の、赤く豊かなウェーブした髪が、窓から差す光に照らされて、輝いた。彼女は、教壇の前に立つと、三角帽を脱いだ。
やがて、彼女の頭上に、黄色く輝く天使の光輪が現れた。光が生徒たちを照らした。アマンダは、一呼吸を置いて、話し始めた。
【アマンダ】「みなさん、今日まで私と共に授業を受けてくれて、本当にありがとうございます。みなさんと過ごした六年間は、私にとってとても幸福なときでした。みなさんは、私の誇りです。これから、みなさんはそれぞれ別の進路に進んでいくでしょう。でも、いつまでも、この教室で学んだことを忘れないでください。そして、いつまでも、自分を信じて、夢に向かって進んでいってください」
アマンダは、生徒たち一人ひとりに目を合わせながら、そう言った。生徒たちの何人かは、アマンダの言葉を聞いて、涙を流した。彼女は、最後にイエレンに向き直り、言った。
【アマンダ】「先生、今日まで本当に、ありがとうございました」
イエレンは、目に浮かぶ涙を拭った。
ひとり、またひとりと手を叩き出し、やがて教室中に、拍手が鳴り響いた。その万雷の拍手の中、最後席のドアンナが立ち上がり、前へと進み出た。
彼女は、その両手に、薄葉紙に包んだ目一杯のガーベラを抱えていた。ガーベラの花言葉は、神秘、そして希望だ。
ドアンナは、アマンダの前に立ち、言った。
【ドアンナ】「アマンダ、おめでとう」
【アマンダ】「ありがとう」
アマンダは、両手いっぱいの花束を受け取った。それは、あまりの量が多くて、アマンダの顔が埋もれてしまうほどだった。
【アマンダ】「……多( ̄▽ ̄)」
花束越しにアマンダノくぐもった声が聞こえた。
教室は、再び笑いに包まれた。こうして、終業式の日、王女の最後の授業の日は、幕を閉じた。
「さて、今日で今学期の授業は終わりですが、最後にひとつ、大事なお話あります」
教室は静まり返った。先生がこれから何を話すか、みなわかっていたからだ。
「みなさん、今日まで私と共に授業を受けてくれて、本当にありがとうございます。みなさんと過ごした六年間は、私にとってとても幸福なときでした。みなさんは、私の誇りです。これから、みなさんはそれぞれ別の進路に進んでいくでしょう。でも、いつまでも、この教室で学んだことを忘れないでください。そして、いつまでも、自分を信じて、夢に向かって進んでいってください」
アマンダは、生徒たち一人ひとりに目を合わせながら、そう言った。生徒たちの何人かは、イレインの言葉を聞いて、涙を流した。彼女は、最後にイエレンに向き直り、言った。
イエレンは、目に浮かぶ涙を拭った。
ひとり、またひとりと手を叩き出し、やがて教室中に、拍手が鳴り響いた。その万雷の拍手の中、最後席のドアンナが立ち上がり、前へと進み出た。
彼女の両手には、いつの間にか薄葉紙に包んだ、目一杯のガーベラを抱えていた。ガーベラの花言葉は、神秘、そして希望だ。
ドアンナは、アマンダの前に立ち、言った。
「先生、今日まで本当に、ありがとうございました」
「ありがとう」
イレインは、両手いっぱいの花束を受け取った。それは、あまりの量が多くて、彼女のの顔が埋もれてしまうほどだった。
「……ちょっと多いわね( ̄▽ ̄)」
花束越しにイレインのくぐもった声が聞こえた。
教室は、再び笑いに包まれた。こうして、終業式の日、王女の最後の授業の日は、幕を閉じた。
ドアンナさ、、補修
そして、ドアンナの補修にみんなが付き合う
「ぽまいら!!!」
「なんとかの炎お
「
@炎!
