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勇者の帰還報告

勇者クロードとその一行は、王都の喧騒を背に、静寂に包まれた王座の間へと足を踏み入れた。玉座には、老練の貫禄を漂わせるエルドアン王が座している。王の右手にはセレスティア王女が控え、王の左手にはクロードが知らない老エルフが静かに立っていた。


彼らは、長い謁見の間を、コツコツと足音を響かせながら歩いた。そして、王のお膝元まで来ると、ゆっくりと膝を折って最敬礼を捧げた。


【 王 】───「勇者クロードよ、あらためて言う。よくぞ無事帰還した。魔王討伐の功績、見事なり。お前こそは、まさに国の誉じゃ」


エルドアン王の言葉に、クロードは顔を上げた。


【クロード】───「陛下、お言葉をありがとうございます。これは、私一人の力では成し遂げられなかったことです。共に戦った仲間たちの尽力があったからこそ、魔王を討伐することができました。」


クロードは、謙虚に頭を下げた。王は、クロードの言葉にて優しく微笑んだ。


【 王 】───「うむ、貴様はまことに謙虚な男よ。戦士アラゴー、剣士ゲイル、僧侶リッター、魔法使いモニカ、賢者エレン、諸君らの勇猛果敢さは、誰もが認めるところである。諸君の活躍は、後世に語り継がれよう」


王の言葉に、皆は今一度頭を下げた。


【クロード】───「それでは王様、オラクス討伐の顛末について、ご報告させていただきます。」


こうしてクロードは語りだした。


【クロード】───「オラクスとの戦いは、やつの城塞である「黒曜の塔」にて行われました。黒曜の塔は、火山島であるエーゲ島の山頂にそびえ立つ巨大な塔で、その周囲には火口を住処とする魔物たちが無数に徘徊していました。先遣隊の報告によれば、塔の内部は迷路のように入り組んでおり、様々な罠が仕掛けられているとのことでした。


戦いは、数日間に及びました。我々は火口の魔物を排除する防御隊と、城に突入する突撃隊とにわかれました。突撃隊は魔物たちの群れを突破し、様々な罠を乗り越えながら、なんとか塔の最上階へとたどり着いたのです。


最上階には、オラクスが待ち構えていました。オラクスは圧倒的な力を持ちり、私たちは苦戦を強いられた。しかし、仲間たちの奮闘もあり、ついにあと一歩のところまでやつを追い詰めました。


しかし、それは罠だったのです。我々が最後の突撃を敢行した時、突然空から大量の雹が降り注いできたのです。おそらく極大魔法の一種であるそれを、塔の屋上の一箇所に攻撃を集中させることで、威力を高めた。多くのものが雹に打たれて死に、ローウェン様もまた、その際に討ち死になされました。


私達が敵を探したところ、火口の反対側に魔法使いの姿を見たのです。私達は一か八か二手に分かれ、ゲイルとモニカは塔から飛び降りると、魔法使いに向かって突撃した。魔法使いは身を翻して逃げましたが、そのおかげで雹は止んだ。そして、さらなる闘いの末、オラクスを打ち倒したのです。

その後、その人間の魔術師については、くまなく捜索しましたが、見つけることができませんでした。おそらく、海へ逃亡したのもかと思います。我々は勝利しましたが、ローウェン様の命は、失われたのです。アラゴー」


アラゴーと呼ばれた男が立ち上がった。この男は、身の丈7フィートはあろうかという超人的な肉体の持ち主だった。男らしく短く刈り上げた髪に、額から右目に走る傷が、このものの勇猛さを物語る。生まれはここより遥か北の、アルフレードと呼ばれる大陸最北の国の出身出会った。彼は、天使降臨の出来事を知ると、数えでわずか8つのときに故郷を発ち、遥か五千マイルの旅路を一人で歩きこの国へた。そして、聖地巡礼の冒険者の旅に加わり、およそ十年もの間闘いに明け暮れた、まさに猛者の中の猛者であった。

アラゴーは立ち上がると、ゆっくりと王の眼前まで歩みを進めた。その胸に抱えられていたのは、茶色い光沢を放つ木の箱だった。王は、一言も発さずにアラゴーを見つめ、その箱が開けられるのを待った。