突如、爆発し、コントロールを失った。
教室の窓ガラスは吹き飛んだ
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
やがて終業の鐘がなった。皆、イレインに挨拶し、そしてそれぞれの思いを胸に、教室を去った。
ドアンナもそんな人間お一人だ。彼女も教室の扉をくぐった…ところで、むんずと襟首を掴まれた
「よっしゃああ、合格ぅぅうう」
合格じゃん
あなたねえ
「ドアンナさん、あなたは補修です」
「ひん!せっかく感動的な別れだったのに」
「だからこそですよ。あなたに厳しくすることは、これは愛のムチです
「ひ~ん」
それにいい忘れていましたが、あなた太鳳はこれで最後ではありませんよ。あなたには夏休みの間中補修で会うことになるでしょう」
「ひんひん!」
飛び降りる瞬間に見えた入れ員の買おうぁ、笑っていた。
ダイブ、ダイブ!
先生、こちらへ来てください
飛び降りる
下ではm,魔法の水の玉が浮かんでいた。ドアンナは、その水の玉に飛び込んだ。
見上げると、イレインが窓から顔を出していた。皆は、彼女に手を振った。そして、街の喧騒へと繰り出した。
「いや~まいったまいった」
「あんた、それでよく学者になろうとか思えるよね……」
城下町では、王女の戴冠を祝う祭りが開かれていた。ドアンナたちは、
街中は、人々の歓声と笑顔で溢れていた。
色とりどりの屋台が立ち並び、人々は食べ歩きや買い物を楽しんでいた。
ドアンナの鼻に、甘い匂いが漂ってきた。彼女は、匂いにつられてフラフラと通りの脇へとそれた。
【ドアンナ】「(☆∀☆)クレープ欲しい!」
ドアンナが、クレープ屋の行列を指さして言った。
【ドアンナ】「(⊙ꇴ⊙)クレープ欲しい!」
【レイセン】「( ̄Д)……じゃあ買えば?」
金髪ボブの少女がそう答えた。彼女は、ドアンナとつるんでいるクラスの三馬鹿トリオの一人で、レイセンといった。
彼女は、亜人だった。細く柔らかい金色の髪の間から、ピンとたった狐耳が突き出していた。膨らんだローブの裾からは、金色に輝く狐尾が覗いていた。
彼女は、はるか東方の瑞穂の国から来た。ローラントが瑞穂と国交を結んだ際、数多くの金色の国礼に混じって、漆の棺に入れられて彼女が送られてきたのだ……つまり、彼女は愛玩品の一つだった。しかし、王は彼女を自由にした。そして、彼女は、普通の少年少女と同じ様に学校に通い、魔法使いの道を歩んだ。
【ドアンナ】「(≧∇≦)買えない」
【レイセン】「( ̄Д)なんで?」
【ドアンナ】「(^o^)o お金がないから!」
【レイセン】「( ̄Д)なんでお金がないんですか?」
【ドアンナ】「( ゜∀ ゜)それは、貧乏人だからです!」
【レイセン】「( ̄Д ̄) 奇遇ですね。わたしも貧乏ですのでお金がありません」
【アンナ 】「ははは、まったくもう。(ノ´ー`)しょうがないわね~」
薄紫色のショートボブをした女の子が、笑いながら財布を出し、列に並んだ。そして、三人分のクレープを買った。
「セーラ様ぁ~ぐへへへ」
「あじゃっすあじゃっす」
「」
「」
彼女の名前はアンナと言った。彼女もまた、三馬鹿トリオのうちの一人だった。彼女はたった一つの魔法しか使えず、学校では、常に落第未満の成績しか得ることはできなかった。
それでも彼女は進級し、そして卒業するだろう。なぜなら彼女の魔法は、特別だからだ。彼女は、闇の魔法の使い手だった。
闇の魔法は、本来、悪魔のみが扱うことのできる魔法だ。彼女の出自も、なぜ闇の魔法を扱えるのかも、全ては禁忌のベールに包まれていた。彼女は、本来、普通の人間が触れることのできない、国体の秘密だった。彼女は本来、日の当たるところに出ることはない人間だった。
しかし、彼女はこうしてドアンナたちと肩を並べ、王女とともに魔術を学び、そして共に遊んだ。あるいはそれは、王たちの実験なのかもしれない。しかし、それでも、彼女がドアンナとレイセンとの、無二の親友であるという事実は揺らがなかった。
アンナはクレープをドアンナとレイセンに手渡した。ドアンナは、クレープにぱくりと噛み付いた。
【ドアンナ】「( ‘༥‘ )ŧ‹”ŧ‹”」
【レイセン】「(๑°༥°๑)ŧ‹”ŧ‹”」
【アンナ 】「( ˘ω₍˘ )ŧ‹”ŧ‹”」
【ドアンナ】「(○`~´○)ゴックン」
【レイセン】「('-'*)……」
【ドアンナ】「(・ω・ )……」
【アンナ 】「( ・ω・)……」
【レイセン】「(゜ε゜ )ブッ!!」
【ドアンナ】「( ´∀`)アハハハ!じゃあ、そろそろ行こっか」
大声で笑い転げる女学生に、通りを行き交う人々はちらりと怪訝な視線を向けた。三人は、そんなことはちらりとも気にせず、再び道を歩き出した。
道は、進めど進めど人々の雑踏でいっぱいだった。大通りでは、あちらこちらで様々な出し物が行われていた。
高い柱の庇に、エルフの吟遊詩人が腰掛け、リュートを奏でながら歌を歌っていた。目を閉じ、金の長い髪を揺らしながら歌う歌人を、若い女の子が恍惚とした表情で見上げていた。
その先の広場では、人々が旅のサーカスを取り囲んでいた。太った大道芸人が口から火を吹くと、人々が歓声を上げ、逆さに置いたシルクハットにコインを投げ入れた。
【レイセン】「(゜∀゜ )あたしもあれならできる!」
レイセンは突然そう叫ぶと、演者たちの輪に入ろうとした。ドアンナたちは、あわててその手をひっつかんだ。
【アンナ】「(^。^;)こらこらこら」
【レイセン】「( ̄▽ ̄)別に冗談だっつーの」
【ドアンナ】「(´▽`;)お前ふざけんじゃねーぞ」
彼女達がその場を離れ、道を進むと、人だかりから歓声が上がっていた。中を覗いてみると、東方から来た踊り子たちが、ほとんど半裸の格好で踊っていた。汗を振り払いながら踊る踊り子たちに、男たちの目は釘付けになっていた。際どい衣装からは乳房がこぼれ、下着の暗い場所から女性器の膨らみが覗いていた。こんな格好は、祭りの今しか許されないだろう。
レイセンがあることに気づき、二人をつつくと、指である人物を指さした。
【レイセン】「( *´ノェ`)あのさあ、あの黒い服のおっさん見てみ?」
【ドアンナ】「うん?」
【レイセン】「(*´ノo`)すげー勃起してる」
【ドアンナ】「そんなん知りたかないわよ(´▽`;)どこ見てんだ」
三人は、また笑いながらその場を離れた。
道の先は、さらに混んできた。彼女たちは、体を半身にしながら、人をかき分けて噴水のそばに進んだ。そこには、待ち人たちが待っていた。
【セーラ 】「(#゜Д゜)遅いですわよ!」
【ドアンナ】「ごめんごめん。クレープ屋に並んでたら遅れたわ」
【 レイ 】「お前らのんきに街歩きなんかやってるけどさ、そもそも補修は受けなくていいのかよ」
長い藤色の髪をツーテールにまとめた女が言った。彼女の名前は、レイと言った。丈の短いスカートに、高いハイヒールを履いていた。彼女は、セーラについで常に成績は二番手で、セーラとはいつもつるんでいた。
【ミランダ】「まあまあ。今日ぐらいなら先生も何も言いませんよ。ね?」
ミランダが言った。彼女は神官だった。腰までの丈の薄黄色の髪に、裾の長い真っ白なガウンを羽織っていた。彼女もまたセーラの取り巻きの一人であり、三人はいつも一緒に行動していた。
【ドアンナ】「いや、先生は私らのために、一人で教室に残ってた」
【ヒルダ 】「(; ゜∀゜`)っじゃいかなきゃだめじゃん」