箱の蓋がゆっくりと持ち上げられると、その中のものが王の視界に飛び込んできた。それは、白い頭蓋骨であった。それは、国のために勇猛果敢に戦い、戦場に散ったローウェンの遺骨であった。


【セレスティア】───「あなた!」


王女は叫ぶと、アラゴーのそばまで駆け寄り、ひしとその骨壺を抱きしめた。そして彼女は泣いた。彼女の涙を遮るものは、誰もいなかった。広い謁見の間に、ひとつ王女の慟哭だけが響き渡っていた。


王女はひとしきり涙を流した後、控えの間に下がった。王は、しばしの沈黙の後、再び口を開いた。


【 王 】───「……してモニカよ。手紙にあった例の氷は」

【モニカ】───「は。ここに」


モニカはそう言うと、袋からあるものを取り出した。

それは一見するとただの氷のように見えた。しかし、よくよく見ればそれは濡れている様子はない。この夏の暑い日に、氷が解けずにいるということはありえない。

王はそれを手に取ると、言った。


【 王 】───「冷たいな……」


その石は、やはり氷のように冷たかった。

水晶を掴んでいる指先は、冷たさに白くなっている。

王は、試しにそのクリスタルを握り込んでみた。冷たさに手が痛みを感じたが、手を開いても、やはり氷を握ったときのように、水が溶け出したりはしない。


【 王 】───「トキよ、触ってみてくれ」

【トキ 】───「は」


トキと呼ばれたエルフは、手渡されたそれを手に握った。そして、しばらくくるくると手の上で回したが、やがて王に返した。


【トキ 】───「溶けませぬが、やはり氷としか思えません」

【 王 】───「うむ……これは、確かに空から降ってきたのだな」

【モニカ】───「は。その氷礫に貫かれ、多くのものが命を落としました」

【 王 】───「扇よ、どう思う」

【トキ 】───「私の記憶の限りでは、”大乱の雹”によってふらされる氷に見えます。やはりスタウダマイアーのものに見えます」

【 王 】───「モニカよ、今一度聞く。この魔法を使った男に、左手はあったのだな」

【モニカ】───「は。間違いなく両腕がありました。なぜなら両手で杖を握っていたからです」

【 王 】───「しつこく聞くが、確かだな」

【モニカ】───「は。確かです」

【 王 】───「そうか……」


王はあらためて氷の手の上で転がした。そして訊ねた。


【 王 】───「これを溶かしてみようとはしたか?」

【モニカ】───「は。沸騰した湯に入れたり、炭の入った壺に入れるなどしてみましたが、溶けず。かえって湯が凍り、炭は火が消える始末であります」

【 王 】───「これは、本当に間違いなく氷なのか?」

【モニカ】───「スペクトル分析の結果、やはりこれは氷であると」

【 王 】───「スペク……なんだそれは」

【モニカ】───「透明なものを太陽の光に翳すと、光は虹色に分かたれます。そして、その光の分かれ方は物質によって、異なるのです。ガラスなら細く、水晶なら太く、などです。そしてこの氷……というか氷と思われる石の虹の分かれ方は、まさに氷そのものでありました」

【 王 】───「そうか」


王はモニカに氷を返すと、言った。


【 王 】───「モニカよ、これは永久機関と呼べると思うか」

【モニカ】───「わたくしはそう考えます。間違いなくこれは、永久機関です」

【 王 】───「そうか……ではドレッドノートの意見が聞きたい」

【クロード】───「は。では失礼して」


クロードはそう言うと立ち上がった。そして腰の帯から鞘を抜くと、両手に剣を持ち、鞘から刀身を引き抜いた。すると、鞘の隙間から、眩しい光が溢れ出した……。やがて目が慣れた時、そこには、はだけた肌に赤いトガを纏い、黄金の髪を持った、一人の霊体が浮かんでいた。王が話しかけると、その霊体は麗しい声で答えた。