薄緑色の、嵩の多いウェーブした髪の女の子が答えた。彼女は子供だった。彼女はヒルダと言い、二年飛び級でドアンナたちと学んでいた。彼女は、いつもセーラたちの後ろに引っ付いていた。
【ドアンナ】「いいんだよ今日ぐらいさぼっても。ペトラ、お前もそう思うだろ?」
【ペトラ 】「ぜったい行ったほうがいいとおもいますよ(ᓀ‸ᓂ)」
【ドアンナ】「はあ。あいかわらず冷た」
栗毛の巻き毛をした小人が答えた。彼女はペトラと言い、王女の侍女兼護衛だった。彼女は、普段は常いかなる時も王女のそばに付き添っていたが、今日は事情があって違っていた。。
【セーラ】「じゃあみんな揃ったところで、いきましょうか」
セーラがそう言うと、皆一同にうなずいた。そして彼女たちは、王城へと向かった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【セーラ 】「ここですか」
ペトラの案内で、彼女たちは橋の下の土手にやってきた。そこは、蔦の茂る湿った場所で、赤いレンガ造りの城塔の裏手だった。塔の最上階の遥か高い場所に、細い窓が見えた。
【ペトラ 】「ここです」ペトラが返事をした。「あの窓の奥に、アマンダ様がいます」
セーラはうなずき、荷物を方からおろして仁王立ちに成った。そして目を閉じ、両手を前に突き出して、魔法の呪文を唱えだした。
「―――――風に漂う海辺の霧 波に揺蕩う紅の髪 砂浜を噛む白磁の足 久しく見えぬ君……」
雲間に照らす赤い日差し エトピリカも鳴く晴れの兆し 空に聞こえる甘噛みの歌 人魚の涙を浮かべる魔法」
セーラがそう詠唱し、閉じたまぶたの下で祈りを捧げた。周囲の風がやみ、蔦の影で鳴いていた虫たちも声を潜めた。
やがて、彼女の広げた両腕の中に、ゆっくりと、青い輝きを放つ魔法の水球が現れた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アマンダは、授業が終わったすぐあとに、城へと舞い戻った。
スラムを抜けるの?」
「怖いか?
「いいえ、ただ・・・お祖父様には近づくなと言われていて
「懸命なお爺さんさんだな」
「お祭り、おもしろいですか
「ええ
「さよなら
「ええ!
彼女には、国賓の歓待という重要な仕事があった。彼らが遠路はるばるこの国へやってきたのは、とりもなおさずアマンダに謁見するためなのだ。
本来、戴冠式の合間に学校へ通う時間などはないのだ。彼女が終業式に出席したのも、すべては王のはからいだった。
そんな彼女はいま、国賓のなかでも非常に重要な人物と、会食を行っている最中だった。
会食の相手は、ミレイという名の、まだあどけない17歳の少女だった。彼女は、桃色の豪奢なドレスに身をまとい、その髪は金糸のように細く美しく、そして見るものを捉えて話さない深い青い色の瞳は、彼女が高貴なる血筋であることを示していた。彼女は、アリアンと呼ばれる帝国の皇女であった。
アリアンは、ちょうどこのローラントとは地球の真反対側にある、世界最高の力を持つ帝国だった。
この地球には、2つの大洋がある。その2つは、それぞれ単純にイーストブルーとウェストブルーと呼ばれている。この2つの海は、地球を縦に一周する大陸によって、ほとんど2つに分断されているのだ。
しかし一箇所だけ、2つの海がつながる、細い海峡がある。そこは、アルバトロス海峡と呼ばれていた。
アリアンは、そのアルバトロス海峡の南北を支配していた。それによって、世界の海運を支配し、かつ世界で唯一の東西の海にまたがる海軍を持つアリアンは、100年にわたり世界最強国家として君臨していた。その国力は、他のどんな国家も寄せ付けることはなかった。
アマンダのテーブルの向かい側に座っているのは、このような重要人物だったのだ。といっても、アマンダは緊張しているわけではなかった。
というのも、彼女とアマンダとは、古くから知った中だったからだ。
ふたりはお菓子を紅茶を食べていた
そのとき、外から声が聞こえてきた
【外の声】「アーちゃん!あーそーぼ!」
【ミレイ】「あらあら。かわいらしい名前ですこと。一体誰のことかしら」
【アマンダ】「それは、わたしです」
アマンダはそういうと、テーブル越しにミレイの手を取って言った。
【アマンダ】「ミレイ様、お願いがあります
ミレイ「はて、なんでしょう」
私、これから外に出ます。ですから、これから夜中まで、私と一緒にいたことにしてくれませんか」
【ミレイ】「え?それはどういうことでしょう」
【アマンダ】「頼みましたよ
アマンダは彼女の両手をギュッと握った。そして、返事も待たずに、窓に駆け寄り、足をかけた
【ミレイ】「ちょっと!アマンダ様」
ミレイは叫んだ。しかし、アマンダは振り返ることなく、その高い窓から、飛び降りた。
【ミレイ】「アマンダ様!」
ミレイは叫んだ。そして窓辺に駆け寄った。
恐る恐る下を見ると、地面には、なぜだか大きな水球が浮かんでいた。彼女は、水球の中に飛び込んだところだった。
アマンダは水球のなかから泳ぎ出ると、濡れた体で、はるか下方の地面から手をふると、
何処かへ向かって駆けていった
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
学園祭
があある
へえ
ぶつかる
いってーなぼけ
おん
やるのか?
聞かねーよ
ばこ
けけk
いっしょにまわろうぜ
こうして、みんなの出し物を見て回った。
「モウ一箇所、見に行かなきゃいけない場所があるんだけど…・
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
なら、スラム街を通ろう
近道だよ
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
こうして、闘技場までやってきた
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
王女はそう言った。ドアンナたちはうなずいた。そして彼女たちは、祭りの喧騒へと繰り出した。
お祭りに浮かれる昼下がりの街は、歓喜と未来への希望で溢れていた。子供から大人までが、街に繰り出し、無防備に、そして純粋に、隣人とも異邦人とも、互いに喜びを分かち合った。
なぜならこの国は、天使の光で照らされているから。彼らの未来に、暗い影は塵一つなかったから。
それは、ドアンナたちにとっても、歓喜の時間だった。そしてそれは、彼女たちの、最後の青春の時だった。
気がつくと、あたりはすっかり薄暗くなり、空は夕焼け色に染まっていた。
やがて夕方の鐘がなる頃、彼女たちは、時計塔のそばやってきた。なぜなら、そこには、待ち人がいるから。
時計塔の下に、5人の青年たちがいた。彼らは、ドアンナたちの同級生だ。そのうちの一人の、ひときわ明るい髪をした背の高い男が、彼女たちに向かって手を振った。
アマンダも、彼に答えて、小さく手を振った。
背の高い青年は仲間たちから離れ、ドアンナたちの方へ進み出た。アマンダも、ドアンナたちの輪の中から離れ、青年の方へ歩いた。
二人は互いにそばに立った。二人はゆっくりと手を絡めあった。青年は、アマンダの頭の上から、彼女の顔を覗き込んだ。
そして、二人は口づけを交わした。
二人は、恋人だった。