【 王 】───「ドレッドノート」

【ドレッドノート】───「久しぶりだな、エルドラン」

【 王 】───「早速だがこの氷について訊きたい。お前はこれが、永久機関だと思うか?」

【ドレッドノート】───「エルドランよ……昔話したとおもうが、この世に永久機関など存在せん」

【 王 】───「ではこれは一体なんなのだ?」

【ドレッドノート】───「エルドランよ。人間が永久機関と呼ぶものはすべて再帰性能力の一時的な顕現に過ぎん。なにかが一見無限の力を持つように見えるのは、それが人間の時間尺度でそう見えるだけだ。例えば太陽のように」

【 王 】───「この氷を海に放り込むとどうなる?」

【ドレッドノート】───「どうなるとおもう?」

【 王 】───「ドレッドノートよ……」

【ドレッドノート】───「何もおきん。たとえそれが永久機関であっても……海はその広大な表面積から太陽の光を吸収し、夜になればその熱は星の外へ逃げてゆく。その膨大な循環の中で、氷の一粒などあってないようなもの」

【 王 】───「つまり具体的にどうなる?」

【ドレッドノート】───「氷はある程度の大きさまで成長するだろう。しかし、氷が大きくなれば当然その表面積も広がる。ある時点で氷が吸収する熱量と外部から受け取る熱量が釣り合い、成長しなくなる」

【 王 】───「具体的には、どれぐらいの大きさになるんだ?」

【ドレッドノート】───「こぶし大ぐらいだろうな」

【 王 】───「そうか。では兵器には使えないな」

【ドレッドノート】───「ああ、残念だが」

【 王 】───「そうか。俺はこれで、船でも作ろうと思ったんだがなあ」

【ドレッドノート】───「船?」

【 王 】───「ああ。冬場になると氷河が港を埋めるだろ?あの氷河の一つに乗って、遠くにでも漕ぎ出せればなぁ、と昔思ったんだ」

【モニカ】───「それは面白いアイデアでございますね」


モニカは思わず話に入ってしまい、はっとして口を覆った。だが、王は気さくに続けた。


【 王 】───「だろう。だが当然、海を渡り切る前に溶けちまうだろう。昔面白いアイデアだと思って誰かに話したんだが、そう言われてなあ」

【トキ 】───「王様、それは私でございます」

【 王 】───「おお、そうだったかそうだったか。すっかり忘れてたよ。ずいぶん昔の話だなあ」

【ドレッドノート】───「……」

【 王 】───「なんだ、ドレッドノート?まさか有望なアイデアのか?」

【ドレッドノート】───「……」

【 王 】───「ドレッドノートよ、どうした?」

【ドレッドノート】───「……これは、お前が自分の力で思いついたのだから、話しても良いと思うが……」


その場にいるものは、みなはっとして、口を挟まぬよう押し黙った。


【ドレッドノート】───「お前は、イモリとヤモリの違いは分かるな?」

【 王 】───「なんだ、藪から棒に。イモリが両生類で、ヤモリが爬虫類だろう?」

【ドレッドノート】───「まあ、そうだな。だがどちらもすばしこい生き物だから、人間の目では区別がつきにくいし、捕まえて生態を調べないとよくわからない。だから、似たような名前がついている……」


ドレッドノートは、明らかに何かを話そうとして迷っていた。みな続きを待った。


【ドレッドノート】───「同じようなことが、竜と海竜にも言える。どちらも竜と呼ばれているが、似ているのはそう、頭ぐらいなもんだ」

【 王 】───「確かに。海竜というのはヘビのように見えるな」

【ドレッドノート】───「そう、海竜というのはウミヘビの仲間だ。つまり、空を飛ぶドラゴンとは、かなりかけ離れた種族だ」

【 王 】───「だが、どちらも爬虫類だろう?」

【ドレッドノート】───「だがその二つはかなり距離がある。その証拠に、それぞれが大悪魔を持っている……竜の大悪魔ウルフレヒトと、海竜の大悪魔グレンゼルスだ」

【 王 】───「だが、やはり似ていると思うがなあ」

【ドレッドノート】───「いや、実際にはまったく違う……その二つを同じというのは、人間とネズミを哺乳類だからどちらも同じだと言うようなものだ」

【 王 】───「なるほど?」

【ドレッドノート】───「ドラゴンというのはな、鳥の仲間なんだよ」

【 王 】───「翼があるからか?それは俺も似たようなことを考えたことはあるが……そんな単純なものなのか?」

【ドレッドノート】───「ああ。というか、鳥がドラゴンの仲間だというほうが正確だな」

【 王 】───「それは本当の話かあ?」

【ドレッドノート】───「嘘ではない。胸を割いて肺の構造を見れば分かる。鳥は肺の代わりに気嚢という構造を持っているが、お前にわかりやすく言うと、身体の前後に二つの肺があって、その二つを利用して効率よく呼吸ができるんだ。ドラゴンもそれと同じ構造を持っている」