背の高い青年は、ダグラスといった。彼は、下級騎士の息子として、厳しい選抜をくぐり抜け、ローラント第一魔法学校で、王女とともに学ぶこととなった。二人はそこで出会い、いつしか物心ついた頃から、愛し合っていた。
それは身分違いの恋だった。二人の愛は、成就することはないだろう。だから今だけでも、二人には、できるだけそばで、共に時間を過ごしてほしかった。
ドアンナは、少し肌寒さを感じた。気づけば、あたりはすでに暗くなっていた。
【ドアンナ】「さあて。そろそろおこちゃまは帰る時間かしら」
ドアンナはヒルダに言った。ヒルダは頬を膨らませて反抗した。
【ヒルダ 】「まだ帰りたくないです。他にも子供なんて、たくさんいるじゃないですか」
そう言って、ヒルダはペトラを見た。ペトラは顎を引いて、ヒルダを睨み返した。
【ペトラ 】「なんで私のほう向くんですか。これでも私は十八歳なんですが(ᓀ‸ᓂ)」
【ヒルダ】「ひん」
【 レイ 】「ヒルダ、わがままいってないで帰んな。門限過ぎたら寮監にどやされるよ」
【ヒルダ 】「でも、あたしもみんなと一緒に花火みたいから……」
【ミランダ】「ごめんなさいね。あなたを飛び級入学させるとき、学校はあなたの御両親と色々約束してるのよ。例えば友達いっぱい作ってあげてとか、夜遊びはさせないでとか、そういうことをね」
【ヒルダ 】「でも……」
【ミランダ】「私も一緒に寮に帰るから、屋上で緒に花火見ましょう」
【ヒルダ 】「……うん、わかった」
ヒルダは、渋々納得した。そして、皆を振り返り手をふると、ミランダに手を繋がれて、寮へと帰っていった。
【 レイ 】「ああ見ると、まだまだ子供だな」
【ドアンナ】「そうだね」
ドアンナはヒルダの背中を見送った。気づくと、アマンダたちも歩きだしていた。ドアンナたちは、遠巻きにふたりについていった。
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日が落ち、空は暗くなった。しかし、祭りの夜ははじまったばかりだ。出店の明かりで街は煌々と照らされて、人びとの足どりは絶えることはなかった。
宿はどこも満席だった。ここ数日はどの家も不夜城のごとく、夜遅くまで明かりが点っていた。
アマンダとダグラスが止まっている宿も、そんな宿の一つだった。ふたりはバルコニーに立ち、祭りの喧騒を見下ろしながら、長いこと抱き合っていた。アマンダは、下から見上げているドアンナたちに気づくと、笑いながらしっしと手を払った
「あっちいけってさ」
「なんか猫でも追っ払うみたいな感じだったね」
やなかんじ~」
もちろん、この会話は見知った仲の冗談である
「まあここからどけっていわれてもね~どこから監視すればいいのやら」
「向かいの屋根とかはどうだろう」
「そうだな、あ。」アンナが指さした「あそこアイルがいるよ」
金糸を風になびかせながら、引いとりの青年が立っていた。
「いってきなよ」
ドアンナ「うん」
レイドアンナ!」レイが言った。「今日こそ告白しなよ」
ドアンナ「うん」
「ほら、酒もってけ」彼女に、お酒を手渡した。」
「頑張れよ」
ドアンナは、通りの向こうに駆けた。
ドアンナは、通りの反対側の家の屋上に登った。なるべく王女とダグラスは二人きりにしたいが、だからといって護衛を解くわけには行かないので、こうして遠くから監視しているのだ。彼女が屋上へ続く階段をそろそろと上ると、そこにはすでに、見知った先客がいた。
【アイル 】「あんな窓辺でいちゃいちゃされちゃかなわんな。いつどこで誰に見られるやら」
男が言った。彼は、細い金色の髪に、赤い唇を持った、美しい男子だった。彼の名前はアイルといい、ドアンナとは古い馴染だった。彼もまた、王女の同級生であり、王女と同じ学舎で学んでいた。
アイルは荷袋から遠眼鏡を取り出すと、向かいの窓辺を覗き込んだ。ドアンナは、横目でアイルの横顔を覗きながら、言った。
【ドアンナ】「あのふたり、うらやましいな。」
【アイル 】「ん?」
【ドアンナ】「恋していて。愛し合っていて。絶対に叶わない恋でも、今は互いに夢見てるから」
【アイル 】「なんで叶わない恋なんだ?」
【ドアンナ】「え?だって、身分が違いすぎるじゃない」
【アイル 】「別に王は問題にしてないだろ」
【ドアンナ】「え?……なんであなたにそんなことわかるの?」
【アイル 】「さあ」
【ドアンナ】「さあって何よ……」ドアンナは、手に持ったスキットルの、歪んだ鏡面に映し出される自分の顔を覗き込みながら、言った。「あなた、恋とかしたことあるの」
【アイル 】「そりゃあるよ」
【ドアンナ】「嘘よ、あなたみたいな朴念仁が」
【アイル 】「なんだそりゃ」
【ドアンナ】「じゃあ聞くけど、あなたって好きな人いる?」
【アイル 】「……話したくない」
【ドアンナ】「いいから答えなさいよ、誰なの」
【アイル 】「あー、それは……アリアだよ」
【ドアンナ】「え」
彼女は、腰までの丈の亜麻色の髪を持った。彼女は、エルフの王女だった。彼女もまた、王女の学級の同級生だった。
エルフの中でも飛び抜けて優れた容姿を持つ彼女は、この学校の中で、もっとも美しい女性だった。
【ドアンナ】「いやいやいやいや……あなたには無理じゃない?高嶺の花すぎるでしょ」
【アイル 】「いや、ていうか……おれたち、付き合ってるんだけど」
【ドアンナ】「え(゜ロ゜)」
ドアンナは、二の句がつけなかった。スキットルが、ドアンナの手から滑り落ち、床に衝突してガシャンと大きいな音を立てた。
彼女は、震える手でそれを拾い上げた。
【ドアンナ】「え……うそでしょ……それっていつから?(¬o¬;)」
【アイル 】「十三のときから」
【ドアンナ】「んな(@_@;)」
ドアンナは急に足取りがおぼつかなくなり、ふらふらと欄干にもたれかかった。
うそだ。ありえない。十三ってことは、五年間も?そんなこと、全然気づかなかった。ありえない。わたしはずっと、隣にいたのに。
あたしのほうが、アイルのこと、先に好きだったのに。
いつから彼を愛していたのかは、自分でもよくわからない。ドアンナはいつも、彼の美しさを目で追っていた。年頃になり、かれの美しい金髪が、透き通るような白い肌とコントラストをなす赤い唇が、ほかの女子にとっても特別なものなのだと知ってから、自分の視線が恋心だと気づいたのだ。
目尻に涙が溢れ、ドアンナは顔を背けた。この涙を見られたら、どうしよう。この涙の意味を悟られたら、自分はどうしよう。
ドアンナは、やけくそにスキットルを呷ると、一気に中身を飲み干した。急に酔いが回り、頭がズキズキと痛みだした。
【アイル 】「お、あいつら、はじめるみたいだぞ」
アイルが通りの向こうを見て声を出した。アイルの視線を追うと、通りの向かい側で、ちょうどアマンダが窓のカーテンを閉じたところだった。部屋の奥の卓上ランプにに照らされて、彼らの姿が影と成ってカーテンに映し出された。 それは、まるで宿のバルコニー一面をつかった影絵劇のようだった。
ふたりは、互いに体を寄せ合い、口づけを交わした。次いで、互いの服を弄ると、お互いに上着をはだけあった。
アマンダの上を向いたつんと立った乳首が、クリーム色のカーテン一面に投射された。
通りを行き交う人々が、その痴態に気づき、立ち止まると、おおー、と感嘆の声を上げ、二階の窓を見上げた。
「おいおいおい」
「これまずいんじゃ」
影絵の中で、ダグラスはアマンダをベッドに押し倒した。そして、背中を向かせると、尻を高く突き上げさせた。