【 王 】───「ふむ」

【ドレッドノート】───「他にも共通するものがある。恒温性だ」

【 王 】───「体温を高く保てるということだな?」

【ドレッドノート】───「ああ、ドラゴンがあれほど高い山に好んで住み着くのも、恒温性を持っているからだ」

【 王 】───「だが、確かドラゴンは冬眠しなかったか?」

【ドレッドノート】───「それなら、熊も冬眠するだろう。餌がないから冬眠するんだよ。それは恒温性とは関係がないことだ」

【 王 】───「ふむ」

【ドレッドノート】───「まあとにかく、ドラゴンには恒温性があり、ウミヘビと海竜にはない。ウミヘビというのは、かなり温暖な海にしか住んでいない。だから北に行くほど海竜は少なくなるし、ノルディック海より北には海竜はほとんど住んでいないんだよ」

【 王 】───「ふむ……」

【ドレッドノート】───「お前は不思議に思ったことはないか?なぜ大洋は危険な海竜で溢れているのに、あれほど離れた大陸にまで人間は住み着いているのかと」

【 王 】───「熱帯の小さな島にまで人が住んでいるのは変だなと思ったことがある」

【ドレッドノート】───「知ってると思うが、二千年前はいまより遥かに気温が低かった。ここよりすこし高緯度ならば、氷河は直接海に注いでいたし、冬になれば海岸という海岸は氷に閉ざされたんだ。そんな状況だから、冬近くになると海竜もこの近辺にはめったに近づくことはなかった。

【 王 】───「話が見えてきたぞ。海竜にはその頃の記憶があるから、氷の船を使えば安全に渡れるんだな?そして救い主様も氷の船を使って東へ向かった。そうだろう?」

【ドレッドノート】───「ああ、その通りだ。」

【 王 】───「そして、北極や南極の近くならば、氷の船も長持ちするはず……そうか、いいことを聞いた……。トキよ、早速この氷について研究を始めよう」

【ドレッドノート】───「……だが北や南に寄りすぎると、それだけ悪魔に襲撃されやすくなるぞ」

【 王 】───「ああ、だが海のただ中で海竜に襲われるよりマシだ。ところでドレッドノートよ、人間に協力したければ好きなだけしてくれて構わんのだぞ」

【ドレッドノート】───「……わたしはもう寝ることにする」

【 王 】───「はっはっはっは。やれ、かわいいやつめ」


剣が再び光り、ドレッドノートの姿が見えなくなると、クロードは剣を鞘に収めた。王座の間には、再び静寂が訪れた。


王はやおら立ち上がった。


【 王 】───「クロードよ、お前のもたらした功績は計り知れんぞ。王国は、お前に永遠の感謝を捧げる。」


王の言葉に、クロードは再び膝を折って最敬礼を捧げた。


【クロード】───「陛下、もったいなきお言葉、ありがとうございます。」

【 王 】───「クロードよ……わが息子よ。アマンダと共に、汝の勇気と知恵が、この王国を導いてくれることを願っている。」


王の言葉に、再びクロードは深く頭を下げた。


王は勇者たちを扉まで送った。そして、最後に語りかけた。


【 王 】───「諸君。わしは明日、この国始まって以来、初めて禁書庫の扉を開けるつもりだ。そこで君らにも褒美をとらせたいと思う。わしも禁書庫の中にになにがあるのかは知らんが、おそらくは歴史ある稀有な宝物があろう。どれでも、好きなものを持ってゆくがよい。では、午後に剣闘場で会おう」


勇者たちは会釈をすると、扉をくぐった。


勇者たちがバルコニーに姿を表すと、歓声が湧き立ち、再び花火が打ち上げられた。


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