ダグラスの屹立した陰茎がカーテンに映し出されると、通りの群衆が黄色い歓声を上げた。彼はアマンダの尻を掴み、広げると、腰をゆっくりと近づけると、怒張したそれをアマンダの中に差し込んだ。
通りは歓声に湧いた
「やめやめやめやめ」
ドアンナが叫んだ。しかし、そんな声も届くはずはなく、ダグラスは腰を振り始めた。
下の通では大歓声が湧き、手を叩いて囃し立てる者、指笛を吹くもの、大騒ぎになった。しかし、ダグラスたちは、外でなにか催し物に湧いているのだと勘違いしているのだろうか、構わず腰を振り続けた。
「やめろーーーー」
ドアンナが大声で叫んだ。一瞬ダグラスの動きが鈍った気がしたが、再び、腰を振り始めた
「セックスやめろーーーーーー」
彼女は更に叫んだ。
【ドアンナ】「セックスやめろ!セックスやめろ!セックスやめろ!!( ゜ロ゜)!(`皿´)~セックス!ヽ(`Д´)ノセックス!セックス!セックス!セックス!」
通りの向こうのカーテンが揺れ、ドアンナの怒った顔が勢いよく飛び出した。彼女はドアンナをキッと睨みつけると、次いで階下の群衆に気づいた。
彼女は目をまんまるにしたあと、あわてて部屋の奥に引っ込んだ。
「ぎゃははh ざまあ うっ」
ドアンナは、酒の勢いでよろめき、欄干の下に真っ逆さまに転落しそうになった。
アイルが慌てて駆け寄り肩をつかむと、彼女はその手を払い除けた。
【ドアンナ】「さわるなぁ!この唐変木がぁ!……この……この……この……うっ……(꒪ཀ꒪)ぅおええええええ」
ドアンナは、ゲロを噴水のように吐き出した。アイルは彼女の肩を抱くと、ゆっくりとベンチに座らせた。
彼女は胃の中をすべて吐き出し、ようやく呼吸を落ち着けた。そして、アイルの顔を間近で覗き込んで、話しかけた。
「ねえ」
「うん?」
【ドアンナ】「あなたが好き」
【アイル 】「……ごめんな」
アイルは、そう答えた。
ドアンナは押し黙った。そして目をそらし、自分の足元を見つめた。
アイルは黙ってその横顔を見つめていた。ふたりは互いになにも喋らず、そうしてそのまま時間だけが過ぎた。
【アイル 】「なあ、下にレイセン達集まってるぞ」
愛瑠は道の下を覗きながら言った。レイセンたちが歩道に集まって、ドアンナたちの方を見ながら何やらひそひそと話していた。
【アイル 】「俺たちはここで監視してるから、お前たちは花火見に行ってきたらどうだ?」
【ドアンナ】「あたしはいいよ」ドアンナは涙を拭いながら言った。「ここからでも花火は見れるし」
【アイル 】「別に遠慮するなよ。お~い、レーセン!」
アイルは大声で下の大通りに向かって呼びかけた。レイセンたちはこちらを見上げ、ドアンナと目があった。しかし、彼女たちは、なにか耳打ちし合うと、海岸の方へ歩いていった。
【アイル 】「なんだあいつら。お前のことほっといていっちゃったぞ。薄情な奴らだな」
【ドアンナ】「ははは、そうかもね……( ̄^ ̄゜)」
突然、花火が空に上がるひゅるるという音が、夏の夜空に響き渡った。
赤く輝くかんしゃく玉は、空高くに舞い上がると、色とりどりの火花となって、夏の夜空に大きな花を咲かせた。
次々に、大小の花火が打ち上げられた。通りを征く人々は、立ち止まって、花火を指さした。
明るく瞬く火花の閃光が、人々の笑顔を色とりどりの光で照らした。
【ドアンナ】「綺麗だね」
【アイル 】「だな」
ドアンナは、彼の横顔を見つめた
それでもやっぱり、このひとが好きだ。
屋根に腰を下ろすと、誰も気づかないぐらいほんの少しだけ、アイルの方ににじり寄った。
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